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東方凛理観  作者: のんの
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第一話 見知らぬ土地へ  下

    *   *   *



「――――そこでだっ、俺はビシッと言ってやった。『そこの広場は俺ん家のだ!』ってな」

「おぉ~!」


 橙と友達になった後俺は、元いた世界での出来事を橙に話していた。


 初めは橙が藍さんと修業したことや友達と遊んだことなど、日頃の出来事について話していたのだが、俺が外来人―――俺のように別の世界から来た人をそう呼ぶらしい―――だと知ると、橙が俺の話も聞きたいと言い出したのだ。


 橙は好奇心旺盛な子でどんな話も興味津々に聞いてくれる。語っている方からすると、とても話しやすい。

 調子に乗って話を少し盛ってしまったのは、楽しそうな橙に免じて許してほしい。


「凛ってすごい人間だったんだね!」


 興奮冷めやらぬ、といった様子で目を輝かせている橙に対して、まぁね、と頭を撫でてやる。


 今の橙の頭の中には『見張り』という単語は微塵も残っていないことだろう。

 日頃の生活で、単純で純粋な橙に苦笑いしているであろう八雲さんと藍さんの姿が目に浮かぶ。

 出来の悪い子ほど可愛い。

 藍さんがあれほど橙に溺愛していたのも少しは(本当に少しは)理解できる気がする。


 ……いや、でもいきなりグーパンはねーな。


「あら、少しの間に随分と仲良くなったのね」


 俺が初めて会った時の藍さんを思い出して少し青ざめていると、八雲さんが博麗を連れて帰ってきた。

 博麗は未だに不機嫌そうな仏頂面だ。


「ぁ、紫さま。おかえりなさい!」

「はい、ただいま」

「さっき凛に面白い話を聞かせてもらいましたよ! えーとですね……」


 襖を開けて帰ってきた八雲さんを見ると橙はすぐに駆け寄り、俺が今まで話していたことを嬉しそうに八雲さんに話し始めた。

 八雲さんは時々相槌を打ちながら笑顔で橙の話を聞いている。


 八雲さんの式は藍さん。藍さんの式は橙。

 なんだかそう考えると、八雲さんがおばあちゃんに見えてくる。

 八雲さんが『藍や、今日の晩御飯はまだかいな?』そう言っている場面を想像し、思わず噴きそうになった。


 しかしそこで、夕飯の準備が整いました、と藍さんが現れる。

 ……危なかった。

 俺は未だ出てきそうになる笑みを誤魔化すように立ち上がり、ゆっくりと伸びをした。


「それじゃあ、行きましょうか」


 八雲さんの言葉を境に四人そろってぞろぞろと部屋を後にする。

 部屋を出た瞬間漂ってくる匂いに思わず腹が鳴る。おいしそうな匂いで胃が活発になったのかもしれない。


 これは期待できそうだと藍さんの料理を想像していると、隣の博麗が口を開いた。


「藍の料理はね……おいしいわよ」

「……。お、おぅ……」


 突然のカミングアウトに反応できないでいると、博麗はフッと笑って先に行ってしまった。

 今のはなんだったんだろう。






    *   *   *






 ――――結論から言うと、藍さんの料理は確かにおいしかった。

 あの博麗の意味深な笑みに何かあるのではないかと疑ったが、そんなことはなくとてもおいしいものであった。


 ただ、油揚げが異常に多かった。


 巾着に油揚げの味噌汁、それに油揚げと野菜の炒めもの、などなど……。

 料理にはあまり詳しくないのだが、ほとんど油揚げ関係だったように思う。


 いや、それが嫌いなわけじゃない。どっちかって言うと好きな部類に入るし、残したこともない。

 だけど、流石に多すぎると飽きが来る。我ながらよく完食したものだと、いまでも思う。


 そして、藍さんの料理を残さず平らげた俺は、神社の外にいた。


「これでいいかー?」

「ん~、もうちょっと~」


 壁の向こうの浴室にいるであろう博麗のくぐもった声が聞こえてくる。

 はいはい、と俺は薪を足した。


 八雲さんたちが帰った後、満腹になった博麗は笑顔でこう言った。


『ちょっとあんた。今から風呂入るから外で火の調節しなさいよ』


 最初は言っている意味がわからなかったが、お風呂を見てから合点がいった。


 あぁ、これは日本昔話的なノリの風呂だ、と。

 博麗の家にあったのは、火を起こして湯を温めるタイプの、随分古典的な風呂だったのだ。


 それから博麗に火を起こしてもらった俺は、あとは薪くべて火加減調節するだけよ、と簡単で大雑把な説明を受けて、今に至る。


「ちょっとー! まだ温いー!」

「ういうい」


 再度火を強くするよう言われた俺は適当に薪を足す。

 ……ったく、普通こんな怪我人にこういう作業させるかね。溜息を吐く。


 断ろうとも思ったのだが、やらなければここから追い出すと脅され、しぶしぶやらされることとなったのだ。

 まだ身体も痛むのに……。

 さらに愚痴が零れそうになった時、浴室の窓がパシャンと開き、タオルを身体に巻いた博麗が現れた。


「ちょっと! さっきから温いって言ってるでしょ!? 話聞いてんの!?」

「……」


 ……カチンときた。こっちは怪我してるのにもかかわらず働いてやってんのに、なんだその言いぐさは。

 それにあんま火強くし過ぎても熱くなりすぎるかも、なんて配慮してやってたってのに……。


 腸が煮えくり返って仕方なかったが、俺はそれをおくびにも出さず返事した。


「あぁ、悪い。じゃ、もちっと火強くするわ」

「はじめっからそうしなさいよね。……ったく」


 またパシャンという音を立てて窓が閉じられる。


「……」


 見てろよこの脇巫女……! 目にもの見せてやる!


 俺はニヤリとして火をこれでもか、というくらいに強めていく。

 てめぇは今日から脇巫女改め茹で巫女じゃコノヤロー!

 もう泣いて謝っても絶対許してやんねぇ。俺はありったけの怒りをこめて薪を追加していった。






 ――――それから二、三十分ほど火を強くし続けていた俺だったが、手持ちの薪がなくなってしまった。

 どうしようか。まだ取りに行くことも出来るが……。


 いや、もうかなり火を強くしたように思う。

 それに、あれ以降博麗からは何も言ってこなくなった。なにか反応があればともかく、何も言ってこないと一人相撲をしているような気分になる。虚しくなってきてしまった。


 これ以上はもういいだろう。俺は周りのものを片づけて居間に戻ることにした。


 おじゃまします。意味もなく告げ、博麗の家に上がる。

 今思えば、博麗には悪いことをしたかもしれない。

 博麗は何度も湯が温いと言っていたのに、自分はいい加減に薪を足すのみに止めていた。

 何度も注意したのにもかかわらず温いままでは怒鳴りたくもなるだろう。


 それなのに自分は……。

 自己嫌悪に駆られている時、ガララと脱衣所が開く音がした。どうやら博麗が風呂から上がったらしい。


 まずは謝ろう。そう決意して立ち上がり、脱衣所に向かおうと廊下に出たところで博麗と鉢合わせした。

 風呂上り特有の熱気と石鹸の匂いが漂っている。


 しかし、俺の視線は博麗の肌に釘付けになった。

 博麗の肌はまるでペイントしたのではないか、というくらいに真っ赤だった。


「そ、その、ごめん……」


 俺は博麗に頭を下げる。

 博麗は、俺が際限なく熱くした風呂に入り続けていたのだ。これほど肌が赤くなるのも必然だろう。もう罪悪感で胸がいっぱいだった。


 しかし、博麗は笑顔でこう言ってくれた。


「何言ってんの。いい湯だったわよ」


 俺は固まった。

 なんだこの人は。こんな天使のような人がこの世にいるのか、と。

 俺が感動のあまり動けずにいると、博麗は笑顔で続ける。


「お礼にあなたにも同じ体験をさせてあげる。気持ち良さ過ぎて、極楽行っちゃうかもね」


 今度は恐怖で固まった。






    *   *   *






「はぁ……」


 ここは寝室。

 俺はそこに敷かれた布団に胡坐をかいている。横にいる博麗は俺を見てケタケタと笑っている。

 俺はもう一度溜息をついて、自身の両腕を見つめた。


 ……真っ赤だ。

 これが人の肌なのかと疑ってしまうほどに、真っ赤だ。


 博麗が風呂から上がった後、俺は同じ時間だけ風呂に入っていろと命じられた。博麗に対して負い目を感じていた俺は断ることも出来ず、素直に従った。

 そうして入った風呂は、とてつもなく熱かった。


 だが、博麗はこれにずっと耐えていたんだ。一人相撲ではなかった。博麗は耐えていたんだ。

 そう思いながら、自分も熱さを我慢し風呂に浸かった。


 するとどうだろうか、外で物音がするのだ。まるで薪をくべているかのような……。


 間違いない。博麗だ。まだ火力を上げようとしている。あいつはさらに俺を追い詰めようとしているらしい。

 それからの時間は地獄だった。身体中が火のようで死ぬかと思った。

 その体験を通して俺は、博麗の巫女は怒らせてはいけないものであると、心に刻んだ。


「ほら、そんな顔しなくても、お揃いじゃない」


 私はもうそこまで赤くはないけど。苦笑いしながら腕をこちらに向ける博麗。


 そんな顔、とはどんな顔をしていたんだろうか。

 博麗がフォローを入れるくらいだから、よっぽどひどい顔だったんだろう……。


「なぁ、博麗はあの湯、平気だったのか?」


 風呂上りの博麗は全く元気だったが、俺なんかは酷かった。

 フラフラで意識も朦朧、まともに歩けず脱衣所を出た瞬間に倒れてしまった。


 そこからは博麗に肩を借りてここまでやって来た。

 流石に博麗もやりすぎたと思ったのか謝ってくれたのだが、もとはと言えば俺が原因だから……。そう言うと、素直に謝られろ! と頭を叩かれてしまった。博麗なりの照れ隠しなのだろう。


「平気なわけないでしょ。熱かったわよ、それもかなり。

……まぁ、そんな事よりさ。その博麗っての、やめてくれない?」


 名字で呼ばれるの慣れない。少し居心地が悪そうに言う。


 思えば“博麗”なんてのは珍しい名字だ。

 密かにコンプレックスを持っていたのかもしれない。

 ちょっと悪い事しちゃってたかな。博麗に……いや、霊夢に謝る。


「馬鹿ね、そんなんじゃないわ。……ほら、もう寝るわよ」


 そう言って霊夢は部屋の明かりを消した。

 天井の明かりがどういう原理でついているのか聞いてみたところ、霊力がなんたらかんたら言っていて、途中で聞くのを諦めた。

 原理はともかく、俺がいたところの照明にとても似ていた。


 真っ暗な空間で目を閉じる。

 全く、霊夢は見知らぬ男子と同じ部屋で寝るのが怖くないのか。今日過ごしただけでもかなり無防備なのが見て取れた。

 もしかしたらそれは、霊夢が八雲さんのように不思議な力を持っている故の余裕なのかもしれない。いや、そうなのだろう。


 思えば、霊夢の家族はどうしたのだろう。今日は一人も見ていない。

 ――――ふとそこで、自分の家族を思い出した。

 ここで過ごしたのはまだ一日だけだけど、もう随分会ってないような気がする。

 家族の顔を思い浮かべる。すると、早く元の世界に帰りたい、素直にそう思えた。


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