あなたには何が見える?
海風が湿った手で街を撫で、潮の香りがそこかしこでフェリチェの鼻をくすぐった。
影のように黒い外套を纏ったイードの隣を歩く、白銀のフェネットは非常に目立った。
しかし、最初の日のように邪な気を起こす者はほとんどおらず、日の高いうちにこうして出歩く分には、ユーバインは確かに安全な街であった。
やがて、下町の商店通りまで辿り着いたイードは、一軒の店を指差す。
「あそこだよ」
ちょっと古ぼけた看板には「銭貨菓子」と掲げられていた。店の中から溢れるように、ひっきりなしに子供たちが出入りしており、楽しげな声が表まで漏れている。
「子供が多いな」
「パティスリーと違って、お小遣いで買える程度の単価だからね、子供たちにはこっちが馴染みだよ。それにほら、中をごらん」
促されるまま、店内を覗いたフェリチェは、居並ぶ菓子や包装の色鮮やかさに目を奪われた。
ロロの作る、花びら一枚一枚の濃淡を再現したような繊細な色彩とは違い、原色の……もはや暴力的と言ってもいいほど、彩りに満ちた波が視覚に訴えてくる。
「色がね。目を引くだろう?」
「そうだな。ぱっと目に飛び込んでくる」
「人間の、まだ視力の発達が未熟な赤子はね、複雑な色を見分けられないんだ。子供たちはどれくらいだろう。でもきっと、大人には見えない世界が見えているから、彼らを惹きつけるものがあるんだろうね。……さて、何を買おうかな」
子供たちに混じってイードが菓子を選んでいると、店にいた子供たちがわっと集まって、彼を取り囲んだ。
「イードの兄ちゃん! この前、見たことない色のイモ虫がいたよ!」
「へえ、いつ? どこに? 大きさは?」
「兄ちゃん! この前見つけた石がね」
「あたしも! あたしも話したいー!」
次から次へ、子供たちは身近な不思議を語り聞かせる。彼が知りうる限りの知識で応えてくれるのを、期待に満ちた眼差しで待っているのだ。
「お前、人気者だな」
「そんなことないよ。俺と子供たちの関心事が似ているだけさ。子供はなんでも知りたがる、俺もそれと同じなだけ」
「だがイードは大人だ」
「体だけならね」
そう言ってイードは、鼻歌を歌いながら楽しそうに菓子を選んだ。
「そうだ。フェネットはどこまで色を認識できる? ねぇ、フェリチェ。これとこれ。違いが分かる?」
イードの手には、棒菓子が二つ握られている。同じ菓子でも、表面をコーティングした糖衣の色が異なる。
「おかしなことを聞くな。分かるぞ。こっちは森に揺れる木の葉の色だ。こっちは野に実ったコケモモだ」
「じゃあこれは?」
「葡萄だな! アンシアではその色のものと、こっちの薄い黄緑とが栽培されていたぞ」
「ふむ、色の認識はヒトと相違なし……と。ちなみにこれは何色に見える?」
「空の色だ。ああ、いや……海かもしれん! 今朝、フェリチェが出かけた時に見た海の色だ」
透き通った青い水飴が、窓から射した陽を孕んで宝石のように輝いた。ロロに憧れを抱いて出かけた時の、フェリチェの心そのものだ。
「……海ももうすぐ夕焼けに染まるな」
しんみりした気持ちが再び押し寄せて来て、フェリチェは瞳を伏せる。
落とした視線の先に、これから訪れる夕焼け色のリボンを結んだ菓子があって、手は自然とそれに伸びていた。
「決まった?」
「ああ、フェリチェはこれにする。これが、いい」
菓子の中身よりも、リボンの色で選んだ。
夕焼け色はルタの眼差しに似ていて、しおれた心を元気づけられている気がしたのだ。




