69.笑芸大会、終盤戦になる
笑芸大会は十一組を終えて残り四組、その中には前回優勝の爆笑サーカス団、そして大トリにはビルムとミリアのうさぎドラゴンが控えている。
会場全体が、ここからが本番だと言わんばかりの熱気に包まれていた。
司会者が大きく息を吸い込む。
「さあーーーっ!! いよいよ大会も終盤戦!! 残るは四組のみ!!」
観客席から大歓声。
「ここから一気に優勝候補が続くぞ!」
「最後まで目が離せねぇ!」
特別席で静かに見つめるフロスティアも、内心では高揚を隠せなかった。
(……ここからが楽しみ。)
表情はいつも通り冷静。
しかし心の中では、期待で胸が弾んでいた。
司会者が次の組を紹介する。
「十二組目ーーーっ!!全国を笑いながら旅する自由人コンビ!!『風来ボケ旅団』ーーーっ!!」
ドォォォン!!
軽快な旅の音楽が流れ、二人組が大きく手を振りながら舞台へ飛び出してくる。
「旅の途中で財布なくしましたー!」
「それ旅じゃなくて事件や!」
開始一秒で笑いが起こる。
「宿代がないから大道芸しようと思ったら、お客さん全員同業者やった!」
「誰が誰を笑わせるねん!」
テンポのいい旅ネタに会場は終始笑顔。
世界各地を旅したという設定を生かし、各地の文化や珍事件を次々と笑いへ変えていく。
「雪国で『熱いですねぇ』って言ったら追い返された!」
「空気読めや!」
「砂漠で迷ったらラクダに道聞いた!」
「ラクダが知るか!
客席は爆笑の連続。
ガエンは腹を抱えて笑う。
「こいつらも面白ぇな!」
マイトも笑いながら拍手を送る。
「レベル高すぎるよ、この大会。」
ラーシャは口元を押さえながら肩を震わせ、ナラは空中をくるくる飛び回るほど笑っていた。
最後は二人が旅人らしく荷物を背負い直し、
「それじゃ次の町でも笑わせてきます!」
「ここが最後の町やけどな!」
という締めで大きな拍手を浴びながら舞台を後にした。
「ありがとうございましたーーーっ!! 風来ボケ旅団!!」
惜しみない拍手と歓声が会場を包む。
そして司会者は、ここで一度間を置いた。
照明がゆっくりと落ちる。
観客席がざわつき始めた。
「……来るぞ。」
「前回王者だ。」
「あの爆笑サーカス団がついに……!」
期待と緊張が入り混じる空気の中、司会者が声を張り上げる。
「さあ皆様、お待たせいたしました!! ここで登場するのは――前回大会優勝!! 圧倒的な完成度で王座を掴み取った笑いの王者!!」
会場のボルテージが一気に上がる。
「十三組目!!」
一拍置いて、
「『爆笑サーカス団』ーーーーーっ!!」
その名前が響いた瞬間、会場は今日一番とも言える歓声と拍手に包まれた。
舞台中央に、スポットライトが一斉に集まる。
ドォンッ!!
華やかなファンファーレと共に、色鮮やかな衣装をまとったピエロの姿の爆笑サーカス団の二人が、大きく前転しながら登場した。
「待たせたなぁぁぁぁっ!!」
「待ちすぎて客席が一歳くらい年取っとるわ!」
開幕から完璧な息。
客席は一瞬で笑いに包まれる。
「さすが王者だ……!」
「あのテンポ、全然衰えてない!」
二人は漫才だけでなく、曲芸やジャグリング、パントマイムまで笑いに変えていく。
ボールを五つ投げながら、
「俺、これ得意やねん!」
「その顔で言われても信用できへん!」
次の瞬間、一つ落とす。
「ほら失敗した!」
「今のは予定通りや!」
さらにもう一つ落とす。
「それも予定通り!」
「予定多すぎるわ!」
ドッ!!
会場中が大爆笑。
そこから畳みかけるようにボケとツッコミが連発される。
巨大な一輪車に乗ろうとして転び、
「これは新しい乗り方です!」
「誰が認めるねん!」
ピエロらしいオーバーリアクション。
予想外の展開。絶妙な間。どれを取っても一級品だった。笑いが収まる暇すらない。
「ははははははは!!」
「腹痛ぇぇぇ!!」
「もう無理!」
今日一番と言っても過言ではない爆笑が会場全体を揺らした。
涙を流しながら笑う観客。椅子を叩く者。立ち上がって拍手する者。
まさに王者の貫禄だった。
特別席ではフロスティアは腕を組み、相変わらず冷たい表情で舞台を見つめている。
(…………。)
次の瞬間。
「……ふっ。」
ほんのわずかに口角が上がりかけた。
(……しまった。)
ハッとして、慌てて表情を引き締める。
(危ない危ない……。危うく笑うところだった。)
咳払いを一つ。
何事もなかったかのように再び氷の女王らしい無表情へ戻る。
しかし心の中では、
(……やはり前回王者。見事ね。)
と、素直に感心していた。
一方、観客席ではガエンが腕を組みながら唸る。
「……いやぁ、やっぱり強ぇな。」
マイトも苦笑いを浮かべる。
「これは優勝候補って言われるのも納得だよ。」
ラーシャも静かに頷く。
「あの完成度は圧巻ですね。」
ナラは羽を止めて、小さく息をのむ。
「ビルムたち……大丈夫かなぁ。」
ガエンは笑いながらも、少しだけ真面目な顔になる。
「正直、ちょっと心配になってきたな。」
マイトも視線を舞台袖へ向けた。
「大トリって、あの人たちの次の次なんだよね……。」
ラーシャは小さく微笑む。
「でも、ビルムさんとミリアさんなら、きっと何かやってくれる気もします。」
「確かに。」
ガエンは大きく頷いた。
「あいつらは実力でここまで来た。相手が王者だからって縮こまるような奴らじゃねぇ。」
ナラも元気よく羽ばたく。
「うん! きっと最後に、うさぎドラゴンらしい笑いを見せてくれるよ!」
その頃、舞台袖では。
爆笑サーカス団の歴代王者にふさわしい圧巻の舞台を見届けたビルムが、額にじんわりと汗を浮かべていた。
「……あかん。めっちゃおもろいやん。」
思わず本音が漏れる。
隣ではミリアが白いうさぎ耳を揺らしながら、いつもの涼しい顔で舞台を見つめていた。
「そうね。最高だったわ。」
そして、静かにビルムへ微笑む。
「でも、だからこそ燃えるでしょう?」
ビルムはその言葉を聞き、小さく息を吐くと、ゆっくり笑みを浮かべた。
「……せやな。大トリやからこそ、一番おもろい漫才やったる。」
爆笑サーカス団は鳴りやまない拍手の中、深々と一礼して舞台をあとにした。
「ありがとうございましたーーーーっ!!」
司会者も興奮を隠せない。
「いやぁぁぁぁ!! さすが前回王者!! 会場を笑いの渦に巻き込んでくださいましたーーーっ!!」
客席からは、
「優勝はやっぱり爆笑サーカス団だろ!」
「今年も決まりじゃないか?」
そんな声まで飛び交う。
しかし司会者はニヤリと笑った。
「ですが、まだ終わりではありません!! 残るはあと二組!!」
会場が少し落ち着きを取り戻した、その時だった。
「続いて十四組目ーーーっ!!『銀河コメット』ーーーーっ!!」
拍手の中、銀色と紺色の宇宙服風衣装を着た二人が軽快に登場する。
「どうもー! 宇宙から来ましたー!」
「来る途中、流れ星を追い越してきましたー!」
軽い導入。
……しかし。
「…………。」
客席は静かだった。
二人は一瞬だけ目を合わせる。
(あれ?)
それでも気を取り直して続ける。
「宇宙人って地球に来たらまず何すると思います?」
「知らん!」
「コンビニで肉まん買います!」
「なんでやねん!」
……
シーン。
「……。」
笑いが起きない。
片方の額に汗がにじむ。
(や、やばい……。)
焦った二人はテンポを上げる。
「ブラックホールに財布落としたんですよ!」
「もう返ってこんわ!」
……
シーン。
客席からは、
「ん?」
「さっきの爆笑サーカス団が凄すぎたかな……。」
という小さなざわめきが聞こえる。
銀河コメットも必死だった。
「宇宙船の燃費が悪くてですね!」
「どんな燃料や!」
「笑顔です!」
「エコやな!」
……
シーン。
空気はますます重くなる。
ボケが空を切り、ツッコミも決まらない。
焦れば焦るほど間が崩れ、言葉が噛み合わなくなっていく。
一人が勢いよく転んで笑いを取りにいく。
「いたたたた!」
「大丈夫か!」
……
パチ……。
どこからか励ますような拍手が数回鳴るだけだった。
「…………。」
舞台袖では、その様子を見ていたビルムの顔色がみるみる青くなる。
「う、うわぁ……。」
ごくり、と唾を飲み込む。
「爆笑サーカス団の直後って……こんな空気になるんか……。」
額から一筋、冷や汗が流れた。
「これ……めちゃくちゃ怖いやん……。」
ビルムは自分の出番を思い浮かべ、思わず頭を抱える。
「十四組目が滑ったせいで、次の空気を変えなあかんやん……!」
震えた声でそう漏らす。
「しかも、その役が……俺らや。」
両手で頬を叩きながら、
「うわぁぁぁぁ! プレッシャー倍増してもうたぁぁぁ!!」
と小さく叫んだ。
そんなビルムを見て、ミリアは相変わらず落ち着いた表情のまま首をかしげる。
「ビルム。」
「……な、なんや?」
「今のを見て思ったことがあるわ。」
「なんや?」
ミリアは真顔で言った。
「つまり私たちは、宇宙に行かなければいいのね。」
「そこちゃうわ!!」
ビルムは思わず全力でツッコんだ。
その一発で、張りつめていた自分自身の緊張が少しだけほどけるのだった。
舞台の空気は、依然として重かった。
銀河コメットは必死にネタを続ける。
「最後のネタいきます!」
「宇宙一おいしいラーメン屋見つけたんですよ!」
「どこにあるねん!」
「月の裏です!」
「営業時間どうなっとんねん!」
……
シーン。
一瞬の沈黙。
どこかで小さく笑う声が聞こえたものの、それは会場全体へは広がらない。
二人は最後まで諦めずに走り切った。
「ありがとうございました!!」
深々と頭を下げる。
客席から送られたのは、温かい励ましの拍手。
だが、それは爆笑ではなかった。
「…………。」
銀河コメットは顔を上げる。
悔しさを押し隠すように笑顔を作り、手を振りながら舞台袖へと戻っていく。
その背中は、どこか小さく見えた。
会場には、妙に冷えた空気だけが残る。
司会者もその雰囲気を感じ取ったのか、一瞬だけ言葉に詰まる。
「え、えー……! 銀河コメットのお二人、ありがとうございましたー!」
パチパチパチ……。
拍手は鳴る。
しかし先ほどまでの熱狂は、まるで夢だったかのように消えていた。
特別席のフロスティアは舞台を静かに見つめていた。
その氷のような美しい顔には、先ほどまでのわずかな余裕すらない。
眉がほんの少しだけ寄る。
(……これは。)
静かな胸中で呟く。
(爆笑サーカス団の後では、誰であっても苦しい……。)
その鋭い視線は、自然と舞台袖へ向いた。
(そして、この空気のまま最後を任されるのが――うさぎドラゴン。)
ほんのわずかに目を細める。
(試されるわね。)
一方、観客席。
ガエンは腕を組んだまま低く唸った。
「……やべぇ空気だな。」
ダグラスも珍しく笑顔を消している。
「これはきついな……。」
マイトは不安そうに舞台袖を見た。
「笑いって、一回流れが止まると戻すのが本当に難しいんだよね……。」
ラーシャも静かに息をつく。
「銀河コメットさんも実力はあったはずです……。ただ、順番があまりにも厳しかったですね。」
ナラは羽を小さく震わせた。
「ビルムたち……大丈夫かなぁ。」
ガエンはゆっくりとうなずく。
「今までで一番の試練かもしれねぇ。」
誰も軽口を叩かなかった。
客席のあちこちからも、小さな声が漏れる。
「さっきまであんなに笑ってたのにな……。」
「空気が変わっちゃった。」
「最後のコンビ、大丈夫かな……。」
「このまま終わるのは嫌だけど……。」
そのざわめきは、会場全体にじわじわと広がっていく。
舞台袖。
銀河コメットの二人が肩を落としながら戻ってくる。
ビルムは何も言えなかった。ただ、小さく頭を下げる。
銀河コメットの一人は苦笑しながら言った。
「……頼んだよ。」
もう一人も無理に笑顔を作る。
「最後、会場を笑わせてくれ。」
そう言い残し、二人は静かに去っていった。
その言葉が、ビルムの胸にずしりと響く。




