03:フラグと前途多難
「さあ、きちんと実力を見せてみなさい。正面から打ち砕いてあげるわ」
「う、うん」
「……その舐めきった態度も、改めさせてあげる。骨の2、3本は覚悟しなさい」
「えー……」
あの顔は「そんな覚悟はしたくないなぁ」って感じかな。ティルってなんていうか、バカ正直に言葉を受け取る。リリーアンジェに皮肉を言われても大概通じてないし。
リリーアンジェが怒るのも分かる、馬鹿にされてるようにしか感じないからな。俺もたまに、通じないってわかっててもイラッとくるし。
リリーアンジェは額に青筋を立てて、ぐっと両手の剣を構えた。ティルはそれを見て、右手の短剣を逆刃に構える。うーん、いつもより若干、緊張してる、か? どうも常にとぼけた顔してるからよくわからん。
エーフィ先生は2人を見比べ、ぼんやりとした様子で口を開いた。
「ではぁ、リリーアンジェさん対ティートくん……はじめっ」
はじめ、の言葉が言い終わると同時に、リリーアンジェの姿が消えた。跳ぶように駆け、ティルに接近。片手剣がティルに振られるが、ティルもまた跳ねて避けた。おお、マンガみたいに跳べるものなんだな。
接近、攻撃、それを避ける。延々とそれの繰り返しだ。リリーアンジェは攻め手に欠けるし、ティルは攻めようって気がないように見える。
「っ、ふざけるのもいい加減にしなさい! 貴方は何のためにこの学園に来たの!」
リリーアンジェが吼える。おお、なんかカッコイイな。第一貴族の子女、いろいろあって入学してきたんだろう。まぁ女の子だったら、嫁いでいくときの箔付けって感じか? 気ぃ強そうだし、なんか抱えてるものでもあるのか?
ティルは困ったように止まり、少し考え込んだ。そして、
「……友達を作るため、かな?」
リリーアンジェの気が抜けたのが、遠めにも分かった。あんだけ勢い込んで聞いて答えがそれじゃ、肩透かしもいいところだろう。
それでも、何か感じるところはあったんだろう。肩の力が抜けた。表情も、怒っていないようだ。静かに、最初に教室で聞いたときのようなりんとした声が響く。
「……ティート・ディラーグ、これが終わったら、貴方に謝らせて。貴方は決して弱くなんかない。もっと自信を持って、それを誇るべきだわ」
「え、え?」
ティルはきょとんとしている。けど、これってかなり良い雰囲気なんじゃないか? 最初に仲が悪かった男女がいさかいを通して仲良くなる……おお、フラグか。これが恋愛フラグか。はじめて見た。
こういう場合、ティルが勝利して「君も強かったよ」的なことを言えば良いのかな。ティルを見直して、そこから始まるラブ、みたいな。
っていうか友達よりも恋人作ってやった方が、世界滅ぼす気なくなるんじゃね? おお、ちょっとお膳立てをすれば世界は救われるのか、マジでラブ&ピース!
「よし、勝て……勝って世界を救え、ティル……」
「何をぶつぶつ言ってるんだ?」
はっ、いかん、つい願望が駄々漏れた。
ま、願わなくともティルだったら余裕で勝ってくれそうではあるか。見れば、2人は剣を構えて最後の勝負といった緊張感だ。ぐっと力を溜め、
「はぁっ!」
リリーアンジェが飛び出す。そこまでは同じ、だけど。上から下から横から斜めから――斬撃のラッシュ! 凄い、速さを生かすってこういうことか!
ティルは驚いたように目を丸め、そして。
リリーアンジェの身体が壁に叩きつけられた。
ばきき、と音が鳴り木製の武器庫にひび割れが走った。いやいや木の柔軟性とか無視して破壊ってどんだけ……っていうかいくらリリーアンジェが小柄だとしても、3リアスは飛んでるぞオイ。その上であの破壊力かよ、つかそれよりも、生きてるか!?
「……き、救護班早くー!」
「はい!」
いつも暢気なエーフィ先生も顔色を変えて駆け寄っている。待機していたらしい救護班の人たちも深刻そうな顔だ。すぐに数人がかりで治癒の魔法をかけ始める。魔法は万能じゃない、治せる怪我にも限界がある。一瞬の沈黙が崩れ、ざわ、と不穏な雰囲気。
「……あ、れ?」
とぼけた声。慌てて見れば、ティルは振りぬいたらしい拳を見て首をかしげている。っていうか……殴っただけで、コレかよ……! チートすぎるわ! しかもちょっと不思議そうって、これで本気じゃなかったのかよ!?
リリーアンジェの身体を担架に乗せて、救護班の人たちが去っていく。応急処置をして、後は医務室に運んで手当てするんだろう。あれ……骨折、だけじゃすまないよな……。当たったのが柔らかい木の壁だったから良かったものの、この世界で一般的な石壁とかだったらどうなってたか。
死んで、いたかもしれない。
ティルの力は、本当に、人間を滅ぼせるもの、なんだ。自覚もないみたいだけど、人間を憎んだら歯止めは利かない。これでまだ発展途上なんだ、大人でも太刀打ちできないチート性能に成長しちまう。
「……冗談きついぜ、オイ」
前途多難。ラブ&ピースなんていってる場合じゃなかった。
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あの後、微妙な空気のまま授業が再開された。全員が終わった後、今日はもう授業もないので解散となった。ギルドに行くらしいジュスターと別れて更衣室を出る。が、俺はさっさと帰ろうとしたティルを掴んで止めた。
「リド、何? 早く帰ろうよ。僕お腹すいた」
「その前に医務室! リリーアンジェの様子見に行くぞ」
「え、なんで? 僕が行ってもやることないよ」
目を丸くする様子は、本気だ。本気で、心配どころか罪悪感もないらしい。それどころかスッキリって感じに見える。そりゃ、ここ最近うるさかったリリーアンジェがいないんだから、お前は清々しいのかもしれないけど。
でも、それじゃダメなんだよ、勇者サマ。
「何でって、お前がやったことだろーが」
「でも授業でやったことじゃない。それに、あの子だって僕に怪我させるつもりで来てた。だから僕がやり返してもいいでしょう?」
「それでも、あんだけ酷い怪我してたんだから。普通はこういうとき、見舞いに行くものなんだ」
ティルはちょっと唇を結んで黙った、納得いかないらしい。でも「普通は」っていうのはティルに有効なんだ。一応、自分がずれてるって自覚はあるらしいからな。常識なんだって強く言えば頷いてくれる。
「……じゃ、ちょっとだけ」
「よし、行くぞ」
逃げないように腕を掴んで、演習場近くの医務室に急ぐ。これでリリーアンジェが回復して寮に戻ったってなったら、いろいろタイミング逃しちまう。せっかくリリーアンジェと距離がつめれるチャンスなんだ。神様に誓って、逃すわけにはいかない。
幸い……って言って良いのか、リリーアンジェはまだ医務室にいた。魔法以外にもいろいろやったみたいだけど、さすがに完治はしてないようだ。ベッドに横たわって寝ている姿は普通の女の子で、包帯が痛々しい。
「ねぇリド、寝てるし帰ろうよ」
「それじゃ来た意味ないだろ。もうちょっと待ってみようぜ」
ティルはリリーアンジェを見ても変わらない。いつも通りのとぼけた顔をちょっと不満そうに歪めて、リリーアンジェを見下ろしている。そこにはただ自分の思い通りにならないっていう、子供っぽい不満しかなくて、――ぞっとする。
「……ティル、ちょっとここいてくれ。俺トイレ行ってくる」
「えー、早く戻ってきてよ」
ぶつぶつと不満げなティルを傍らの椅子に座らせて、俺は部屋を出た。もちろん、トイレなんて嘘だ。ただいたたまれなかっただけ、楽だと思っていた問題が難しくて驚いただけ。
「どうしろってんだよ、神様……」
ため息をついて、うなだれる。世界を救うためにはまず、あいつを変えてやらなきゃいけない、だなんて。難関過ぎて嫌になるじゃないか。




