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【書籍化】悪役令嬢のダイエット革命!〜前世の知識で健康美を手に入れてざまぁします!~【本編完結済】  作者: 冬月子@悪役令嬢のダイエット革命5/1発売
2章 ダイエットの秘訣は東洋の島にあり!

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15話 SIDEカミル

淡い桜色が、視界いっぱいに広がっていた。風が吹くたび、花びらがやわらかく宙を舞い、光を受けてきらきらと揺れる。

隣を歩くエリザベートは、その光景にしばし目を奪われたあと、ふわりと微笑んだ。

あまりにも穏やかなその表情に、いつの間にか僕の視線は彼女へと縫い留められていた。


そっと、手を取る。

指先に伝わる温もりは、風に散る花びらよりもずっと確かで――

エリザベートが、今この場所にいるのだという事実を、静かに胸へ刻み込んでくる。


彼女は桜を見上げながら、どこか懐かしむような目をしていた。

まるで初めて見る景色ではなく、思い出しているかのように。


満開の桜の下を歩くエリザベートは、本当に楽しそうだった。

花びらの雨の中で無邪気に笑うその姿を見ていると、理由も分からぬまま、胸の奥がざわりと波立つ。


境内の中心に立つ一本桜を見つけた瞬間、彼女はぱっと声を弾ませた。


「まあ、大きな桜の木だわ!」


天へ伸びる太い幹。

空を覆うほどに広がる枝。

無数の花が咲き誇り、風に乗って舞い落ちるその光景は、あまりにも現実離れしていて――

そして、なぜか、ひどく危うく見えた。


「……綺麗だ」


気づけば、そう呟いていた。


エリザベートは吸い寄せられるように桜のもとへ歩み寄り、太い幹に手をついて空を仰ぐ。

その背中を見た瞬間、胸の奥に、正体の知れない不安が込み上げた。


――このまま、どこか遠くへ行ってしまうのではないか。


気づけば、僕は背後から彼女を抱きしめていた。


「な、なに。どうしたの、カミル」


戸惑った声。


「……エリザベートが、桜に攫われてしまう気がして」


自分でも馬鹿げていると思った。

それでも、その言葉は胸の奥から、どうしても溢れてしまった。


「もう……なにそれ。ずいぶんロマンチックなことを言うのね」


鈴を転がすような、軽やかな笑い声。

けれど僕は何も返せず、ただ腕に力を込めた。


「カミル……?」


不安げに呼ばれる声に、今度は僕の方が胸を締めつけられる。

彼女を抱く腕が、わずかに震えているのが分かった。


「……君は、不思議な人だ」


長い沈黙のあと、ようやく言葉を選ぶ。


「エリザベート。君が何かを隠していることくらい……前から、分かっていた」


小さく息を呑む気配が、背中越しに伝わる。


「僕は医者だ。人の表情や癖を見るのが仕事みたいなものだからね。

君の話には、知らないことが多すぎる。医学の知識も、言葉の選び方も……それに、あの目だ」


時折、彼女は遠い場所を見ているような目をする。

ここではない、どこか別の世界を映しているような――。


「エリザベートが秘密を抱えているのは……ずっと前から、薄々気づいてた」


腕の中の温もりが、ほんの一瞬、強張った。


彼女には、最初から小さな違和感があった。

僕は、君がくれた知識に何度も救われてきた。医師として判断に迷ったときも、妹を救えずに打ちひしがれていたときも。君の言葉は、いつだって、僕にひとつ先の景色を示してくれた。

それでも、王太子妃教育だけで説明できる範囲を、明らかに君は越えていた。

ヒノモトに来てからも同じだ。

この国の風土や文化を、初めて触れるものとしてではなく――

すでに知っているものとして語っていた。


それでも僕は、何も言わなかった。


気づかないふりをした。

違和感に名前を与えず、疑問を胸の奥へと押し戻した。


もし、それを言葉にしてしまったら。

もし、君に――「君は、一体何者なんだ」と問うてしまったら。


――君は、ここからいなくなる気がした。


理屈では説明できない。

医師として、最も信用すべきではない種類の確信。

それでも、その予感だけは、どうしようもなく真実味を帯びていた。


そして、何より。

……君は、時折、遠い目をしていたから。

今見ている景色とは別の何かを、胸の奥に重ねているような――そんな目を。


その目を見るたび、心が締め付けられた。


だから、踏み込めなかった。

怖かったんだ。

君が、どこかへ行ってしまうかもしれないのが。


「実は前世の記憶がある」と告白されたとき、確かに驚いた。


「……わたし、元々は、この世界の人間じゃないの」


けれど同時に、ひどく納得していた。


――やはり、そうだったのか。


君が語る世界。

科学が進み、忙しく、それでも確かに存在していた「日本」という国。

その言葉一つ一つが、これまでの違和感を、無理なく繋ぎ合わせていく。


腕の中の君は、温かくて。

けれど、怯えるように震えていた。


――失うかもしれない。

このぬくもりを。

積み重ねてきた時間を。


それでも――今、君はここにいる。

僕の腕の中で、泣いている。


それだけで、十分だった。


「ありがとう、話してくれて」


そう口にした声は、思いのほか穏やかだった。


君がどこから来たとしても。

どんな過去を背負っていようとも。


今、僕の心を掴んで離さない君は――

間違いなく、エリザベートだ。


***


僕らはその後、宿へと移動した。

湯から上がっても、夜はまだ深く、並んで腰を下ろしながら、僕らはゆっくりと言葉を交わした。

これまでのこと。これからのこと。

過去と未来が、穏やかに溶け合っていくような時間だった。


「これからも、あなたと一緒に……もっと多くの場所を見て、知らない味を知って、手を取り合って歩いていきたい」


エリザベートが描く未来の中に、当たり前のように自分が含まれている。

その事実が、胸の奥をじんわりと温めた。


湯けむりの向こうに揺れる星空が、彼女の想いを包み込むように瞬いている。

月光は彼女の瞳に映り込み、夜風が、ふたりの髪をやさしく揺らした。


もう、言葉はいらなかった。

語らずとも、心の奥深くで通じ合う何かが、確かに結ばれていると分かる。


耳に届くのは、宿に満ちる夜の気配――

遠くの虫の声。

風に揺れる木々の音。

そして、互いの静かな呼吸。


この時間が、永遠に続けばいい。

そんな願いが、ごく自然に胸に浮かんだ。


僕は、静かに決意する。


君の抱えるすべてを受け止めよう。

過去も、秘密も、迷いも――その全部を。


そして、君と共に生きていく。

それが、僕の選んだ未来だ。

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