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ずっとともだち1

 ブーンと唸りをあげる古ぼけた端末。俺は、その端末のモニタから出る光に照らされた、大量の磁気ディスクを見て唸った。かなりの量のデータだ。これをどうにかして、時間借りしている大型コンピュータに送り処理をして、明後日までにはクライアントに返さなければならない。


 まったく、最近は本業じゃない仕事が多すぎて困る。と言っても本業で作っているタウン誌は週刊でペラペラのものだし、ここ最近はまともにコンピュータを使える人間がいないから、データ処理の副業が増えるのも無理はない。何と言っても、副業の方が収入が多いぐらいだし。


 しかしまあ、こんな量のデータを家から電話回線経由、しかも音響カプラなんかで送ったら何日かかることやら。ちなみに、音響カプラってのはコンピュータからの信号を音に変換して電話で送る装置だ。構造は単純で、この装置の上に電話の受話器を置くと音声を経由して遠隔地のコンピュータと通信が出来る。


「あー、困ったなあ」俺は椅子をギシギシ言わせながら呟いた。もし、家から電話回線経由で送るとなると、その間は他の仕事ができなくなるし、電話代だって月収の半分にはなるかもしれない。そこらへんは先方に請求しても良いけど、そんなことしたら次の仕事が来なくなるしな。いや待てよ、それはそれでゆったりとした人生が送れて良いかも。


 そんなことを考えていると、ある名案が思い浮かんだ。そうだ、聖花学園へ行って端末室を借りよう。この町唯一の学術組織である学園には高速の専用回線があるし、俺はそこのアカウントも持っている。ほら、市民の特権てヤツだ。あそこからなら二時間ぐらいで送れるな。

 もっとも、俺が使っている大型コンピュータが近くにあれば、直接データを持って行くのだが、あれはカリフォルニアにあるしな。学園の施設を使うしかない。


 俺はディスクの山を丁寧に梱包すると、自転車を部屋から出し、それを荷台に括りつけた。そして、そのまま家から出るとマンションの廊下を自転車で走る。なに、この階には俺以外の住人はいない。俺は鼻歌を歌いながら、エレベータへと向かった。


 荒野を抜け、市街地へ続く桜吹雪の舞う大通りに出ると、駄菓子屋の前で俺は見慣れた背中を発見した。自転車の速度を緩め、俺はその背中に近づく。

「よお、どうした制服なんか着て。今日は休みじゃないか?」


「え、ええ??? あ、拓人さん」見慣れた背中の持ち主は慌てながら振り向くと、大きな耳を上下に揺らした。優恵だ。

「んー、バイトの仕事が片付いてないから、これから学園へ行くの。拓人さんは?」優恵はそう言うと、チラチラと駄菓子屋の店先を眺める。

「あ、そうか、優恵は図書館で司書の手伝いをしていたもんな。俺も学園に行くよ。端末を借りるんだ」俺も優恵の視線の先を見つめる。そこには色とりどりの駄菓子だけでなく、アヤシゲな玩具が並んでいた。


「そうなんだ。あ、そうそう! 今、私悩んでいるの…」と、優恵が深刻な顔で言う。

「どうした?」

「いや、今ここに今月のバイト代の残りが百円あるんだけど、どっちを買おうかなって」優恵は、がま口を開けて大きなニッケル貨を取り出した。百円と言ったら、ラーメンが二杯は食べられる。

「どれどれ?」俺が優恵の視線の先を見ると、そこにはポリバケツ状の容器に入ったネバネバするだけの玩具スライムと、玉が二つ糸で括りつけられただけの玩具アメリカンクラッカーがあった。そして、俺と優恵の姿を微笑ましく見つめる、駄菓子屋のおばちゃんの姿も。


「おいおい、二つとも欲しいのか?」

「うん。でも、スライムが五十円でアメリカンクラッカーが六十円なの。両方は買えないよ…」

 俺は優恵の淋しそうな表情を見て、十円ぐらいあげても良いかなと思った。が、よくよく考えてみるとこの玩具を買った場合、とんでもないことが起きるような気がする。きっとスライムは俺の部屋で遊んで書類の上やカーペットの上に垂らされて大惨事になるし、アメリカンクラッカーは俺の顔面を狙うだろう。そんな光景が、まざまざと思い浮かぶ。しかも、本人に全く悪気がないのだから怒れなくて、さらに状況が悪化するだろう。


「ま、まあ、今は学園に向かおう。今度にしたら、どうだ? あ、優恵、スモモ食べるか?」俺は大惨事が引き起こされないよう、何とかして優恵の注目をそらそうとした。

「すもも!??? うん、食べる♪」優恵は目を輝かせて、薄いプラスティック容器に入った真っ赤なスモモを見つめた。

「そうか。おばちゃん、じゃあスモモ二つにチョコドーナツね」俺は財布から小銭を出すと、おばちゃんに渡した。

「え、ええ!? ちょこどーなつも!!?」


 俺は満面の笑みを浮かべる優恵に、スモモとチョコドーナツを分けると学園へ向かった。


「うう、すももおいしいよぅ」道すがら、優恵はスモモの容器にストローを指して中身の酸っぱい液体を飲みきると、スモモを取り出して口に含んだ。俺はあの液体を捨てるが、優恵は平気で飲んでしまう。恐ろしい。

「行儀が悪いなあ」

「そ、そんなほと、らいもん」優恵は口にスモモを含んだまま文句を言う。

「ほらほら、種は出すんだぞ?」俺がそう言うと、優恵はプッと種をビニール袋に出して学園の校門近くにある屑籠へ捨てた。


「あー、ついちゃったか。ちょこどーなつは、しまっておこう」優恵は残念そうに校門を見上げると、チョコドーナツを鞄へしまった。

「で、優恵は図書室へ行くんだよな。俺は電算室へ行くけど、どうする?」

「んー、じゃあ後で電算室へ行きますね。私の仕事は、一時間半ぐらいで終わっちゃうから」


「おっけー」俺がそう答えると、優恵はにっこりと微笑みお辞儀をしてから、尻尾を大きく振りながらトテテと図書室のある方へ走って行った。うむ、こういう仕草だけを見ると、かなり可愛い年頃の女の子なのだが、どうもさっきの駄菓子での姿を思い出すとなあ。

 ちなみに優恵は、かなり学園ではモテる方で、一時は毎日のように下駄箱にラブレターが入っていたらしい。だが彼女は微笑みながら、その全てを捨ててしまった。開封もせずに。恐ろしい女だ。


 俺はそんなことをぼんやりと考えつつ、電算室のある旧校舎へと向かった。


        *


 俺は最後のディスクをディスクドライブから取り出すと、ほっと一息ついた。確かに、ここの回線は早い。うちの数千倍の速度はある。だが、いくら回線が早くてもディスクを入れ替える手間はかかるし、それにディスクの読み出しは結構遅い。まあ、テープに比べれば断然マシだけど。

 俺は凝りに凝った肩を揉みながら、最後のディスクをケースにしまった。このディスク、結構大きいクセしてペラペラなため、きちんとケースに入れないと折れ曲がってしまうのだ。


「終わりましたか?」ふと、後ろから声がする。振り向くと、そこには学園のネットワーク管理者、伊部がいた。

「ああ、やっと終わりました。すみません、帯域を専有してしまって」

「いえいえ、今日は誰もネットワークを使ってませんから、いいんですよ。それより、随分大きなデータだったみたいですね」伊部はそう言うと、机に置かれたディスクケースを眺めた。


「あ、ええ。画像ファイルだったものですから。今、これから処理コマンドを向こうのセンターに送ります。明日には画像解析結果が帰ってくるでしょう」俺はそう言いながら、呪文のように長いコマンドを入力した。が、入力ミスがあったのかエラーが出る。

「料金は、いつもの通りで?」伊部の言葉に頷くと、彼は一枚の請求書を手渡してきた。俺はそれを受け取り、再度コマンドを入力する。お、今度はうまく行ったみたいだ。


「たっくとさーん、終わった?」俺が請求書を見て思ったよりも使用料が安くて安心しているところに、優恵が飛び込んできた。

「お、終わったぞ。帰るか?」俺がそう訊ねると、優恵は首を横に振って隣の端末の前に座る。

「少し遊んでから帰るよ~。楽しみにしてたんだ♪」優恵は上機嫌で端末のスイッチを入れた。

「ああ、神無月さん。今日も、クレハは起動できますよ」伊部がふと、不思議なことを言う。クレハって何だ?


「良かったー。…あ、あれれ?」優恵は首を傾げながら、何度もリターンキーを叩いた。

「どうした?」俺が横から身を乗り出すと、どうやらログインが出来ないらしい。で、さらに良く見ると…

「もう一度やってごらん」俺はCAPSロックを外し、そう促した。


「うん、あ、入れた。拓人さん、すごーい!」優恵はすごいすごいと感心しているが、何だかこれぐらいのことで褒められると、逆に恥ずかしくなる。

「でさ、クレハって…」俺が、クレハとか言うものについて訊ねようとすると、優恵は自分の手帳を取り出し、あるページを開きその内容を入力し始めた。ちなみにこの手帳は、どうしても優恵が欲しがっていたので、この前買ってあげたものなんだけど、すでにボロボロになるぐらいに使い込まれている。


 優恵のたどたどしいタイピングを眺めていると、どうやら何かのコマンドを入力しているようだ。そして、最後にリターンキーを押すと、画面が切り替わりプロンプトが表示された。すかさず優恵が、入力を始める。


ユエ「コンニチハ」


 だが、画面には優恵の入力した文字しか映らない。

「あれ、おかしいなあ???」首を傾げる優恵に、俺は再度訊ねた。「だからさ、クレハってなに?」


「あ、ああ、ごめんなさい。クレハってね、コンピュータとお話しするプログラムなの。でも、今日は返事が来ないなあ?」優恵は、残念そうに大きな耳をだらりと下げた。心無しか、尻尾も淋しげに揺れている。


「クレハって、今、学生に人気の疑似人工知能プログラムなんですよ。うちの学園の系列の研究所で作られたものらしいです。きっと、起動に時間がかかっているんだと思いますよ」伊部がそう言うと、画面に変化が現れた。


クレハ「コンニチハ ユエ チャン」

クレハ「ゴメン ワタシ ネテタ」


「おお?」俺はモニタを食い入るようにして見つめた。面白い、こんな会話プログラムが一般に公開されているなんて。

「じゃ、端末の使用が終わったら連絡ください」伊部はそう言うと、電算室から出て行った。


 しかしまあ、サスペンドモードに入っていたんだろうが、それを『ネテタ』と表現するとは、ずいぶん茶目っ気のあるプログラムだなあ。いや、正確にはプログラマに茶目っ気があったんだろうけど。

 いったんクレハが起動すると、優恵は俺のことなんかほっぽり出して、クレハとの会話に夢中になった。最初、いろいろと優恵のちょっかいを出していたのだが、しまいには体中の毛を逆立てて怒られる始末。俺はそんな優恵の対応にいじけながら、黙って画面を見つめた。


 どうやら、このクレハは言語エンジンが未熟なためか、返事が遅いし助詞を間違えた文章を平気に送ってくる。この辺が、単純な学習機能しか積んでいない、割と単純なプログラムであることを示していた。だが、辞書が膨大なのか、結構本物らしく答えてくるのに、俺は感心した。


ユエ「キョウ ハ タクトサン ト ガクエン ニ キテ イマス」

クレハ「タクトサン ヲ ダレ?」

ユエ「ワタシ ノ トモダチ」

クレハ「オトコ ハ ヒト デショ カレシ カナ」

ユエ「モウ ジョウダン ハ ヤメテヨ」


 ん?何で、クレハは『タクトサン』と言う単語から、カレシと言う単語を想起したんだろう? 誰かがそんな条件付けをしたのか?

「なあ、優恵」

「ん? なーに?」優恵は端末から視線をそらすと、俺を一瞥した。

「いや、クレハに俺のことを話した、学習させたのか?」


「ううん、今日初めて拓人さんのことを話したよ~」優恵はニッコリと笑うと、そのまま再び端末に向かった。

 むむむ、こりゃあ意外と凄いプログラムなのかもしれない。いや、もしかしたらランダムに『タクト=カレシ』として話しただけなのかな。


 俺が隣で色々とクレハの構造や、構文解析エンジンについて考えていると、優恵が「あっ」と声を上げる。

「もう、使用期限が来ちゃった~」優恵は肩を落とすと、残念そうに深いため息をついた。画面を見ると、システムからの終了確認メッセージが表示されている。


ユエ「モウ カエル ネ」

クレハ「ウン マタ オハナシ スル」


 優恵が終了コマンドを打とうとした時、俺は彼女の手をつかんだ。

「きゃっ、どうしたの、拓人さん?」

「いや、ちょっと入力してほしい言葉があるんだ」俺の心には、どうにかしてクレハの仕組みを、その一片でも良いから知りたいと言う気持ちが湧き出ていた。そして、優恵にある会話文を打ち込んでもらう。


ユエ「ジャア ツギノ ヤクソク ヲ シナイ?」

クレハ「イツ?」

 

 おお、どうやら次回のスケジューリングが出来るみたいだ。こりゃ、学園の子がハマるわけだ。ここまで人間臭い反応をするなら、皆興味を持って当たり前だ。


ユエ「イツ ガ イイ?」

クレハ「ハヤク ヲ イイ ナ ジカン ガ ナイ」


「拓人さん、拓人さんとこの端末は使える?」優恵がそんな事を聞いてくる。そうか、うちから実行できれば、いつでもできるもんな。

「ああ、まあテキストベースなら大丈夫だよ」俺がそう答えると、優恵は再びキーボードに向かった。


ユエ「ジャア ユウガタ ハ?」

クレハ「ウン ゴジ カラ ナラ」


 と、ここでシステムが強制終了させられてしまった。俺たちは伊部にお礼を言うと、電算室から出た。まだ日は高く、そのまま家に帰るのは惜しかったが、五時からクレハとの約束がある。その前に、自宅から接続できるように端末を設定しないとな。

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