第三十九話 新たな縁
後方で城を護っているはずのアンジェラの出陣は、謀反軍の中にも動揺を生んだ。兵たちの士気の点から、これまでパウロ候らが何度催促しても出陣しなかったからである。
ところが何の気紛れか、最前線で交戦中の部隊に何も知らせることもなく、アンジェラは突然出陣してきた――と、パウロ候たちは捉えた。そう捉えると、彼らは自分たちに都合が良いように解釈した。今までリキ軍に圧されっぱなしだったが、これで反撃出来るほどに士気が上がると考えたのだ。
だがアンジェラは、ウバルド原で陣を張るパウロ候たちに合流せず、彼らの本陣から後方に距離を取ったままだった。
しかし、それすらもパウロ候らは、アンジェラはあくまで後詰としての出陣であり、戦場全体を把握し、絶好の機に加勢するためだと捉えた。そして、ここが転機だと見て、一斉にリキ軍に討って掛かったのである。
もちろん、ジュリアーノ率いるリキ軍も応戦し、両軍ともに、ここで決着を付ける――という覚悟で臨んでいた。 激しい戦闘が繰り広げられたが、両軍一歩も譲らず、すでに二時間が経過していた。
パウロ候は今こそ国王の出番と判じ、伝令を疾らせたが、アンジェラは使いの者に頷いて見せたものの、動く気配を見せなかった。
総力で劣るパウロ候ら謀反軍は次第に押され気味となりながらも、アンジェラの援護を期待して踏ん張っていた。だが、戦力で劣る謀反軍は、このままではジリ貧である。戦下手で戦音痴であるパウロ候も、さすがに焦り始めた。
「何故だ!? 何故、アンジェロ陛下は動かんのだ!?」
再三に亘って攻勢に出るように促す使者を送っても一向に動かないアンジェラに、パウロ候も次第に苛立ちを隠さなかった。
「あれはなんだ!? あの狼煙は……!?」
戦闘の最中、パウロ候は、敵軍の陣中から狼煙が上がっていることに気付いた。
あれは何の合図だ――!?
何を意味する――!?
だが、パウロ候の思考は眼前の兵たちの咆哮によって中断させられた。正面で対峙していたリキ軍のドゥランテ卿の兵たちが何度目かの攻勢を掛けて来たからだ。パウロ候は指揮に追われ、狼煙のことを考えている暇が無くなった。
アンジェラの陣では、狼煙を見た古参の重臣であるランプレディ卿が、馬上で待機中であったアンジェラの下に駆け寄り、
「よろしいのですな?」
と、確認を取った。アンジェラは頷き、手にした槍を天高く突き上げた。
「これより討って出る!! 目指すは謀反軍の謀主、パウロ候の陣だっ!!」
「おおーっ!!」
旗下の騎士たちが雄叫びを上げ、騎馬四千と歩兵七千が謀反軍本隊目掛け、疾駆した。
「将軍っ!! 陛下の軍が動きましたっ!!」
ドゥランテ卿の兵と交戦中のパウロ候は、アンジェロ陛下の軍が行動を開始したとの報告を受け、喜んだ。これで現状を打破出来る――との考えからだ。
「よし、これで何とか……」
「敵の一隊が動きました!! こちらに向けて進軍中!!」
「何ぃっ!?」
配下の声に、その方角を振り向けば、こちらとアンジェラの軍とを睨むように布陣して静観していたガラム隊が地響きを立てて行軍を開始していた。向かう先は、こちら側。明らかにパウロ候本陣を指して行軍している。
ここでか? ここで動くのか――?
ガラム隊の行動開始に動揺しながらも、
「ええい、国王陛下が援護してくれる!! 何とか堪えいっ!!」
と、兵たち、そして自分自身を鼓舞するため、パウロ候は声を張り上げた。
六千ほどを率いてドゥランテ隊と交戦していたパウロ候には、さらにガラム隊一万とも戦う余力はなかったのである。前方と右翼から挟撃される態勢となったパウロ候は支えきれず、次第に崩れ出した。そこへ、
「後方よりさらに一軍!! 突撃して来ます!!」
との新たな報告の声が上がった。
「何だとっ!? これ以上は持たんぞ!! 陛下の軍はまだかっ!?」
「攻撃してくるのは陛下の軍ですっ!! 陛下の御旗が……」
「何ぃ!? そんな馬鹿なことが……」
「来ます!!」
「!!」
ドゥランテ隊とガラム隊の相手をするだけで手一杯であったパウロ候は、さらに後方から押し寄せる軍勢になす術なく、陣も瓦解し、混乱の中でパウロ候自身もとうとう討ち死にしてしまったのである。
統率を失くし混乱した軍勢を立て直すのは、たとえ名将であっても難しい。指揮官を失った謀反軍の兵たちは逃げ惑い、投降者が続出した。すでに軍勢としての態を失くしていた。
「ロベルト!!」
「はっ!!」
ガラムは副官のロベルトを呼び、
「手筈通りだ!! 追撃、掃討は任せる!! 俺は百騎を率いてアンジェロ陛下の下へ向かう!!」
「はっ!! 畏まりました!!」
と命じ、そして、アンジェラを前線から避難させるため、百騎ほどを率いて駆け出した。御旗を目印に戦場を駆けると、アンジェラはすぐに見つかった。
「陛下!!」
「ガラム卿か!!」
「これを纏ってください! このまま、リキ陛下のところまでご案内致します!!」
と、赤い外套を手渡した。普通なら目立つ赤色であるが、ガラム隊は赤備えであるから、この方が逆に目立たないからである。
アンジェラはガラムに並走しながら、外套を纏い、
「世話を掛ける」
と声を掛けた。ガラムは勇ましい微笑を浮かべ、ただ、
「何の」
と、返した。このあたりの応対は、アンジェラに対してであっても豪胆である。
「ふふ」
自分を特別扱いしないガラムに、アンジェラは好感を覚えて微笑んだ。
「いかがなされました?」
「いや、何でもない」
ガラムの問いに、アンジェラは慌てて顔をそむけて、浮かんだ微笑を隠した。ガラムとアンジェラは念のために前線を大きく迂回し、やがて、ジュリアーノたちのいる本陣に到着した。
「もう少し、落ち着いたらどうだ?」
リキが、本陣の帷幕内で落ち着きなくうろつき回るジュリアーノにそう言った。声を掛けられたジュリアーノは、立ち止まり、リキを振り返った。先の擾乱以降は気を張って、しっかりとした雰囲気を纏う様になっていたジュリアーノだったが、今は頼りない表情を見せる年相応の青年でしかなかった。
「ですが、陛下……」
「アンジェラを心配する気持ちは分からんでもないが、今は待つしかあるまい?」
「はあ……」
そう答えて、ジュリアーノは項垂れた。そこへ、
「陛下、殿下。ガラム卿がお着きでございます」
と、近習が報告に来た。ジュリアーノはその声に反応して、はっ、と顔を上げた。そして、少し上擦った声で、
「おお、こちらにお連れしろ」
と答えた。
「はっ」
近習が引き下がって少しした後、ガラムがアンジェラを案内する形で入ってきた。
「陛下。お連れ致しました」
アンジェラを伴って帷幕に入ってきたガラムが恭しく頭を下げ、二人に報告した。
「うむ。大義であった」
リキはそう言って、眼を細めた。
「では、私はこれで」
と、帷幕を出て行こうとしたガラムを、
「いや、卿にはここにいてもらいたい」
と、アンジェラが引き留めた。
「は? はい」
ガラムともども、リキやジュリアーノまでが、はて? と、不思議そうな顔でアンジェラを見た。自分に集まった皆の視線を意識してか、胸に手をやり、一つ大きく深呼吸してから、アンジェラは言った。
「リキ。此度の策は、私の身の処遇をどうするか――ということが発端であったな?」
「ああ、そうだ」
「戦の最中、行方知れずや討ち死にした――など消息不明として、以後、表に出ずに身を隠す。そういう手筈であったな?」
「そうだが、それが嫌になったか?」
「いや、そうではない。そうではないが……」
少し、もじもじとして歯切れが悪くなったアンジェラに、
「うん?」
と、リキは後を促した。ゴホン、と一つ、白々しく咳払いをして、アンェラはガラムを見た。
「ところで、ガラム卿は妻女はおられるか?」
「は?」
「え、と……、卿は独り身か?」
「え? は、はっ! 自分はまだ誰も娶ってはおりません……が、それが何か?」
「あ、いや……うん……」
ガラムの疑問に対して、肝心なことは何も言わずにアンジェラが口籠った。そんな二人のやり取りを黙って聞いていたリキが、
「ああ、そういうことか」
と顎に手をやり、納得するように頷いた。
「どういうことです?」
と、問うジュリアーノに、
「ああ、うん」
リキが顔を上げ、言った。
「つまりだな、アンジェラはガラムのところに嫁ぎたい――と、そう言ってるんだ」
「はああ?」
ジュリアーノが素っ頓狂な声を上げた。ガラムも呆気に取られた顔をしてリキを見て、それからアンジェラに視線を向けた。アンジェラは顔を紅くし、慌てて、
「リ、リキっ!」
と遮った。もっとも、リキはお構いなしで、
「いいじゃないか。誰にでもある感情だ。ガラムはどうだ? アンジェラを妻に迎える気はあるか?」
「はっ……。いえ、そのようなことは、とても畏れ多いことで……」
「家格や官位のことはどうでもいいんだ。国王だったことも忘れていい。要は、お前がアンジェラのことをどう思っているか――だけだよ」
「は……」
そう言われても、かつて主人の主君としか見ていなかった人物を、女性としてどう思うか、といきなり問われても困るというものだ。猛将の名を欲しいままにするガラムが恐る恐る、アンジェラを見直した。頬を染めて照れているアンジェラはとても美しかった。
「どうだ?」
リキの問い掛けに、ガラムは戦でも掻かないほどに噴き出した汗を拭いつつ、
「とても……その……魅力的で……」
と、ようようそれだけを言った。リキは頷き、
「うむ。決まりだな」
と、宣言した。その横で、ジュリアーノは事の次第をあんぐりと口を開けたまま、眺めていた。トントン拍子に進む姉の結婚話に、思考が付いて行かなかったようだ。
「決まり……って、その、陛下?」
「うん? 姉君の嫁ぎ先が決まったんだよ」
「そんな簡単に決めていいものですか?」
「もちろんだ。お前の姉が望んだことだぞ? もっとも、アンジェラは表舞台から姿を消す――消息不明ということにしたのだから、公表などは出来んが、そんなことは問題でもあるまい。アンジェラもそれで構わんだろう?」
「私の希望だからな。もちろん構わない」
「だそうだ」
リキはこの純真な青年を、兄が弟をからかう表情でそう言った。
「あ、姉上……?」
縋る眼差しで姉を見る弟に、アンジェラは寂しげな顔で問うた。
「祝ってはくれないのか? ジュリアーノ」
「そ、そんなことはありません!!」
慌てて否定する弟に、姉が笑顔で語りかけた。
「では、祝ってくれ。ジュリアーノ。もう、公に会うこともないのだぞ?」
「姉上……。はい。おめでとうございます。姉上」
「うむ。ありがとう。ジュリアーノ」
そんな姉弟の感動劇の隣では、ほったらかしにされていたガラムが、えらいことになった――と、独り固まっていた。それらすべてを、リキは父親のような心情で眺めていた。それから、
これで、この戦が終わったら、後は任せられるかな――。
ああ、クレアに会いたくなった――。
そんなことを思いながらリキは、新たに家族になる三人を微笑ましく見つめていた。




