エピローグ①
家について扉の前に立つ。いつものような玄関。開ければいつも出迎えてくれる母がいた。
だが今日は違う。たぶんこの扉を開いてしまえば、リンの世界は一変すると思う。
それでも知らなければならない。
扉を開けることを一瞬躊躇する。深く息を吸い込んでリンはその扉を開いた。
「お帰り……。」
リコが心配そうな顔で立ち上がり、そしてリンを抱きしめた。
「母さん……ただいま。」
「大丈夫か?怪我はないか?」
リンの顔をリコの優しい手が包み込む。このまま何も知らなかったことにしたい。でも今を逃してはたぶんもう聞けないだろう。
だからリンはリコの目を見て言った。
「母さん……私、本当のことを知りたいの。」
「本当の……こと……?」
「私は貰われ子で母さんや父さん、兄さんと血が繋がっていないってこと」
その言葉でリコは一瞬驚いた顔をしたが、視線をテーブルに移していった。
「そうか……知ってしまったんだな。リン、戦いに行く前に言ったことを覚えているか?話さなければならないと言ったことだ」
「うん……覚えているわ。」
確かにリコは話したいことがあると言っていた。
それが血縁関係がないということなのだろうか。
「では私はお茶を入れましょう。リコも、無理は禁物です。傷が開いてしまいますよ。それに話が長くなりそうですからね。」
アンリがリコに椅子に座るのを促した。リコが椅子に座るのを見ると奥のキッチンに行き、アンリは手早く紅茶をいれる準備をしていた。
それをリンは何気なく見ていた。
水をポットに入れ、火にかけ湯を沸かす。茶葉を適量茶器に入れる。熱いお湯を注ぎ茶葉をジャンピングさせる。くるくると回る茶葉から紅茶がしみだしていく。それを温めたティーカップに注いでいく。
やがて紅茶がリン達の前に出された。ゆらゆらと湯気が立ち上る。
その間リンもリコも何も話さなかった。
やがて、リコがゆっくり言葉を紡ぎ始めた。
「赤の日。人はそれをそう呼ぶ。」
「赤の……日?」
「王都の宰相だった人間が実はイシュラだった。王都は一時イシューによって占拠され、そして多くの人が亡くなった。それを人は赤の日と呼ぶ。もう十年前のことだ。」
「その十年前の赤の日と私となにか関係があるの?」
「その宰相がイシュラだと気づき果敢に戦った人物がいる。……お前の両親だ。お前の父は聖騎士、そして母は神官長だった。名をラルフ・エストラーダとクリス・エストラーダ。」
「エストラーダ……」
「あぁ、お前の本当の名前はリン・エストラーダ。」
呼ばれなれない名前に違和感があったが、同時にとても懐かしい気持ちになった。
リン・エストラーダ。
それこそが本当の自分の名前。
「赤の日にその宰相―名をシオンというが、シオンを倒したのがラルフとクリスだった。そして相打ちになったらしい。」
「らしいというのは?」
「誰も戦いを見ていない。ただマーレイはお前をラルフに託され王都から逃れるように言われたという。」
知らないはずなのに、その光景がまざまざと蘇ってきた。
あれは確か冬だった。
寒くて寒くて。一人になって怖くて。泣きじゃくる自分を父―マーレイが抱え馬に乗せてくれてどこかに連れて行った。
『大丈夫だ。もう安心だ。』
そう言って抱きしめられた温かさで安堵したのを覚えている。
「そのあと、イシューの群れは聖騎士達によって撃退された。たった一日で王都の半分が焦土となり、被害者も相当のものだった。だが、シオンの行方もラルフとクリスの行方も分からない。」
「じゃあ生きているかもしれないってこと?」
「マーレイはそう信じている。だからずっと二人を探している。」
「父さんがいないのは、私の本当の両親を探しているからってこと?」
「あぁ……。」
リコはリンの頭をなでながら言った。
「リン……お前にとって私は本当の母親ではないが、私にとっては可愛い娘だ。その想いは今までもこれからも変わらない。だから黙っていた私を許してくれるか?」
そう真摯な瞳を見せられ、リンは複雑な想いだった。すぐには受け入れられない事実。
リコとマーレイの愛情を疑うことはない。だが、本当の両親のことを知りたい思いも出てきた。
だから笑顔で平気を装った。
「うん。母さん。話してくれてありがとう……。」
「リン……感謝するよ……」
「じゃあ、この話はおしまい!私、ちょっと疲れたから部屋に行くね。」
そう笑顔で言うのが精いっぱいだった。リンは顔を伏せたまま二階の自室に走って逃げるように扉を閉めた。
「私は……なんなんだろう。何者なの?この力は何なの?」
王都からの使い。
村で起こる惨殺事件。
基盤石の破壊。
カティスの死。
女神の翼。
自分の出自の真相。
一週間の内に目まぐるしく起こった事件にリンの感情は許容を超えていた。
もう泣いていいのか、怒っていいのか、笑っていいのかもよく分からなかった。
何を信じたらいいのだろうか。自分はどうしたらいいのだろうか。
リンは途方に暮れ、ドアに背を預けて、そして泣いた。




