26.オーガ、昔話をする
ガエン達は馬車に揺られながら北へと向かっている。
まだ寒さはないものの、風が少しだけ冷たく感じられてきた。
ガエンが窓の外を見ると田園地帯が見えてきた。
「おお、この辺は農業が盛んみたいだな。」
ガエンが少し嬉しそうに窓の外を眺める。
広い畑。風に揺れる作物。遠くでは農民達が働いている姿も見えた。
マイトが不思議そうに首を傾げる。
「そういやガエンって妙に畑詳しいよな。」
「ああ。」
ガエンは頷いた。
「昔、小さい頃にな。人間の農家のおっさんに拾われたんだ。」
「え?」
ラーシャが目を丸くした。
ナラも興味津々で飛んでくる
「ガエンって農家だったの!?」
「元な。」
ガエンは懐かしそうに笑った。
「親もいなくて山をうろついてた頃に拾われた。最初は畑の野菜を勝手に食おうとして怒られたんだがな。」
「それは怒られる。」
マイトが即答した。
「その後、働けって言われて畑仕事を手伝わされた。」
「オーガの子供に!?」
「おう。」
ガエンは平然としている。
「最初は怖がられてたが、力仕事ができるから便利だったらしい。」
「便利だったらしいじゃなくて。」
マイトが苦笑した。
ガエンは続ける。
「そのおっさんから農業を教わった。種の植え方、水やり、雑草取り、収穫の時期、土作り。色々な。」
「へえ。」
マイトが感心した。
「だから詳しいのか。」
「詳しいというか好きなんだ。」
ガエンは窓の外を見ながら言った。
「作物は手をかけた分だけ応えてくれるからな。」
ナラが首を傾げる。
「その後は?」
「大人になって独立した。」
「独立?」
「一人で畑を作って暮らしてた。」
馬車の中が少し静かになる。
ラーシャが恐る恐る聞いた。
「その……農具とか使ってたのですか?」
「いや?」
ガエンはきょとんとした。
「全部素手だ。」
「全部!?」
三人の声が揃った。
ガエンは当たり前のように頷く。
「畑を耕すのも素手。」
「待って。」
「石をどけるのも素手。」
「待って。」
「切り株を抜くのも素手。」
「待てや。」
マイトが額を押さえた。
ラーシャも苦笑する。
「それ農業っていうかオーガだからできるやつじゃないですか?」
「そうなのか?」
「そうだよ。」
ナラまで断言した。
ガエンは少し考え込む。
「確かに鍬は持ってなかったな。」
「持て。」
「必要なかった。」
「だから持て。」
再び即答だった。
馬車の中に笑いが広がる。
しばらくしてマイトが思い出したように聞いた。
「そういや今は畑やってないのか?」
「ああ、やってるぞ。」
「え?」
「静寂の城の裏。」
三人が固まった。
「あるの!?」
「ある。」
「魔王城に!?」
「ある。」
ガエンは当然のように答える。
「城の裏手を少し開拓してな。」
「開拓したの?」
「した。」
「誰の許可で?」
「俺。」
「つまり勝手にやってるんですね……。」
ラーシャがため息をつく。
ガエンは続ける。
「今は野菜中心だな。じゃがいも、玉ねぎ、人参、豆類。」
「本格的!」
「たまに厨房にも持っていく。」
マイトが吹き出した。
「そういえば食堂でたまに『ガエン産』って言われてた野菜あったな!」
「あれだ。」
「本当に作ってたのか!」
ナラが楽しそうに笑う。
「魔王城の財務担当なのに農家でもあるんだ!」
「元農家だ。」
「現役農家だと思う。」
マイトが即座に訂正した。
ラーシャも頷く。
「むしろ財務担当の方が副業に見えてきました。」
「失礼だな。」
そう言いながらも、ガエンは少しだけ嬉しそうだった。
窓の外では広い畑がどこまでも続いている。
ガエンはそれを眺めながら小さく呟いた。
「久しぶりに土いじりしたくなってきたな。」
「今やってるじゃん。」
マイトが即座に突っ込んだ。
「旅の間はできんだろ。」
「ああ、そっちか。」
ナラがくすくす笑う。
「でもさー。」
ふとナラが首を傾げた。
「ガエンってなんで静寂の城にいるの?」
「ん?」
「だって元農家なんでしょ?」
ナラは不思議そうな顔をした。
「なんで今は財務担当なの?」
マイトも頷く。
「あー、確かに聞いたことないな。」
ラーシャも興味深そうに耳を傾ける。
「そういえば私も知りません。」
ガエンは少し考えた後、肩をすくめた。
「成り行きだな。」
「絶対成り行きじゃない。」
三人が同時に言った。
ガエンはため息をついた。
「若い頃の話だ。」
馬車はのんびり進み続ける。
「独立して畑をやってた頃だな。畑を荒らす魔物が出るようになった。」
「あー。」
マイトが納得する。
「田舎あるあるだね。」
「あるあるなの?」
「知らない。」
「知らないのか。」
ナラが笑った。
ガエンは続ける。
「その日も畑を荒らした大猪みたいな魔物を追いかけてた。」
「強そう。」
「強かったな。」
ガエンは頷く。
「畑の芋を全部食われそうだったからな。」
「理由が農家。」
マイトが呟く。
「そいつを捕まえてぶん投げてたらな。」
「ぶん投げたんだ。」
「そこをたまたま通りかかったのがバラムだった。」
三人が顔を見合わせた。
「魔王様?」
「ああ。」
ガエンは頷く。
「突然後ろから声をかけられた。」
――お前、面白いな。
「第一声がそれだった。」
「何それ。」
ナラが吹き出す。
「畑を守るために魔物を投げてるオーガなんて初めて見た、と。」
「まあ確かに。」
ラーシャが苦笑した。
「珍しいですね。」
「その後しばらく話した。」
ガエンは当時を思い出すように遠くを見る。
「畑の話をしたり農業の話をしたりな。」
「魔王と?」
「魔王と。」
「平和だな。」
マイトが言った。
「で、その時に言われた。」
ガエンは少し低い声で真似をする。
『俺のところで働かないか?』
ナラが笑う。
「スカウトだ!」
「もちろん断った。」
「だろうな。」
「畑があるし。」
「だろうな。」
ガエンは頷く。
「だから断った。」
「うん。」
「次の日また来た。」
「来たのですか!?」
「来た。」
「魔王様が!?」
「来た。」
三人が固まる。
ガエンは平然としていた。
「で、また断った。」
「うん。」
「次の週も来た。」
「しつこい!」
ナラが爆笑した。
「しかも畑仕事手伝って帰った。」
「何してるんですか魔王様。」
ラーシャが思わず額を押さえる。
ガエンはさらに続ける。
「その次は肥料の話をして帰った。」
「何してるんだよ魔王。」
今度はマイトが言った。
「その次は収穫を手伝った。」
「ホント何してるの魔王様。」
今度はナラだった。
ガエンは真顔で言う。
「暇だったんじゃないか?」
「魔王がそんなわけないだろ。」
三人が即答した。
しばらく笑いが続く。
ガエンも少し笑った。
「で、気づいたら半年くらい経ってた。」
「長い。」
「長いですね。」
「長いー。」
三人が呆れる。
「その頃にはもう毎週来てた。」
「完全に常連。」
マイトが言った。
「そしてある日言われた。」
ガエンは再びバラムの真似をする。
『お前、来週から城な。』
「断れよ。」
「断った。」
「うん。」
「断ったんだが。」
ガエンは遠い目をした。
「バラムの中ではもう決まってた。」
「終わってる。」
マイトが即答する。
「その時には部屋も用意されてた。」
「早い。」
「机もあった。」
「早い。」
「仕事も決まってた。」
「早い。」
「城の連中も『お待ちしてました』って言った。」
「逃げ道がないですね。」
ラーシャが苦笑した。
ガエンは肩をすくめる。
「そんな感じで気づいたら静寂の城にいた。」
「誘拐じゃん。」
ナラが言った。
「誘拐だな。」
マイトも頷く。
「いや。」
ガエンは首を振った。
「ちゃんと本人の意思は確認された。」
「断ったんだよな?」
「断った。」
「じゃあ誘拐じゃん。」
「誘拐ですね。」
「誘拐だー。」
三人が満場一致である。
ガエンは少し考えた。
「まあ。」
「まあ?」
「今は感謝してる。」
馬車の中が少し静かになる。
ガエンは窓の外の畑を見ながら続けた。
「バラムがいなかったら、一生あの畑で暮らしてただろうしな。」
「嫌だったのか?」
マイトが聞く。
ガエンは首を横に振った。
「いや。」
少し笑う。
「むしろ好きだった。」
「じゃあなんで?」
「世界が広がった。」
その言葉に三人は黙った。
「静寂の城に行って、色んな奴に会った。仕事も覚えた。仲間もできた。」
ガエンはマイト達を見る。
「お前らにもな。」
マイトが照れ臭そうに笑う。
ラーシャも少しだけ微笑んだ。
ナラは嬉しそうにくるくる飛び回る。
「だからまあ。」
ガエンは腕を組んだ。
「畑から引っ張り出されたのは悪くなかった。」
「でも。」
マイトがニヤリと笑う。
「今でも城の裏で畑やってるんだよな。」
「やってる。」
「結局農家じゃん。」
「農家ですね。」
「農家だー。」
三人の声が重なる。
ガエンは少し考えてから頷いた。
「……否定はできんな。」
馬車の中に再び笑い声が響いた。
しばらく笑いが続いた後、マイトがふと思い出したように言った。
「そういえばガエンって冒険者登録はしてるのか?」
「ああ。」
ガエンは普通に頷いた。
「してるぞ。」
「へぇ。」
ナラが興味深そうに身を乗り出す。
「どんな感じなの?」
「普通だ。」
「絶対普通じゃない。」
マイトが即答した。
「職業とか書く欄あるだろ?」
「ああ。」
「何になってるんだ?」
ガエンは一拍置いて答えた。
「農家。」
馬車の中が静かになった。
「は?」
「農家だ。」
「冒険者なのに?」
「冒険者だからって職業が冒険者とは限らんだろ。」
「それはそうだけど!」
マイトが頭を抱える。
「いや待て。農家なの?」
「ああ。」
「今も?」
「今も。」
「やっぱり現役農家じゃん!」
ナラが大笑いした。
ラーシャも思わず苦笑する。
「財務担当より農家歴の方が長そうですね。」
「長いな。」
ガエンはあっさり認めた。
「ちなみにランクは?」
マイトが何気なく聞く。
ガエンは窓の外を見ながら答えた。
「A。」
今度は三人とも固まった。
「A?」
「A。」
「農家が?」
「農家だ。」
「農家がAランク冒険者!?」
ナラが爆笑した。
「なんで!?」
「依頼を受けていたからな。」
「どんな依頼だよ。」
「畑を荒らす魔物退治。」
「農家じゃん!」
マイトが机を叩く勢いで言った。
ガエンは真面目な顔だった。
「あと害獣駆除。」
「農家。」
「護衛依頼。」
「まあ冒険者。」
「畑の開墾。」
「農家。」
「灌漑設備の修理。」
「農家。」
「収穫の手伝い。」
「完全に農家!」
ナラが椅子の上で笑い転げ回る。
ガエンは不思議そうな顔をした。
「依頼は依頼だろう。」
「そうだけど!」
マイトが笑いながら言う。
「普通Aランクってドラゴン退治とかじゃないのか?」
「やったぞ。」
「やったのか。」
「畑を守るためにな。」
「理由が農家!」
再び笑いが起こる。
その時だった。
「あ。」
ナラが何かを思い出したように声を上げた。
「見たことある。」
「何がだ?」
「ガエンの冒険者カード!」
ガエンが少しだけ目を細める。
「フィルドリアか。」
「あ、それだ!」
ナラは指をぱちんと鳴らした。
「前にフィルドリアで一緒に依頼やった時!」
「そういえばそんなこともあったな。」
マイトが首を傾げる。
「見たことあるの?」
「あるある!」
ナラは楽しそうに頷いた。
「ギルドで依頼を受ける時だったかな?」
「だったな。」
「職業の欄を見たら『農家』って書いてあって!」
ナラは当時を思い出したのか笑い始めた。
「しかもランクA!」
「本当だったのですね……。」
ラーシャが呆然と呟く。
「その時ギルドのお姉さんも二度見してたよ!」
「してたな。」
ガエンが頷く。
「受付の人がカードと俺を何回も見比べてた。」
「想像できる。」
マイトが吹き出した。
ナラはさらに続ける。
「しかもその後ろにいた新人冒険者がさ。」
ナラは声真似をした。
『農家でAランク……?』
『農業ってそんなに危険なのか……?』
馬車の中に爆笑が広がる。
ガエンは腕を組んだ。
「危険だぞ。」
「真面目な顔で言うな。」
「天候、害虫、病気、魔物。」
ガエンは指を折る。
「自然との戦いだ。」
「なんか説得力あるのが嫌だな。」
マイトが苦笑した。
「ちなみに職業変更はしないのですか?」
ラーシャが聞く。
ガエンは即答する。
「しない。」
「なんでです?」
「農家だからだ。」
あまりにも迷いのない返答だった。
ナラは腹を抱えて笑う。
マイトは肩を震わせる。
ラーシャもつい吹き出した。
ガエンだけが真顔だった。
窓の外には広大な畑が広がっている。
それを眺めながらガエンは小さく呟いた。
「農家を辞めた覚えはないからな。」
その言葉に三人は顔を見合わせた。
そして。
「やっぱり現役農家じゃん。」
満場一致だった。
マイトは笑いながら涙を拭った。
「いやもう駄目だ。農家Aランクが強すぎる。」
「何がおかしい。」
「全部だよ。」
ガエンは首を傾げたが、三人はまだ笑っていた。
しばらくしてナラがふと思い出したように言う。
「あ、そういえばみんなのも見せ合ったことあったっけ?」
「冒険者カードか?」
「そうそう!」
ナラはくるりと宙返りした。
「せっかくだし確認しようよ!」
「別に構わんが。」
ガエンが頷く。
まずマイトが胸を張った。
「俺からだな!」
どこか得意げだ。
「職業は勇者!」
「それは知ってる。」
ガエンが即答した。
「ランクは!」
マイトはさらに胸を張る。
「S!」
「最高ランクですね。」
ラーシャが感心したように言った。
冒険者ギルドにおいてSランクは頂点。
世界でも数えるほどしかいない。
「まあ勇者だからな!」
マイトは得意そうだった。
しかし。
「でも依頼失敗して財布なくしたことあるよね。」
ナラが言った。
「それは依頼じゃない!」
「宿の鍵もなくしてた。」
「それも関係ない!」
「地図も逆さまに見てた。」
「やめろ!」
馬車の中に笑いが広がる。
ガエンは腕を組んだ。
「実力はSだな。」
「お、分かってるじゃないか。」
「生活力はFだが。」
「なんでだよ!」
再び笑い声が響いた。
次にナラが胸を張る。
「じゃあ次はボク!」
「職業は?」
マイトが聞く。
ナラは少しだけ悪そうな笑みを浮かべた。
「諜報。」
「似合うな。」
ガエンが即答した。
ナラは魔族領でも情報収集を担当することが多い。
気付けばどこにでもいるし、いつの間にか話を聞いている。
「ランクはD!」
「意外と普通ですね。」
ラーシャが言った。
ナラは肩をすくめた。
「戦う仕事じゃないからねー。」
「確かに。」
マイトも納得する。
「でも諜報員としては優秀だろ。」
「えへへー。」
ナラは嬉しそうに笑った。
ガエンも頷く。
「フィルドリアの件でも助かったからな。」
「あれ楽しかった!」
「楽しかったで済ませる内容じゃなかった気がするが。」
ラーシャが小さく呟いた。
そして最後に視線がラーシャへ向く。
ラーシャは少しだけ肩を震わせた。
「わ、私ですか?」
「ラーシャのも聞きたい。」
マイトが笑う。
ラーシャは少し躊躇ってから答えた。
「職業は……魔術師です。」
「うん。」
「ランクはB。」
一瞬静かになる。
そして。
「高くない?」
マイトが言った。
「高いな。」
ガエンも頷く。
ラーシャは慌てた。
「い、いえ! そんなことは!」
「いや高いだろ。」
「Bランクって十分すごいぞ。」
「でも私はまだまだで……。」
いつものように自己評価が低い。
ナラが苦笑した。
「ラーシャって毎回それ言うよね。」
「だって本当に未熟ですし……。」
「未熟な魔術師は上級魔法を何発も撃てない。」
ガエンが言う。
「未熟な魔術師は古代魔法の解析もできない。」
マイトも続ける。
「未熟な魔術師はボク達を何回も助けられないよ。」
ナラも頷いた。
ラーシャは困ったような顔になった。
「そ、そうでしょうか……。」
「そうだ。」
ガエンが即答する。
「もっと自信を持て。」
ラーシャは少しだけ顔を赤くした。
「……ありがとうございます。」
その様子を見てナラが笑う。
「こうして見ると面白いよねー。」
「何がだ?」
ガエンが聞く。
ナラは指を折りながら数えた。
「最高ランクの勇者。」
マイトを指差す。
「Bランクの凄腕魔術師。」
ラーシャを指差す。
「Dランクの諜報員。」
自分を指差す。
そして最後にガエンを見た。
「Aランク農家。」
沈黙。
「もう戦士でいいんじゃない?」
マイトが反射的に言う。
「農家だ。」
ガエンが言う。
「Aランク農家だー!」
ナラが爆笑した。
ラーシャも耐えきれず吹き出す。
マイトも腹を抱えた。
笑いがようやく落ち着き、マイトは息を整えながら背もたれにもたれた。
「そういやさ。」
「なんだ。」
ガエンが返事をする。
「ガエンの話は結構聞いたよな。農家だったとか、バラムに半ば強引に静寂の城へ連れていかれたとか。」
「ああ。」
「でもさ。」
マイトは首を傾げた。
「考えてみたら俺の話ってあんまりしてなかったよな。」
ナラがくるりと宙に浮く。
「あ、確かに!」
ラーシャも小さく頷いた。
「言われてみれば……勇者様がどうして静寂の城で暮らすようになったのか、詳しく聞いたことがありません。」
「そうそう。」
ナラが指をさす。
「普通なら勇者って魔王の城に住まないよね?」
「確かにな。」
ガエンも腕を組んだ。
「世界中探してもかなり珍しい。」
「珍しいどころじゃない気がします……。」
ラーシャは苦笑する。
マイトは頭をかきながら笑った。
「まあ、普通はそう思うよな。」
「最初に会った時なんて、私も信じられませんでした。」
ラーシャが思い返すように言う。
「勇者が魔王軍の幹部達と普通に食事をしているなんて……。」
「初めて見た人は大体そんな反応だよ。」
ナラも笑う。
「『捕まってるの?』『洗脳されてるの?』って聞かれるし。」
「何度も聞かれたな。」
ガエンが頷く。
「その度に本人が『いや、自分で住んでるだけだけど?』って答えるから余計混乱する。」
「だって事実だし。」
マイトはあっさりと言った。
ナラが興味津々で身を乗り出す。
「ねえねえ、改めて聞かせてよ。」
ラーシャも静かに頷く。
「私も聞きたいです。」
ガエンも窓の外から視線を戻した。
「俺も最初の頃しか知らん。本人からちゃんと聞いたことはないな。」
三人の視線が一斉に集まる。
マイトは少し照れくさそうに笑い、腕を組んだ。
「じゃあ話すか。」
馬車はのどかな田園地帯を進み続ける。
揺れる車輪の音だけがしばらく響いたあと、マイトはゆっくりと口を開いた。
「俺が勇者なのに、なんで魔王の城、静寂の城で暮らすことになったのか。」
マイトは少しだけ遠くを見るような目になった。
「話すなら、一番最初からかな。」
馬車の中が静かになる。
「俺の婆ちゃんは先代勇者だった。」
「え?」
ナラが目を丸くする。
「そうだったの?」
「ああ。名前はアイラ。」
ラーシャも驚きを隠せない。
「勇者の血筋だったんですね……。」
「まあな。でも俺は会ったことがない。」
マイトは静かに首を振った。
「俺が生まれる前、先代魔王との戦いが終わったあと……婆ちゃんは行方不明になった。」
誰も口を挟まない。
「勝ったのか負けたのかもはっきりしない。ただ、帰ってこなかった。」
馬車が小さく揺れる。
「数年後に俺が生まれた。」
マイトは淡々と続けた。
「父さんと母さんは普通に暮らしてた。でも俺が三歳の時だった。」
少しだけ表情が曇る。
「村が魔物に襲われた。」
ラーシャは息を飲んだ。
「父さんも母さんも、俺を逃がそうとして……そのまま。」
静かな空気が流れる。
「俺も食われると思った。」
マイトは苦笑した。
「でもその時助けてくれたのが剣聖スレイドだった。」
「剣聖スレイド……。」
ガエンがゆっくり頷く。
「名前くらいは知ってる。」
「めちゃくちゃ強かったぞ。」
マイトは懐かしそうに笑う。
「俺を助けたあと、そのまま育ててくれた。」
「優しい人だったんだね。」
ナラが呟く。
「ああ。」
マイトは頷いた。
「ぶっきらぼうだったけどな。朝から晩まで剣、剣、剣。」
「想像できます……。」
ラーシャが少し笑う。
「でも七歳の時だった。」
マイトは拳を軽く握る。
「勇者として覚醒した。」
「七歳!?」
ナラが思わず声を上げた。
「早っ!」
「スレイドも驚いてたよ。」
マイトは笑う。
「『まだ早すぎるだろ』って。」
「普通はもっと後だな。」
ガエンも腕を組む。
「俺もそう聞いている。」
「それからは本格的な修行だった。」
マイトは続ける。
「毎日毎日剣を振って、魔法を覚えて、旅をして、魔物を倒して。」
「勇者として育てられたんですね。」
ラーシャが静かに言う。
「ああ。」
マイトは頷いた。
「そして十五歳になった。」
その言葉で空気が少し変わる。
「その頃には現魔王バラムが世界中で噂になってた。」
ガエンが苦笑する。
「まあ、あの頃はかなり警戒されていたな。」
「俺も当然、倒す相手だと思ってた。」
マイトは窓の外を見た。
「だから静寂の城まで行った。」
ナラが身を乗り出す。
「いよいよ魔王戦!」
「……のはずだった。」
マイトは苦笑する。
「城に乗り込んで、玉座の間まで行って。」
「うんうん。」
「そこでバラムと初めて会った。」
少し間を置く。
「で、とりあえず話した。」
「……話した?」
ナラが首を傾げる。
「普通そこ戦うところじゃない?」
「俺もそう思ってた。」
マイトは笑う。
「でもバラムがいきなり言ったんだ。『遠くから来たんだろう。まず飯でも食うか。』って。」
ナラが吹き出した。
「えぇ!?」
ラーシャも思わず笑ってしまう。
「魔王様らしいですね……。」
「その時は『いや戦えよ』って思った。」
マイトは肩をすくめた。
「でも話してるうちに分かった。」
その笑顔が少し真面目になる。
「この人は倒すべき相手じゃない。」
ガエンは静かに頷く。
「……そう思ったか。」
「ああ。」
マイトは迷いなく答えた。
「人間も魔族も関係なく平和に暮らせる世界を本気で目指してた。だから剣を向けられなかった。」
ラーシャは優しく微笑む。
「勇者様らしい判断です。」
「いや、それだけじゃない。」
マイトは頭をかいた。
「普通に話してたらさ。」
ナラがニヤニヤし始める。
「うん。」
「ゲームの話で盛り上がって。」
「……はい?」
「料理の話でも盛り上がって。」
「はい?」
「筋トレの話でも盛り上がって。」
「はい?」
「気付いたら夕方になってた。」
ナラは腹を抱えて笑い始めた。
「戦えよ!」
ラーシャまで肩を震わせている。
ガエンは呆れたようにため息をついた。
「その話は初めて聞いたな……。」
「俺も『あれ?』ってなった。」
マイトは笑う。
「帰ろうとしたらバラムが言ったんだ。『部屋余ってるぞ。』って。」
「断ったの?」
ナラが聞く。
「一応な。」
「一応?」
「『いや勇者だし』って。」
「それで?」
「『勇者だから何だ?』って返された。」
ガエンは思わず額を押さえる。
「……バラムらしい。」
「そのあとも色々話して。」
マイトは懐かしそうに笑った。
「結局、この人となら世界を変えられるかもしれないって思った。だから。」
マイトはあっさりと言った。
「静寂の城に住むことにした。」
馬車の中は数秒静まり返る。
そして。
「いや、そこ普通そうならないよ!」
ナラが勢いよくツッコミを入れた。
「やっぱり勇者様も魔王様も、どこか感覚がおかしいです……。」
ラーシャは苦笑しながら呟く。
ガエンだけは静かに頷いた。
「だが、お前らしい決断だった。」
マイトは照れくさそうに笑った。
「そうかな。」
「そうだ。」
ガエンは短く答える。
「だから今の静寂の城がある。」
ナラは笑いながら手を挙げた。
「じゃあ次、ボク!」
「お。」
マイトが笑う。
「そういやナラも詳しく聞いたことなかったな。」
「ガエンは知ってるよね?」
「ああ。だが本人から話した方が早い。」
ナラは胸を張る。
「ボクね、最初は静寂の城に住む気なんて全然なかったの!」
「じゃあ何しに行ったんですか?」
ラーシャが首を傾げる。
ナラは悪戯っぽく笑った。
「もちろん諜報!」
「諜報?」
マイトが聞き返す。
「当時は『新しい魔王が現れた』『静寂の城は危険だ』って噂ばっかりだったからね。諜報員として潜入して情報を集める依頼を受けたの。」
「なるほど。」
ガエンが腕を組む。
「最初は完全に敵地だったわけだ。」
「そうそう。」
ナラはうんうん頷く。
「夜にこっそり城へ忍び込んでさ。」
「見つからなかったのか?」
「見つかった。」
「早い!」
マイトが思わず吹き出した。
「窓から入った瞬間、魔王に『お、ピクシーか。迷ったのか?』って。」
「侵入者だろ!」
「そうなの!」
ナラも笑う。
「なのに全然警戒されなくてさ。」
「それで?」
ラーシャが興味深そうに聞く。
「とりあえず情報だけ集めようと思って、数日こっそり観察してたの。」
「ほう。」
「そしたら毎日なんか楽しそうなの!」
ナラは両手を広げる。
「ガエンは畑耕してるし!」
「耕していたな。」
「魔王は料理作ってるし!」
「作ってたな。」
「幹部同士でボードゲーム大会始まるし!」
マイトは笑いを堪えきれない。
「戦争会議じゃなくて?」
「ボードゲーム大会。」
「……。」
「しかも負けた人が皿洗い。」
馬車の中に笑いが広がる。
ナラは続けた。
「そのうちボクも普通に混ざってた。」
「潜入任務は?」
マイトが聞く。
「忘れた!」
「忘れるな!」
「だって楽しそうだったんだもん!」
ナラはけろりと言う。
「で、帰ろうかなーって思ってたらバラムが『部屋空いてるぞ』って。」
マイトは吹き出した。
「俺と同じ流れじゃん。」
「そう!」
ナラは指をさした。
「それで『住んでもいい?』って聞いたら。」
ガエンが続きを口にする。
「『好きにしろ。』だったな。」
「そういうこと!」
ナラは満面の笑みを浮かべた。
「気付いたらそのまま住んでた!」
マイトは笑いながら首を振る。
「自由すぎるだろ。」
ナラが胸を張る。
「諜報員失格だね!」
「自分で言うな。」
また笑い声が響く。
少し笑いが落ち着くと、全員の視線が自然とラーシャへ向いた。
ラーシャは「えっ」と小さく声を漏らす。
「つ、次は私ですか?」
「うん。」
ナラが優しく微笑む。
「ラーシャは聞いたことない。」
マイトも静かに頷いた。
「無理にとは言わないけど。」
ラーシャは少しだけ俯いた。
「……大丈夫です。」
膝の上で手を重ね、小さく息を吐く。
「私は……昔から一人でした。」
誰も口を挟まない。
「ダークエルフというだけで怖がられて、村にも入れてもらえなくて……。」
マイトの表情が少し曇る。
「森を転々として、一人で生きていました。」
馬車の揺れる音だけが聞こえる。
「でも、ずっと一人でいると……だんだん不安になってきて。」
ラーシャは震える声で続けた。
「誰とも話せなくて、眠れなくて、自分が生きている意味も分からなくなって……。」
ナラはいつもの笑顔を消し、静かに聞いている。
「そしてある日。」
ラーシャはぎゅっと拳を握った。
「魔力が暴走しました。」
ガエンが静かに目を閉じる。
「周りの木々は倒れて、地面は抉れて……私は止められなくなっていました。」
「……。」
「このまま全部壊してしまうんだと思いました。」
ラーシャは目を閉じる。
「その時です。」
少しだけ表情が和らぐ。
「魔王様が来てくださいました。」
「助けてくれたんだな。」
マイトが静かに言う。
「はい。」
ラーシャは微笑んだ。
「私は暴走していたので、『近寄らないでください!』って叫んだんです。」
「うん。」
「でも魔王様は笑って。」
ラーシャはその時の口調を真似する。
「『そんなに慌てるな。深呼吸してみろ。』って。」
マイトは思わず笑う。
「緊張感ないなぁ。」
「本当に。」
ラーシャも少し笑った。
「でも、不思議でした。」
彼女は胸に手を当てる。
「その声を聞いたら、少しずつ落ち着いて……暴走していた魔力も収まったんです。」
ナラは優しく頷く。
「よかった……。」
「そのあと私は謝りました。」
ラーシャは苦笑する。
「『森を壊してしまいました』って。」
「そしたら?」
マイトが聞く。
ラーシャは困ったように笑う。
「魔王様は森を見回して一言だけ。『まあ、また生えるだろ。』って。」
一瞬の静寂。
そして。
「大雑把!」
ナラが吹き出した。
マイトも笑いをこらえきれない。
「バラムらしい!」
ガエンも苦笑した。
「実にあいつらしい。」
ラーシャも穏やかに笑う。
「それから『行く場所はあるのか』と聞かれて……私はありませんと答えました。」
「うん。」
「すると魔王様は少し考えてから。」
ラーシャは懐かしそうに笑った。
「『じゃあ城に来い。お前はなんだか面白そうだ。』と。」
マイトは額を押さえた。
「理由が俺やナラと同じくらい適当だ。」
「はい。」
ラーシャはくすっと笑う。
「でも、その『面白そうだ』という言葉に、嫌な感じはしませんでした。」
少しだけ目を潤ませながら続ける。
「初めて……私を恐れずに、普通に受け入れてくれた人でしたから。」
馬車の中は静かになった。
ナラはふわりと飛んでラーシャの肩にちょこんと座る。
「今はもう一人じゃないよ。」
ラーシャは小さく頷いた。
「……はい。」
ガエンも静かに口を開く。
「結局、静寂の城にいる理由は皆ばらばらだな。」
「農家を引き抜かれたオーガ。」
マイトが指を折る。
「潜入してそのまま住み着いた諜報員。」
ナラが手を挙げる。
「面白そうだから拾われたダークエルフ。」
ラーシャは照れくさそうに笑う。
「そして魔王と雑談して住み始めた勇者。」
全員の視線がマイトに集まる。
「……あれ?」
マイトは首を傾げた。
「俺が一番変じゃない?」
「今さら気付いたの?」
ナラの一言に、馬車の中は再び大きな笑いに包まれた。




