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第4章5話 不完全な交差

北半球にも、南半球にも、

新しい年は等しく訪れていた。


謙一郎とフィンは、

それぞれまったく異なる年越しを迎え、

思い思いの時間の中で、

新年を過ごしていた。


そうしてあるとき。

不意に、先延ばしになっていた日程が噛み合った。ようやく会える日が決まった。


画面越しの話し合いの末、

謙一郎が、日本にいるフィンに会いに行くことになった。


謙一郎は、どこかで期待していた。

直接会えば、元に戻れるのではないかと。


予感でも直感でもない。

ただの、純粋な願いだった。


きっとオーストラリアでの生活も、

これで終わるのだろう。

そんな思いを胸に、

運命の日を待った。



そして、当日。


謙一郎は、はやる気持ちを抑えながら、

日本の、長野の、

愛しい我が家へと向かった。


目に映るものすべてが、

懐かしく、愛おしい。


なぜ、もっと早く戻ってこなかったのだろう。

そんなことさえ、思ってしまう。


記憶を頼りに、

実に二ヶ月ぶりの我が家に辿り着いた。


本来なら、

チャイムも鳴らさずに玄関を開け、

"ただいま"と言って

家の中に入っていたはずだ。


だが、そこは理性が踏みとどまらせた。


自分の家なのに、

チャイムを押すことに、

わずかな抵抗を覚えながら、

応答を待つ。


カメラ付きインターフォンから、

声が返ってきた。


「謙一郎か? よく来たな。

 今すぐ行く!」


紛れもなく、

フィンの声だった。


ついに、会える。

本物のフィン・モーガンに。


会えば、きっと何かが変わる。

もしかしたら、元に戻れるかもしれない。


そんな期待に胸を膨らませ、

謙一郎は、ドアが開くのを待った。


足音。

そして、扉が開く。


そこに立っていたのは、

日本の風景には少し不釣り合いな、

青い目にブロンドヘアの、

たくましい男だった。


フィンだ。

フィン・モーガン本人だ。


謙一郎の胸に、

喜びがこみ上げる。


二人は、

ついに同じ場所に立った。


互いの顔を見た瞬間、

言葉より先に、

息が漏れた。


「……やっと、会えたな」


その声は、

確かに電話越しに聞いていた、

フィン・モーガンのものだった。


だが――

残酷なことに、

世界は、何ひとつ変わらなかった。


フィンの隣には、早苗がいた。

だが彼女は、

謙一郎を見る目に、

見覚えの色を宿していなかった。



会えただけでは、

世界は変わらない。


その事実を突きつけられても、

謙一郎は、まだ諦めてはいなかった。


ドラマや映画では、

触れ合うことで、

入れ替わりが元に戻ることがあったはずだ。


きっと、

身体的な接触があれば、

何かが起こる。


どちらともなく手を差し出し、

強く握手をした。

そのまま、肩を抱き合う。


……何も起こらない。


いや、

きっと、これで元に戻っている。


そう思い、

早苗のほうへ視線を向けた。


だが彼女は、

相変わらず初対面の人を見るような目で、

こちらを眺めているだけだった。


促されるまま、

家の中に入る。


居間に通され、

もう一度、早苗を見る。


視線が合い、

謙一郎は、

最も聞きたいことを口にした。


「……俺のこと、分かりますか?」


早苗は首をかしげ、

困ったように笑った。


「すみません……

 どこかで、お会いしましたか?」


今の謙一郎にとって、

これ以上ないほど残酷な言葉だった。


やはり、

何も変わっていない。


フィンも察したのか、

そっと視線を落とした。


言葉は続かず、

静寂がその場を包む。


「……早苗。悪いが、

 飲み物を用意してくれるか。

 彼は長旅で疲れている」


沈黙を破るように、

フィンが言った。


早苗は、

はっとした表情で頷き、

キッチンへと小走りで向かった。


謙一郎は、愕然としていた。


戻ってきたはずなのに、

帰る場所は、

そこにはなかった。


「……だめだった」


小さく、そう呟く。


もう、

一生元に戻れないのではないか。

そんな考えが、

胸を締めつける。


「Hey mate, don’t beat yourself up.

 We’re only just getting started.」

 (なぁ、そう落ち込むなよ。

 まだ始まったばかりだ。)


突然、

フィンが英語で話しかけてきた。


また、

電話のときと同じだ。


謙一郎の頭の中は、

日本語でいっぱいだったが、

励ましてくれていることだけは、

はっきりと分かった。


どうやら、

二人きりのときだけは、

元に戻るらしい。


だが、それでは意味がない。

この世界そのものが、

元に戻らなければ。


「Everything’s gonna be fine.」

 (きっとなんとかなるって)


フィンが優しくそう呟いた。

根拠も、自信もない。

それでもその言葉は、

不思議と希望に聞こえた。


「……そう、ですよね。

 こんなことで、

 諦めていられないですよね」


謙一郎は、

顔を上げずに言った。


フィンは、

静かに、深く頷いた。


ただ、

穏やかな時間が流れていた。



その後は、

早苗が入れてくれたお茶を飲みながら、

それぞれの二ヶ月を語り合った。


家族のこと。

仕事のこと。

趣味のこと。

互いの国のこと。


愚痴も、笑い話も、

すべて吐き出した。


語り尽くしたあと、

二人は顔を見合わせ、

自然と笑った。


この奇妙な世界で、

同じ境遇に置かれた者同士だからこそ、

通じ合うものがあった。


何も解決してはいない。

だが、仲間がいる。

それだけで、

心は少し軽くなった。



結局、

謙一郎の滞在中に、

元に戻ることは叶わなかった。


それぞれの生活があり、

泣く泣く、

謙一郎はシドニーへと戻った。


だがその表情に、

不思議と絶望はなかった。


そして、世界は――

何事もなかったかのように、

動き続けていた。


仕事があり、

予定があり、

いつもの日常がある。


入れ替わったまま。

答えも出ないまま。


それでも、

二人は歩き出す。


入れ替わったままの人生を、

もう一度、

それぞれの場所で。


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