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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
人間領司法国家、サイヴァーン

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46/171

46.裁判長、行きつけに行く

十分後。

一行は城下町の一角へやって来た。

石造りの二階建て。

派手さは無い。

だが賑やかな笑い声が聞こえる。

看板には。


『赤狼亭』


と書かれていた。

扉を開ける。


カラン。


店内は一気に静かになった。

客達が振り返る。

そして。


「あ。」

「陛下だ。」

「また来た。」

「今日は早いな。」

「いつもの席空いてるぞ。」


反応が軽かった。

ガエン達が固まる。

マイトが呟く。


「慣れてる。」


「慣れてるな。」


リターシャは当然のように手を振った。


「こんばんは。」


「こんばんは陛下。」


「いつもの。」


「了解。」


本当に行きつけだった。

店主が笑う。


「今日は友達連れか?」


「うん。」


「珍しいな。」


「ゲーム仲間。」


マイトが吹いた。


「ゲーム仲間扱い!?」


「違うの?」


「違わねえけど!」


店内が笑いに包まれる。

案内された席は大きな円卓だった。

全員が座る。

しばらくすると料理が運ばれてくる。

焼いた肉。ソーセージ。煮込み料理。サラダ。パン。

そして酒。

見るからに美味そうだった。


マイトの目が輝く。


「うまそう。」


「ここの肉は美味しい。」


リターシャが断言する。


「裁判終わりによく来る。」


「裁判終わりに酒飲むのか。」


「飲む。」


「国王が?」


「もちろん飲む。」


即答だった。

ナラが苦笑した。


「なんかイメージ違うね。」


「よく言われる。」


リターシャはジョッキを持ち上げた。


「それでは。」


全員、酒やジュースを持つ。


「スポンサー交渉成立に。運動会成功に。そして。」


リターシャがマイトを見る。


「消えたセーブデータ達に。」


マイトが噴き出した。


「やめろ!」


「献杯。」


「献杯するな!」


しかし全員がジョッキを掲げた。


「献杯。」

「献杯。」

「献杯。」

「おい!」


大笑いの中。


カチン。


ジョッキが鳴る。

そして食事が始まった。

肉は驚くほど美味かった。

ガエンが黙々と食べる。

ラーシャも珍しく夢中だった。

ナラは煮込み料理を気に入ったらしい。

マイトはソーセージを追加注文していた。

そして酒が進み会話も進む。

リターシャが少し頬を赤くしながら言った。


「そういえば。」


「ん?」


リターシャはジョッキを机に置いた。


「君達、改めて見ると変な集まりだね。」


全員が手を止めた。

嫌な予感がした。


「変か?」


ガエンが聞く。

リターシャは指を一本立てた。


「まずガエン。」


「おう。」


「見た目は完全に山賊の親玉。」


「おい。」


「でも中身は苦労人。」


「おい。」


「しかも保護者。」


「おい。」


「オーガなのに。」


「オーガ関係ないだろ!」


店内から笑いが漏れた。

リターシャは真顔だった。


「私の中のオーガ像が崩壊した。」


「知らん。」


「もっとこう。」


リターシャが腕を組む。


「『ガハハ!力こそ全て!』みたいな。」


「誰だそれ。」


「君じゃなかった。」


「当たり前だ。」


ナラが肩の上で笑う。


「確かにガエンってお父さんっぽいよねー。」


「やめろ。」


「お母さんかも。」


「やめろ。」


ラーシャまで小さく頷いた。


「確かに……。」


「お前までか。」


ガエンが遠い目になった。

リターシャは次にラーシャを見た。


「そしてラーシャ。」


「ひゃい!?」


突然話を振られて変な声が出た。


「君。」


「は、はい。」


「自己評価低すぎない?」


ラーシャが固まる。


「そ、そんな事ないです……。」


「ある。すごくある。びっくりするくらいある。」


即答。

ラーシャが小さくなった。


「ご、ごめんなさい……。」


「ほら。」


リターシャが指差した。


「今の。」


「え?」


「何で謝ったの。」


「え?」


「何も悪い事してないよね。」


「え?こ、怖い....」


「えぇ……。」


店内の客まで頷いていた。

騎士団長も頷いていた。

ガエンも頷いていた。

マイトも頷いていた。

ナラも頷いていた。

全員だった。

ラーシャが泣きそうになる。


「みんなして……。」


リターシャは少し笑った。


「もっと自信持ちなよ。」


「む、無理です……。」


「そこそこ可愛いし。」


ラーシャが固まった。


「へ?」


「優しいし。真面目だし。少なくとも私よりまとも。」


「それは確かにそう。」


騎士団長が即答した。


「騎士団長?」


「事実です。」


リターシャは無視した。

ラーシャは顔を真っ赤にしていた。

処理が追いついていない。

そしてリターシャの視線がナラへ向く。


「ナラ。」


「なーに?」


「自由すぎる。」


「えへへ。」


褒められたと思ったらしい。


「褒めてない。」


「えー。」


「ピクシーってみんな自由なの?」


「たぶん。」


「たぶんで生きてるの?」


「うん。」


リターシャが頭を抱えた。


「凄いな。」


「よく言われる。」


「昨日何してた?」


「忘れた。」


「昨日だよ?」


「忘れた。」


「先週は?」


「忘れた。」


「人生楽しそう。」


「楽しいよー。」


ナラは満面の笑みだった。

リターシャは敗北した顔になった。

そして最後にマイトを見る。


「で。」


「おう。」


「勇者。」


「おう。」


「君が一番変。」


マイトが吹いた。


「なんでだよ!」


「だって勇者だよ?」


「そうだが。」


「勇者なのに魔王の城に住んでる。」


「まあ。」


「勇者なのに魔王のおつかいしてる。」


「まあ。」


「勇者なのにスポンサー営業してる。」


「まあ。」


「勇者なのにセーブデータ消失で泣いてる。」


「そこは関係ねえだろ!」


店内が爆笑した。

リターシャはさらに続ける。


「私の知ってる勇者は。」


「うん。」


「もっとこう。」


「うん。」


「伝説の剣を持って。」


「うん。」


「世界を救って。」


「うん。」


「英雄として語り継がれる。」


「うん。」


「ゲームデータで号泣しない。」


「そこ強調するな!」


また笑いが起きた。

しかしリターシャは少しだけ真面目な顔になった。

ジョッキを手に取る。


「でも。」


全員が見る。


「そういう変な連中だから。一緒にいて面白い。」


静かだった。

ガエンが苦笑する。


「それ褒めてるのか?」


「褒めてる。」


「本当か?」


「たぶん。」


今度はリターシャが言った。

ナラが爆笑する。


「たぶんだって!」


「ナラに影響された。」


「やったー!」


誰も喜ぶところではなかった。

しかし不思議と嫌な空気ではない。

笑いながら酒を飲み。

美味い飯を食べ。

どうでもいい話で盛り上がる。

そんな時間がしばらく続いた。


そして気付けば皿は空になり。

ジョッキもほとんど空になっていた。

店主が近付いてくる。


「そろそろ閉めるぞ。」


「うん。」


リターシャが頷く。


「長居したね。」


「今日は珍しくずっと笑ってたな。」


「そう?」


「そうだ。」


店主は笑った。


「また来い。」


「来る。」


即答だった。


会計を済ませ。

一行は酒場を出る。

夜のサイヴァーンは静かだった。

石畳の道。

整然と並ぶ街灯。

遠くを巡回する騎士達。

司法国家らしい落ち着いた夜だった。

ナラがふわふわ飛びながら言う。


「さてー。宿だー。」


「今日は疲れたな。」


ガエンが肩を回す。


「ゼルを引き渡して、スポンサー交渉して。裁判所見て。」


マイトが指を折る。

ガエンが続ける。


「ゲームの話して。」


ナラが笑う。


「セーブデータの墓参りして。」


「してねえ。」


マイトが即座に否定した。

そんなやり取りをしながら歩き出そうとした瞬間。


「違うよ。」


リターシャが言った。

全員が振り返る。


「ん?」


「宿はそっちじゃない。」


「え?」


ガエンが首を傾げた。


「いや、俺達が取った宿なら――」


「キャンセルした。」


「は?」


全員が止まった。

リターシャは平然としている。


「キャンセルした。」


「二回言うな。」


「大事な事だから。」


「大事じゃねえ!」


マイトが叫んだ。


「なんで勝手に!?」


「来賓だから。」


「来賓?」


「うん、来賓。」


リターシャは当然のように言う。


「スポンサーになった国の重要人物。」


「誰が。」


「君達が。」


「いやいやいや。」


ガエンが慌てる。


「そんな扱い受けるほどじゃ――」


「受ける。」


即答だった。


「受けるの。」


押し切られた。

リターシャはそのまま歩き出す。


「来て。」


「待て。」


「嫌。」


「国王が嫌って言うな。」


「言った。」


「知ってる。」


ガエンが頭を抱えた。

騎士団長が横でため息をつく。


「諦めてください。」


「騎士団長。」


「陛下は一度決めると変わりません。」


「止めろよ。」


「無理です。」


「お前騎士団長だろ。」


「長年戦いました。」


「結果は。」


「全敗です。」


ガエンは空を見上げた。

終わっていた。

そして結局。一行はリターシャについて行くことになった。

しばらく歩く。夜の王城は昼とは違う威圧感があった。

巨大な門。

白い石壁。

静かな中庭。

衛兵達が敬礼する。


「陛下。お帰りなさいませ。」


「ただいま。」


返事が軽い。

本当に国王なのか少し怪しくなってきた。

城の中へ入る。


そして階段を上り、廊下を進みさらに奥へ。

やがてリターシャが大きな扉を開いた。


「ここ。」


扉の向こうを見て。

全員が固まった。

広かった。とにかく広かった。

高級そうな絨毯、大きな暖炉、ふかふかそうなソファ。豪華な寝室がいくつも並んでいる。

ナラが目を丸くする。


「でっか。」


ラーシャも呆然とした。


「すごい……。」


ガエンが部屋を見回す。


「王族が泊まるやつじゃねえか?」


「王族も泊まるよ。」


リターシャが頷く。


「外国の王とか。」


「俺達一般人だぞ。」


「勇者。」


マイトを指差す。


「魔王軍幹部。」


ガエンを指差す。


「ダークエルフ。」


ラーシャを指差す。


「ピクシー。」


ナラを指差す。


「十分一般人じゃない。」


誰も反論できなかった。

確かにそうだった。

リターシャは満足そうに頷く。


「よし。」


「よしじゃねえ。」


「今日はここで泊まってよ。」


「いや悪いだろ。」


「悪くない。」


「遠慮する。」


「却下。」


「却下するな。」


リターシャは少しだけ笑った。

酒のせいか。

いつもより表情が柔らかい。


「せっかく友達が来たんだから。」


その一言で全員が少し黙った。

リターシャ自身も言った後に気付いたらしい。

一瞬だけ目を逸らす。


「……まあ。」


咳払い。


「来賓だから。」


誤魔化したが全然誤魔化せていなかった。

ナラがにやにやする。


「友達だってー。」


「うるさい。」


「騎士団長。」


「はい。」


「捕まえて。」


「承知しました。」


「裏切った!」


ナラが確保された。

大騒ぎになる。

その様子を見ながらガエンは苦笑した。

最初に会った時は冷徹で近寄り難い国王だと思った。

だが実際は少し不器用で真面目でゲーム好きで。

案外寂しがり屋なのかもしれない。

そんな事を思った時リターシャがこちらを見る。


「何?」


「いや。」


ガエンは笑った。


「いい城だな。」


リターシャは少しだけ目を丸くし。

そしてほんの少しだけ嬉しそうに笑った。


「そうでしょ。」


その笑顔は昼間に玉座で見せていた威厳ある国王の顔ではなく、ただのゲーム好きな友人の顔だった。

その後ナラは無事に解放された。

ただし騎士団長に脇へ抱えられたまましばらく運ばれていた。


「離してー。」


「反省してください。」


「してるー。」


「絶対してませんね。」


「してない。」


「正直。」


誰も止めなかった。

しばらく談笑し。

ゲームの話をし。

運動会の話をし。

気付けばかなり遅い時間になっていた。

リターシャが立ち上がる。


「じゃあ私は戻るね。」


「仕事か?」


ガエンが聞く。


「少しだけ。」


「国王って大変だな。」


「うん。」


リターシャは素直に頷いた。


「でも嫌いじゃない。」


少しだけ誇らしそうだった。


「じゃあおやすみ。」


「おう。」

「おやすみー。」

「おやすみなさい。」

「また明日。」


リターシャは軽く手を振る。

そして部屋を出る直前。


「朝ご飯は七時半ね。」


「早いな。」


「寝坊したら起こす。」


最後まで変わらなかった。

扉が閉まる。

マイトがソファに沈んだ。


「なんだろうなあ。」


「何がだ。」


「最初会った時はもっと怖い人だと思ってた。」


ラーシャも頷く。


「私もです……。」


ナラは笑う。


「ゲームの話してる時ただのオタクだったもんね。」


「聞こえてたら捕まるぞ。」


「もう寝る。」


即答だった。

そして全員それぞれ部屋へ向かう。

長い一日だった。

スポンサー交渉。

裁判所見学。

ゼルの引き渡し。

ゲーム談義。

酒場。

そして国王との妙な友情。


色々ありすぎた。

ガエンはベッドへ倒れ込む。

ふかふかだった。


「すげえな。」


思わず呟く。

そして数分後には眠っていた。


翌朝。

ガエンが目を覚ました時には既に朝日が差し込んでいた。


「ん……。」


ふかふかのベッドから起き上がる。

静かだ。

城の来賓室だけあって快適すぎる。

着替えを済ませて食堂へ向かうと、既に全員集まっていた。

ナラ以外は。


「ナラは?」


ガエンが聞く。

ラーシャが遠い目をした。


「寝坊です。」


「ああ。」


納得した。

その瞬間、食堂の扉が開く。

全員が反射的に振り返った。

そして固まった。

入ってきたのはリターシャだった。

昨日まで見慣れたラフな服装ではない。

純白の王衣、栗色の髪は整えられ背筋は真っ直ぐ。

周囲には近衛騎士までいる。

完全に国王だった。

そしてリターシャは玉座の間で会った時と同じ無表情で言った。


「おはようございます。」


全員が顔を見合わせる。


あれ。

なんか違う。


リターシャはそのまま席へ座る。


「昨夜はよく眠れましたか。」


「お、おう。」


ガエンが答える。

リターシャは静かに頷く。


「それは何よりです。」


妙な沈黙が流れる。

マイトがそっと手を挙げた。


「リターシャ?」


「何でしょう。」


「どうした?」


「何がでしょう。」


全員がさらに困惑した。

ラーシャが小声で言う。


「戻ってますね……。」


「戻ってるな……。」


完全に戻っている。

昨日までの。


『そうでしょ。』

『じゃあ私は戻るね。』

『ゲームやろう。』


の人がいない。

代わりにいるのは。

『司法国家サイヴァーン国王兼最高裁判長』であるリターシャ・カイゼルンだ。

ガエンが恐る恐る聞く。


「いや、お前昨日までの喋り方は。」


「昨日まで?」


リターシャが首を傾げる。


「私はいつも通りですが。」


全員。


「「「嘘だろ。」」」


即答だった。

リターシャが少しだけ眉をひそめる。


「失礼ですね。」


「いや失礼とかじゃなくて。」


マイトが突っ込む。


「昨日ゲームの話してた時と別人なんだが。」


「そうでしょうか。」


「そうだよ!」


「そうですね!」


珍しくラーシャまで乗った。

リターシャはしばらく考える。

そして。


「……ああ。」


何かに気付いた。


「たぶんオフモードですね。」


「オフモード。」


「はい。」


あっさり認めた。


「友人と話す時と公務中は切り替えていますので。」


「切り替わりすぎだろ。」


「そうですか?」


「そうだよ。」


リターシャ本人は全く自覚がなかった。

そこへ食堂の外から騒ぎ声が聞こえた。


「待ってー!」


全員が察した。


「あ。」


「ナラだ。」


扉が勢いよく開く。

ナラが飛び込んできた。

その直後、騎士団長が入ってくる。


「確保しました。」


「確保されたー!」


「朝食会開始十分前に城内を飛び回っていました。」


「だって起きたら七時二十九分だったんだもん!」


「一分前ですね。」


「だから急いだ!」


「反省してください。」


「してる!」


「してませんね。」


「してない!」


「正直。」


昨日と全く同じ流れだった。

ガエン達が吹き出す。

リターシャも口元を押さえる。

しかし次の瞬間には真顔に戻った。


「では朝食にしましょう。」


「今笑ったよな。」


ガエンが言う。


「笑っていません。」


「笑った。」


「笑いました。」


ラーシャまで言った。

リターシャは静かに紅茶を飲む。

そして。


「証拠はありますか。」


全員。


「うわぁ。」


国王だった。完全に国王だった。

だがその時ナラがにやにやしながら言った。


「昨日は『そうでしょ』って笑ってたのに。」


ぴたり。


リターシャの動きが止まる。

騎士団長が天井を見た。

近衛騎士達も視線を逸らした。


数秒後。リターシャは静かに言う。


「……朝食が冷めます。」


話題を変えた。

全員が爆笑した。

そして食堂には、朝から賑やかな笑い声が響き渡った。

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