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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
人間領司法国家、サイヴァーン

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39.黒い何か、おとなしくなる

ガエンとラーシャとナラは洞窟の奥へ進む。


先ほどまで死霊で埋め尽くされていた空間は嘘のように静かだった。

ラーシャの暴走で壁が削れ、床には巨大な亀裂が走っている。


「本当に加減を覚えろよ。」


ガエンがぼやく。


「ご、ごめんなさい……。」


「だから怒ってないって。」


「怒ってない人は三回も言わないんじゃない?」


ナラが言った。

ガエンは反論できなかった。

さらに奥へ進む。

すると広い空洞へ辿り着いた。

そして全員が足を止めた。


「……は?」


ガエンの口から間の抜けた声が漏れる。

そこにはマイトとゼノとゼルがいた。

マイトはいつものように岩の上に座っている。

そしてその向かいには黒い何か。

人の形にも見える。

子供にも見える。

影にも見える。

輪郭が曖昧だった。

真っ黒な粘土を無理やり人型にしたような姿。


「それでねー。」


「うん。」


「卵焼きは甘い方がいいと思うんだよね。」


「わかる。」


マイトと何かは普通に会話していた。

ガエンは頭を抱えた。


「なんでだ。」


マイトが振り向く。


「あ、来た。」


まるで待ち合わせでもしていたような口調だった。

ナラが指差す。


「いやいやいやいや!何その黒いの!」


黒い何かは首を傾げた。


「黒いの。」


「喋った!」


ナラが飛び上がる。

黒い何かは興味深そうにナラを見た。


「小さい。」


「ピクシーだからね!」


「そうなんだ。」


妙に素直だった。

ガエンは警戒を解かない。

この空洞の奥から感じる気配。

死霊達を操っていた存在なのは間違いない。


「お前がやったのか。」


ガエンが低く問う。

黒い何かは考えるように首を傾げた。


「うん。」


「死霊を操ったのか。」


「うん。」


あっさり認めた。

ラーシャが青ざめる。

ナラも身構える。

だが黒い何かは不思議そうだった。


「だめだった?」


ガエンの眉がぴくりと動く。


「だめだったじゃない。人が死んでる。」


黒い何かはしばらく黙った。

そして。


「食べた。」


全員が固まった。


「……食べた?」


「うん。」


無邪気な声。

まるで木の実を採ったと言うような軽さだった。

黒い何かは続ける。


「おなかすいてた。」


「おなか。」


「ぼく、育たないといけないから。」


その言葉にゼルが顔を上げた。

いつの間にか近くまで来ていた。

紫色の瞳が細くなる。


「成長。」


「うん。」


黒い何かは頷く。


「生まれたばかりだから。」


全員が沈黙した。

生まれたばかり。目の前の存在から漂う気配は古代の怪物そのものだ。

それが生まれたばかり。

全く笑えない。


「何なんだお前。」


ガエンが尋ねる。

黒い何かは少し考えた。


「わからない。」


「は?」


「気付いたらいた。」


「……。」


「暗いところで目が覚めた。」


子供が昨日の出来事を話すような口調だった。


「おなかすいた。」


「だから冒険者を食ったのか。」


「うん。」


悪意がない。

本当にない。

だから余計に厄介だった。

黒い何かは床に座りながら言う。


「食べたら大きくなった。でもまだ足りない。」


ガエンの背筋に冷たいものが走った。

足りない。

つまり。


「まだ食う気だったのか。」


「うん。」


にこり。


子供のような笑顔。

だがその瞬間、空気が凍った。

ラーシャだった。

俯いている。肩が震えている。

黒紫色の魔力が再び漏れ始める。


「……。」


ガエンの顔が引きつる。


「待て。」


ナラも青ざめる。


「ラーシャ落ち着いて。」


ラーシャは震える声で呟いた。


「つまり……。」


黒い何かを見る。


「あなたが……。」


さらに魔力が膨れ上がる。


「みんなを食べたんですか……?」


黒い何かは無邪気に頷いた。


「うん。」


沈黙。


ガエンは悟った。

まずい。

非常にまずい。

ラーシャの目から涙が零れる。


「ひどいです……。」


黒紫の魔力が空洞を埋め始める。

マイトも少し焦る。


「ラーシャ?」


そして黒い何かも首を傾げる。


「あれ。」


二人だけが同じ反応をした。


「なんか怒ってる?」


次の瞬間。

洞窟全体が震えた。

洞窟の天井から砂がぱらぱらと落ちる。

黒紫の魔力が渦を巻く。

ラーシャは涙目のまま震えていた。


「だって……。」


声が掠れる。


「おなかが空いたからって……。」


魔力が膨れ上がる。


「そんな理由で……。」


さらに膨れ上がる。


「そんな理由で人を食べるなんて……!」


空気が軋んだ。

ガエンは頭を抱えた。


(ああもう始まった。)


怒りではなく悲しみだった。

ラーシャは基本的に他人の不幸に弱い。

だからこそ今の状況は最悪だった。


「ラーシャ。」


ガエンが低く呼ぶ。

しかし返事はない。


「食べられた人達にも家族がいたかもしれないのに……。」


「ラーシャ。」


「帰りを待ってた人もいたかもしれないのに……。」


魔力がさらに漏れる。

岩壁が砕けた。

ナラが悲鳴を上げる。


「ひゃあああ!また始まった!」


マイトがひょいとラーシャの前へ降りた。


「ラーシャ。」


「勇者様……。」


「とりあえず深呼吸。」


「でも……。」


「深呼吸。」


「はい……。」


反射的に従う。


すううううう。


はあああああ。


少しだけ魔力が落ち着く。

マイトは頷いた。


「よし。」


「よくないですよ……。」


「よくないね。」


即答だった。

ラーシャがきょとんとする。

マイトは黒い何かを指差した。


「人を食べるのは駄目。」


「うん。」


黒い何かが頷く。


「じゃあもう食べないでね。」


「わかった。」


全員が固まった。

ガエンが思わず叫ぶ。


「そんな簡単な話か!?」


「だってわかったって。」


「信用できるか!」


マイトは首を傾げた。


「今のところ嘘ついてないよ?」


確かにそうだった。

最初から全部正直に話している。

だから余計に怖い。

ナラが慌ててラーシャの肩に乗る。


「ラーシャ!落ち着いて!」


「でも……。」


「今暴れたら洞窟ごと崩れるから!」


「私また暴れてますか……?」


「めちゃくちゃ暴れてる!」


ラーシャが周囲を見る。

岩壁が割れている。

床も陥没している。

自分のせいだった。


「ひっ。」


今度は別方向に顔が青くなる。


「ご、ごめんなさい……!」


魔力が一気にしぼむ。

ガエンが即座に言った。


「よしその調子だ。」


「私また皆さんを巻き込んで……。」


「そこまで反省しなくていい!」


「絶対迷惑かけてるし……。」


「かけてるけど今はそっち行くな!」


ガエンが必死に軌道修正する。

ラーシャは極端なのだ。

怒れば暴走。

落ち込んでも暴走。

面倒くさい。

非常に面倒くさい。

ナラも必死だった。


「そうそう!今はラーシャが悪いんじゃないから!」


「でも私がもっと強ければ食べられた人達も助けられたかもしれなくて……。」


「無理無理無理無理!」


「私がもっと早く来ていれば……。」


「それも無理!」


「私が生まれるのが百年くらい早ければ……。」


「それは物理的に無理!」


ナラが全力でツッコむ。

ゼノがやれやれと首を振る。

ゼルは無言でラーシャに近づく。

そして珍しく口を開いた。


「結論。」


全員が見る。


「あなたは悪くないです。」


ラーシャが固まる。

ゼルは淡々と続けた。


「被害者を救えなかった責任を全て背負うのはただの傲慢ですよ。」


「え……。」


「あなたは神ではない。」


静かな声だった。


「救えなかった命はある。」


「……。」


「だからといって全てを背負う資格も義務もありません。」


ラーシャは何も言えなくなる。

その横でマイトも頷いた。


「うん。」


珍しく真面目な顔だった。


「ラーシャはラーシャだよ。」


「……。」


「世界全部の責任者じゃない。」


ガエンも腕を組む。


「そもそも悪いのはこいつだ。」


黒い何かを指差した。


「まず責任を感じるべきなのは加害者だ。」


黒い何かは首を傾げた。


「責任?」


「そうだ。」


「よくわからない。」


「だろうな。」


ガエンはため息を吐く。

まだ生まれたばかり。

善悪すら理解していない。

だが。だからといって許されるわけでもない。

ラーシャはしばらく俯いていた。

やがて小さく息を吐く。

黒紫の魔力が完全に収まった。

洞窟の震動も止まる。

全員が安堵した。

特にガエンとナラが本当に安堵した。

すると黒い何かが不思議そうに言った。


「終わった?」


「終わった。」


ガエンが即答する。


「よかった。」


「何がだ。」


「なんかさっき。」


黒い何かはラーシャを見た。


「世界が終わるかと思った。」


ガエンとナラが同時に頷いた。


「それは正しい認識だ。」


ラーシャだけが恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。

しばし沈黙が流れた。

全員がそれぞれ考えていた。

目の前の存在をどうするべきか。

ガエンが腕を組む。


「で。」


低い声だった。


「問題はここからだ。」


全員の視線が集まる。

黒い何かは床に座っている。

相変わらず危機感がない。


「何が?」


「全部だ。」


ガエンは即答した。


「お前を放置するわけにはいかない。」


「なんで?」


「人を食ったからだ。」


「そっか。」


妙に素直だった。

だがそこで話が終わらない。

ガエンは頭を掻いた。


「殺すべきか。」


ナラがびくっとする。


「うわ、直球。」


「だが現実問題だ。」


ガエンは真顔だった。


「こいつは危険すぎる。」


ゼルも頷く。


「妥当な判断です。」


ラーシャは複雑そうな顔をする。


「でも……。」


黒い何かを見る。

善悪を理解していない。

まるで幼子だ。

だから余計に難しい。


「知らなかっただけかもしれません。」


「だから許すのか?」


ガエンが言う。

ラーシャは黙る。

許せない。

でも切り捨てるのも違う気がする。

ナラが羽をぱたぱたさせた。


「閉じ込めるとか?」


「どこに。」


「それは。」


ナラも黙った。

閉じ込められる場所が思いつかない。

ゼルが顔を上げる。


「研究対象として管理する方法もあります。」


「お前に預けるのが一番不安だ。」


ガエンが即答した。

ゼルは少しだけ不満そうだった。


「心外です。」


「全く心外じゃない。」


「否定できません。」


「本人が認めるのか。」


話が進まない。

マイトはぼーっと聞いている。

黒い何かも聞いている。

そして。


「ぼくどうなるの?」


本人が聞いた。

全員が黙る。

それが分からないから困っているのだ。

ガエンがため息を吐いた。


「お前、自分が何なのか本当に分からないのか。」


「うん。」


「親は。」


「知らない。」


「生まれた場所は。」


「暗かった。」


「雑だな。」


「暗かった。」


「いや二回言われても。」


また沈黙。

ナラが小声で言う。


「詰んでない?」


「割と詰んでる。」


ガエンも同意した。

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