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リキの策  作者: 赤鷽
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第四十話 次の旅路へ

 

 守旧派の引き起こした内戦は、この日の決戦であらかたが終わった。表向き、盟主たる前国王アンジェロ――アンジェラは、戦の最中に討ち死にした――と公表された。さらに、謀主パウロ候を始めとした謀反軍の主だった面々が討ち死にするという結果で、謀反軍の完敗である。残った者たちも散り散りになって逃走したが、今回は二度目とあって、リキ陣営としても容赦はしない方針であった。


 その後、一ヶ月ほどの間に逃亡した者の八割が捕縛され、厳罰に処された。謀反軍に加担した者たちの領地はすべて没収され、リキ陣営側に再分配された。政権側により力が集中することになり、統治の面から見れば安定に向かったと言えた。


 しかし、リキ自身は二度の内乱を引き起こした遠因は自分にあるとして、退位を表明した。そして、ジュリアーノに王位を禅譲することも併せて宣言したのである。

 国民からすれば、ごく短期間に二度も王様が替わる事態になり、戸惑うのでは――と懸念する声もあったが、リキの場合とは異なり、ジュリアーノは『前国王の弟』としてそもそも認知されていたので、民衆はあっさりと受け入れた。

 新王ジュリアーノの誕生である。


「こんな新王擁立があっていいのか……?」


 即位式の後、国王に祭り上げられた当の本人はスクーディ城の自室で、などと戸惑っていたが、同席していたリキは、


「いいじゃないか。俺は元々、君に国を返すつもりだったんだし。アンジェラの暴走で、予定より早くなっただけだよ」


と、のうのうと宣ったものだった。


「陛下……そんなに軽々しく仰せになることではありません。確かに姉上が先走ったことが発端ですが……」

「まあ、結果は変わらんよ。アンジェラの行動があろうとなかろうと、何れはジュリアーノが国王になってたさ」

「それはそうかもしれませんが……」

「王位に就いた経緯はどうであれ、これからのジュリアーノが行う政が重要だ。しっかりな」

「はあ……」

「俺としちゃあ、ようやく肩の荷が下りたよ。俺が国王なんて()じゃない。似合わんことはするもんじゃないな」

「いえ、そのようなことは……。私にとって、陛下は手本とするべき君主で在らせられます」

「よせよせ。さっきも言ったが、柄じゃない。その点、ジュリアーノなら、安心して後を任せられるってもんだ」

「また、そのようなことを……。王位を退かれて、本当に旅に出られるのですか?」

「ああ、風の吹くまま、気の向くまま――ってね。それにアンジェラの例もある。前の権力者なんて、いない方がいいのさ」


 そう言って、リキは微笑んだ。それから、


「たとえ俺が明日、突然いなくなったとしても、自分のしたい政を貫けよ」


と、続けた。本当に明日、いなくなるかのように――。


「陛下……?」

「困ったことや迷ったことがあれば、アンジェラに相談しろ。泣き言ぐらい言いたくもなるだろうし、それくらいはアンジェラも聞いてくれるさ。表向きには、重臣のガラム宛てで手紙を書けばいい。ガラムなら上手くやってくれる」

「へ、陛下……?」

「これからが大変だろうが、うん、ジュリアーノなら大丈夫さ」


 そう言って立ち上がったリキは、ジュリアーノの肩に手を置いた。ジュリアーノには、その手は優しくて、温かく感じられた。


「さて、俺も部屋に戻って寝るよ。じゃあ、また明日な」

「あ、はい。ごゆっくりお休みください。また明日……」


 そう答えたものの、ジュリアーノは一抹の不安を覚えた。翌日に目覚めても、リキはいつもと変わらず、ここにいるのだろうか――と。

 翌朝、近習がジュリアーノを起こしに来た。


「陛下」

「ん……?」


 声音から、何かあった、とジュリアーノは察したが、寝起きの頭はまだぼんやりとしており、次に聞いた言葉の理解に、僅かながらの時間を要した。


「前国王陛下御一家の御姿がございません」

「うん?」

「城内に見当たらないのです。何処かへお出かけになるご予定でしたか?」

「あ、ああ~。そうか、うん。しばらくお戻りにはならないかも知れない。では、部屋を整頓しておいてくれ。いつお戻りになられてもいいように――な」

「畏まりました」


 そう言って下がった近習を見ながら、ジュリアーノは胸に去来する寂寥感に囚われていた。


「リキ様……行ってしまわれたのですね……」


 ぽつり、と淋しそうにジュリアーノは呟いた。知らず知らずのうちに、その頬を涙が伝っていた。



 空はどこまでも蒼く晴れ渡り、大きな雲が二つ三つと、ゆらりゆらりとたゆとうている。時折吹く風が清々しい。旅にはうってつけの日和だった。


「本当に良かったのかい?」

「何がです?」


 リキは馬上で、無垢に眠るアンジェリーノを抱えながら、隣に並んで馬に揺られているクレアに問うた。


「旅に出て――さ。城にいれば、何の不自由もないからね」

「以前にも申し上げました通り、私はリキ様とアンジェリーノさえいれば、何の不自由も厭いません」

「そう言ってくれると助かる」


 いつも通りにポリポリと頭を掻きながら、リキが照れたように言った。そんなリキを、クレアは微笑みながら見ていた。

 この人は、出会ったあの時から、何にも変わっていない――。

 いつも自分よりも、他人にばかり気を使って――。


「それで、どこへ行くおつもりですか?」

「そうだなあ。北へ向かうつもりだけど、その前にガラムのところへ寄るか。クレアもアンジェラに会いたかろう?」

「!! はい。是非、姫様にお会いして話がしたいです」

「そうか。なら、行こう」


 リキは頷いて、そう言った。そして二人は、ガラム領に続く街道へ馬首を巡らせ、進み出した。



 この後、表舞台から姿を消したリキの名はいずれの史料にも認められなくなる。

 だが、七年の後、忽然と北方の小国アヴェンナの宰相として再び登場する。アヴェンナ宰相となるや否や、その僅か五年後にはアヴェンナを北方の有力国の一つにまで押し上げた。それを機に、リキはまたしても王位を禅譲された。それからさらに八年を要したが、ついにロランドを含むコロナス以北を征した。

 コロナスとは以前の誼で同盟を締結し、以降も長く友好関係は続いた。



 やがて王位も次世代に移り、後を継いだのは、リキが旅に出る際、その腕に抱かれて眠っていた、あのアンジェリーノであった。アンジェラとガラムの娘と結婚していた彼は、事実上、縁戚関係になっていたコロナスをも統合、一大王国を作り上げることとなる――が、それはまた、別の物語である。



                                  ―完―



 

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