19話 ふたりの転生者Ⅲ
「そんな世界で、一人ぼっちだった私の気持ち……あんただったら、分かってくれると思ってたんだけどな」
寂しげに笑うジゼルを見て、胸が痛んだ。分からないわけではない。
孤独を感じたことがないと言えば嘘になる。
前世があると信じてもらえないような内容、誰にも言える訳なくて、息苦しさを感じた。
けれど。
「あなたが、どれほど辛かったのか。どれほど孤独だったのか……私には全部は分からない。あなたがこの世界で過ごしてきた時間を、知っているわけじゃないもの。あなたが苦しんできたことを、否定したいわけでもない……」
「……絵莉奈」
「でも――」
そこで、私は一度言葉を切った。
ここだけは、どうしても伝えなければならない。
「だからって、他人を傷つけていい理由にはならないわ」
ジゼルの表情が固まる。
「……」
「あなたが辛かったことと、あなたが誰かを傷つけたことは、別の話でしょう?」
「でも……ここはゲームの世界で――」
「違うわ」
私は、はっきりと首を横に振った。
「ここは、ゲームなんかじゃない」
「……」
「あなたがそう思いたい気持ちは……正直、分からないわ。でも、そうね。そうでも思わなければ、耐えられなかったのかもしれない。誰にも理解されない孤独から、自分を守るために、そう思い込むしかなかったのかもしれない」
それでも――。
「ここにいる人たちは、NPCなんかじゃないわ」
私は窓の外へ視線を向けた。
二階から見下ろす街には、今日も大勢の人々が行き交っている。
楽しそうに笑い合う声。
誰かを呼ぶ声。
店先で交わされる、他愛のない会話。
そこには、確かに人々の暮らしがあった。
「みんな、生きている人間よ」
一人一人に家族がいる。
大切な人がいる。
叶えたい夢がある。
そして――明日も生きたいという願っている筈。
「あなたが売った痩せ薬を飲んだ人たちだって、同じよ」
私はジゼルへ視線を戻した。
「綺麗になりたい。少しでも自分に自信を持ちたい。……ただ、それだけを願っていた人たちでしょう?」
紗良の肩が、小さく震える。
「その人たちが苦しむのを見て、何も思わない?」
「……」
「もう、やめて。お願いだから……」
咎めるような真似はしたくなかった。ただ、友人として伝えたかった。
「これ以上、誰かを傷つけるのは……やめてちょうだい」
ジゼルは俯いたまま、何も答えない。
そんな彼女を見つめながら、遠い記憶を思い出していた。
「前世のあなたは……優しい人だったじゃない。私は、そんなあなたを知っている」
だからこそ。
「あなたのことを責めたいわけじゃないの。ただ……昔のあなたに戻ってほしい」
その言葉を受け、ジゼルは俯いたまま、しばらく黙っていた。何かを噛みしめるように唇を結んでいたが、重い口を開く。
「……絵莉奈は、全然分かってない。私は優しい人間じゃないよ。前世から、変わらずね」
掠れた声が、ぽつりと落ちた。
「……絵莉奈は変わらないね。昔からそうだった。正しいことばっかり言う。茉莉奈、でもさ」
ジゼルは窓の外へ目を向けた。
「私はあんたみたいにはなれなかったんだ」
静かな声だった。その声には、諦めが滲んでいた。
私は何か言おうとして、言葉を失う。何を言えばいいのか分からなかった。
前世からの友人。
久しぶりに再会できた相手。
なのに、こんなにも遠い。
まるで互いに違う世界を見ているようだった。
長い沈黙が落ちる。
やがて、ジゼルが先に口を開いた。
「……今日は帰ってくれない?」
私は顔を上げた。
「ジゼ……ル」
「これ以上話しても、たぶん平行線だからさ」
彼女は苦く笑う。
「絵里奈は絵里奈の考えを変えないだろう。……私も今更、変えられないよ」
その通りだった。
きっと今の私たちは、何時間話しても分かり合えない。
美容に対する考え方も。
人との向き合い方も。
この世界の捉え方も。
何もかもが違ってしまっていた。
「……分かったわ」
ようやくそれだけを返す。
ジゼルは少しだけ寂しそうに笑った。
「久しぶりに会えて嬉しかったよ」
その言葉は本心だったのだろう。
だからこそ胸が痛んだ。
「私もよ」
そう答えると、ジゼルの睫毛がかすかに震えた。
けれど、それもほんの一瞬のことだった。
次の瞬間には、先ほどの余裕たっぷりの表情を浮かべている。
「じゃあね、絵里奈」
私はゆっくりと扉へ向かう。けれど、部屋を出る直前になって、もう一度だけ振り返った。
窓辺に佇むジゼルの姿が目に入る。逆光のせいで、その表情はよく見えない。まるで手を伸ばしても届かないほど遠くにいるように、ひどく小さく見えた。
「……また、来るから」
私は、できるだけ穏やかな声で告げる。
「その時は、きちんと話し合いましょう」
返事はなかった。それ以上何も言わずに、私は部屋を出た。
扉が閉まる音だけが響く。その音が、まるで私たちの間に引かれた境界線のように聞こえた。
***
「またね」と別れたけれど、二度とジゼルと会うことはなかった。再びサロンを訪れたとき、そこはすでに閉店していた。
「え……? 閉店って、どういうこと?」
「昨日までは普通に営業していたはずよね?」
店の前には困惑した令嬢たちが集まっていて、突然の閉店に、誰もが状況を理解できずにいた。
店員たちもまた同じだった。何が起きたのか分からない様子でサロンの前に立ち、押し寄せる客たちに説明を繰り返していた。
そのなかのひとりが私に気が付くと、駆け寄って来た。「エリザベート様ですね? こちらをオーナーから預かっています」と言って、一通の手紙を手渡してくる。
「私に手紙?」
受け取った封筒を開く。そこに記されていたのは、痩せ薬とその他の美容品の詳細な成分と、その製造方法だった。
――そうして。
その日を境に、ジゼルは私の前から姿を消した。
明日も続けて更新予定です!





