04:予定変更と古傷
アーノルドの言葉に、俺は耳か頭がおかしくなったのかと本気で思った。それくらいその言葉は予想外で、なおかつ厄介なものだった。
「……あの、今、なんと」
「だから、あの召喚被害者の少女を、オスタリア学園で預かることになった。その為、予定よりも厳重な警備の元、野営しないように遠回りして帰ることになる」
要するに、連れて帰れ。良くも悪くも素性の分からない存在を首都においておくつもりはないってことか。警備とか野営なしとか、どこかの貴族だった場合を考えて、良い待遇なんだろうな。
オスタリア学園に来るのはまぁ良い。年齢を考えれば妥当な置き場だろう。貴族の子息子女も多いから設備も良いし、留学生も多いから波瀬に言葉を教える先生だっていそうだ。
あと、個人的に波瀬の近くにいられるってのは嬉しい。まぁなんだ……いざってときに傍にいた方が何かと便利って言うか、その。……会えなくってもなるべくなら近くにいたいんだよ、うわ恥ずかしい。
同時に、辛くもある。俺は学園に戻ればそうそうキドの姿で行動は出来ないし、アーノルドのことだ、警備は万全だろう。迂闊に会いに行くわけにもいかない。あの召喚のときのように、諦めるしかない。見て見ぬふりは、嫌なんだけど。
「……その、あの少女は言葉が通じないと聞いたんだが」
険しい顔つきで、ジュスターが発言する。こいつはミレーヌ以外には基本的に興味ないからヨシ。危険なのはアーノルドかな、言葉が通じなきゃただのイケメンだし。くそっ、なんで学園の生徒は美形が多いんだよ。……言葉が通じる以上、俺が一歩先んじてると信じたい。
「あぁ、どこの国のものかも分からない。しばらくは身振り手振りで何とかするしかないだろうね」
「身の回りの世話は……」
「ミレーヌ嬢に頼むしかないだろう。年齢も近そうだしね」
その言葉にぐぅ、とジュスターが黙り込む。素性の分からない人間をミレーヌに近づけたくない、んだろうな。俺は言葉通じるけど、それを知られるわけにはいかないし。……さすがに、好きになった女の子の身の回りの世話とか、ちょっとハードルが高すぎる。
「まぁ大人しいようだし、随分と落ち着いた子のようだ。身柄がオスタリア学園預かりとなった以上、全力でサポートしようじゃないか」
「が、がんばります」
おぉ、ミレーヌがいつになくやる気だ。引っ込み思案だから不安だったけど、下手な貴族の令嬢とかじゃないから波瀬が困るって事もないだろ。ミレーヌと波瀬、か……波瀬がショックを受けそうだな、何にとは言わないけど。
しばらくはキドはお休みだな。迂闊に見つかって、同じ日本人ってことがバレたらどうなるか。どれくらいかかるかもわからないけど、ある程度落ち着くまではリドヴェルトだけで行動しよう。
「学園の方に連絡はしておいたから、予定より帰還が遅れるが問題ないだろう。あぁ、もちろんその分、補習はあるが……リド君、ティル君、逃げ出さないように」
「ちっ」
横を見ると、ティルも苦々しい顔をしていた。基本的に勉強嫌いだからな。俺だって好き好んでやりたいとは思わない。いざとなったら覚悟を決めて、ティルをそそのかそう。ほら、未来のためにティルの力を実践的に知っておくことは大事だと思うんです。
いくら俺が真面目だろうと、補習という響きだけで逃げる理由は十分すぎる。
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ごとっと一際大きく揺れた後、馬車が止まった。一日目の移動が終わったらしい。まぁ、今日は首都を出て一番近い街に泊まるからな。次の街までちょっと距離があるから、初日はこれで移動は終了だ。
波瀬はミレーヌと一緒に特別な馬車に乗っている。城の方からの貸し出しで、屈強な護衛つきだ。遠目から見ただけだったけど……なんか、馬車はきらびやかなのに囚人の護送と思うくらいに厳重だった。
そんな緊張感溢れる馬車で移動だ、言葉全く通じないから不安だし。できれば現状どうなっているかだけでも伝えられたらいいんだけど……うーん、俺が宿の部屋に行くのは、ちょっとなぁ。いきなり過ぎるし、適当な理由も見当たらない。キドの姿はもっとだめだし。
そわそわしつつも、しょうがないと諦めモードだ。学園都市に着くまでだいぶあるし、その間に一度は会えればいいんだけど。てっきりずっと城だと思ってたからそういう説明しかしてなかったからなぁ。学園都市に移るなら、俺が傍にいるって伝えたい。……物理的に距離が近くても、そう簡単には会えないってことなのか、ちくしょう。神様よりかは会いやすいし望みもあるけど!
宿のベッドに横になってため息をついていると、俺以上にそわそわしたやつがいた。ベッドに座ったり部屋をうろついたり、出て行くかと思えばドアを閉じて戻ってきたり。ただの不審者だぞ、ジュスター。
「リド、ちょっといいか」
「なんだよジュスター、夜遊びならアーノルドを連れてけよ」
まだ夕方くらいだけど。ジュスターはむすっとした顔で違う、と首を振った。
「その……暇だったら、俺と一緒に来てくれないか。一番、端の部屋だ」
「端の部屋って……例の子の部屋だろ。何しにいくんだ」
思わず俺も声を潜める。あらゆる意味で重要人物だしな……移動の間も、あんまり人目につかないようにされてたし。召喚が成功してしまった、なんて公にされてない情報だ。少なくとも学園都市に着くまではこんな具合だろう。
俺としてはあんまりあわせたくないんだが……べ、別にジュスターが綺麗な顔してるからとかじゃない。初見ではとっつきづらい凶悪な目つきしてるからだ。万が一のことがあったら嫌だから顔面偏差値高いやつを会わせたくないとかじゃない。……うん、ちょっと嘘だ。
ジュスターは少し困ったように目を逸らし、小声で言う。部屋には俺とジュスターとティルしかいないんだが、まぁ雰囲気だろう。
「何って……その、……ミレーヌが、いるだろう」
「あー……」
行きの日程では途中途中の休憩や炊き出しなんかで、馬車が違っても頻繁に会う機会は会った。城についてからはボディーガードってことでほとんどずっと一緒にいたし。つまり。
「いちゃつきにいくのか」
「ち、違う! ただ、その、疲れているだろうから気晴らしにでもなればと思ってなっ。リドにはその間、部屋にいて欲しいんだ」
「要するにデートに行きたいから、見張り代わりよろしくってことだろ」
「要するな!」
赤くなるジュスター。うん、ちくしょうリア充なんて……俺だって波瀬とそういう風になりたい。まぁ渡りに船ってやつだ、断るわけはない。親友の頼みだし。
「ん、でも、アーノルドの許可はとったのか? 見張り代えるとか」
「いい笑顔で許可を出された。外泊はするなと言われたが」
するわけないだろう、とぶつぶつ言ってるが、お前は前科もちだからな。城でミレーヌの部屋に泊まってただろ。……っていうか、アーノルドはいろいろ言うけど、ジュスターの恋愛応援しすぎだろ。許可、そんなに簡単に出していいのか。
まぁ、今のところ何かしたってわけでもないし……波瀬は普通の女の子だしな。身元不明って所以外は警戒も必要ないし。ミレーヌが傍にいるのは、リラックスさせるためなんだし。今はとにかく、ちょうどいい。
「それなら大丈夫か……で、なんで俺なんだ?」
「ティルじゃ絶対にダメだろう。空気読まないから何も通じる気がしない」
そりゃそうだけど。いや、他にもいるんじゃないか? 俺は、自分で言うのも悲しいがあんまり強い方じゃないし、いざって時には戦力があったほうがいいんじゃ。アーノルドだったらその辺考えて、誰か推薦したりしそうなものだけど。
ジュスターはその辺りの反論も分かっていたのか、何か言うように口をもごもごとさせた。ちょっと目を逸らして、沈黙を挟んで気まずそうに言う。
「……リド君だったら女顔だしちょうどいいだろう、だそうだ」
「よし、後で殴る」
そのネタまだ引きずってやがったのか。ちょっとは身長も伸びたし体つきだってよくなったんだぞ。声変わりはまだだけど、いずれ兄たちのようなイケメンに、メンズになるんだ。
古傷を抉った罰、思い知らせてやる。




