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リキの策  作者: 赤鷽
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第三十六話 侵攻と防衛

 

 リキは新たな国王として即位したが、国名は変更せず、コロナスのままとした。

 なぜリキがそうしたのかは後々もわからず、合理的な考え方のリキが、国民の混乱を避けたのだ――という後世の歴史家の説が有力である。


 それはともかく、リキの即位の一週間後、前国王アンジェロ――アンジェラはリキ達が見送る中、与えられた新たな領国のヴァゼーレに下って行った。アンジェラの他にも、ヴァゼーレ侯パウロを始めとして敵対した貴族たちは領地・領国の没収、或いは転封や減封といった仕置を受けた。

 その一方で、初期から協力的だったボルゴ卿を筆頭に、リキに味方した貴族には領地の加増などの恩賞が与えられた。その多くは没収した領地から分配されたが、それがリキの支持基盤をさらに強固なものとしたのである。ガラムやグイドら、リキの重臣たちも領国持ちとなり、要地に配された。これまでの忠節が、ようやく報われる形となったのである。


 そんな中、リキはクレアを王妃として迎えることを表明した。こちらの方も、はっきりとした形で、その立場を明確にする必要があったのである。これにより、一部にあったクレアへの誹謗・中傷を封じた。と同時に、王妃の懐妊も公表された。国民にとっては、新国王の即位・結婚、御懐妊と三つの祝い事が重なり、国中は祝賀ムードに包まれた。

 もっとも、国民からすれば、だれが国王であろうと構わない。

 税が安く、労役が少なく、戦乱もなく、暮らし易ければ、それでいいのだ。民とすれば、そんな国が理想である。


 今度の王様が、理想的な政を執ってくれればいいな――。

 とりあえず、戦が無ければ、それが一番いい――。

 国民は口々にそう語り合った。


 しかし、そんな民衆の思いを踏み散らかして、隣国ロランドが八年振りにコロナスに侵入してきた。前回のロランドの侵攻で戦死したヴァーリ候シルヴァーノの後を継いでいた嫡男のジョバンニが、同様にロランドを手引きした。彼は、先代である父シルヴァーノを敗死させたリキを恨んでいたからである。しかし、勝敗は兵家の常であり、同じコロナスの臣下であるうちは私情を押し殺していたが、そのリキが国王になるとなれば話は別である。リキを国王として主君に頂くことは、どうにも我慢ならなかったらしい。

 彼は先代と同じく隣国ロランドと手を組み挙兵、蜂起した。ロランドとしても、新王に交代したばかりの今をコロナスに侵攻する好機と捉えたらしい。まだリキがコロナス国内を掌握し切れていないと踏んだようだ。


 これに対し、リキ陣営の対応は速かった。ヴァーリの隣のジェーラに新領を得ていたグイドが八千の兵で街道を抑える形で布陣。ヴァーリ・ロランド連合軍を足止めした。今度の侵攻でヴァーリ候は一万、ロランドは四万の兵を集めていたが、大軍が通れる街道を抑えられたため、八千のグイドの軍を抜けずにいた。

 そもそもグイドは、ヴァーリ候が反旗を翻した時、これを抑えるため、ジェーラの地に新領を与えられていたのである。さらに、街道を抑えやすくするための砦や連絡網の整備も併せて行われており、これらからもリキがヴァーリ候を要注意人物だと目していたことが分かる。


 それはともかく、ヴァーリ候・ロランド連合軍が足止めを喰らっているうちに、リキは各地の領主に軍勢催促を発した上で迎撃の態勢を整え、出陣した。これまで、常に副官としてリキに随行していたクレアは、今回の遠征ではスクーディ城に残った。すでに、随行出来ぬほど身重になっていたからである。その代りと言っていいのか、リキは前王弟ジュリアーノを後学のためとして、この遠征に同行させていた。以前と違い、ジュリアーノは憑き物が落ちたかのように、穏やかな表情を浮かべるようになっていた。敗戦し降伏したあの日、姉と一晩、存分に語らったことが、ジュリアーノを変えたのかも知れない。


 今回の遠征の規模は、リキ直属の軍勢だけでも三万を数え、他にも、リキと懇意のボルゴ卿を始めとした軍勢催促に答えた領主たちが出陣し、総勢は十万を超えていた。

 各軍の態勢が整ったのを見計らった上で、リキはグイドにヴァーリ候・ロランド連合軍を奥地に誘い込むように指示を出した。思わぬグイド軍の後退に、ヴァーリ候・ロランド連合軍は追撃を開始、五万の兵は街道沿いに細長く進軍した。しかし、兵站も十全とは言えないままに進軍したヴァーリ卿とロランドの連合軍は補給の限界まで伸び切ったところで分断され、途切れ途切れになった兵たちは包囲され、降伏しなければ、殲滅された。


「寡兵を持って、多勢を破る――ってのは爽快だけれどね。そんなものは所詮、司令官の陶酔だよ。戦でそんな、一か八かの賭けに近いことはやるもんじゃない。そんなのに付き合わされる兵たちは堪ったもんじゃないよ。司令官てのは、他人ひと)様の命を預かってるんだからね。そもそもが、だ。寡兵しか集められない状況は避けたいね」


と、リキは常々、クレアに語っていた。


「戦を仕掛けるのなら、少なくとも、相手の倍の兵を集めなきゃあ、ダメだ」


とも、口にしていた。一領主の立場でもそう考えていたリキが、今や国王である。手筈には万全を期していたのだ。


 リキ軍によって寸断されたヴァーリ候・ロランド連合軍は兵たちの降伏が相次ぎ、多くの兵を失ったジョバンニは自領に逃げ帰ったが、リキ軍は追撃の手を緩めず、ジョバンニは城を包囲され降伏、捕縛された。ロランド軍は自国へと退いたが、リキ軍はこちらも追撃し、ロランド国内――コロナスに近接するエーリニ地方にまで侵入。瞬く間に、拠点となるドーニア城をコロナスとの国境付近に、それとドーニア城を支えるために三つの砦を奪取したエーリニ地方の要点に建設した。


 予想外のコロナスによる国内侵攻に慌てたロランド側は和議のための使者を送ってきた。

 ロランドが侵攻することはあっても、まさかロランドの方が侵入され、脅かされることはないと思い込んでいたのである。もっとも、そんなことはロランドの勝手な思い込みであり、リキは勝機とあらば、侵攻することも否定していなかった。

 和平交渉はコロナスに有利な条件で進み、ロランドは奪われたエーリニ地方の一部を取り返すことが出来ず、この地をコロナス側に割譲することで合意、それ以上は侵攻しない――との約束を取り付けたのが精一杯であった。リキとしても、今のコロナスにはこれ以上の侵攻をするだけの余力はないと考えており、ドーニア城を拠点にした防衛ラインが設定出来ただけで収穫であった。もっとも、外交上はロランドの顔を立て、


「両国の友好・和平のため、已むを得ませんな」


などと建前を述べ、渋々承諾し妥協した――とロランド側に匂わせた。この辺り、実に巧みである。

 ここにロランドとコロナスの講和が成立し、第二次ロランド侵攻は終結した。

 捕縛されたヴァーリ候ジョバンニは曳き出され、リキは彼に、こう告げた。


「先代の造反にも拘らず、前国王陛下に御家存続・本領安堵の寛大な処遇を与えて頂きながら、ロランドと謀ってのこの謀反。厳罰に処されて然るべきである。よって当主ジョバンニは爵位剥奪と御家断絶、さらに領地没収の上、斬首。本来ならば、主君に諫言すべきところを積極的に加担した重臣も同罪である」


 ジョバンニと加担した三人の重臣は死罪となったが、何とか主人を諫めようとした忠義の者は罪を問われなかった。ヴァーリ候の妻子も不問に付された。ただし、身分は平民に落とされた。その上で、ヴァーリ候の妻子には資産の一部が与えられた。これは、平民として質素に暮らすのならば、一生働かなくても暮らせる程度の資産であった。この金でひっそりと暮らすもよし、御家再興のための資金にしてもよし、商売の元手にするもよし、その後は自らの才覚次第――というわけである。


 没収されたヴァーリの地にはグイドが入った。ロランドのエーリニ地方の一部も含めての転封で、これはロランドに睨みを利かせるためであった。ドーニア城はロランド国内に打ち込まれた楔であり、そこを含めた領地をリキを軍事面で支えたグイドが治めたのである。ロランドはこの後、グイドが没するまでの三十二年間、ついに寸土たりとも奪還は叶わなかった。

 それはそれとして、グイドがジェーラの地も有すると所領が広大になり過ぎるので、そちらは返上することになった。ジェーラは国の直轄地となり、ジュリアーノが実質の領土経営を行った。これもまたリキが、『後学のためだ』――として、行った人事であった。

 現地を取り仕切る監督者として、リキはニコロを任命した。一時、ジュリアーノと疎遠になっていたニコロであったが、リキが仲を取り持ち、二人を和解させたのである。再びジュリアーノの補佐をさせるためであった。また、ヴァーリとジェーラの地理上の関係から、グイドの補佐の役目も兼ねていた。


 こうしてロランド方面が落ち着き、各地で収穫が始まった十月二十日、王子誕生のニュースが国中を駆け巡った。世継の誕生である。

 国王夫妻は、息子を〝アンジェリーノ〟と名付けた。アンジェラが名乗っていたのと同じ、〝アンジェロ〟が元になった名前である。ここにも、二人のアンジェラに対する親愛の情が窺われた。

 世継誕生でこの年は歓喜に包まれたまま、翌年を迎えた。


 しかし、アンジェラが治めるヴァゼーレの地で、新たな火種が燻ぶっていたのである。



 

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