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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
人間領司法国家、サイヴァーン

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41.司法国家、門を開ける

司法国家サイヴァーンの門の前にはいつも長蛇のが出来ている。

一人一人厳重な入国審査があり、経歴から犯罪歴まで調べ尽くされるからだ。

門の前には延々と続く列が出来ていた。

巨大な白い壁。

壁の上では衛兵達が巡回している。

門の両脇には「法は全てに平等である」と刻まれた石碑。

そして進まない。

全然進まない。

ガエンが腕を組んだ。


「遅いな。」


「だってここサイヴァーンだよ。」


ナラが肩をすくめる。


「犯罪歴どころか昔の喧嘩まで調べるって噂だし。」


「そんなことまで分かるのか?」


「知らない。」


知らないのか。

ガエンはため息を吐いた。


その時。

少し前の列から怒鳴り声が聞こえた。


「申請書類が足りません!」


「ええっ!?」


「再提出してください!」


列の男が絶望していた。

全員が少し青ざめる。

ナラが確認する。


「書類持った?」


「持った。」


ガエン。


「依頼書。」


ラーシャ。


「身分証もあります。」


その時だった。

列が少し進む。

ようやくガエン達の番が近付いてきた。

受付には黒い制服を着た審査官が座っている。

眼鏡を掛けた神経質そうな男だった。


「次。」


無機質な声。

ガエンが前に出て書類を渡す。

審査官は手慣れた動きで目を通し始めた。


「ガエン・ヴァルク。」


「俺だ。」


「犯罪歴なし。喧嘩歴多数。」


「なんで知ってる。」


「記録があります。」


ガエンが嫌そうな顔をした。

ナラが吹き出す。


「ほんとに出てきた。」


「笑うな。」


審査官は続ける。


「器物損壊。」


「事故だ。」


「酒場で椅子を投げた記録があります。」


「先に殴られた。」


「理由は記録しません。」


冷酷だった。

ガエンが少し落ち込む。

次にラーシャ。


「ラーシャ・エルミナ。」


「はい。」


「犯罪歴なし。」


「良かったです。」


「ただし。」


ラーシャが固まる。


「過去に魔法学院で実験施設を半壊。」


「事故です!」


「事故でも半壊です。」


「うぅ・・・。」


ラーシャも沈んだ。

次はナラの番。


「ナラ・リーゼ。」


「はいはーい。」


「無断侵入三件。」


「待って。」


「窓から侵入。」


「違う違う違う。」


「恋愛相談。」


「それは友達のため!」


「記録されています。」


ナラが頭を抱えた。


「なんで残ってるの!?」


「法は全てを記録します。」


石碑みたいなことを言った。

そして審査官の手が最後の書類へ伸びる。


「マイト・アークライト。」


「はーい。」


いつもの調子だった。

審査官が名前を見て止まる。

もう一度見る。

眼鏡を外す、拭く、かけ直す。

もう一度見る。

沈黙。

周囲の審査官も何事かと視線を向けた。


「・・・。」


「?」


マイトが首を傾げる。

審査官が書類を見る。

マイトを見る。

書類を見る。

マイトを見る。

三回繰り返した。

そして。


「ま、待ってください。」


声が震えていた。

隣の審査官を呼ぶ。


「おい。」


「なんだ。」


「これ。」


書類を渡し隣の審査官も見て固まる。


「・・・。」


「・・・。」


さらにもう一人呼ぶ。

三人で書類を見る。

全員固まる。

列の空気がおかしくなった。


ざわ。


ざわざわ。


後ろの冒険者達が騒ぎ始める。


「どうした?」


「何かあったのか?」


「犯罪者か?」


「いや違う。」


衛兵の一人が目を見開いた。


「まさか・・・。」


別の衛兵も気付く。


「おい。」


「嘘だろ。」


「本人か?」


ざわざわざわざわ。


騒ぎが広がる。

マイトはまだ分かっていない。


「なんかあった?」


ナラが顔を覆う。


「気付いてない感じだね。」


ガエンもため息を吐いた。


「気付いてないな。」


ラーシャは苦笑した。


「いつものことですね。」


審査官が恐る恐る尋ねる。


「確認します。」


「うん。」


「西方の魔物大災害鎮圧。」


「した。」


「北方竜災の鎮圧。」


「した。」


「大迷宮崩壊事件の生還者。」


「そんなのあったね。」


「英雄認定。」


「もらった。」


審査官達が一斉に青ざめた。

周囲が静まり返る。

そして次の瞬間。


「ゆ、勇者マイトだあああああ!!」


誰かが叫んだ。

門前が爆発したような騒ぎになった。


「本物!?」

「本物だ!」

「なんで列に並んでるんだ!?」

「貴賓口使えよ!!」

「勇者様だぞ!?」


衛兵達が大慌てで整列する。

審査官達は立ち上がった。

一人は敬礼していた。

マイトだけが困惑していた。


「え?」


ガエンが肩を叩く。


「お前、自分の知名度を理解しろ。」


「有名なの?」


「今さらかよ。」


マイトは本気で分かっていなかった。


「そんなに?」


「そんなにだ。」


ガエンが即答する。


「お前、自分の銅像が何本建ってると思ってる。」


「銅像?」


「知らないのかよ。」


ガエンが呆れる。

審査官が震える手で書類を持ち上げた。


「し、失礼ですが。」


「うん?」


「本日はどのような目的でサイヴァーンへ?」


職務だけは忘れなかった。

さすが司法国家である。

マイトは普通に答えた。


「スポンサー探し。」


「・・・はい?」


審査官が固まる。


「運動会の。」


「運動会。」


「うん。」


「運動会。」


「うん。」


会話が進まない。

審査官は恐る恐る尋ねた。


「どちらの運動会でしょうか。」


マイトはにこやかに答えた。


「魔王の。」


沈黙、風が吹いた。

誰も喋らない。

ガエンが顔を覆った。

ナラも顔を覆った。

ラーシャも顔を覆った。


「また始まったね。」


ナラが呟く。

審査官が聞き返す。


「・・・魔王?」


「うん。」


「どちらの?」


「バラム。」


その瞬間だった。


ざわあああああああ!!


今まで以上の騒ぎが起きた。


「バラム!?」

「魔王バラム!?」

「静寂の城の!?」

「魔族領の王都マグノリアの!?」

「なんで勇者が魔王の城にいるんだ!?」


門前が完全にパニックになった。

衛兵長らしき男が飛んでくる。


「どういうことだ!?」


審査官が半泣きで説明する。


「勇者マイトです!」


「なに!?」


「しかも魔王バラムの城に住んでます!」


「なにぃ!?」


「運動会のスポンサー探しに来たそうです!」


「意味が分からん!!」


衛兵長が叫んだ。

全員同意だった。

意味が分からなかった。

審査官が震えながら尋ねる。


「確認します。」


「うん。」


「現在の住居は。」


「静寂の城。」


ざわっ。


「魔王バラム本人と面識が。」


「もちろんあるよ。」


ざわざわっ。


「友好的な関係で。一緒にご飯食べる。」


ざわざわざわっ。


「城に出入り自由で。自分の部屋もあるよ。」


ざわざわざわざわっ!!


後ろの列から悲鳴が上がった。


「勇者が魔王城に部屋持ってるぞ!!」

「情報量が多すぎる!!」

「誰か説明しろ!!」

「無理だ!!」


衛兵達まで混乱していた。

審査官の一人がふらつく。


「勇者と魔王が・・・。」


「仲良し・・・?」


「世界どうなってるんだ・・・。」


そして追い打ちだった。

審査官が震える声で聞く。


「その運動会とは・・・。」


マイトが笑顔になる。


「みんなで仲良く走ったり玉入れしたりするやつ。」


「・・・。」


「魔王がやりたいって。」


「・・・。」


「だからスポンサー集めてる。」


「・・・。」


「優勝商品はまだ考え中。」


沈黙。

長い沈黙。

そして列の後方から誰かが叫んだ。


「魔王バラム何してんだあああああ!!」


大爆笑が起きた。

門前の空気が完全に崩壊する。


「世界征服しろよ!」

「運動会開催してる場合か!」

「スポンサー募集ってなんだ!」

「勇者を営業担当にするな!」


腹を抱えて笑う者まで出始めた。

マイトは首を傾げる。


「変?」


ガエンが答える。


「最初から全部変だ。」


「そうかな。」


「そうだ。」


即答だった。

その時。

審査官の一人が青ざめた顔で別の書類を発見する。


「ま、待て。」


全員が見る。

審査官の顔色がさらに悪くなる。


「同行者に・・・。」


書類をめくる。

審査官の指が震えていた。


「同行者に・・・追加で要注意人物の記載があります。」


門前の笑い声が少しずつ止まる。

衛兵長が嫌な予感しかしない顔になった。


「誰だ。」


審査官は書類を凝視した。


「ゼル=グラード。」


空気が変わった。


ざわ。


先ほどまで運動会で笑っていた群衆が一斉に静かになる。

ガエンが小さくため息を吐いた。


「来たか。」


ナラも肩をすくめる。


「そりゃそうなるよね。」


ラーシャも真面目な顔になる。

審査官がゆっくり顔を上げた。


「死霊使いゼル=グラード。」


周囲の衛兵達が武器に手をかける。


「死霊王事件。」

「東部墓地暴走事件。」

「禁呪研究。」

「複数国家から監視対象指定。」


読み上げられるたびに空気が重くなった。

後ろの列から悲鳴が上がる。


「死霊使いゼルだと!?」

「本物か!?」

「なんでそんな奴がいるんだ!?」

「勇者の次は死霊使いかよ!」

「今日はなんなんだこの門は!」


混乱が再燃した。

衛兵長が鋭い目でガエン達を見る。


「ゼルはどこだ。」


ガエンが親指で後ろを指した。

全員が振り返る。

そこには馬車の影でゼルが静かに本を読んでいた。

周囲の騒ぎなど存在しないかのようにページをめくる。

ぱらり。

それだけだった。


「・・・。」

「・・・。」

「・・・。」


異様だった。

衛兵長が思わず呟く。


「本当にいる・・・。」


審査官が慌てて書類を確認する。


「目的は!?」


マイトが元気よく答えた。


「移送。」


「移送。」


「うん。」


「移送。」


「うん。」


審査官は頭を抱えた。

今日は同じ会話ばかりだった。


「つまり。」


震える声で確認する。


「勇者マイトが。」


「うん。」


「死霊使いゼルを。」


「うん。」


「司法国家サイヴァーンへ。」


「うん。」


「連行してきたと。」


「そうだよ。」


そして。


「え?」


審査官が間抜けな声を出した。


「え?」


衛兵長も言った。


「え?」


後ろの冒険者達も言った。

マイトは首を傾げる。


「だからゼルの移送。」


まるで荷物を届けに来たかのような口調だった。

衛兵長が額を押さえる。


「待て待て待て。」


「?」


「死霊使いゼルだぞ?」


「うん。」


「危険人物だぞ?」


「うん。」


「なんでそんなに普通なんだ。」


マイトは少し考えた。

そして。


「いい人だから?」


ゼル本人以外の全員が固まった。


「違うだろ!!」


門前に総ツッコミが響いた。

ゼルが本から顔を上げる。

紫色の瞳がこちらを見る。


「誰がいい人です?」


「ゼル。」


「意味が分かりません。」


「ほら否定しなかった。」


「否定するのも面倒です。」


ゼルは再び本へ視線を戻した。


ぱらり。


ページがめくられる。

衛兵長が頭を抱える。


「なんなんだこいつら・・・。」


審査官は必死に書類を整理する。


「ええと・・・つまり本日の入国目的は。」


マイトが指を折りながら数えた。


「ゼルの移送。」


一本目。


「運動会スポンサー探し。」


二本目。


「あと観光。」


三本目。


審査官が机に突っ伏した。


「情報量が多い・・・。」


衛兵長も遠い目をする。


「もう帰りたい・・・。」


誰かが本音を漏らした。

その時だった。

書類を整理していた審査官の手が止まる。


「・・・待て。」


嫌な予感しかしない声だった。

全員が見る。

審査官はゼルの欄を何度も見返している。


「おかしい。」


「何がだ。」


ガエンが聞く。

審査官の額に汗が浮かんでいた。


「危険人物移送の場合。」


「うん。」


マイトが答える。


「通常は拘束具の装着が義務です。」


沈黙。

審査官がゆっくり顔を上げる。


「手枷は。」


「ないよ。」


「足枷は。」


「ないよ。」


「封魔具は。」


「ないよ。」


「監禁用魔道具は。」


「ないよ。」


審査官の顔色が真っ青になった。


「ないのか!?」


絶叫だった。

衛兵達も一斉にざわつく。


「おいおいおい!!」

「拘束してないのか!?」

「正気か!?」

「死霊使いゼルだぞ!?」


武器に手をかける者まで出始めた。

審査官は机を叩く。


「なぜ拘束していない!!」


マイトが不思議そうな顔をする。


「必要ないから。」


「必要あるだろ!!」


即答だった。

門前が再び騒然となる。

審査官が半ば悲鳴のような声を上げる。


「もし逃走したらどうするんですか!」


ぱらり。


ページをめくる音。

全員が振り返る。

ゼルだった。

そして本を閉じてゆっくり立ち上がる。

そして心底くだらないものを見る目で審査官を見た。


「一つ聞きますが。」


「な、なんだ。」


「勇者がいるのに悪事を働く馬鹿がどこにいるんです?」


沈黙。

ゼルは続ける。


「逃げる。」


「・・・。」


「暴れる。」


「・・・。」


「犯罪を犯す。」


「・・・。」


「その結果、あの勇者が飛んできます。」


マイトがにこにこ手を振った。


「やあ。」


後ろの列から声が上がる。


「嫌すぎる。」

「確かに。」

「それは嫌だ。」

「すごく嫌だ。」


妙な説得力があった。

ゼルは鼻で笑う。


「普通の知能があれば分かる話です。」


審査官の眉がぴくりと動く。

ゼルはさらに追撃した。


「そんな事も理解できないのですか。」


「む。」


「司法国家の審査官の知能とはその程度なのですね。」


「なっ。」


「少々期待し過ぎていました。」


周囲から「うわぁ・・・」という声が漏れた。

衛兵長が顔を覆う。


「始まった・・・。」


ナラが頷く。


「始まりましたね。」


ラーシャもため息を吐く。


「ゼル先生の煽り講座だな。」


ガエンが腕を組む。


「相変わらず性格が悪い。」


ゼルは平然としていた。

審査官は顔を真っ赤にする。


「わ、私は職務として確認しているだけです!」


「そうですか。」


「当然だろう!」


「つまり職務として愚問を投げている訳ですね。」


「ぐっ。」


「大変ですね。」


「ぐぬぬ・・・。」


完全に遊ばれていた。

後ろの冒険者達から笑い声が漏れる。


「やべえ。」

「審査官が負けてる。」

「死霊使い強い。」

「口が。」

「口が強すぎる。」


ゼルは肩をすくめた。


「安心してください。」


「・・・。」


「私はあなた達に興味がありません。」


「全然安心できません!」


「それに。」


紫色の瞳が細められる。


「本当に危険なのは私ではありません。」


全員の視線が動く。

ゼルが指差した先はマイトだった。


「え?」


マイトが自分を指差す。


「俺?」


「そうです。」


「なんで?」


「あなたは善意で行動します。」


「うん。」


「だから危険です。」


「意味が分からない。」


「それでいいのです。」


ゼルは即答した。

衛兵長が頭を抱える。


「死霊使いが勇者を危険人物扱いしてる・・・。」


審査官も遠い目になった。


「もう何が正しいのか分からない・・・。」


そして後ろの列から誰かが呟く。


「この中で一番常識人なのあのオーガじゃないか?」


ガエンは即座に否定した。


「やめろ。」


「なんでだ。」


「その役職は責任が重い。」


門前に再び笑いが広がった。

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