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東方凛理観  作者: のんの
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第一話 見知らぬ土地へ  中

    *   *   *



「すまないっ、本当に、済まなかった!」


 先ほど部屋に乱入してきた女性、八雲 藍さんが布団に横たわっている俺に頭を下げる。というか土下座する。

 身体からたくさん生えている尻尾は力なく揺れ、帽子を脱いだ頭から見えている犬耳はシュンと垂れている。


 藍さんの話によると、俺はしばらく気絶していたらしい。

 目を覚まし、藍さんの姿を見た時は自らの目を疑いとても驚いたが、なるほどこれが八雲さんが言っていた妖怪か、と自分でも驚くほど素直に納得した。


 この藍さんの姿を見て、俺は本当に異世界に来たんだな、と他人事のように思ったのを覚えている。


「い、いや。そこまでしなくてもいいですよっ」

「いや! そういうわけにはいかない。紫様の客人を暴漢と間違え、あまつさえ殴り飛ばしたとあっては……。

この藍! 命に代えてもこの失態を……!」


 どこからともなく短刀を取り出した藍さんに本気で焦る。


「いやいやいやいや! ほんといいですって! ほんとに!」


 痛む身体に鞭打ち、短刀を喉に突き立てる藍さんを全力で止めにかかる。

 だが、向こうは女性といえども妖怪で、こっちは手負いの人間。その短刀を持った手は全く止まらない。


 これはマジでヤバい! と藍さんの綺麗な肌に短刀が食い込もうとした瞬間


「ほら、藍。止めなさい」


 俺と藍さんのやり取りを見て笑っていた八雲さんがギリギリで止めに入る。


「しかし紫様! 私は……」


 八雲さんの制止でやっと止まってくれた藍さん。

 俺は手を放しながらも、さりげなく短刀を取り上げる。


「あら、私が止めろと言ってるのよ? 主に逆らうのかしら?」


 そう言われて藍さんは言葉に詰まる。八雲さんは、藍さんをジッと見据える。


 その状態がしばらく続いたかと思うと、藍さんはシュンとうな垂れ、申し訳ありません、と小さな声で謝った。

 そうして落ち込んでいる藍さんに向かって八雲さんは、母が娘に向けるような、温かい笑みを浮かべた。


「藍、貴女は優秀な、私の自慢の式。これくらいの事で落ち込まないの。

……そうね、霊夢のお手伝いをしてもらえるかしら? あの娘、なんで私が夕飯の準備を……って、ちょっと拗ねてるの。

だから、霊夢のお手伝いをしてあげて。貴女は私の自慢の式。今日の夕飯、期待してるわね」

「……は、はい!」


 八雲さんに励まされた藍さんは、主の期待に沿えるよう、意気盛んに博麗がいる台所へと向かっていった。


 あんな素直(で綺麗)な弟子が持てて、八雲さんは幸せだな……。


「……横で爆笑してるだけじゃなかったんですね」


 短刀を八雲さんに差し出しながら最大限の皮肉を込めてそう言うが、八雲さんはどこ吹く風。


「あらあら失礼ね。じゃあ、私は橙を迎えに行ってくるわ」


 短刀を受け取った八雲さんは、また例の胡散臭い笑みを浮かべて、スキマの中に入って行ってしまった。


 八雲さんが部屋からいなくなり、一人になったことで部屋に静寂が訪れる。


「……」


 特に何もすることのない俺は布団に仰向けに寝転がり、目を閉じる。


 こうしていると、別の世界に来ただなんて、とてもじゃないが信じられない。

 でも、自分の直感、第六感のようなものがここは違うと告げている。ここは今まで自分が過ごしてきた場所とは何かが違う、って。

 そんなとこで警戒心も抱かずに寝転がってる自分は危機感が足りないんだと思う。


 ……というよりも俺は―――いや、深く考えないでおこう。


「もうっ、何なのよ藍の奴。急に来たかと思ったら私を追い出しちゃって……あら、あんた寝てんの?」


 なにやら文句を言っている博麗が、いかにも私不機嫌です、といった風に帰ってきた。

 どうやら藍さんに追い出されたらしい。

 藍さん、なんだかとっても張り切っているみたいだ。


「……いんや、起きてる」


 目を閉じたまま軽く手を振り、起きてますよアピールをする。


「あっそ」


 博麗はあまり興味がなかったみたいで、それだけ言って部屋の端に座った。

 また部屋が静かになる。

 一人の時と違って、二人いる時に部屋が沈黙すると、ちょっと気まずい。


 俺はこの気まずさを何とかするため、また礼を言うため博麗に話しかけた。


「あのさ、博麗。ありがとな」

「あん? 何がよ」


 女の子が、あん? とか言うんじゃありません。


「……ほら、藍さんに襲われた時守ってくれてただろ?」


 八雲さんは横で爆笑していたが……。

 俺が身体を起こして礼を言うと、博麗はそういう事に慣れていないのか、そっぽを向いてボソッと言った。


「……ここで死なれたら困るからよ。礼なんかいらないわ。別の場所なら助けたりなんかしない」


 その不器用な返答はなんだか微笑ましくて、俺は思わず笑ってしまった。

 博麗には睨まれてしまったが……。

 でも、やっぱり感謝の気持ちは受け取ってほしい。


「それとさ、俺が倒れていた時だって助けてくれたんだろ? その――」

「それなら紫に礼を言う事ね。あなたを見つけたのはあいつだから」


 もうこれ以上は何も言うな、という風に背を向けられてしまった。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。


 意外に強情だな……。

 これ以上礼を言おうとするのも野暮か。俺は身体を寝かせようとして――


「らしいわよ?」


 いつの間にか真後ろに座っていた八雲さんに気づき、やめる。いつの間に後ろに座ってたんだこの人は……。


「……何がですか?」


 一応平静を装うが、八雲さんに話しかけられた時に肩がビクッとしたのを見られていたようで、八雲さんは悪戯が成功した子供のような顔をしている。


「お礼よ、お礼」


 人差し指をクルクル回しながら八雲さんは言う。実に楽しそうな顔だ。

 八雲さんの言ってることの意味を理解した俺は、思わず嫌な顔をしてしまった。


「あら、そんな顔されるなんて、ゆかりんショックだわ(ゆかりんて……)」


 よよよ、と扇で顔半分隠しながらわかり易過ぎる演技をする八雲さん。

 目がとても愉快そうに笑っている。


 博麗の言う通りなら、八雲さんにも礼を言うべきなんだろう。

 そうなんだろうけど、なんか……八雲さんにお礼を言うのは少し、癪だ。

 でも……


「あ、あの、八雲さん。……助けてくれたみたいで、その、ありがとうございます」


 そんなことも言ってられない。

 命の恩人に対して礼の一つも言えないなんて、人として何かが欠けてる。


 俺が複雑な心境で、でもやっぱり感謝の気持ちを込めて頭を下げると、八雲さんはにっこりと笑った。


「よく言えたわ。えらいえらい。

こんな素直なところは、誰かさんにも見習ってほしいものね」


 そう言いながら八雲さんは横目で博麗を見る。


「何よ」


 その視線に気づいたのか、博麗はこっちを向いて八雲さんを睨みつける。

 怖い怖い。八雲さんはクスクス笑う。 薄々わかってはいたが、この人は他人を挑発するのが好きらしい。


 博麗の機嫌が目に見てわかるように悪くなっていったので、俺は慌てて話題を変えることにした。


「あの、八雲さん。そういえば、橙って人はどうしたんですか?」

「あら、会いたい?」


 どういう経緯でそんな発想に至ったのか知らないが、笑顔ですかさずそう返してくる八雲さん。


 少し返答に困る。

 ただ俺は、八雲さんが呼びに行き帰ってきたにもかかわらず、その呼ばれた本人の姿が見えないことを疑問に思っただけで、会いたいかと聞かれれば……そうでもない。


 だけど、会いたいかと聞かれて、いや別に、と答えるのは八雲さんとその橙って人に失礼な気がして、なんて言っていいのかわからず咄嗟に言葉が出なかった。


「……ま、まぁ、少しは」


 そう答えると部屋の隅にいる博麗が、別に会いたくなければそう言えばいいのに……、そう呟いたのが聞こえた。


「そう、じゃあ橙を呼びましょうか。今は藍のお手伝いをしているから」


 俺の返事を聞いた八雲さんはにこやかな笑みを浮かべた。

 そして、少し大きな声で橙さんを呼びつける。


 すると、はーい! と元気な声がしたかと思うと、ドタドタと廊下を走る音が聞こえてきた。

 声から察するに、橙というのは子どもらしい。


「紫さま~なんですか~?」


 その言葉とともに襖が開かれる。

 そこから現れた少女の頭には猫らしき動物の耳が生えており、後ろで尻尾が二本ゆらゆら揺れているのが窺える。


 一瞬コスプレの一種かと思ったが、尻尾の動きがあまりにリアルであり、また耳がピコピコと本物のように動いていることから、藍さんのように人外であると納得した。

 多少驚きはしたが、藍さんを見た後だからなのか、それも少なかった。


 それよりも、橙ちゃんが茶髪であることの方が気になるところだ。

 こんな小さい子に髪を染めさせてるなんて……。


「ほら橙。さっき話したことを覚えているかしら? この子が私を馬鹿にした人間よ」


 ニヤニヤとした八雲さんが俺を指す。

 なにか弁解をしようとも思ったが、強ち間違いでないために何も言えない。

 俺が黙っていると、八雲さんの言葉を受けた橙ちゃんがこちらをビシッと指さし、言った。


「あんたが紫さまをバカにした人間ね!」


 橙ちゃんはこちらを睨んでくる。全然怖くない。


 何とか弁解しようと頭を巡らせるけど、俺が何を言っても無駄だと気付き、八雲さんに助けを求める。

 しかし、八雲さんはそんな俺を切り捨てるように博麗へ声をかけた。


「霊夢、話があるわ。少しいいかしら。 ……橙、凛をしっかり見張っておくのよ?」


 そう言われた橙ちゃんは元気よく返事をし、博麗は何か文句を言いながらしぶしぶ立ち上がった。

 そして八雲さんは共に部屋を出て行ってしまう。


 部屋に残ったのは俺と、じーっと睨みつけるようにこちらを見つめる橙ちゃん。


「むー」


 橙ちゃんは襖の近くに正座し、八雲さんの言われたとおりに俺を見張る。

 その姿はとても真剣で、真面目な子であることが窺える。


 そうやって頑張っているところが微笑ましくもあるが、こう見られていては敵わない。

 こりゃ参ったな。頭を掻こうとした瞬間、橙ちゃんが口を開いた。


「何をする気っ!?」

「へ? いや、頭を掻こうと……」


 いきなり叫んだ橙ちゃんに困惑しながらも、何をしようとしていたのかを説明する。

 この子は頭を掻こうとする動作から何を想像したのだろうか……。


 そんな俺に対して、橙ちゃんは目をキッとさせて言った。


「信用できないね! 何をするかわかったもんじゃない!」


 どうやらこの子の俺に対する印象は最悪らしい。八雲さんは一体何を吹き込んだんだか……。


 悪い印象を抱かれたまま、というのは気分が悪い。

 その改善を試みようと考えた結果、あることを思い出した。


「なぁ、橙ちゃん。そこの着替えの横にある袋を取ってくれない?」


 部屋の端にある小さな袋を指さす。

 あの袋は八雲さんが用意してくれたもので、俺の所持品(携帯とか財布とか)が入っている。


 そんな俺のお願いに対して、橙ちゃんはきっぱりと答えた。


「“ちゃん”付けしないで。

それにそんなことをしてやる……えっと、ぎりはないわ」


 ちょっと頑張って難しい言葉を使おうとする橙ちゃんは、やはり微笑ましい。


 俺は緩みそうになる顔を引き締めながら続ける。


「いや、そりゃそうだけどさ。

でも、とっても優秀な……あ~、式。優しくて有能な式の橙ならやってくれるかなって思ったんだけど……」


 橙ちゃんは八雲さんの事を『紫さま』と呼んでいた。藍さんと同じように。

 そこで思い至ったのが、この子は藍さんと同じように八雲さんの弟子、式だという事。


 それは間違っていなかったようで、おだてられた橙ちゃんは得意げに言った。


「ま、まぁ? 私は藍さまの式だから。あの藍さまの式だからね。それくらいはやってあげるよ」


 どうやら、八雲さんでなくて藍さんの弟子だったらしいが、上手くいったので良しとしよう。

 橙ちゃんは上機嫌に袋を渡してくれた。


 目的のものを探すために袋を開ける。中には携帯と財布と……あった。飴。

 これを渡せば『主人に悪口を言った最低な人間』から『悪口は言うけど飴くれる人間』くらいにはランクアップできるかもしれない。


 しかし、頭を掻くのはアウトなのに、中身不明の袋をあさるのはセーフなのか。


「ほら、橙。飴玉。これで仲直りしようぜ」


 別に橙ちゃんと友達だった、とかそんなんじゃないから、仲直りってのはちょっとおかしいが、そんなのは些細なことだ。

 要は友好関係を築こうとする姿勢が大切なのだ。


「えっ!?」


 飴を見せつけられた橙ちゃんは、耳と尻尾をピンッと張らせ、ものすごいを反応した。その瞳は飴を捉えて離さない。

 しかし、見張りが飴を食べてはいけないと思っているのか、その手は飴に向かってなかなか伸びない。

 頭を抱え、うぅ~、と唸っている。


 ここまでの反応は予想外で、少し驚いた。飴玉一つでこんなに迷えるものなのか……。


「……で、でも、でも! み、見張らないと……」


 心の中の葛藤が目に見えるよう。飴の誘惑に負けないように必死だ。


 もしかして、この世界で飴はとても貴重なものなんだろうか。

 まぁ、それは置いといて。この子の反応が面白くなってきた俺は、ちょっと揺さ振りをかけてみることにした。


「別に見張りが飴食べたらいけない、ってわけじゃないだろ?」


 見張っている対象から何かものを貰う、というのは十分問題なんだけれど。そんなことを思いながら発言する。

 すると橙ちゃんは、まるで天のお告げを聞いた聖職者のような顔をして、そうだよね! と飴を受け取った。


 ……簡単に墜ちた。

 これではそのうち怪しいおじさんとかに連れて行かれないだろうかと、包装紙を必死に破いて飴を頬張る橙ちゃんを見る。


「いやぁ~、思っていたよりも結構いい人間じゃない! 友達にしてあげてもいいよ!」


 橙ちゃんはとてもいい笑顔でサムズアップする。


「あ、あぁ、ありがとな」


 友達にしてくれるほど心を許してくれたことはうれしいが、これほど簡単に他人を信用していては……。

 この子の将来が少し心配になる俺だった。

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