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魅力的



「おい、イード。この図鑑とやらの文字は、他のものとどこか違うな」


 棚に並んだ図鑑と、その他の書物を見比べてフェリチェは首を傾げた。


「それはね。オーウェン書体と言って、図鑑の装丁に使われる形式的な書体なんだ。海の向こうのオーウェン王国が図鑑の起源と言われていてね、図鑑に限っては広く使われている文字なんだよ」

「ほう……。こうして比べてみると、他のものより線が太くてはっきりと目立つな。だがうるさくない、美しい形だ」


 ふむふむ、とフェリチェはイードに貰った帳面で編纂中の自分だけの図鑑に、オーウェン書体を真似てタイトルを書いた。似ても似つかない字になったが、フェリチェは大満足だ。


「フェリチェの研究は進んでる?」

「おう! だいぶページが増えたぞ。」


 日雇いの仕事をしながら、いいオスの情報を収集し、「花婿図鑑」は日々厚みを増している。


「フェリチェの今のイチオシはな、菓子職人のオスだ! 顔よし、性格よし、評判よしの稀少度高めのオスだぞ!」

「ああ、フランミュールのロロさんだね。あの人は評判通りの素晴らしい男性だと思うよ」

「そうだろう? フェリチェもな、このあいだ菓子を買いに行ってみたんだ。そしたら、焼き菓子をおまけしてくれてなぁ。その時の笑顔が、飴みたいに甘くてなぁ……」


 思い出して笑うフェリチェのほっぺは、どろどろにとろけてしまった。


「次に店に行ったら、フェリチェから話しかけてみるんだ!」

「積極的だね。頑張って」

「うむ! デートってやつの約束をしてみせるぞ」



 ※ ※ ※



 昼下がりの、夕刻まではまだ間のある頃合いに、イードの家の扉が鳴いた。

 力無く開かれて、頼りなく閉まった戸の前には、両耳を寂しく垂らしたフェリチェが立っていた。


「おかえり。ロロさんとは話せた?」

「話した。でもダメだった」


 がっくりと肩を落として、フェリチェは菓子の入った袋を抱く。


「デートのお誘い以前の問題だ。あいつには恋人がいたんだ」


 イードは口を挟まず、穏やかに相槌を打つのみだ。

 日々、多様な情報に耳を傾けている彼には、有名パティシエと花屋の看板娘が恋仲であることも承知の事実である。


「……可愛い娘だったぞ。絵巻の中のお姫様みたいだ。あいつの作る飴細工みたいに、触れたら壊れそうにキラキラで優しげでな。フェリチェには、ああいう魅力はない」


 床についてしまいそうなほど、耳と尾が、しゅんと垂れる。


「フェリチェは余り物の菓子と同じだ。選んでもらうには、もっとメスを研かないといけないんだ」

「君の驕らない性格は美徳だと思うけど……縁は――、選ぶとか選ばれるじゃないと思うんだよなぁ」

「だったら何だ」


 ペンの羽根を整えながら、イードは首を傾げる。


「うーん、タイミングの問題はこの際置いておいて……価値観の重きをどこに置くか?」

「同じことだろう。フェリチェにだってわかる。一緒に並んだら、ほとんどのオスはあの娘を選ぶだろう。フェリチェはメスとして魅力に欠けている」

「そんなことはないと思うけどなぁ」


 狭い世界で生きてきたフェリチェにとっては、花屋の娘はそれほど眩しく見えたのだ。美醜の差をさして意識することもなかったアンシアと違って、多種多様な人々を見ているうちに、フェリチェは他人と比べるということを覚えた。

 そして「似合う」「釣り合う」という人族語の意味も学んだ。


 せっかく買ってきた菓子をひろげもせず、フェリチェはソファにもたれて放心する。

 そんな姿を黙って見つめるイードだが、おもむろに外套を羽織ると、閉まったばかりの戸を開いた。


「フェリチェ。お菓子を買いに行こうよ」

「……菓子ならある。しばらくいらない」

「そう言わずにおいで。研究に付き合ってほしいんだ」


 フェリチェは気乗りしないものの、イードはいいから、と手招く。家で一人くさっていても仕方ないので、散歩がてらついていくことにした。



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