第六話「農民の王子」(3)
◇ーーー
目が覚める。
灰色の石の天井。視線を少し横に逸らすと、小さな格子窓から陽光が差し込んでいる。
僕はベッドに寝かされているらしい。
「いっ……!」
ズキッ!と頭に釘でも刺されたような鋭い頭痛。
僕は反射的に、頭の痛む箇所を右手で庇う。
そうして数秒痛みに耐えると、スーッと痛みが引いていった。
僕は鼻で溜息を吐いて、右手を退ける。
見ると、右腕が青黒く変色していた。
「……え?」
左腕も持ち上げてみると、同じように青黒い。
肘の辺りから手の甲まで、青黒いアザのようなものが覆っていて、腕の内側は白い地肌が残っている。
痛みはないが、痛ましい。
火傷の跡のようにも見える。
「……起きたか、【神聖】殿 」
若い男の声。
声の方を見ると、男がこちらに背を向けて、木製の椅子に座っていた。
翼の生えた大きな背中だ。
男は肩越しにこちらをチラと見る。
その顔は見覚えがあった。さっき、僕を助けてくれた竜人のひとりだ。名前はたしかーーイェルガさん。
僕は起き上がって、イェルガさんに向き直る。
「えっと……助けて頂き、感謝致します……」
「……礼ならば、竜神様に 」
固い返答。
イェルガさんは僕から視線を外した。
しん、と辺りが静かになる。
沈黙が重い。
「……えーっと……」
言いながら、辺りに視線を漂わせる。
広い部屋だ。恐らく寝室。
椅子やテーブル、ベッドといった家具も置いてあるけれど、ほとんどは見たことのない家具ばかり。
これといった派手な装飾はない。
自分の体に視線を下ろすと、白い薄手の服を着させられていて、嵌っていた足枷は外されている。
あと、片耳になにか付いてる。
耳の縁を触ってみると、軽い金属がピタッとくっついていた。
なんだこれ……イヤーカフかな?
元々着ていた服はボロボロになっちゃったからな。わざわざ着替えさせてくれたんだろう。
足枷まで外してくれたようで、ありがたい。
僕が今の状況を確認していると、ガチャとドアの開く音がした。
「悪かったな、イェルガ。交代しよう……って、【神聖】殿。起きていましたか 」
部屋に入ってきたのは、体格の良い、人の良さそうな顔の竜人。
アゥスファさんだ。
手には、湯気が立つ木の器を持っている。
アゥスファさんは、イェルガさん、僕、と順番に見たあと、僕の元へ歩いてきた。
「おはよう御座います。【神聖】殿 」
「おはようございます 」
「こちら、薬草スープをご用意させて頂きました。食べれば元気になること間違いなしです 」
「あ、ありがとうございます……」
アゥスファさんは持っていた器を、ベッド脇の小机に置いた。
器の中身は、真っ赤な肉がゴロゴロ浮いた赤紫色のスープだった。
スープからは湯気が立っていて、香草の爽やかな香りが香ってくる。
「ここは……」
「はい、竜神の里です 」
「竜神の里 」
アゥスファさんは、椅子をひとつ持ってきてベッド脇に置くと、そこに座った。
「闇の化物は私とイェルガで撃退し、その後、【神聖】殿を竜神の里にお連れしました。前の服と足枷は捨てるつもりでしたが、構いませんか?」
「はい、構いません。けど……」
僕が少し言い淀むと、ウラナゥルさんは穏やかな顔のまま、僕の次の言葉を待ってくれる。
「あの、リリィ……近くにいた女の子は、どう、なりましたか……?」
恐る恐る、僕は疑問を口にする。
勢いよく席から立ち上がるイェルガさん。
フン、と鼻を鳴らすと、ずかずか歩いて、そのまま部屋を出て行った。
アゥスファさんは視線を逸らし、頬を長い爪の先でバツ悪そうに掻く。
「その件は……その、悪かったね。彼女は、私が見た時にはもう、事切れていたんだ 」
「……そう、でしたか 」
リリィの姿が、脳裏に蘇ってくる。
肺の中で、濁った空気が渦巻いていくような気がした。
アゥスファさんは目を伏せて、僕の頭をそっと撫でた。
押し黙る僕。
流れる沈黙。
アゥスファさんは困ったような顔をしている。
何を話せば良いか迷っている様子だった。
申し訳なかった。
恩人を困らせてしまっていた。
でも、自分でも、どうしたら良いのか、良くわからなかった。
ベッドのシーツのシワを、僕はじーっと見続けた。
「……では、今はこの辺で。また後で迎えに来ます。それまで、ゆっくりしていて下さい 」
言いながら、アゥスファさんは立ち上がり、ドアまで移動する。
少しの間のあと、ドアは開かれ、パタンと閉じられた。
足音が遠ざかっていく。
僕は首をゆるりと傾けて、目線を石の天井に向ける。
「リリィ……」
結局、また空回りしたのか。
唇を噛む。
プツッと歯が皮膚を破って、鉄の味が舌に触れる。
苦しいな。
この胸の狭窄に、慣れ始めている自分が憎い。
『いきて 』……か。
体が冷え込んでくる。
僕に生きてる資格なんてあるのか?
のうのうと生き永らえて……。
死んでいった人たちは、もう何もかもできないっていうのに。
……よそう。こんな考え、彼女らに失礼だ。
視線を下ろすと、ベッド脇の小机の上、赤紫のスープが目に入った。
僕は居住まいを正し、両手の平で胸と鳩尾を隠すようにして食前の祈りを捧げ、スプーンを手に取る。
スプーンの三分の一ほど、赤紫の液体を掬い、すっと口の中に注いだ。
温かい液体が口の中をほんのり温める。
続いて、香草のふわりと優しい爽やかさと、肉から溶け出した甘い旨味が口の中に広がった。
美味しかった。
久々だな。こんな、しっかりした食事。
リリィにも食べさせてあげたかった。
僕は今度はごろっとした肉をスプーンで掬って、口に運ぶ。
初めて食べる肉だ。
美味しく調理されているが、僕には少々固い。
奥歯で何度も咀嚼して、肉の繊維を潰し解していく。
やはり、美味かった。
広い部屋の隅で、僕は少し泣いた。
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