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リキの策  作者: 赤鷽
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第三十七話 燻る火種

 

 リキの統治下で改易や減封を受けた貴族たちが、前国王アンジェロに謁見を求めて集まることが多くなっていた。募らせた不満を打ち明け、何とか出来ないか――とアンジェラに訴えるのだ。

 前ヴァゼーレ侯パウロもその一人であった。何もかもを失った彼は、何とかして元の権勢を取り戻したかったのである。現政権に不満を持つ彼らはリキ追討を謀り、前国王を担ぎ上げることで大義名分を得ようと画策した。面会を求められればアンジェラは、前国王〞アンジェロ〟として彼らを迎えていたが、逐一、リキに書状を送り、現状を報告した。


 パウロ候を始めとして、彼らは、リキとアンジェラの親しさを見誤っていたのだ。

 彼らは、アンジェラが王位をリキに奪われた――と解釈していたために、アンジェラはリキを恨んでいる――と思い込んでいたのである。そして、アンジェロ前国王が起てば、自分たち同様に不満を持つ多くの貴族が起ち上がり、蜂起すると考えていた。彼らは、不満を持つ貴族が国の大多数を占めている――と思っていたのである。

 そんなある日、アンジェラからリキに届けられた書状には、彼女がある決意を固めたことが綴られていた。書状を読み終えたリキは、近習を呼んだ。


「クレアを呼んで……いや、俺が出向こう」


 そう言って立ち上がった。クレアが育児中なのを思い出したからだ。執務室から王妃の部屋に向かったリキは、クレアに問いかけた。


「クレア。今、いいか?」

「はい。先ほど、アンジェリーノが寝付いたところですので、大丈夫です」

「そうか。いつも、アンジェリーノのことを任せてばかりで、すまんな」

「いえ。……それより、何かありましたか?」

「うん。今日、アンジェラから届いた書状だ」

「姫様から?」


 王妃となった後でも、クレアはアンジェラをこう呼んだ。リキも意に掛けなかったので、直すこともなく、そのままにさせていた。リキは黙って、アンジェラからの書状を手渡した。クレアは受け取った書状を読み終え、リキを見た。


「姫様が謀反を?」

「うん。そこに書かれている通り、まだアンジェラを押し上げようとする者たちがいて、彼らを集めるためだ、と言ってきた」

「ですが、姫様に叛意は……」

「もちろん、アンジェラに叛意はないよ。故意に蜂起して、叛意を持つ者をハッキリとさせるつもりなんだ。俺が、征討しやすくするためにね。それに、彼らを抑え切れなくなった――ということもあるんだろう」


 心配そうな顔のクレアを見て、リキも小さく息を吐いた。


「アンジェラが、()()と決めた。止めることは出来んだろう。出来んだろうから、後は上手くやるしかないな」

「はい……」

「クレアが実際にすることは何もないが、このことを知っておいて欲しくてな」

「はい」

「それから……」


 リキが少し、言い難そうに続けた。クレアが不安そうに、


「まだ何か……?」


と返した。不安そうなクレアの頬に、リキは優しく手を当てた。


「少し話は変わるんだが、クレアは、今の生活が好きか?」

「どういう意味でお聞きでしょうか?」

「今の立場……とでも言おうか」

「何か、お考えがあるのですね?」

「うん」


 リキは今、腹中にある考えをクレアに打ち明けた。クレアは、じっ、と耳を傾けていたが、聞き終わるや、


「そういうことでしたら、私は、リキ様とアンジェリーノさえいれば、それだけで満足です。他には何も必要ではありません」


と、そう言った。


「そうか」


 クレアの返答を聞いたリキは、柔和な微笑を浮かべ、


「ありがとう」


とだけ、言った。



 一ヶ月後、リキの前に急報を知らせる諜者の姿があった。リキに叛意を持つ者たちがヴァゼーレで蜂起、前国王アンジェロを盟主にして、騎兵・歩兵合わせて七万余が集結している――との報告であった。七万と言えば、かなりの大軍である。前国王の人望はまだまだ健在であった。


「わかった」


 報告を聞いたリキは大事であるにも拘らず、驚いた様子もなく、淡々とそう言った。そして、軍議を行う為、直ちに主だった重臣を集めたのだった。


 アンジェロ前国王、謀反――との報に接した重臣たちの反応も実に様々で、リキの直臣たちは報告の内容を、さもありなん――と淡々と受け入れていたが、前政権からの重臣たちは、まさか――と謀反自体を疑う者が多かった。もっとも、前国王が加担しているかどうかは別にして、不満を持つ者たちがヴァゼーレで蜂起したということは事実であったので、それにどう対処するかについての軍議となった。


「賊軍、討つべし」


 アンジェロ前国王と言えど、謀反を起こしたのなら賊軍である。現政権に与する者たちからすれば、到底許せるものではなく、〝賊軍〟の呼称と討伐軍の編成が決定された。

 リキは大将にジュリアーノを抜擢、討伐軍の指揮を委ねた。姉を討つという大任を任せたのである。果たして彼に、姉弟――公式上では兄弟で通している――である前国王を討てるのか、という疑念の声もあったが、それでもリキはジュリアーノを起用した。補佐として、副将には猛将ガラムとニコロの二人を充てた。

 およそ七万の謀反軍に対し、リキ軍の兵力は四万。ジュリアーノが二万、ガラムとニコロが各一万ずつを率い、その約半数が騎馬で編成された。さらに途上、ボルゴ卿を始めとした諸侯各々が手勢を率いて加わることになっており、それらの勢力が加われば、謀反軍を越える十万余の兵力となる手筈となった。



 五日の準備期間の後、ジュリアーノは四万の兵を率いて進発した。

 一方で、謀反軍はその間、動きを見せていない。指令系統が定まらなかったのである。パウロ候など、自分の主張を曲げない者たちの集まりであるが故に、誰が指揮を執るのか――という点で揉め、軍議が滞ったからだ。前国王を盟主に擁立しているにも拘らず、である。アンジェラも積極的に纏めようとはしなかった。寧ろ消極的で、事態の収束も図らず、彼らを放置していた――と言ってよい。

 それでも、アンジェラの伯父でもあるパウロ候が血縁関係を振りかざして、事実上の指揮を執ることに謀反軍の話が纏まった。


 その頃には、リキ軍がヴァゼーレ近郊まで迫っており、総兵力も当初の予定通り十万を数えるほどに膨れ上がっていた。その報を聞いたパウロ候たちは、自分たちの怠慢を棚上げにして狼狽した。これほど早くにリキが征討軍を起こすとは想定していなかった――というのである。その様を見ていたアンジェラは、


「どこの世界に、こちらの都合で動いてくれる敵軍があるか」


と、呆れかえった。が、心の内などおくびにも出さず、ただ、


「まずは、伯父上のお手並みを拝見致します」


と、パウロ候を煽て上げ、全軍をどう纏め上げるかを見守った。煽て上げられたパウロ候はヴァゼーレ城に残るアンジェラに守備として一万五千を預け、その他の全軍に出撃を命じた。

 総勢五万五千余がヴァゼーレ領の境界線、サディナ平野でリキ軍と対峙した。


 ジュリアーノ率いるリキ軍の主力は七万。ジュリアーノの本隊二万が中央、ガラムとニコロの各一万が両翼、諸侯が率いる四、五千ほどの各隊が思い思いの場所に展開した。残りの三万余は、ヴァゼーレを囲むように要所要所に配置され、各街道を抑えて、糧道を断つ作戦であった。

 パウロ候らは、貴族たちが自分たちに賛同して蜂起するのを期待していたようだが、趨勢を見守っていた者たちも、リキ軍の優勢と見て加勢する者こそあれ、謀反軍に加担する者はいなかった。これまで何の実績もなく、ただ血縁を盾にして謀反軍を取り仕切るパウロ候を嫌った諸侯も多かったのである。パウロ候の人望の無さが垣間見える。また、アンジェラの言動が消極的で、自らが動く気配を見せなかったことも一因にあろう。

 この時点でヴァゼーレの謀反軍は孤立していたのである。



 

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