告白
喫茶店のいつもの席の一つ隣に私とコウジくんは向かい合って座った。
「いつも、紅茶を頼んでミルクティーにして飲むの」
私はそう言った。しかしコウジくんはそわそわした様子で「俺はコーヒーにする」と言ったまま、キョロキョロと店内を見渡した。マスターに紅茶とコーヒーを一杯ずつ頼んで、コウジくんに声を掛けた。
「どうしたの?」
うーん、といつもより低めのトーンで彼が呟く。私は違和感を覚えた。
「何か、あった?」
気の利いた言葉が出てこない。コウジくんの困惑か混乱か、そわそわした気持ちが伝染したように私も不安になる。
「ちょっと懐かしい香りがするんだ」
寂しそうな、悲しそうな、低い声で言った。私はそんな彼を守ってあげたいと思った。彼にはいつもみたいにお喋りで大きな二重の目を細めて笑っていて欲しいと思った。
不意にドアベルが鳴った。「いらっしゃいませ」とマスターはコーヒーを淹れながら答えた。私たちの席の隣、いつも濃いアイメイクをした彼女と座る席に人影が出来た。私とコウジくんはその方向をほぼ同時にみた。
「あ、こんにちは」
と私が言う声に重なって、コウジくんの声が響いた。
「お前……どうして」
いつも濃いアイメイクをして綺麗な黒髪を持つ彼女が今日もそこにいた。彼女はいつもなら余裕を見せたような態度で私の目をみつめるのに、今日は目を泳がせた。瞬時に、野生の勘とも言えるだろうか、嫌な予感がした。
「ねぇ、彼が前に話していた既読無視男?」
濃いアイメイクの彼女は私に言う。
「そう、だよ……」
私は声がうまく出なかった。いつも静かで肌寒い喫茶店がより寒く感じた。濃いアイメイクの彼女はそのまま席には座らず、店から出て行った。カタンと音がなり、赤い傘が床に倒れているのが見えた。私が呆然としていると、コウジくんが傘を拾い上げて私を向いた。
「あいつのこと、知ってるの?」
マスターは私の前に紅茶を、コウジくんの前にコーヒーを黙って置いて行った。
「この喫茶店で何度か会って話をしたの。名前も連絡先も知らないんだけど」
私は簡潔に、でも正直に言った。
「そっか。俺、君のこと好きだよ」
それは唐突すぎる告白だった。憧れていたロマンチックな雰囲気ではなかった。そして何故この気分が悪いタイミングでそんなこと言うのか、私はさっぱりわからなかった。そんな心を見抜いたように彼は続けた。
「さっきのあいつは、俺の元カノだよ。初めて君と会ったとき、束縛が激しいって言ったあの元カノ」
私はあの彼女が束縛が激しいということが考えられなかった。だって、いつも見透かすような目で余裕そうなそぶりを見せていたじゃないか。だって、友達とするみたいにLINEしろと言っていたじゃないか。
「それ、本当なの?」
聞いても仕方ないような質問だ。でも私には重要だった。彼女が何者か何一つ知らなかったんだから。
「本当だよ」
暫く、二人とも口を開かなかった。私はミルクも砂糖も入れない紅茶を飲んだ。ミルクティーを飲むのは彼女の前だけにしなければいけない気がした。私と彼女だけの秘密をコウジくんにバラしてしまったような罪悪感があった。彼はコーヒーの匂いを嗅いで一口飲んで再び話を始めた。
「この傘は俺がプレゼントしたもの」
そういって傘の内側のイニシャルを見せてくれた。アルファベットでKoji&……と刺繍されていた。&の後は彼女の名前なのだろう。コウジくんの指で隠されていて見えなかった。でも、それを指摘してはいけないと悟った。彼女が頑なに名前を隠していたから、何か理由があるのだろう。
「コーヒーの香りが元カノの香りと似ていて、そわそわした」
彼は私の反応も見ずに言い続ける。
「ごめん。でも今は君が好きなんだ。だから付き合ってほしい」
ここでいいよと言ったら、濃いアイメイクの彼女とはもう会えないのだろうかと自分に問いかけても本当は答えは決まっている。残酷なくらい、自分勝手な私が嫌だった。コウジくんが好きだった。
「うん、私も好きだよ。付き合ってください」
「うっわー。すごく緊張した」
そう言う彼の顔は、いつも通り、二重の大きな目を細めて笑っていた。
赤い傘はマスターに預けた。マスターは快く預かってくれた。私とコウジくんは手を繋ぎながら帰った。本当に残酷だと心の片隅は痛いのに、舞い上がってしまいそうなくらいに幸せだった。