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21.臆病な子猫 前編

 突如公爵邸に押しかけてきた隠し子(偽)と、その身元確認のために連れてこられた孤児院の少女達は、明らかに相手を知っている反応を示した。

 だが同時に、けしてお互い親しいとは言えなかろう印象を隠そうともしない。


「…………」


 見つめ合う、いやにらみ合った子ども達の間に緊張が走る。

 が。


「はいはいはい! さあさ、若奥様。この子達はお客様ですか? それとも……」


 パンパンと手を叩きながら老侍女が割って入ってくれば、若者達は一斉に虚をつかれ目を丸くした。

 そこには子ども達だけではなく、若夫婦も含まれている。


「え? ああ、ニーサ……えっと、あのね。実はこの子達を、うちのメイド見習いに迎えたくて――」


 話しかけられたエルマがはっと我に返ってしどろもどろ答えれば、ふくよかな老侍女は大袈裟なぐらいの身振り手振りで少女達に歓迎を表現する。


「まあまあ! そうではないかと思ったのです! んまーっ、可愛らしいこと! さあさひよこちゃん方、こっちにいらっしゃい――サマー! 喜びなさいな、後輩ちゃんよ!」

「はいっ、先輩――はい!?」


 年の功なのか、経験なのか、生来の人柄か――とかく、ニーサ=ハルニアの手腕は見事であった。

 突如上がり込んできた小坊ちゃま同様、小娘達もわらわら引き連れられていく。


「あたし、ひよこなんて小ささじゃないわ! せめて若鶏よ!」

「あらあらまあまあ、これはまた威勢の良い――うふふ、いいわよ、このタイプはなかなか我が家にもいなかったもの。お嬢ちゃん、お手並み拝見と行きましょうか――」


 ……約一名、自己主張の強いシャーロットは、ここでも我を出し抵抗を試みていたようだ。

 まあ、年下を転がし慣れている老女には敵うまい。ダン少年とはまた違う活きの良い若者の登場に、侍女は体から炎が出ているかと錯覚しようになるほどのやる気を見せてのっしのっし去って行く。


「女の子達はニーサに任せておけば安心ね」

「ああ」


 若夫婦は呆然としていたが、公爵夫妻の方はあっという間に平常モードに戻り、屋敷に帰っていくところだ。


 まあ貴族など、表面上は親友、水面下では隙の探り合いと互いのエゴの押しつけをやるような付き合いが日常な生き物である。庶民の子ども達のわかりやすすぎる対立など、修羅場の一つにも入らないのかもしれない。その点、若夫婦は良くも悪くもまだまだ素直というところなのか。


「…………」


 エルマは注意をダン少年の方に戻す。

 立ち去る少女達を見つめる目は――不安に揺れているのだろうか。泳いだ視線がエルマとかち合うと、可哀想なほど萎縮した様子を見せる。

 様子はまさに、今から怒られることを予期した幼子そのものだ。


「小坊ちゃま。若奥様にお帰りのご挨拶はなさらなくてよろしいので?」


 その時、小脇からジョルジー――公爵家の使用人達を取り仕切る老執事が、ダン少年に向かって声をかけた。


 少年はビクッと肩をふるわせ、大人達を見回し――だっと逃げ出した。


「えっ……」


 突然の逃走に、エルマはきょとんと目を見張るばかりだ。

 だが誰よりも早く、ユーグリークが後を追いかけていた。


「あっ、ユーグリークさま――」


 エルマが声をかけると、一瞬振り返り、頷く。そして若旦那様は、逃げる子どもを追っていく。


 ダン少年は屋敷の中には戻ろうとせず、建物からさほど離れていない林の中に逃げ込んだ。

 ユーグリークは本気で走ればすぐ捕まえることもできただろうが、見失わない距離まで来るとスピードを緩め、呼びかける。


「ダン」


 名前を呼ばれ、少年は振り返る。だがまたすぐ、林の中を突き進む。止まりはしないらしい。


「――ダン=ヤング」


 今度の呼びかけにはもっと強い反応があった。驚いてバランスを崩した少年が派手な音を立てて転ぶ。慌ててユーグリークは藪に駆け寄った。


「大丈夫か?」


 無理に枝の間を押し入ったものだから、ダン少年の体は擦り傷だらけだ。逆に、それ以外は目立った外傷がなく、大事には至っていないらしい。


 子どもはぎゅっと唇を引き結んでいた。ユーグリークが近づくと、目までつむる。


 ユーグリークは膝をつき、口を開け――何と声をかけるべきか逡巡した。

 少し前までの彼なら、口下手の自覚もある身、こんな状況にでもなったらオロオロするだけか、あっさり諦めて子どもと話せそうな他人を探してくるかだっただろう。


 だが今の彼は真っ先にダン少年を追い、迷いながらも言葉を紡ごうとする。


「……ダン=ヤング。それが君の名前で、間違いないか?」

「しらない」


 ようやく返事が一つ返ってきた。しかし唸るような固い言葉で、状況は芳しくないと見える。

 ユーグリークは反応があった話題をもう一度出すべきか、話を変えるべきか考える。


 こういうときはエルマを心に召喚する。得意分野である。彼女であればどうするか? 例えばユーグリークのご機嫌が斜めなとき……彼女であれば、そう、ここは空気を和ませることから。

 ユーグリークの妄想エルマは正確だし、であればエルマがするだろうコミュニティサイトの取り方は自他共に認めるコミュ障若様の偉大なる道しるべとなろう。いざ――。


「おれのこと、おいだす気なんだ」


 と、忙しく考えていたら、ダン少年がぽつっと先に言葉を零した。


「追い出されると思ったから、逃げたのか?」


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