その8 鐘の音が紡ぐ明日
★永遠福音コンフェッティーナ!
第一話『灰塵に帰す・後日談』
その8 鐘の音が紡ぐ明日
teller:カイジン=グリズリー
◆
「戦闘用ロボットに自我、なんてなあ……聞いたことないから、どう反応していいものやら……」
『もうっ、シツレーですね~? バニーくんてギーク属性あるんですから、もすこしアタシというミラクルに感激してくれちゃってもいいのに! 日頃メンテナンスだとかなんとかで乙女の身体にベタベタと触っておいてまったく……』
「言い方!! 言い方が誤解を招くからやめてくれ!! 俺には心に決めた人がいるんだから!!」
窃盗団が全員捕まり、幸いに死者も出ず、消火活動も無事に終わって。
騒ぎの被害に遭った建物を修築する音が、この街リングアベルを象徴する鐘の音に混じって街中に響く穏やかな時。
自分たちは日常に戻ってきたはずだが、これまでの日常を変える存在が、今は自分の傍に。
コンフェッティーナの『心』が顕現した存在、ティナ子。
ティナ子は実体を持たない存在だが、バニーや街の住民の様子を見るに、彼女の姿は完全に他者からの視認可能な存在に昇華したらしい。
今もティナ子は少女の姿で、半透明の肉体で、ふよふよと宙を浮いては風で遊ぶように辺りを飛び回っていた。
自分がティナ子を連れて来たこと、ティナ子が自分の愛機コンフェッティーナから生まれた存在であることに、バニーはいたく困惑している様子だった。
機械類への造詣が深いバニーに言わせても、ティナ子の誕生は他に類を見ない事態とのことだ。
未だにティナ子への接し方に戸惑っているバニーを視界に収めながら、自分は今日も着ぐるみを着込んで風船配りのバイトに勤しむ。
先日の爆発で自分もコンフェッティーナも損傷が激しいので、修理費を稼ぐ為にも今は仕事が必要なのだ。
修理、整備を担当するバニーにはすっかり頭を抱えられてしまった。
今回はまた、完全に直るまで結構な額がかかるらしい。
それに、騒動の後にバニーには大分叱られた。
塔に仕掛けられていた時限爆弾を自分が体内に収納し、自身の内部で爆発させることで他への被害を抑えたこと。
その結果、コンフェッティーナ共々瓦礫の下敷きになったこと。
無茶をするなと、自分を大切にしろと、いつもバニーに言われる言葉を用いられ、またバニーから長い説教を聞かされた。いつものことではあった。
大切。
大切、の真の意味を、大切が増える感覚を、知ることができれば。
自分は、心ある存在に近付けるのだろうか。
今回も正義は遂行したつもりだが、自分にはどうやらまだ課題が多いらしい。
今日も今日とて漠然と『心』に思いを馳せ、子どもたちに風船を差し出す。
が、また怯えられ逃げられてしまった。
彼らはロボット・『コンフェッティーナ』には目を輝かせていたはずだが――対人用の技術の習得は、自分には未だなかなか困難だ。
無意識の、産物なのだが。
また、空を仰ぐ。
遠くに目を向ければ、広くを見渡せれば、自分に欠けている何かも、数えられる気がして。
空が、青い。
鳥の囀りが、街に響き渡っている。
――ああ、また鳩が肩に止まった。
一羽、二羽――。
「バニーさん……! 良かった、お会いできて……!」
「ターニャ! 珍しいね、こんなところで! お店は今日は休みかい? ……俺も、君に会えて嬉しいな……」
「ば、バニーさん……ありがとうございます……え、えと、お店は今日は休業なんです……お世話になっている食器屋さんが火災の被害を受けてしまったので、そちらの手伝いをしたくて……」
「そっか……ターニャはやっぱり優しいね。いつも周りを良く見て気を配って……凄く素敵だ。……だからそんな君が苦しい時は、俺が一番に気付けたらいいなっていつも思ってるよ。どんな時も、君のことは俺が守りたいから……」
「……! あ、ぅ……ありがとうございます。バニーさんの言葉はいつだって温かくて……私の救いです……私も、いつも優しくてかっこいい貴方が、どうか、お怪我をしませんようにって……ずっと……願って……」
「ターニャ……」
「バニーさん……」
『……なんっっですか、あのあまったりーお二人さんは……って、どわぁ!? 鳥葬みてえになってますよダーリン!?!? んなレベルで鳩にたかられることフツーあります!? アタシの恋敵、鳩なんですか!? 最悪じゃないですか!?』
いつものようにバニーとターニャ嬢が睦まじく話している会話をぼんやり聞いていたつもりだったが、気付けば視界が真っ暗だった。
鳩が自分を囲んで密集しているらしい。
やはり自分は、何故だか鳩に異様に懐かれるようだ。
ティナ子が自分の周りを素早く飛び回り、鳩を威嚇するように騒ぎ立てれば自然と鳩は散り散りになって視界が開けた。
照れ臭そうに、もしくは恨めしそうに、頬を指で掻きながらこちらを見ているバニーと、顔に熱が集まりすぎたようで両頬を押さえ俯いているターニャ嬢の姿が改めてはっきり視界に映った。
ふと、ターニャ嬢が顔を上げる。
ターニャ嬢の視線の先に居るのは、ティナ子。
「……あ……その方がティナ子さん……ですか……?」
『おっ! 話が早くて助かりますですよバカップルの片割れさん?? はいほいそーですっ、アタシこそが絶世の美女! ……を通り越して絶世妖精・奇跡のロボっ娘! かわゆいかわゆいティナ子ちゃんですよ~!』
「はい……とても、お美しいです……素敵です…………っ、え、あ……ば、バカップルだなんてそんな……っ、畏れ多い、です……っ」
『ちょ、調子狂いますね~?? 素直かよ……ってかバカップルは褒め言葉じゃねーですよ、照れ照れしてねーで帰ってきてくださいお嬢サマ~~??』
赤面して軽度のパニックを起こしているターニャ嬢の周りを、ティナ子が身振り手振りを大袈裟に飛び回る。
バニーはと言うと、自分の背中をばしばしと連打している。
「聞いたかカイジン……俺とターニャは傍から見ればカップルなんだ……」
「確かに耳にした。時にバニー、背部は先日の落下で」
「照れてるターニャかっわいいなあ……畏れ多いだなんてあの子はまたそんな……俺にとってはターニャがまさしく絶世の……そう、天使だ。俺の世界一可愛い可愛い天使なんだけどな……」
バニーが背を叩く度に背部の損傷箇所に衝撃が響くが、自分の不具合が悪化すれば修理を担当するバニーの仕事も増えるのではないか。
だがまあ、ターニャ嬢が絡んで感情が豊かになっている時のバニーは平常より対人能力が著しく低下するので、自分は待機状態で背中の衝撃を甘んじて受け入れていた。
ターニャ嬢の方は一足先に我に返ったらしく、浮いているティナ子に深々と頭を下げているのが見えた。
「あの……申し遅れました、ティナ子さん。私はターニャと申します。このリングアベルの町外れで、小さなお店ですが喫茶店を営んでいる者です……よろしくお願いします。えと……ティナ子さんも『正義の味方』なら……私、陰ながら応援させていただきますね」
『あらま、こりゃご丁寧にどーもです! もっちろんアタシもバリッバリに正義の味方ですよ~! 愛したオトコの夢を共に追いかけるファイヤーラブリーガールなんでこちとら! アタシとダーリンが揃えば最強無敵! ね、ダーリン♡♡』
「バニーも居るが」
『つっれねえ御方ですねホントにも~!! アタシにときめくはずの場面で他のオトコの名前真っ先に出すとかイイ度胸してやがりますねダーリンは~!? 他の女の名前出されるよかよっぽどマシですけどね!?』
宙に浮いたままティナ子は喚き、自身の独特の光彩を放つ長い髪をぐしゃぐしゃに掻き回すジェスチャーを行う。
本当に、彼女は感情豊かな仕草をする。
生命力の化身のような、機械の命。
コロコロと表情が変わりやすいのだろうティナ子はぱちりと瞬きをすると、ターニャ嬢の顔を覗き込んだ。
『ってかてかターニャさん? バニーくん探しに来たみたいですけど、何か御用で?』
「あ……そうでした……! あの……警備隊の方が、捕縛した窃盗団の一人から不審な物を回収したらしく……『グリズリー事務所』の意見も聞きたいとのことで……お届け物を……」
そう言ってターニャ嬢は、フィルムで保護された紙状の物体を差し出してくる。
それは絵画、のようだった。
額縁の中にある美術品とは違って、イラストカードのようだったが。
「……なんか……不気味な絵、だな……? 格子……? 牢獄……? それに、格子の周りに赤が散らばってる……血か……?」
「……自分の情報に無い物体が描かれている。これは、何だ」
絵画を見つめるも、バニーも自分も有益な情報を引き出せない。
そんな中、ティナ子が良く通る声を上げた。
『これ、リンツァートルテですよ。焼き菓子……世界最古のトルテです。妙に潰れて砕けてるからややこしいですけど、格子状のコレはトルテの表面の生地、周りに散らばってる赤は中身のジャムがぶちまけられちゃってるみたいっすね』
「……え……潰れたお菓子を描いた絵ってことか……? 何のために……?」
バニーの疑問に、ティナ子は頬杖をついて表情をしかめる。
『な~んかティナ子ちゃんはとってもヤな予感がしますですよ。この絵を持ってた窃盗団員がどなたかは存じませんですけどもぉ……ダーリン、アタシは『コンフェッティーナ』です。『コンフェッティ』って、どういう意味かダーリンはおわかりです?』
コンフェッティ、の意味。
名前の意味を強く意識したことがなかったので答えが出ず、自分が黙ったままティナ子と目を合わせていると。
ターニャ嬢が、おずおずと答えを口にした。
「砂糖菓子のお名前……ですよね?」
『そーですそのとーりですターニャさん。正解はなまる満開です。……お菓子の名前のロボのアタシと、こーんな意味深にお菓子がぐちゃぐちゃにされた絵画が同時期に出てきちゃうなんて……めんどっちい予感がしますね~~?』
嫌々と言った調子で舌を出すティナ子。
この絵が意図するところも、持ち主の詳細も、今後何が自分たちに、この街に降りかかるのか、何もわからない。
情報が少なすぎる。
――それでも。
「――それでも、自分は……何があっても、正義の味方で在り続ける」
その為に、自分はまだ生き永らえている。
正義を行い、その果てに、『心』を求めて。
◆
――友の声が、脳に響いている。
「――心が、わからない? そりゃ君、あれだよ。気付いてないだけさ。だってね、本当に、心がないやつはね。今のオレを、見て……そんな目はね、しないのさ」
――その声が、今も自分と共に、在る。
「探すといいよ。君の心、をさ。君の時間は永いんだ。楽しまなきゃ、勿体ない。ああ、楽しい、や、幸せ、は早めに探して、見つけた方がいいかもなあ。はは、カイジン、結局さ、笑わない、んだもんなあ」
――その、友の笑顔が。
「オレはね、幸せだった。ずっと、ずっとだ。幸せだった、よ。最高の、人生だ。誇らしい。オレは、この瞬間、さ。歴史上の、誰よりも一番だ。最強、なんだ」
――自分の硬い手を握る、皺だらけの小さな手が。
「.....じゃあ、な。カイジン。先に行ってる。君は後からのんびりのんびり⋯⋯⋯この星が滅んだ時にでも……また会いに来るといい。のんびり、一番幸せになって……そしたら、オレのとこまで、追いついてきな……? なあ……?」
――そして、その、言葉が。
「……だいじょーぶ。君なら、いつかきっと、君自身の心に、気付ける。他でもない君が、見逃すはず、が……ない、んだ。さあ、目を開けて、世界をよおく見てごらん――オレの、無敵のヒーロー……カイジン=グリズリー……」
――ああ、そうだ。
記憶している、全て。
決意だって、とっくにしている。
ビリー。
シリービリー=ストレイキラー。
自分の、たった一人の親友。
今は亡き――今は果てなき、彼方に居る男。
ビリーは、人間として生きて、最高の人生を全うした。大往生だった。
自分の知る限り、誰よりも幸せな男だった。本当に、良く笑う男だった。
ビリーが自分に語った言葉全てが、自分の中に、今も在る。
ビリーの最期のその時の記憶だって、鮮明に。
ああ、わかってる。ビリー。
灰塵に帰した、その先を、自分は歩む。
他でもない、カイジンとして。
自分はまだ、永い永い道のりの、途中に居る。
終わりを迎えたビリーと違い、自分の人生にはまだ、終わりの見えない後日談が残っている。
カイジンとして、自分は無敵のヒーローになる。
心を探し、心を解して、そして――お前のように、誰よりも幸せに生き抜く。
この先何があっても、諦めたりなどしない。
全てに打ち勝ち、全てを守り、そして。
――最後の最後のその時に立ちはだかるのがお前なのだと思うと、全ての脅威が稚拙に見える。
自分の親友は、そんな――誰よりも幸せで、誰よりも強い男だった。
ああ、ああ、わかっている。
見逃さないし聞き逃さない。
まだ、鐘の音は鳴り止まない。
助けを求める声が、止まない。
――ヒーローを呼ぶ声が、いつも自分を呼んでいる。
◆
teller:????
――そしてまた、日が落ちる。
一日が終わる、明日が迫る。
日が昇れば鐘が鳴る。
街が、息を吹き返す。
この街は、そうやって生きている。
ああ、どうか。
「……明日も、この街に……祝福の鐘が、鳴り続けますように……」
◆




