31.自主練
ルシウスから魔法についての講義を受け、さらにいくつかの魔法を教わった後、その日の訓練はそこで解散となった。
翌日、セルフィは自宅の裏手にある弓の練習場で、一人魔法の練習に励んでいる。
静まり返った空気の中、何度も深呼吸を繰り返しながら、教わったことを思い出していた。
「ふぅー……よしっ」
息を整え、杖を構える。
握り込んだ杖に嵌め込まれた核の宝石、そこへ意識を集中させると、宝石を通してアウレインから聖気が静かに流れ込んできた。
暴走させないよう慎重に制御しながら、流れ込む力を杖の先端へと導いていく。
すると、先端の空間が淡く揺らぎ、小さな光球がにじむように現れた。
聖気を流し続けるにつれ、光球は徐々に膨らんでいき、やがて拳ほどの大きさにまで成長する。
その状態を維持したまま、ゆっくりと顔を上げた。
視線の先には、間隔を空けて並べられた木製の的。
そのうちの一つへ意識を向け、狙いをなぞるように杖を動かす。すると、先端に浮かぶ光球も呼応するようについてきた。
空気がわずかに震え、蓄えられた聖気が限界まで高まる。
そして、魔法を解放すると――
――キュイン!
という空気を切り裂く鋭い音とともに、光球が弾かれるように杖先から放たれた。
瞬く間に的との距離を詰め、その後方には淡い光の残像が尾を引き、まるで一直線に光の帯が走ったかのようだった。
そして――
――ドォン!!
次の瞬間、重低音が遅れて響き渡る。
的に命中すると、爆発と同時に光が内側から膨れ上がり、一瞬で巨大な光球へと変わった。
膨張した光は的を完全に飲み込み、その輪郭を白く塗り潰していく。
――やがて光球はゆっくりと収束し、淡い残光だけを残して消えていく。
あとに残っていたのは、何もない空間だけだった。
そこには、先ほどまであったはずの的の痕跡は残っておらず、完全に消滅していた。
「次っ!」
間を置かず聖気を操り、杖の先端に再び光球を出現させる。
流れ込む力を杖先に集めていくと、光球はほどなく拳ほどの大きさにまで膨らんだ。
狙いを、先ほどの的の隣へ。
意識を集中させると同時に、魔法を放つ。
――ギュンッ!!
先ほどよりも鋭く、重みのある音を残して光球が放たれた。
一直線に走った光は瞬く間に的へ到達し、今度は爆発することなく、そのまま的を貫く。
木製の的を穿つ鈍い衝撃音を残し、さらに後方に並んでいた的までも撃ち抜いて、光は減衰するように消えていった。
「――最後っ!!」
さらに続けて光球を生み出し、そのまま放つ。
今度は一度目と同じ速度で一直線に的へと迫り――
――クンッ!
鋭く空気を弾くような音とともに、光球の軌道がわずかに折れた。
意識して変化させた角度に従い、そのまま別の的へと迫っていく。
「――あっ、くそっ!」
……しかし、想定よりも曲がりが浅かった。
光球は的の縁をかすめることもなく、その隣をすり抜け、後方へと消えていった。
「はぁー……」
大きく息を吐き、張り詰めていた力を抜く。
ほんの短い時間だったが、セルフィの額にはじっとりと汗が滲んでいた。
「最後は失敗したけど……。まぁ、上出来かな」
そう言いつつ、セルフィは周囲に散らばった的の残骸へ視線を向ける。
穴の開いた的や、跡形もなく消えた的を見比べながら、先ほど放った魔法の手応えを思い返した。
どれも、今まで使っていた弓とは比べものにならない威力だ。
胸の奥にじわりと満足感が広がる。
その余韻に浸りながら、講義でルシウスが口にしていた言葉を思い出す。
「魔法は魔力制御が重要だって話だったけど、実際にやってみると納得だな」
この世界の魔法は、かなりシンプルだ。
詠唱を唱えなくても発動するし、空中に魔法陣が展開されることもない。
頭の中のイメージだけで威力が増減するようなものでもなかった。
言ってしまえば、剣術と同じだ。
剣士は鍛錬によって技の動作を身体に叩き込み、その積み重ねによって強力な一撃を放てるようになる。
ただ剣を振り下ろすだけの動作でも、素人と達人とでは結果がまったく異なるように。
魔法使いもまた同じで、結局は魔力制御を地道に鍛えていくしかない。
たとえ魔力を球状に圧縮して放つだけの単純な魔法であっても、それを突き詰めていけば、やがて強力な威力を持つ奥義へと昇華していくだろう。
「よしっ。今日から毎日、制御の訓練を始めよう」
「それと、工夫をすることも大切だな。制御の仕方を少し変えるだけで、結果があれだけ変わったんだから」
そう言いながら、先ほど放った三つの魔法を思い返す。
最初に放ったのは、最も単純な魔法だ。
球状に圧縮した聖気を、そのまま的に向かって放つだけのもの。
この時、聖気を圧縮して形を整えたあとは、球状が崩れない程度に最低限の制御しか行っていなかった。
そのため、的に命中した瞬間、衝撃に耐えきれずに形が崩れ、内側に押し込めていた聖気が一気に解放される。
結果として、爆発したような現象になったのだ。
次に放ったのは、貫通力を高めた魔法だ。
こちらは、魔法を放ったあとも制御を手放さず、光球への干渉を続けていた。
的に命中した際の衝撃で形が崩れないよう、むしろ内側へ押し込むように圧縮を強めていたのだ。
その結果、光球は命中しても爆発せず、そのまま的を貫通した。
勢いを失わないまま後方の的まで撃ち抜けたのは、力が拡散せず一点に集中していたためだろう。
そのお陰か、純粋な威力だけを見ても一段上がっているように感じられた。
最後は、最初の光球を曲げられないかを試した。
球状が崩れない程度の最低限の制御を維持しつつ、今回はさらに圧縮するのではなく、進行方向へ干渉することに意識を割いた。
しかし、これは失敗だったと言っていい。
軌道そのものは曲げられたものの、制御を維持できたのは一瞬だけだったのだ。わずかに向きを変えるのが限界で、狙ったほど大きく軌道を変えることはできなかった。
失敗の理由としては、おそらくセルフィの魔法の性質にある。
聖気を使った魔法の特徴なのか、基本的に光の魔法は速度が速い。
特に意識して調整しなくても弓矢以上の速さが出るのは強力な長所だが、同時に扱いの難しさにも繋がっていた。
単純に、速すぎるのだ。
軌道を変えようと意識した時には、すでに光球は目標へ到達してしまっている。
さらに速度が乗るほど進行方向を変えるには強い干渉が必要になり、その分だけ制御の負担も大きくなる。
結果として、思ったほど軌道を曲げることができていなかった。
「まぁ、でも、初めてにしては上出来かな」
最初の基本技を”光球 (ルーラ・レイ)”
光球の貫通力を高めた魔法を“貫光球 (ルーラ・ルクス・レイ)”と名付けた。
最後は単純に光球を曲げただけなので、名前は付けなかった。
だが、こういった応用も増やしていくべきだろうと頭の中で整理する。
「速度は弓矢以上、威力も下級はもちろん……おそらく中級にも届く」
試した魔法を思い返しながら、セルフィは頭の中で戦い方を組み立てていく。
どの場面で爆発を使い、どこで貫通を選ぶか。軌道を変える魔法も、扱いは難しいが、使いどころ次第では非常に有効なはずだ。
そうして、実際の戦闘を思い描きながら、この力がこれからの戦いに通じるものなのかを考える。
旧フィリナ領の不死領域を攻略し、その後はエルフ領へ向かうため、道中に存在する大規模な不死領域を突破しなければならないのだ。
そのためには、守護獣であるアウレインたちにすべてを任せるのではなく、セルフィ自身も前線に立って戦えるだけの力を持っていることが前提になる。
そうした想いを抱えながら、何度も戦いの光景を思い浮かべ、頭を回す。
そして、導き出された結論は――
「うん……これ、今のままじゃ、まったく役に立たない」
――そんな、容赦のない現実だった。




