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父の名前を聞いても状況が分からず首を傾げながら三人の近くへ向かいました。
この国で宰相の地位についている父が学園にどういった用事で来ていたのか、何かあれば私に言伝があっても良い筈ですが、コーラルに視線を向けても小さく首を振り否定しているので彼女にも何も連絡は来ていない様です。
「父ですか?」
「ああ、学園長に用事があったようだ。まさかここで宰相と会う事があるとは思っていなかったから驚いたよ」
「そうでしたか」
アンバーの隣りに立つルビーさんは、私よりもだいぶ小さく華奢な方でした。
小さなお顔に大きな瞳がとても愛らしくて、なんだか自分の顔が嫌になりそうです。
「父が助けたとは……あ、ご挨拶が遅れましたね私ガーネット エストラルドと申します」
様子を見ましたがルビーさんから挨拶の言葉が出そうにないので、仕方なく私の方から名乗りました。
殿下から今紹介があったとはいえ、私は公爵家の娘ですしこの場合は格下の彼女から名乗るのが礼儀なのですが。
「あ、失礼しました。私はルビー ハミルです。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
勢い良く頭を下げるルビーさんの行動は貴族の令嬢がするものではありませんが、彼女がするのは違和感がありません。
それどころか微笑ましく見えてしまいます。
「ガーネット様があんまり綺麗なので見とれちゃって、挨拶するの忘れてました。すみませんっ」
「お世辞がお上手なのね。ルビーさんの方が余程綺麗……いいえ、あなたは可愛いという言葉の方が似合うかしら」
普段なら言葉の裏を読みたくなる発言が、彼女からだと素直に聞こえてしまうのは、彼女の人徳なのでしょうか。殿下の気になる相手だというのに、私は何故殿下の前で彼女を褒めているのでしょう。
「か、可愛いだなんて。ガーネット様みたいな綺麗な方に言われたら恥ずかしくて隠れたくなってしまいますよぉ。私家族から沼ネズミに似てるって言われてるのに」
「沼ネズミ? それは酷いな」
ルビーさんの言葉に殿下が眉を潜めます。
沼ネズミは確か魔獣だったと思いますが、記憶違いでしょうか。
「沼ネズミに似ているというのは? 私実物は見たことがありませんけど。可愛い外見をしているのですか?」
例えその沼ネズミという魔獣が可愛くても、娘と魔獣が似ているなど言うなんて考えられませんが、ルビーさんの家族の感性はどうなっているのでしょうか。
「そうだなあ。色は白くて毛並がいいんだ。ネズミと言っても大きさは兎位ある……うん。狂暴な兎を想像するのが早いな」
「狂暴な兎ですか。それなら兎に似ているでも良いのではありませんか?」
「家族に馬鹿にされてるんです。沼ネズミってちょこちょこと動きが忙しないというか、落ち着きがないというか。私背も低いから」
それは小動物に例えられる可愛さだとい言いたいのでしょうか?
自分を卑下する様に言いながら、実は可愛いのだと遠回しな主張をするのは貴族の女性にありがちな事ですが、どうなのでしょう。ルビーさんの言動は判断に困ります。
「ああ、そういわれると沼ネズミはあっているな。討伐の訓練に行くと良く出くわすんだが、あいつはちょろちょろと動き回るから退治するのが大変なんだ。アンバーは体が大きいからああいう小型の魔獣は苦手だよな」
「はい。あれは本当に退治しにくいですね。剣で対するには向いておりません。ですがそう言われますとルビー様が沼ネズミに似ているというのは納得……いや、あの」
「あ、アンバー様納得した顔してません?」
「いやいや、私も納得したな。可愛い小動物というなら兎でもいいが、動きが似ているというなら確かに沼ネズミだ」
「で、殿下までっ。いいんですけどね。別に。大抵の人は最初は否定してくれてても動きの話をすると納得しちゃうんですもん。どうせなら兎とかリスとか可愛い動物に似ていると言われたいのに、皆が揃いもそろって納得しちゃうんですもん。お蔭で最近沼ネズミが分身に見えて退治しにくいったら」
え、今なんて? 退治?
聞き間違いかとコーラルと顔を見合わせましたが、コーラルも驚いた顔でルビーさんを見ています。
「退治というのは?」
「あ、私冒険者やってるんです。こう見えて弓はかなりの腕なんですよ」
「貴族の女性が冒険者ですか。凄いですね」
「そうですか?」
「ええ、驚きました」
貴族の女性が冒険者になるなんて、物語の中だけかと思っていました。
貴族の男性でも跡を継ぐわけではない次男、三男などが騎士になる事は珍しい話ではありません。殿下の護衛をしているアンバーもその一人ですが、貴族から冒険者になる人はほんの僅かです。ましてや貴族の女性が冒険者になるなんて、そんな話聞いたことがありません。