ずっとともだち2
まっすぐ家に帰るつもりだったが、今度は文房具屋の前で優恵が立ち止まった。どうやら、店先に張ってあった『シャープペンの替芯を買うと消しゴムをプレゼント!』と言うポスターが気になったらしい。あまりにも尻尾を左右に振っているので、つい買ってあげてしまった。うむむ、あまり甘やかしちゃいけないよなあ。
「わー、わー!本物のコンニャクみたいだよう!」優恵は俺の家にきてからずっと、文房具屋でもらった消しゴムをいじっている。しかしなんだ、何で『おでん』を消しゴムにする必要があるんだ? シャーペンの替芯でおでん消しゴム?? わけがわからん。
「おい、優恵。端末を接続するぞ?」俺は、消しゴムに魅了されている優恵を呼びながら、電話の受話器を取り上げた。そして、メモ書きを見ながら学園のアクセスポイントに電話する。呼び出し音が数回聞こえると、耳障りな電子音が聞こえ始めた。俺は受話器を音響カプラに設置すると、端末の接続キーを押した。画面に接続メッセージとログインプロンプトが出る。
「わー、わああ!」優恵は物珍しそうに、音響カプラやら端末、それにディスク装置を見回した。
「ほら、ログインしろよ」
「わかったー」優恵はそう言うと、たどたどしい手つきでパスワードを入力し、それから例の手帳を開いてコマンドを入力した。
現在の時刻は午後四時五十分。少々早いので、きっとクレハは起動しないだろう。そう言えば、クレハが五時と言う時刻を指定したのも、コンピュータリソースの点から言って賢い選択だ。五時に学園や学園のコンピュータを利用している役所の業務のほとんどが終了するので、コンピュータリソースを確保しやすくなる。
ユエ「クレハ チャン キタ ヨ?」
優恵の入力に応答はない。まあ、恐らくまだプログラムが起動していないのだろう。
「ところで優恵。お前、クレハをどう扱っている?」俺は先ほどから薄々感じていたことを、優恵に訊ねた。確かにクレハの返答は人間みたいで、一瞬、人間相手にチャットをしていると思い込んでしまう。だが、あくまでもクレハはプログラムだ。なのに、優恵はクレハを実在する人間かのようにとらえている節があるのだ。
「え? 友達かなあ?」優恵は、表情を緩め微かに笑う。その笑みとともに大きな耳が真横に垂れた。
「友達って、クレハはプログラムだぞ? 人間じゃない」俺はため息をついた。どうやら、優恵はクレハを人間、もしくは人間に近いものだと思い込んでいるらしい。
「うん、知ってるよ。コンピュータの上で動いているんでしょ?」と優恵。
「何だよ、それは理解しているのか。じゃあ、ふざけて友達だって言ったんだよな?」俺は、何故だかほっとした。
「いや、お友達だもん。いろいろなお話しをするし。悩みを聞いてもらったこともあるよ?」優恵はムキになって、頬を膨らませた。俺はそんな姿に首を傾げた。プログラムだとわかっているのに、友達だって? 冗談じゃない。
「だから、それは良く出来たプログラムだから、優恵が勘違いしているんだって!」俺が語気を荒めると、優恵はじんわりと目を潤ませた。ヤバい、優恵はこういう時に強情だから、このままだと泣かせてしまう。
「勘違いじゃないもん! 別に相手がプログラムだって、こっちが気にならないなら、お友達だもん!!!」
俺は優恵の言葉にはっとした。そうか、クレハはチューリングテストに合格するほど、優れた処理エンジンを持っているんだ。例え相手が機械であっても、二値信号の固まりであっても、ユーザ側が相手を人間だと信じ込んでしまえば… それは人間と変わりない。
「そっか、ごめんな」俺が謝ると、優恵は目に溜まった涙を拭い画面に振り返った。丁度そのとき、クレハからの応答が表示される
クレハ「ジカン ピッタリ ヘ キタヨ ユエ チャン」
ユエ「ワー アリガトウ」
それから優恵とクレハは、ぽつりぽつりと文字コードの交換をした。だが、優恵の言う通り、クレハはあまりにも良く出来ていて凄く親しみを感じてしまう。話している内容も、優恵の学園での出来事、最近流行っているミュージシャンの噂話、それに好きな花の話と、多種多様だった。で、何故か先ほどの言い合いの話が優恵によって持ち出され…
ユエ「デネ タクト サン ヒドイン ダヨ?」
クレハ「ドウシタノ? ケンカ?」
ユエ「クレハ チャン ノコト プログラム ダッテ バカニ スルノ」
おいおい、そんな話をクレハにしたって解釈できないし、下手すれば例外処理エラーで、え?
クレハ「ハハハ ソレハ ワタシタチ ニコトヲ ヤイテ イルノダ」
ユエ「ソウナノ カナ」
クレハ「ソウダヨ」
驚いた。ここまで柔軟な応答が出来るなんて。もしかしたら、クレハは戦前の技術、つまり今では失われてしまった先端技術を駆使しているのかもしれない。とそこまで考えて、俺はふと嫌な想像をしてしまった。もしかしたら、誰かの脳髄だけが取り出されて培養され、コンピュータに接続されているとか?
俺のそんな想像とは裏腹に、優恵は嬉々としてキーボードを叩いている。
ユエ「ワタシタチ トモダチ ダヨネ?」
その質問に、クレハの応答はぴったりと止まった。おや、こんな単純な会話でエラーでも発生したのだろうか。
「あわわ、返事が返ってこなくなっちゃった」おろおろと画面と俺を交互に見つめる優恵。そんな心配もつかの間。再び、殺風景な画面にカナ文字が表示され始めた。
クレハ「ワタシ モウスグ キエチャウ ノ アト スコシ デ」
クレハ「ワタシ ヲ シンジャウ ンダ トモダチ アリガトウ」
クレハ「モウ ハナセナイ カモ」
画面を見て俺たちがあっけにとられていると、突然プログラムが異常終了してしまった。優恵が慌ててプログラムを起動し直そうとするが、もうプロンプトが帰ってくることはなかった。
これは一体どういうことだろう。あと数日でクレハが消える。もしかしたら、リソースを多く消費するため、もうプログラムを削除されてしまうのだろうか。だが、それなら何でプログラム本体が、それを理解しているのだろう。もし、理解しているなら、それは自我があると言うことだ。
「わ、わーーー!どうしたんだろう??」優恵は必死に、キーボードをカチャカチャ叩きつつける。俺は無言で優恵と席をかわると、思いつきであることを調べることにした。
そして数分後、学園のホストコンピュータの通信記録、つまりログを見て、あることに気づいた。
「優恵、クレハが何者か知りたいか?」
「え? どういうこと?」
「クレハはどうやら、ただのプログラムじゃないらしい」俺はログの一部をプリントアウトするよう、コマンドを送った。しばらくすると、部屋の隅に置かれた旧式のドットインパクトプリンタから大きな音がたち始める。
俺は連続紙を破り取ると、ログのある箇所に赤ペンで印をつけた。
「ほらここ」俺が赤ペンで印をつけたところを優恵に見せると、彼女は首を傾げた。ああ、そうか読み方がわからないんだな。
「すまんすまん。ここに書いてあるのは、今さっきまで優恵の他にクレハにアクセスしていた、しかも外部からアクセスしていた人がいるってことだよ。アドレスから見て、どうやら研究機関らしいが…」
「え? じゃあ、私がクレハちゃんと話しているとき、誰かがそれを盗み見していたの?」優恵は不安そうに身を縮こまらせ、尻尾をだらりと垂らした。心無しか、少し身体が震えている。
「そうかもしれないし、違うかもしれない。ちょっと待ってろ。ラウルに、この人物の実住所を調べてもらう。なに、公衆回線を使っている限り、割と簡単に見つかるさ」俺はそう言うと、音響カプラから受話器を取り外し、情報屋のラルフに電話をした。
*
ラウルにテレタイプでログを送ると、次の朝には調査結果が返ってきていた。結構な額の請求書とともに。俺は溜息をつきながらその請求書を壁のコルクボードに止め、調査結果を読む。家には、朝っぱらから優恵がいた。どうやら今日も休みらしく、彼女は朝早く俺の家に来ると、いつの間にか純和風の朝食を作ってくれていたのだ。
調査結果を見ると、優恵と同時にホストコンピュータへ接続していた人物は、公衆VTX回線を経由して『聖花親善病院』からアクセスしていたらしい。VTXと言えば、文字だけでなく画像も送れる一般向けのネットワークで、よく物好きな人々がネットワークショッピングなどに使うアレだ。
「で、どこからの接続だったの?」優恵は洗い物を終えたらしく、かけていたエプロンを外し丁寧に折り畳んだ。
「聖花親善病院だってさ。ほら、学園のすぐ側の」俺は調査結果を優恵に見せる。
「え? あの病院…?」優恵はそう言うと、複雑な表情をした。畏怖と哀れみの混じったような表情を。それも無理はない。そもそもあの病院は、この前の核戦争で被爆した患者を治療するために出来たものだが、今ではガンや白血病専門の病院になっている。そして、一番有名な部門がホスピスだったりする。
「そうだ、あの終末医療で有名な病院さ。で、VTXの利用者を調べたら、そこの小児病棟が登録されていたんだ。多分、子供たちの遊び道具として端末をおいているのだろう」俺はそこまで言うと、未来がわずかしか残っておらず、そこを出られない子供たちが唯一の楽しみとしてネットワークで遊んでいる姿を想像した。
「そっか、子供たちのために用意した端末があるのかな…」
「優恵、クレハのことが気になるか?」俺は自分の考えを話さず、優恵に訊ねた。先ほどから、俺の頭に浮かぶモヤモヤしたもの。これは多分、この病院へ行けば解決するだろう。しかし、それと同時に優恵が悲しむことになるかも知れない。いや、クレハも悲しむだろう。
「うん、気になるよ…」優恵も俺と同じことを思いついているのか、神妙な面持ちで頷いた。
「そうか、じゃあ病院へ行こう。何も収穫がないかも知れないが…」
「うん…」
俺たちは言葉少なに出かける準備をする。病院で恐らく、俺たちはクレハの正体を知るだろう。だが、その正体にある漠然とした結論が思い浮かんだ今、このままクレハとずっと会話が出来なくなることは、優恵にとって辛いものになると思う。
だから、独善的かも知れないが、俺は優恵と病院へ向かうのだ。




