7 塔島正義 / 森村信人 / 菊池守(駅員室)
「森村さん、どうされましたか」
駅員室に到着した塔島正義が事情を聞くと、森村信人と菊池守が二人でもみ合いになったところを、駅員に補導されたということだった。
「俺はただのとばっちりです。この菊池って人に聞いてくださいよ。薮中真理子と仲間だろとか、頭がおかしいんだよこいつ」
もみ合いになったときに引きちぎれたのか、森村が来ているワイシャツの第一ボタンが取れてなくなっていた。
真っ昼間から酒を飲んでいたわけでもないのに、いい年をした大人が取っ組み合いの喧嘩をするなんて、まともではない。
「菊池さん。森村さんが薮中真理子と仲間というのは、どういう意味ですか」
薮中真理子とはペンタグラム社に所属する開発者で、無差別殺人事件を犯した桐山蒼の恋人だった女だ。
入院していた桐山茜のかわりに桐山蒼の遺体を確認したのは、この薮中真理子だ。
以前に会社で事情聴取をしたときも含めて、恋人を失ったというのに泣きわめく様子もなく、冷静に受け答えをしていたのが印象的だったのを塔島は思い出していた。
「こいつらはグルだ。見たんだ。隠してる。だから、シリアル番号は0222だ。茜のなにか。あの女が持ってたんだ。エコバッグなんだよ」
よれたワイシャツに無精髭姿の菊池は、虚ろな目をしてさっきから同じようなことを何度も繰り返し言っている。
菊池は桐山茜の恋人で、ゴシップ系のウェブサイトで記事を書いている編集者だったはずだが、言葉を仕事にしているとは思えないぐらい支離滅裂な会話を続けている。
駅員が職場に連絡したところ、ずっと無断欠勤をしていたようで、行方不明になった桐山茜を探してさまよっていたらしい。
元々知的レベルが高そうな人間がここまで壊れているのは、かなり危険な領域に足をつっこんでいる可能性も高い。
今は何も持っていないようだが、もし森村ともみ合った時に、凶器のようなものを持っていたらと思うとぞっとする。
「隠してるもなにも、ただ単に俺たちは薮中に貸してたDVDを返してもらいに行っただけだよ。電話しても出ないから直接会いに行ったけどいなかった、それだけだ。グルってなんだよ」
森村が呆れたように大きなため息をついた。塔島もため息をつきたかったが我慢して、辛抱強く菊池に質問する。
「菊池さん、シリアル番号って何のことでしょうか。桐山茜さんのエコバッグに書かれてるということですか」
なるべく刺激しないように、情報を整理しようとする。
「茜が喜んでた。あの女が盗んだんだ。オレンジに猫の絵だ。猫の記念日なんだよ。トイレで着替えてた。五周年記念の限定品だからね」
聞けば聞くほど、泥沼にはまっていく状況に、塔島は頭が痛くなってきた。
今まで荒神との会話が成立しないと思っていたが、この狂った菊池との会話に比べたら、よっぽどマシだったようだ。
塔島は質問で解決することを諦めた。菊池の言葉をメモしていくと、文脈がおかしいだけで、情報自体はすでに揃っている。
詳しい経緯はよくわからないが、桐山茜のエコバッグとやらを薮中真理子が持っているらしいということは確かなようだ。
つまり、行方不明の人間の持ち物を持っているから、その女が怪しいと言いたいのだろうか。
「とりあえず、薮中真理子さんに話を聞いてみます。桐山茜さんのエコバッグを持っているかどうか、行方を知らないかどうかを確認してきましょう。それでよろしいですか、菊池さん」
理解しているのかどうか怪しいが、塔島の目をじっと見つめると、ポケットから出した千円札を渡してくる。
「買ってあげて。茜が好きなんだ」
「いえ、こういうものは受け取れません」
返そうとしても譲らない。仕方なく塔島はお札を受け取るが、何を買えというのだろう。
「茜さんが好きな物って何のことでしょうか」
「夕日は赤いんだ。遊園地で食べた。綺麗ならいいって」
これ以上聞いても答えを教えてくれそうにない。
塔島はため息をついた。ただでさえ疲れているときに、難解なクイズはやめてほしい。もうすでに迷宮入りしそうだ。
「菊池さん、今回は森村さんが揉め事を公にしたくないとおっしゃってるので大目に見ますが、今後はいきなり他人につかみ掛かったりしないでくださいね」
わかっているのかどうかは謎だが、菊池は返事もせずにうっすらと口だけゆがめて不気味な笑みを浮かべている。
さすがに普通の状態ではなさそうな菊池を一人で返すのは危険な気がしたので、職場に連絡して誰かに引き取ってもらうように駅員に頼んだ後、森村にはもう帰っていいと伝えた。
しばらくすると菊池の同僚だという林田という男が到着したので、一緒に出て行くのを見送ってから塔島が駅員室を出ると、外で荒神強が待っていた。
塔島が持っている千円札を見て不思議そうにしている。
「なんですかそれ」
「遊園地で食べられる、桐山茜が好きな物って何だ」
「何を言っているのか、意味がわかりません」
「俺もだ。お前、頭良いんだろ。超絶難問の答えを閃いたら教えてくれ」
塔島は自虐的に笑うと、首を傾げている荒神とともに、薮中真理子が住んでいるマンションに向かった。