「恋人らしいことをしましょう」
「……あん?」
「ですから。恋人らしいことをしましょうよ」
また馬鹿な女が馬鹿なことを言い出した。というか、なぜこいつは当たり前のように俺の隣に座っているのだろうか。お前の自宅は反対側だろ。
「お泊まりはまあ当然として」
「当然じゃねぇよ馬鹿野郎。唐突過ぎるわ」
「大丈夫ですよ、前と同じく服とかは持ってきてるので!あ、それとも彼シャツ着せてみますか?しっかりと着こなしてみせましょう!……あ、顔が赤くなりましたね」
「こいつマジで……!」
一瞬でも想像してしまった己をぶん殴りたい。
まあ、泊めてやること自体は別に問題無いのだが……食事や寝床に関しては用意してやれるという意味で問題無いのであって、こいつを泊めるということ自体には問題大ありだけども。
「だって、私の残り時間を考えてくださいよ。私が人生を謳歌できるだけの時間は、あと一年も無いんですよ?ならドンドン踏み込んでいくべきでしょう」
「俺が知ったことかよそれ。つぅかデートもやったしお泊り会ももうしたろ。これ以上何を付き合ってやりゃいいんだよ俺は」
「そっちから提案してくれてもいいですよ?なんでもやってあげますから」
「ああ?」
ねぇよんなもん、と返そうとしてふと思いつく。
最近はこいつのことにばかり気を取られていたが、俺にも趣味というものがある。
学校から帰った後に何時間かゲームをしたり、漫画を読んだり、自主練したり。
「……あー。お前、オンラインゲームとかやったことある?」
「なんですかそれ」
「それもやったことねぇのかよ。まあ、いいか。恋人らしいことかは分からんが」
どうもこいつは、俺の私生活まで浸食しようとしているようだ。
このままでは、俺は多大なストレスを抱えたまま日常を過ごすことになってしまう。
であれば発想を転換だ。こいつを趣味に巻き込んでしまえばいい。
「パソコンも二つあるし、家で一緒にゲームでもするか」
「……お、おお……!?もしかして好感度が上がってきてるんですか図書委員さん!」
「調子に乗んなクソアマめが。妥協に妥協を重ねてやっただけだ」
「初めてあなたから誘ってくれましたね~!フフッ、今日は良い日です!」
「畜生この女聞いちゃいねぇ」
結局流されるままに、保健委員の奴を自宅に招くことになってしまった。
まあ電車に乗ってきた時点で今更ではあるし、今から帰れというのも酷な話だ。
後日変な噂を流されるのも嫌だし、俺はいつも通りの日常を過ごすとしよう。
「あ、今日は何を作ってくれるんですか?私から揚げがいいです」
「子供か。……帰り道スーパー寄ってくぞ」
「はーい!」
小麦粉と鶏肉が入った袋を片手にぶら下げて帰路に着く。
隣にこいつがいることに、慣れてしまったのが少し癪だった。
─────
「え、これ無料なんですか?しかもゲームソフトもいらない?」
「お前はどこの時代の人間だ」
炊飯器で米を炊いている時間の間に、保険委員が使うパソコンにゲームをダウンロードさせる。いわゆるオンラインFPSというジャンルのゲームで、初心者が手を出すには少しハードルが高いものだが、まあ毎回振り回されてるんだし特に気にする必要はないだろう。
「わ、銃撃ってる。これ、自分でキャラを動かせるんですよね?」
「おう。このカーソルを敵に合わせて左クリックを押して、銃を撃つ。胴体はあんまりダメージ入らないけど、頭部を狙うと大ダメージ。基本はFPSゲームってのはそんな感じだ」
「滅茶苦茶血が出てますね。血が出るゲーム好きなんですね、図書委員さん」
「別に血が好きだからやってるわけじゃねぇよ。戦術とか覚えていくと段々面白くなってくるし、徐々に死なずに敵を倒せるようになる。上手くなるのが楽しいゲームだな」
「凄い勢いでキーボード押してますね。忙しいゲームなんですか?」
「まあ、慣れてくると忙しくなるけど。最初は操作方法だな」
あっち側のパソコンで、ダウンロードが完了したというメッセージが現れる。
保険委員は少し戸惑いながらも、利用規約を隅から隅までじっくりと眺めだす。
「それ真剣に読む奴初めて見たな」
「こういうのを見逃した結果どうなるかは知ってますから。ほら、実例がここに」
「そういやそうだなっと。読み終わったらそこのチェックボックスをクリックして、エンターキーを押してゲームスタートだ」
「チェック、ボックス……あ、これですか」
「そうそう。で、まずはチュートリアルをこなして行けばいい」
先ほどの反応から機械音痴なのかとも思っていたが、別にそんなことは無いようだ。単純に知識が足りなかっただけのようで、一度やり方を覚えればさしたる問題も無く、次々と基本操作を覚えそれを習得していく。
「お。BOT相手とはいえ、今のヘッドショット上手いな」
「そうですか?相手の動きが止まっていましたし、特に難しくないと思いますけど」
「初めてやる分にはいい感じだ。次は動いてるやつ相手に練習だな」
基本操作を教えた後は、エイム練習のためトレーニングモードで練習を行わせる。
いきなり実戦に投入しても、多分何もできずに倒されるだけだろうし。沼に引きずり込んでやるには、勝つ楽しさを教えてやるのが最優先となるのだ。
「足撃たれてるのに、よく走れますねこの人」
「まあゲームだしな。そこらへんにもリアリティ求めるの面倒なんだろ」
「倒されても、すぐ復活しますね。不死身なんですか?」
「このゲームはそういう仕様なんだよ。一回死んだら終わりのバトルロワイアル系FPSってのもあるけど、ああいうのは上級者用だしな。まずは何回死んでもいいゲームで慣らしてからだ」
的を当てたり、避ける俺のキャラに当てる練習をさせたり、BOTと対戦させたり。
動きを、ルールを覚えさせ、実戦で戦えるまでのプレイヤースキルを習得させる。
まあ人にゲームを勧めたことなんてないから、実際に上手くやれてるかは分からないのだが。流石というべきか、保険委員の奴は物覚えが早いらしく、二時間程度で最低限の技術を物にした。
この様子なら、もう一日か二日あれば、共に煽りと悪意が渦巻くオンラインゲームの世界に足を踏み入れられるであろう。
「あれ。このゲーム、マップの外にも行けるんですか?」
「行けねぇぞ。そこは落ちたら死ぬって場所だ。無駄に死んでリスポーンまで待機しなきゃならないから、ミスって落ちるんじゃないぞ」
「なるほど」
何を思ったか、隣にいる女は警告を無視していきなりキャラを奈落へと突き落とした。
キャラの悲鳴が聞こえた後、リスポーンまでの時間が画面に表示される。
「おお、悲鳴まであるんですねこれ。悪いことしちゃったかな」
「いきなり何やってんだよお前は。警告聞いてなかったのかよ……」
「聞いてましたよ?聞いた上で気になっちゃいまして」
「何がだよ」
「飛び降り自殺って、どんな感じなのかなぁって」
楽しそうに狂ったようなことを言う保険委員に、思わずげんなりとした顔をする。
「お前な……」
「もうやりませんから大丈夫ですよ!体が地面に叩きつけられたりはしないんですね」
「んなもん写したらショッキングすぎるだろうが。Rが18とGになるわ」
「そっかぁ。……じゃあ、飛び降り自殺はやめとこうかなぁ」
「自殺自体やめて欲しいんだが。なんでそういう発想になったよ」
「だって、ほら」
新たに命を得たキャラクターを操って、次々とNPCの頭部を撃ち抜いていく。ほんの短時間でここまで上手くなるのかと感嘆し、その才能に少しだけ嫉妬する。
天は二物を与えずと言うが、こいつの場合は何物も貰っている癖に重要なとこだけ持っていかれているから始末に負えない。
「顔が潰れちゃったら、あなたに見てもらう時に恥ずかしいじゃないですか」
「……え、なに。俺お前の死に顔見なきゃならないの?」
「当たり前じゃないですか!私の彼氏なのですから、しっかり最後の最後まで付き合ってくださいよ。私の安らかな死に顔を眺めて、瞼を閉じさせる役目はあなたのものですよ!」
「いらねぇ。マジでいらねぇ。誰かに渡せねぇのかそれ」
「残念ながら確定事項です。諦めて私の死に顔を見てください」
明るい顔で、馬鹿みたいに重くて暗い話をする、いつも通りの彼女の笑顔。
以前ならさぞドン引きしていただろうに、今では流せる程度には慣れてしまった。
これは成長か、もしくは悪化か。
「よく考えたら、その時にはお前死んでるし約束果たさなくても特に何もないのでは?」
「うわ、最低なことを言い出しましたねこの人!恋人なんだからちゃんと面倒見てくださいよ!しっかり私の死体を見つけ出してくださいね!」
「言ってることがいちいち怖いんだよお前は。ま、その時になったら考えておいてやる」
「そんなこと言って、どうせ約束果たしてくれるんでしょうけどね~」
「その自信はどこから来るんだよ」
「あなたですし」
「俺の何を見てきたんだか」
溜息を吐き、から揚げを作るため席を立った俺を見て、そいつは朗らかに笑った。
「私の好きなところ全部ですよ」
それには何も返事はせず、いつも通りエプロンを付けて台所に向かう。
いい加減にあいつの戯言にも慣れてきて、取り乱すようなことは無くなった。
流し台にある鏡がみえた。
「……ああ、クソ」
悪態をついて、鏡を見ないよう調理器具に手を伸ばす。
やっぱりあいつは最悪だ。
不肖ながら帰ってきました、ただいまです