表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/47

第六話「農民の王子」(3)




◇ーーー







 目が覚める。


 灰色の石の天井。視線を少し横に()らすと、小さな格子窓(こうしまど)から陽光が差し込んでいる。


 僕はベッドに寝かされているらしい。


 

「いっ……!」



 ズキッ!と頭に釘でも刺されたような鋭い頭痛。

 

 僕は反射的に、頭の痛む箇所(かしょ)を右手で(かば)う。


 そうして数秒痛みに耐えると、スーッと痛みが引いていった。


 僕は鼻で溜息(ためいき)()いて、右手を退()ける。



 見ると、右腕が青黒く変色していた。



「……え?」



 左腕も持ち上げてみると、同じように青黒い。


 肘の辺りから手の甲まで、青黒いアザのようなものが覆っていて、腕の内側は白い地肌が残っている。


 痛みはないが、痛ましい。


 火傷の跡のようにも見える。



「……起きたか、【神聖】殿 」



 若い男の声。


 声の方を見ると、男がこちらに背を向けて、木製の椅子に座っていた。


 翼の生えた大きな背中だ。


 男は肩()しにこちらをチラと見る。



 その顔は見覚えがあった。さっき、僕を助けてくれた竜人のひとりだ。名前はたしかーーイェルガさん。


 僕は起き上がって、イェルガさんに向き直る。



「えっと……助けて頂き、感謝致します……」


「……礼ならば、竜神様に 」



 固い返答。


 イェルガさんは僕から視線を外した。


 

 しん、と辺りが静かになる。


 沈黙が重い。



「……えーっと……」



 言いながら、辺りに視線を(ただよ)わせる。



 広い部屋だ。恐らく寝室。


 椅子やテーブル、ベッドといった家具も置いてあるけれど、ほとんどは見たことのない家具ばかり。


 これといった派手な装飾(そうしょく)はない。



 自分の体に視線を下ろすと、白い薄手の服を着させられていて、(はま)っていた足枷(あしかせ)は外されている。


 あと、片耳になにか付いてる。


 耳の(ふち)(さわ)ってみると、軽い金属がピタッとくっついていた。


 なんだこれ……イヤーカフかな?



 元々着ていた服はボロボロになっちゃったからな。わざわざ着替えさせてくれたんだろう。


 足枷(あしかせ)まで外してくれたようで、ありがたい。



 僕が今の状況を確認していると、ガチャとドアの開く音がした。



「悪かったな、イェルガ。交代しよう……って、【神聖】殿。起きていましたか 」



 部屋に入ってきたのは、体格の良い、人の良さそうな顔の竜人。


 アゥスファさんだ。


 手には、湯気が立つ木の器を持っている。



 アゥスファさんは、イェルガさん、僕、と順番に見たあと、僕の元へ歩いてきた。



「おはよう御座います。【神聖】殿 」


「おはようございます 」


「こちら、薬草スープをご用意させて頂きました。食べれば元気になること間違いなしです 」


「あ、ありがとうございます……」



 アゥスファさんは持っていた器を、ベッド(わき)の小机に置いた。


 器の中身は、真っ赤な肉がゴロゴロ浮いた赤紫色のスープだった。


 スープからは湯気が立っていて、香草(こうそう)(さわ)やかな香りが香ってくる。



「ここは……」


「はい、竜神の里です 」


「竜神の里 」



 アゥスファさんは、椅子をひとつ持ってきてベッド(わき)に置くと、そこに座った。



「闇の化物は私とイェルガで撃退し、その後、【神聖】殿を竜神の里にお連れしました。前の服と足枷(あしかせ)は捨てるつもりでしたが、構いませんか?」


「はい、構いません。けど……」



 僕が少し言い(よど)むと、ウラナゥルさんは穏やかな顔のまま、僕の次の言葉を待ってくれる。



「あの、リリィ……近くにいた女の子は、どう、なりましたか……?」



 恐る恐る、僕は疑問を口にする。



 勢いよく席から立ち上がるイェルガさん。


 フン、と鼻を鳴らすと、ずかずか歩いて、そのまま部屋を出て行った。



 アゥスファさんは視線を()らし、頬を長い爪の先でバツ悪そうに()く。



「その件は……その、悪かったね。彼女は、私が見た時にはもう、事切れていたんだ 」


「……そう、でしたか 」



 リリィの姿が、脳裏に(よみがえ)ってくる。


 肺の中で、(にご)った空気が(うず)巻いていくような気がした。



 アゥスファさんは目を伏せて、僕の頭をそっと()でた。



 押し(だま)る僕。


 流れる沈黙。



 アゥスファさんは困ったような顔をしている。


 何を話せば良いか迷っている様子だった。



 申し訳なかった。


 恩人を困らせてしまっていた。


 でも、自分でも、どうしたら良いのか、良くわからなかった。



 ベッドのシーツのシワを、僕はじーっと見続けた。



「……では、今はこの辺で。また後で(むか)えに来ます。それまで、ゆっくりしていて下さい 」



 言いながら、アゥスファさんは立ち上がり、ドアまで移動する。


 少しの間のあと、ドアは開かれ、パタンと閉じられた。


 足音が遠ざかっていく。



 僕は首をゆるりと傾けて、目線を石の天井に向ける。



「リリィ……」



 結局、また空回りしたのか。



 (くちびる)()む。


 プツッと歯が皮膚(ひふ)を破って、鉄の味が舌に触れる。



 苦しいな。


 この胸の狭窄(きょうさく)に、慣れ始めている自分が憎い。



 『いきて 』……か。



 体が冷え込んでくる。



 僕に生きてる資格なんてあるのか?


 のうのうと生き永らえて……。


 死んでいった人たちは、もう何もかもできないっていうのに。


 ……よそう。こんな考え、彼女らに失礼だ。



 視線を下ろすと、ベッド(わき)の小机の上、赤紫のスープが目に入った。


 僕は居住(いず)まいを正し、両手の平で胸と鳩尾(みぞおち)を隠すようにして食前の祈りを(ささ)げ、スプーンを手に取る。


 スプーンの三分の一ほど、赤紫の液体を(すく)い、すっと口の中に注いだ。


 温かい液体が口の中をほんのり温める。


 続いて、香草のふわりと優しい(さわ)やかさと、肉から溶け出した甘い旨味が口の中に広がった。


 美味しかった。



 久々だな。こんな、しっかりした食事。


 リリィにも食べさせてあげたかった。



 僕は今度はごろっとした肉をスプーンで(すく)って、口に運ぶ。


 初めて食べる肉だ。


 美味しく調理されているが、僕には少々固い。


 奥歯で何度も咀嚼(そしゃく)して、肉の繊維(せんい)を潰し(ほぐ)していく。


 やはり、美味かった。







 広い部屋の(すみ)で、僕は少し泣いた。







__________________________________________________



 『面白い!』『続きが気になる!』と思って下さった方は、是非♡応援や☆☆☆レビューをお願いします!


 作品のフォローまでして頂けると、本当に励みになります!


 感想を送ってくだされば、泣いて喜びます!


 『面白い!』『続きが気になる!』と思って下さった方は、是非↓の☆ ☆ ☆ ☆ ☆の欄から、ポイント評価をお願いします!


 いいねやブックマークまでして頂けると、本当に励みになります!


 感想を送ってくだされば、泣いて喜びます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ