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第11話

「蓮君って将来何になりたいの?夢とかあるでしょ」


「夢かぁ。考えたことないな。今を生きるので精いっぱい」


「え、つまんな」


「何だよそれ」


「結婚してお嫁さんと幸せに暮らしたいとか、一流企業に入って裕福な暮らしをしたいとかあるでしょ?」


「例えが極端だな」


「だって、何もないっていうから」


「んー…、夢と言わないかもだけど、櫻とプロ野球なんか観に行きたいよな。櫻と野球観るの楽しいし」


蓮の今の状態で気軽に野球を観に行けることが出来ないのは櫻は十分によく分かっている。


「いいね、あるじゃん。じゃあ約束だよ!絶対にいつかプロ野球観に行って、奇跡が起きたらお兄ちゃんがそのチームにいて」


「亮太郎がプロ野球選手か、それこそ夢だな」


「夢通り越してそうだけどね。普段のお兄ちゃん考えると、今でさえも試合で声援もらってるのが不思議でしょうがないよ」


蓮は笑うと「かっこいーとか言われてたもんな」とその真似をした。


「言われてた言われてた。笑っちゃったよ」


「でも、試合中の亮太郎は本当にかっこいいよ。大会では代打が主な役割だったけど、そこで結果出しちゃうんだもんな。すごい奴だよ」


「そうなんだよね。野球やってる姿がかっこいいから、家にいる時のお兄ちゃんがね…」


櫻は冗談っぽく苦笑いすると弁当の残りを食べ終え片づけ始めた。


「ありがとな、弁当」


「うん、また作るね」


櫻は、満面の笑みで返すと教室に戻っていった。


蓮はゆっくりと教室に戻る準備をしていると校内放送で蓮の名が呼ばれた。


すると、教室に戻っていったはずの櫻が戻ってきた。


「蓮君何したの?」


心配しているようでもない、好奇心旺盛の櫻の真骨頂が出たのだろう。


「心当たりが全くないな。どうせ直前までついてくるだろうから、一緒に行くか?」


櫻は満足そうに大きく頷くと、蓮の後を追いかける形で職員室へと向かった。




「失礼します」


蓮が職員室を空けると職員室の奥にある応接スペースで担任教師である清水が誰かと話していた。


蓮の声に気付いた清水が蓮を手招きする。


清水で見えなかったのだが、もう一人いるようでその人物は蓮にも分かり、職員室の外から覗いていた櫻も声をあげた。


「安藤さん」


安藤は蓮を見ると表情を崩し右手を軽く上げた。


応接スペースにたどりつくまでに、一年生だろうか、先生と神妙な顔つきで話していた生徒が、こちらを好奇な目で見ていた。


しかし、何も面白いことが無いと踏んだのかすぐに興味を失ったようだ。


「安藤さんがどうしてここに?」


「それはこちらの大先生についてきたんだよ。蓮君にも会いたかったしね」


そう言われ、その大先生と言われた蓮の知らない人に目を向けた。


安藤同様がっしりとした体つきで、身長は蓮より十センチは高く、面と向かっただけで威圧感を感じるような体格だ。


しかし、表情には優しさが滲み出ており、蓮にはこの人が厳しい人なのか優しい人なのか、判断しかねていた。


その大先生と呼ばれている人物が軽く頭を下げながらこういうものですと蓮に名刺を渡した。


――桜木総合メンタルクリニック 医院長 桜木豊


「このクリニックって」


安藤が嬉しそうに蓮の問いに答えた。


「覚えてくれていたようだね。この医院長は私の恩師でもある先輩なんだ。医療のイロハを教えてくれた人なんだよ」


「やめなさいよ。この子には関係のない話だろ」


安藤は苦笑いで軽く頭を下げると傍らにドアから顔をのぞかせている櫻を見つけた。


「あれ、櫻ちゃんだよね」


蓮が苦笑しながら答えた。


「俺が職員室に呼び出されたから、何をしたんだって好奇心でついてきたんです」


安藤は笑うと苦笑している桜木に櫻の同席を求めた。


同席を求める際の「蓮君のことは櫻さんも分かっているので」という言葉から自分の障害のことに関することだろうと察知した。


安藤が櫻に手招きするも、入ってよいのかおどおどしていたが、蓮が頷くと櫻も入ってきた。


再び安藤が桜木を紹介すると、本題の話が始まった。


清水がこれまでの経緯を軽く話した。


「今度当校にこちらの桜木総合メンタルクリニックさんの医師を派遣されることになったんだ。前任の人が今度産休で長期間来れなくなってしまったからね」


蓮は頷きながらも委員長までもが足を運ぶような話なのだろうかと訝しんだ。


「蓮のことは安藤先生から聞いたよ。担任ながら恥ずかしい話で何も気づいてやれなかった。申し訳ない」


突然頭を下げる清水に蓮は慌てて頭を上げるようお願いすると安藤が言った。


「実は先生は、蓮の異変に気付いていないわけではなかったんだ。気づいてから先生なりに勉強したらしいんだが、先生は教師であって、我々のような心の専門家ではないからね。そして、私の所に連絡がきたんだよ。こういう生徒がいるってね」


合点がいった蓮は「ありがとうございます」と清水に例を言うと続けた。


「先生のような人が担任の先生でよかったです」


清水は「やめろよ」とまんざらでもないようである。


気を取り直した清水は何故安藤に連絡したかを話し始めた。


「安藤先生とは高校の時の先輩後輩でね。安藤先生が先輩で俺が後輩なんだが、安藤先生が野球で甲子園を目指しているときに俺はサッカーで国立を目指していたというわけだ」


「仲が良かったんですか?」


すると、安藤が苦笑しながら答えた。


「仲が良いというか、幼馴染なんだよ。蓮君と亮太郎君と同様にね。先輩後輩の差はあるけどね」


蓮が納得したように頷くと安藤は続けた。


「私も清水先生が蓮君の担任教師だと分かったときには驚いたよ。連絡を取ったり食事をしたりしていたが、生徒のことまで話すのはよろしくないからね」


蓮にも分かるような気がして納得したように頷くと安藤は真剣な顔つきになり話した。


「清水先生から君のことを相談されたときは、清水先生の気持ちを察するに相当考えていたと思うんだ。さっきもいったが、生徒のことを話すのは教師として微妙な事だからね。でも、私に相談した。その直後に偶然この慶明高校から連絡がきたんだから驚いたよ」


すると委員長の桜木がこの本質とも言うべき話を始めた。


「君の話は安藤先生から聞いているよ。安藤先生も話したと思うが、君が乗り越えようとしているものは正直まだ世間からは白い目で見られる代物だ。すでに何人もの人が悩み克服しているのにも関わらずね。だから週に一度、この高校に本来の派遣という名目で安藤先生も派遣しようと思うんだ」


「安藤さんがこの高校に?」


「安藤先生も自分自身の患者さんを受け持っているから毎日というわけにはいかないがね。言っておかなければならないのが直接君と症状の事について学校で話すということはないということだよ。先ほども言ったことと同様で、メンタルクリニックの医師である安藤先生と君が毎週のようにコソコソ部屋で話しているとなったらありもしない噂が広がるだろうからね」


「では何故忙しい安藤先生がうちに?」


「君が普段どういった雰囲気の所で過ごしているかを最低限把握するためだよ。君が乗り越えようとしている壁を少しでも低くしたくてね。その壁の高さは普段どういった雰囲気の所で過ごしているかで大きく左右される時があるからね」


すると、今まで黙っていた櫻が口を開いた。


「じゃあ安藤さんを見つけても私や蓮君から声をかけずに無視した方が良いということですか?」


桜木は微笑みながら蓮とは違った優しい声で答えた。


「普通に話してくれて構わないよ。コソコソするのが良くないんだよ。例えば保健の先生と仲良くたって何にも思わないよね。逆に誰もいないような部屋で二人きりで話をしていたら何かあると思ってしまう。そういうことだよ」


櫻は納得しようで「よかった」と言うと、安藤が不思議な顔をした。


「よかったとは?」


「私、知っている人がいると、どうしても話しちゃうんですよ」


何か緊迫していたような雰囲気が一気に和むような櫻の言葉に皆微笑むと蓮が言った。


「櫻には隠し事を共有することイコール隠し事ではないですから」


「それどういう意味?」


そんな二人に安藤が「まあまあ」と割って入ると二人の授業の時間を気にしてか改めて挨拶をして帰路についた。


帰り際に安藤が蓮の耳元で囁いた。


――櫻ちゃんは一生大切にしなきゃ駄目だぞ。人生の先輩としてのアドバイスだ。


蓮は首を傾げると、その反応に満足したのか足取り軽く安藤が帰っていった。


安藤の言葉の意味を考えるも蓮には全く分からなかった。


自分の障害のことを言っているのか。


でもそんな言葉のニュアンスではなかった。


何か面白がっているような。


考えていると櫻が「何言われたの?」と目ざとく気づいていたらしい。


「こっちの話」


「いいじゃん、教えてよ」


すると偶然か清水が「もう授業始まるから教室に戻れよ」と助け舟になる言葉をかけたので話がそれた。


帰り際に清水が「俺に言いにくかったら安藤さんに言っても良いから、そういう時は俺を通しなさい。別の場所で時間を作るから」と真剣な口調で言われたので蓮は頭を下げて櫻と教室に戻っていった。




ある日曜日の夕方、突然亮太郎が家に蓮を訪ねに来た。


メールや電話ではなく家に直接来たので、またキャッチボールの誘いか何かかなと思い玄関の扉を、運動するような服装ではなく、余所行きの亮太郎からしたら精一杯のおしゃれであろう格好で待っていた。


「どうしたんだよ。そんな恰好で」


「祭り行こうぜ」


「祭り?あー、花火大会ね」


「おう、お前がいつも壁当てしているところでさ、あそこが屋台が一番多いんだよ」


「亮太郎は花火じゃなくてそっちメインだろ」


「さすが、俺のことなら何でも分かってるな」


蓮は待っててと言い、着替えに部屋に戻ろうとすると亮太郎が呼び止めた。


「ちゃんとある程度お洒落しろよ。浴衣とかはないと思うけどさ」


「花火観に行くだけだろ、男二人で」


「バカ言え、男二人で花火なんて観に行くかよ。櫻と美里ちゃんも一緒だっての」


「あー」


と蓮は合点がいったようだ。


最初はただ、亮太郎が屋台の焼きそばやたこ焼きを食べたいだけかと思ったが、おそらく櫻が強制的に引っ張ってきたのだろう。


「で、その櫻と美里ちゃんは?」


「先行って場所とってるってよ」


「場所って?」


亮太郎はきょとんとした。


「場所っていったら花火を見る場所に決まってるだろ」


「あっそうか。たまに行くとき亮太郎と屋台で食べ物買うだけだからそういう発想無かったな」


「それはやばいって」


お互い笑いあうと今度こそ蓮は着替えをしに部屋に戻っていった。




蓮と亮太郎はいつも蓮が壁当てをしている河川敷の一区画に行くと、そのすぐ脇の芝生に櫻と美里が座っていた。


「おまたせ」


亮太郎が言うと美里が「蓮くんこんばんは」と何やらニヤニヤしていた。


そんな美里に不思議がりながら首を傾げた蓮は櫻がいないことに気が付いた。


それを察してか亮太郎が櫻の行方を聞いたその時「美里ぉ、足痛い」と櫻がこちらに歩いてきた。


水色と白を基調とした浴衣姿である。


髪も浴衣に合うようにセットしたようで、蓮は思わず見つめてしまっていた。


「あっ、蓮君。ごめんね、急で」


「……」


蓮は何も返せないでいた。


櫻は自分の浴衣に何かついているのではと自分の浴衣を何度も見るも何も変なことはなく「どうしたの?」と首を傾げた。


すると亮太郎が今にも吹き出しそうな様子で「蓮、見惚れすぎ」と突っ込むと、美里は吹き出してしまっていた。


「蓮先輩って意外と分かりやすいですよね」


蓮が慌てて「何でもないよ」と否定するも時すでに遅しである。


櫻を除いては。


「何が分かりやすいの?」


櫻が美里に聞くと美里は「は?」と思わず声を上げてしまった後、ため息交じりに言った。


「こりゃあ、地球がひっくり返っても無理だわ」


と肩をすくめると、亮太郎はニヤニヤを辞めずに「ちげえねぇ」と楽しそうである。


そんな二人を見た櫻は首を傾げると蓮の手を取って歩き出した。


「こんな変な二人は置いといてかき氷買いに行こ?」


と蓮と一緒に屋台へと歩いて行った。


そんな二人を見つめながら美里は言った。


「ったく、いい男と浴衣を着た可愛い女の子が手をつないで歩いてるんだから、はたから見れば誰でもカップルって思うわ」


「まあだけど、蓮が連れてかれてるって感じだけどな」


「お互いに気付いてないのかな」


「仲が良すぎるんだろうな、きっと。小さいころからあんな感じだったからな」


「私は櫻の彼氏は蓮先輩以外いないと思うんだけどな」


「そりゃあ俺だって櫻の彼氏が蓮だったら安心するさ。蓮の良さはよく分かってるからな」


すると亮太郎と美里はお互いにシンクロするようにため息をつくとタイミングの良さに笑いあった。




「何食べる?」


蓮は櫻に聞くと櫻は迷った様子で「いちご」と指さした。


「オッケー」


そういうと蓮は財布を出し受け取ったかき氷を櫻に渡した。


「お金後でだすね」


「いらないよ。櫻の方が食べるだろうし」


「いいの?」


櫻は飛び跳ねる勢いで喜ぶとかき氷を食べ始めた。


「おいしい!」


そんな櫻の横顔を見ながら蓮は自分の心の中に今までにない感情が宿ったことに気が付いた。


――櫻を守りたい。


蓮にとって櫻は昔から妹のような感覚で一緒にいたが、ただ櫻が後をついてくるだけといった感覚で、蓮が櫻に対して何かを強く思うことは事故に関わること以外にはなかった。


もちろん、事故がきっかけで櫻を守りたいと思うことは蓮にとったら土台として心にある。


だけど、その守りたいとは何か違う、むず痒いような感覚。


このむず痒さは櫻の浴衣姿を見てから蓮の心にあるものだった。


普段はもちろん制服だが、それ以外の暑いときにはTシャツにショートパンツ、冬はパーカーにジーパンとあまりお洒落をした女の子らしい服装を見てこなかったので、蓮には新鮮に映ったのかもしれない。


すると視線に気づいたのか櫻がこっちを向いた。


「どうしたの?さっきから、なんか変?」


と先ほどと同じように浴衣を見る櫻。


「いや、何着ても櫻だなって思って」


「何よそれ。私も着たくて着てるんじゃないんだけど。美里がうるさくってさ」


「ごめん、そういう意味じゃなくてさ」


「分かってるよ。だけど、他の女の人にそれ言ったらアウトだからね。私は蓮君のこと分かってるからいいけど」


「そりゃどうも」


と頭を下げる蓮にその仕草が面白かったのか櫻は笑いだした。


しかし、その時慣れない下駄を履いていたからか躓いてしまった。


とっさに櫻をかばおうと体を支えるも、かき氷は櫻の手からするりと地面に落ちてしまった。


「あーっ」


櫻は落ちたかき氷のカップを拾いながら泣き始めてしまった。


慰めるも櫻は「蓮君がせっかく買ってくれたのに」と泣き止む気配がない。


その様子よりも櫻の足が心配になった蓮は櫻を傍らのベンチに座らせると櫻の足を見た。


何回見ても変わらない大きい手術の跡がある。


事故直後はなかなか見ることが出来なかった。


しかし、櫻が元気になるにつれて、櫻が自ら傷を蓮に見せ「医者ってすごいよね」と笑うので蓮の心も少し和らぐことが出来、何とか傷を直視できるようになった。


「もう…大丈夫だって。ちょっと躓いただけじゃん。マラソンとかしなければ大丈夫だよ」


泣きながらも蓮の心配を解こうと蓮に言う。


その時、蓮が怒鳴った。


「そういう問題じゃないだろ!マラソンとかしなくても足ひねったらどうすんだよ!」


突然怒鳴られた櫻は泣くのも止まるくらいの驚きで蓮を見る。


「櫻のことが心配なんだよ!櫻にはずっと笑っていてほしいんだよ!」


通行人が何事かと二人のことを見ながら通り過ぎる。


なおも蓮は自分をセーブできないのか続けた。


「櫻のことが頭から離れないんだよ!」


涙目の櫻は蓮の言ったことに意味が分からず「蓮君?」と返すことが出来なかった。


そもそも櫻の事故以降ここまで蓮が怒鳴ったりする姿を見たことがなかった。


事故以前も亮太郎とのけんかの時に見たことはあるが、こんなに我を忘れたかのような蓮を櫻は見たことがなかった。


ふと我に返ったのか、蓮が自分でも何を言ったのか分からないような表情をしたかと思うと「ごめん」ととっさに謝った。


「いや、私の方が悪いんだと思う。ごめん」


すると櫻の頭の中も整理をできていなかったが、蓮のことが心配で「大丈夫?」と蓮の顔を覗き込む。


しかし、蓮は顔を合わせようとしなかった。


その時、二人の帰りが遅かったので心配したのか、美里が様子を見に来た。


「いたー、もうなにしてるのよ。花火始まっちゃうよ」


その時、二人の異変に気付いた美里は驚くと「なになに?」と二人の顔を見比べた。


「二人とも何があったの?」


すると、蓮は「ごめん、今日はもう帰る」と言って走って行ってしまった。


櫻はそんな蓮の背中を見えなくなるまで見つめていた。

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