「見る目なし」
幼馴染、とは言っても別に今はそれほど仲がいい訳ではない。
昔は仲が良かったから、両方がなんとなくそういう認識でいるだけだ。
本当に仲のいい幼馴染ならば、部活動中にこんなに俺を睨むことはないはずだし。
まあ悪いのは全面的に俺なので、その対応に文句なんてないが。
一抹の寂しさを感じるくらいは許して欲しい。
「と、いうわけで。次の演劇は、白雪姫をテーマにすることになりました」
パチパチパチ、と小さい拍手が部室に小さく響き渡る。
最初に脚本のテーマを決め、おおまかなイメージを脚本家に伝える。
そのイメージを元に、脚本家である幼馴染が脚本を仕上げる。
舞台の上で演劇の練習をするのは、脚本家がそれを提出した後だ。
「ありがとうございます。少なくとも、一週間後までには仕上げておきますね」
「流石我が部の脚本係。滅茶苦茶頼りになるなぁ」
「風紀委員の仕事が少なければ少し早めに提出できるかもしれませんね。ちなみに役者の方々から、何かご意見やこうして欲しい点とかはありますか?」
「はい」
周りが少しどよめく。そんなに俺が意見を言うのが不思議か。
いやまぁ不思議だな、普段全然こういうことに口出ししたりしないし。
けどまぁ、少し不満な点があったので、ちょっとそこは口を挟みたい。
「珍しいですね、⬛︎⬛︎君。何か?」
「登場人物の数が、役者の数と合わないと思います」
「……ああ。そんなことですか」
そんなこと、とは随分と他人事だな。
「マナ先輩は部活動への欠席が続いていますので、役者の人数に加える必要は無い、と判断しました。これは部長との話し合いの末に出した結論です」
「けど、毎回ちゃんと本番には演技を仕上げてるし、台本も読み込んでる。体が弱くて体調不良になることが多いだけで、本人も休みたくて休んでるわけではないと思います。三年生は今回の劇と、冬に行う劇が最後なんだし、本人とろくに相談せず決めるなんて──」
「体調不良、などと宣っていますが。時折下校中に、家で休んでいるはずのマナ先輩を街中で見かけることがあります。なんなら今日も探せば見つかると思いますが、証拠が必要なら取ってきますよ?」
「……」
流石風紀委員、サボっていることなんぞお見通しである。
というか先輩も、サボってるんならさっさと家に帰ってゲームでもしてろ。
「けど、せめて相談くらいは」
「やる気の無い人に構い続けるような余裕はこの部にはありません。それとも、そんなにあの人と一緒に劇に出たいんですか?⬛︎⬛︎君」
「出たい」
しまった、反射的に本音が出た。
ほらみろ、舐めた態度取ったから幼馴染の美人な顔に青筋が立っている。
「一個人の感情で部活動に支障を出すわけにもいきません。この決定に対し先輩から三日以内に異議があった場合のみ対応しましょう。これでこの話は終わりです。いいわね?」
「……了解」
ぐうの音も出ない反論をかまされたので仕方なく引き下がる。
というかこれに対して反発してる俺がおかしいのであって、幼馴染の選択自体は間違いなく正しいのだ。実際俺や先輩の味方につくような部員一人もいないし。
なんならさっさと帰らせろみたいな目で俺を見てくる。
多分俺も同じ立場なら同じことしてるのでなんの文句も言えない。
まあ、今回は先輩の自業自得である。
これに関しては、先輩自身がどうにかするしかない。
「なら、これ以外の連絡事項もないし今日はお開きにしよっか。みんな、お疲れさまでした〜」
「「「「「お疲れ様でした〜」」」」
ゆるーい部長の挨拶で、今日の部活動は終わりを迎える。
ほんとなら発音練習とか程度は済ませるべきなのだろうが、わざわざそんな真面目なことを言ってもさっさと帰りたい奴らから反感を買うだけだ。
さっさと家に帰って、今日発売のコンビニスイーツでも食べるかな。
そんなことを考えながら部室を出ようとしたところ、幼馴染に腕を掴まれる。
珍しい。いつもなら俺に触れることすら嫌がるだろうに。
「どした?」
「あの噂、本当?」
「どの噂だよ。付き合ってる云々の話なら、不本意の真実だと言っておく」
「相変わらず適当な答えねあんた。相手の子が可哀想になってくるわ、あんたみたいな面倒な男と付き合っちゃうなんて」
「ほんとそれな。一体前世と今世でどれだけの悪行を重ねてきたんだか」
「……」
まあ実際には、俺の方が神に直談判したいくらいに被害を被っているのだが。
それを言ったところで信じてはくれないだろうし、俺の評価が下がるだけである。
下がるだけの評価が残っているのかどうかも怪しいが。
「どっちから告白したの?」
「あっち」
「ああ、こりゃだめね。絶対遊ばれてる」
「かもな。多分半年後にゃ別れてるよ」
「そこは否定したりするべきじゃない?悲しくならない?」
「別に。そんなもんだろ、学生の付き合いなんて」
それがどんな別れ方かは、神のみぞ知るというやつなのだろうが。
ちなみに彼女にも、あの女の本性を話す気はない。
嫌われているとは言え、俺から見れば大事な幼馴染だ、巻き込みたくはない。
昨日の件で、あいつがとんでも無く面倒な女だと確信が持てたしな。
「安心したわ。あんたを好きになるなんて、さぞ節穴なんだろうなぁって思ってたけど。まあ、あんたなんかを好きになるやつ、そうそういるわけないか」
「そういうこった。お前が監視しなくても、俺からはあいつに迷惑かけねぇよ」
俺はあいつから死ぬほど迷惑かけられているわけだが。
言わぬが吉である。いつかどうにかしたいとは思ってるけど。
まあこれで幼馴染も安心できるだろう、と思ったが、何やら様子がおかしい。
ジトー、としたような目で俺の目を見てくる。
近い近い、年頃の女の子の距離感じゃない。
「……あんた、他人に『あいつ』とか言うの初めてじゃない?」
「え、そうか?」
「少なくとも、私は初めて聞いた。もしかして結構仲いい?」
「よくねぇよ。少なくとも俺は、あいつのこと好きじゃないし」
「また言った」
今日の幼馴染は、なんだかいつもと様子が違う。
普段より積極的に俺に話しかけてくるし、なんだかやけにあいつのことを気にする。
何故だろうか、と思い浮かべて、ふと彼女に対し俺がやらかしたことを思い出す。
ああ、なるほどそういうことか。
「あー、大丈夫だよ。お前が心配するようなことしないって」
「何が」
「殴ったりなんかしないよ」
ピタリ、と彼女の動きが止まる。
考えてみれば、彼女が心配するのも当たり前であった。
目の前の幼馴染は、俺に理不尽で不当な暴力を振るわれ、傷ついた過去があるのだ。
あいつの本性を知らない彼女が、それを心配するのは実に自然な流れなのだ。
「……あんた」
「嫌なこと思い出させたよな、多分。安心してくれ、もう絶対あんなことしないから」
「違う。私の言いたいことは」
「すまん、用事あるし先帰るわ。じゃあな」
さっさと部室を出て、幼馴染の視線を振り切って校門に向かう。
「……ハァ」
彼女と顔を合わせて話をするのは、神経を使ってしまう。
悪いのは間違いなく俺なので自業自得ではあるが。
まあ幼馴染自身、俺とはあんまり顔を合わせたくないだろうしウィンウィンだろう。
「大きな溜息ですね」
「お前ほんとどこから出てくるの?とっくに部活無い生徒は帰宅してるぞ」
「あなたが帰るまで待ってましたから」
「あーそう。なら来週からはさっさと帰っとけ」
「あれ、明日からとは言わないんですね?」
「今週はそんなに長く待つ必要ないだろうし、待ちたきゃ勝手にしろ。来週からは演技の練習とかが入るから、部活が長くなるんだよ」
あいつが一週間までに仕上げると言った以上、脚本は一週間以内に出来上がるのだろう。
となれば、来週からは脚本の内容を覚え、実際に劇の練習を行う必要が生じてくる。
普段なら一時間もせず終わる適当な部活動も、流石にその時期は他の部活と同様の練習時間になり、部員の気合いは普段より高くなる。当然俺もその時はやる気を出す。
「余裕でニ時間は練習するだろうから、待つのが余計長くなる」
「なるほど、そういうことですか。お気遣い感謝します」
「物分かりがいいようで何より。つーわけで──」
「では、来週からは二時間待てばいいわけですね」
「馬鹿か?」
「何を今更」
こいつ俺の善意を蹴ってゴミ箱にシュートしやがった。
なんて奴だ。こんな奴だったな。
「あなたを待つ時間は、結構楽しいですし。それほど苦にもなりません!」
「……あー、そう」
「わぁ、淡泊。こんなに好き好きアピールしてる女の子の言葉を聞いてそれですか?」
「自分で言っちゃ世話ねぇんだわ。……さっさと帰るぞ」
「率先して私と一緒に帰ろうとする分、昨日の呪いが効いてます?……あの、無視は辛いのですが。あのー、速足で歩き去って行くのは辛いのですがー!」
戯言を無視してさっさと駅に向かう。
幼馴染が語っていたように、こいつはさぞ節穴な女なのだろう。
可哀想になってくるくらい、実に実に見る目がない。
それが、最近ほんの少しだけ嬉しくなっている己も。
実に実に、見る目がないらしい。




