71話-1「決定した目標」
8章始まります。
『じゃあ、話そか。俺とお前のダンジョンについて』
その言葉を聞いて、僕は換金施設から少し離れた広場のベンチに座った。
この時間はダンジョンに来る人も帰る人も少なく、いたとしてもみんな気にせずに出口に向かって歩いて行く。
夜風が吹く音が聞こえるぐらいの静かな場所だ。
「うん。聞きたいことは沢山あるけど、先に謝っておく。ごめん」
兄さんが話し始める前に僕が先に謝った。
謝る理由としてはダンジョンに潜っている事を話していなかったからだ。別に謝る必要もないけどこういう時は先に謝ると先手が打てる。
『いや、なんの謝罪なん? 別に謝らんでいいだろ。何も悪いことしてないし、俺も隠してたからな。お前が謝らなあかんならおれも謝らなあかんし』
「そう? じゃあ、今の無しで」
電話越しに「そうか」と兄さんの笑い声が聞こえる。
まあ、兄さんならそう言うと思ってたけど。
すると、兄さんが本題に入った。
『って事で、今の話からもやけど、前々から俊がダンジョンに潜ってることはわかってる』
「うん」
『それで、もう一回ちゃんと言うと俺もダンジョンに潜ってる。あと、俺がダンジョンに潜ってることは父さんも母さんも知ってる』
「父さんに報告……ん!? 母さんにも!?」
『ああ、母さんも』
母さんも知ってるのは意外だ。心配性の母さんはそう言う危ない事は好きじゃないって思ってた。格闘技は父さんもしていたし、自衛やスポーツの延長線上ってことで反対する事はなかった。でもパルクールをしていた時は、危なすぎると反対されたのを覚えている。
だから、心配性の母さんには、大阪で会社員の時にもパワハラを受けてた事も話していなかったんだけど。
『しっかり話したら母さんも納得してくれたぞ。まあ、何て言ったってダンジョンで死んでも1度だけなら生き返るからな。その後は、ダンジョン攻略しなければいいだけの話だし。母さんには負けたらダンジョンには入れないって言ってる』
「なるほどねー」
少しは嘘をついているって事か。嘘と言うより言い方だけど。
『だから、俊も母さんにも話した方がいいかもしれないな。会社を辞めた事もダンジョンに潜ってることも。しっかり話せば大丈夫だから』
「……わかった。兄さんが言うなら話そうと思う。でも、兄さんもダンジョンに潜ってるってなると、兄さんは会社はどうしたの?」
『あー、今は休職に近い感じだな。月に1、2回出社してるぐらいで、給料はその分だけしかもらってない。まあ、うちの場合は普通の会社とは違うからな』
「そう言えはそうだったね」
兄さんの仕事ならそう言う待遇もありなのかもしれない。
「でもそうなったら、お金の面で父さんと母さんをどう説得したの? いっぱしの社会人なら仕事しろって言われるだろ?」
『ん? 仕事しろって別に会社で働けってわけじゃないし、金稼げってことだしな。だから金貨を見せた』
「金貨を?」
まさかあの金貨をか?
『ああ、俺もお前と同じで最初は土日だけしかダンジョンに潜ってなかって、一度2週間丸々休暇貰ってそこで一気に稼いで、二人の前に金貨と現金を積んだ』
「まじか。中々のパワープレーだな」
というか、僕の行動が割と筒抜けのようだ。ギルド職員から教えて貰うのだろうか。
『金は実際に見せるのがわかりやすいからな』
まあ、兄さんの言う通り、両親は別にサラリーマンになれって言う親じゃなくて、ちゃんとした理由があれば大体の事は反対しないタイプだ。夢を追いかけてもいいけど、稼ぎながら夢を追いかけろって言われる。
そして、ただ心配性なだけで反対はしない。その心配が母さんの場合は過剰で、限界を超えると下手したら父さんを連れて会社に乗り込みに来る可能性もあった。この歳で親が登場するのは流石に少し恥ずかしい。まあ可能性ってだけで乗り込むかは知らないけど。
だから理由と理屈を話して、心配されないようにする。心配事は隠すという習性が実に付いてしまった。だからか、あまり周りに相談せずに自分で考えてしまう事が多かったのは悪い癖なのだろう。
『と言う事で、俺は今お前と同じでダンジョンで稼いでるってわけだ。それに、今東京のダンジョンにいるんだわ。それは一緒に東京に行ったからわかってると思うけど』
「やっぱりそうだったんだね」
『やっぱりって、確信はなかったって感じか? ちなみに俺がダンジョンに潜ってるっていつ頃気づいたんだ?』
「ん? いつって言ったら……確実に思ったのは東京のダンジョンでだな。そこでギルドマスターに『オクヤマヒカル』って名前を聞いた」
すると、兄さんの声が少し呆れ声になった。
『まじか。あのギルドマスター個人情報を話したな。別にいいんだけど……やっぱり、明日文句言っとこう』
「はは。……あっ、一応、東京に行く前にもしかしてとは思ってたけど、1年前に久しぶりに手合わせした時には異常な強さだったから、今思うとその時にはダンジョンに潜ってたんだなって」
『はははっ、そうやなー。でも、お前が気づいたんこの前かー。意外だったな。確かランキングに俺の名前って載ってなかったっけ?』
「載ってなかったよ。ソロの55階層までは杏子さんの名前だったし、それ以降は別の人の名前。九条新って人と、四条公哉って人」
と言っても最近は僕の名前も載ってるけどね。
『あー、姫宮ちゃんと公哉か。そう言えば60階層超えてからは俺はほとんどパーティでの対応で攻略しかしてなかったからな。ソロは気にしてなかったな』
「姫宮ちゃんって、杏子さんの事知ってるの?」
『知ってるって言うか、うちのパーティの魔導士が才能が怖いって言ってたからな。今は俊が姫宮ちゃんとパーティ組んでるんだろ?』
なんでも知ってるな。
「そうだけど、なんでそんなに知ってるんだよ」
『そりゃ、トップ冒険者の特権だからな』
なぜか電話の向こう側でドヤ顔している兄さんの顔が浮かんだ。
『ていうのは冗談で、70階層突破したらパーティ専属の担当が付くから、そのギルド職員に聞いてる。ダンジョンについて俺に話せる内容も増えるから。誰でも知りえる事ぐらいの情報なら俺でもわかる』
そりゃそうか。60階層を攻略したら情報が解禁されるって事は、トップ冒険者ならそれぐらいの権利があっても良いか。
「納得したよ」
『そうか』
兄さんの笑い声が聞こえる。すると電話の向こう側で「光さーん、みんな準備でき……あっ! すみませんっ!」という女性の声が聞こえた。
誰かいるのだろう。彼女か? 彼女なのか!? いてもおかしくないけどさ。
『ごめん。パーティメンバーが呼んでるわ。これから遅いけど飯行く予定なんだわ。ダンジョンのご飯よりも外の方がおいしいご飯は多いからな。でも、ダンジョンに出たらすぐ俊に電話しようって思ってたからさ、時間がなかったけどごめんな。帰ったらしっかり時間取るから』
「いや、大丈夫だよ。了解」
そっか。今日はたまたまダンジョンから出たのか。だからパーティメンバーも一緒だと。
羨ましい限りだ。
「でもあと一つだけいい? 僕がダンジョンに潜ってるって知って驚かなかったの?」
弟もダンジョンに潜ってるって聞くと兄は少しは驚くものだと思っていた。
だからその質問をしたが、兄さんは「何を言ってるんだ」と言うような声を出した。
『ん? そりゃ驚かないだろ。絶対来るって思ってたし、逆にこれまでダンジョンに潜らなかったほうが驚いてるよ。お前こういうファンタジー大好きだろ? お前が来ないことがありえないからな』
「まじか。まあ、仕事がね。行く気が起きなかったのはあったな」
兄さんはそう思ってたのか。なるほどな、やっぱり僕の事をしっかりわかってらっしゃる。
「でも、吹っ切れたら早かったな。今はむっちゃ楽しい」
『あははっ。その言葉が聞けて俺も嬉しいよ。サラリーマンしてる時は死にそうな顔をしてたからな』
「まじで? そんなつもりはなかったんだけど、河合さんにも言われたなー。そんなに顔に出てた?」
『出てた。だから、何度も大丈夫か? って聞いてただろ? 月一お前の顔見に来てたのも心配だからだぞ? 母さんのお願いもあったけど、母さんに言われなくても来てたし』
「なんだよそれ」
やっぱり血はあらがえないのか、親子そろって心配性だ。って、事は僕も心配性なんだろうか。
『まあ、そんな感じだな。じゃあ、そう言う事でもうそろそろ行くわ』
「うん。電話ありがとう」
そう言って話が終わる。すると、
『あっ、そうそう。これだけ言っとかなな』
そう言った兄さんが、
『俺は大阪のダンジョンでは89階層にいる。1ヵ月以内にはそっちに帰って90階層を攻略するから』
そして、
『――お前もさっさと90階層に来いよ。待ってるぞ』
そう言った。
その言葉に僕は口角が上がってしまった。
なんだよそれ。面白い事言ってくれるな!
だから、
「うん! わかってるよ!」
大きな声でそう言った。
静かな広場に僕の声が木霊する。
『あはははっ! 頑張れよ! じゃあな!』
「じゃあね」
そして電話が切れた。
画面が暗くなったスマホをポケットに入れ、ベンチから立ち上がる。
「ふっふっふっふっふっ!」
笑いが込みあがってくる。
知らなかったが、兄さんの到達階層が89階層だとは。今の僕の到達階層が55階層。その差は34階層。まだまだ上だ。それに90階層って言ったら100階層までもう手が届く階層だ。そこからがどれだけ難しいかわからない。それまでがどれだけ難しいかわからない。でも、兄さんがそこまで行けたという実績がある。じゃあ、僕は行けるのか?
トップ冒険者が兄さんだって事は驚きはしない。あの人ならそれぐらいできると思っている。だからこそ、憧れる。
「兄さんが珍しくあんな発破をかけて来たんだ。そりゃ、やるしかないでしょ!」
その兄さんが言ったんだ。やり切ってやる!
待ってろ。すぐに追いついてやるからな!
そして僕はその気持ちを胸に、出口へと向かった。
◇
翌日は久々の休暇と言う事で泥の様に眠った。起きたのは昼過ぎだ。昨日は帰ってからすぐに寝たから12時間以上は寝ている。
思った以上に疲れているようだ。あの1ヵ月とこの数週間の疲れはあったのだろう。
しかし、今はダンジョンでのレベルアップの恩恵が少しはある。だから、体力も精神力も漲っている。回復が速いとはすばらしい。
家の事を少し、会社の退職後の事を少しして、夕飯を食べて寝た。ちなみに、しっかり寝れた。
そして翌日。
ダンジョンの目の前に立った僕は、いつも以上に気合を入れた。一昨日の兄さんからの電話による発破。そして昨日の休憩。
だからこそ力が漲っている。
「じゃあ、今日もダンジョンを楽しみますか!」
そして僕はダンジョンへと足を踏み入れた。




