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6. 四人目の婚約者カジ

 ライラが館に到着し、馬をつないで玄関へと向かって歩いていると、空からモリフクロウが降り立ちました。そのシルエットがフワッと大きくなりジュリアンの姿になります。

 空を飛べるジュリアンが、馬よりも遅く到着したのには理由がありました。


「ちょっと寄り道して調べてきたよ。まずロアの女のこと。誰かわからないけど、大事な相手みたい。ブティックで洋服を買ってる。宰相が女連れで洋服を買いに来るなんて、かなり目立つだろ? 噂になってたよ」

「へえ」


 ライラはロアから洋服をもらったことはありません。洋服を買ってほしいと思ったこともありませんが、なぜだか無性に腹が立ちました。


「ブレッドの怪我は、今日の朝方に乱闘事件があって、原因はよくわからないけど、軍の兵士が何人か怪我をしてる。その現場に酔っぱらったブレッドが居たみたい」


 ライラは鼻にシワをよせて唇を噛みました。もちろん怒っています。


「ライラ、落ちついて。ボクは噂話を聞いてきただけだから、鵜呑みにしないで。二人の言い分を聞いてからにしよう」

「わかった。全員揃ったところで問い詰めてやるから、ジュリアンも協力して」

「う、うん」


 ジュリアンはライラの怒りに気圧されました。


「ロアとブレッドはもう来てるみたいだね。カジは?」

「カジは潜伏先がわかってるから、呼びにいってもらってる。そろそろ来ると思う」


 カジはとある貴族の舘で、女装してメイドとして働いています。

 悪ふざけのように思えますが、これも考えたあげくの最善策なのです。カジは指名手配犯です。他のメンバーの家に隠れさせて、発見されたら芋づる式にメンバーが危険にさらされます。ひとりで潜伏するのが無難なのです。そして東洋人の男性として指名手配されているのですから、女性に変装することにも意味があります。

 カジは東洋の忍者で、いくつもの忍術をマスターしています。たくみな変装もそのひとつ。ほかに声真似という特技もあり、声で男とバレる心配もありません。


「キャシー、お客さんだよ」


 メイド長がカジを呼びました。キャシーというのはカジが女装時に使っている名前です。


「はい。ただいま」

「裏口に馬車が来てる。今日はもう仕事はいいから、行ってきな」

「かたじけない」


 カジが裏口から出ると、そこには立派な馬車が止まっていました。客室の扉が開いて、ひとりの女性が降りてきました。

 女性がカジに近づきます。フードつきのマントで顔を隠していて誰だかわかりません。フードの影から瞳だけが見えます。その瞳は深いプラムのアイシャドウに縁どられていました。


「ひさしぶりだね。忍者くん」


 アンネリーゼでした。

 カジは身体が動かせません。アンネリーゼの魔力に捕まってしまったようです。

 アンネリーゼがマントから手を出します。綺麗に整えられ、マニキュアが塗られた指先を伸ばしてカジに向けました。その指で「トン」と突くようにカジの胸に触れます。ズキンと長い針で串刺しにされたような痛みが貫きました。全身の力が抜けて、目の前が暗くなります。

 カジはその場に倒れました。


「はい。死んだ」


 アンネリーゼは倒れたカジの頭を起こすと、顔を近づけます。それから口と口を重ねました。口づけではありません。もっと深く、口の中に舌をさしこんで、喉の奥まで何かをつき入れたのです。

 カジはゴクンと飲み込んでしまいました。硬い玉のようなものです。


「安心して、毒じゃないよ。むしろ逆かな。つぎの満月の晩まで、キミを生かしておく薬だよ。薬が切れたらキミは死ぬ。もう死んでるんだ。わたしの下僕になると誓えば、また薬を飲ませてあげる。満月のたびにね」


 アンネリーゼが嫣然と笑っています。


「貴様、何が望みだ?」

「望みって。あのね、わたしはそんなに単純じゃないの。反逆者を並べて全員首をハネても得る物がないでしょ? 可愛い姪っ子を殺したりしないってこと。たとえばさ、キミを生かしておくためなら、キミの仲間も自主的に良い子になるかもしれない。キミだって新しい幸せを見つけられるかもしれない。わたしは一番良い形で終わらせたいだけだよ」


 アンネリーゼはカジの手に何かを握らせました。


「王宮の通行証。よく考えて、落ちついたら話に来なよ」


 そう言い残すと、アンネリーゼは去っていきました。彼女は王都のメイドたちに強いコネクションを持っています。カジがメイドに変装している可能性を知った時点で、居場所は筒抜けだったのです。

 アンネリーゼの馬車が去ると、すぐ入れ替わりに馬車がやってきました。馬車から降りた使用人が、上からカジを覗き込みます。


「大丈夫ですか?」

「問題ない」


 カジはそう答えると、身体を起こして立ち上がります。不思議なことに痛みはすでに消えていました。あんなに苦しかったのに、もう何不自由なく動くことができるのです。アンネリーゼの襲来が嘘のようでした。しかし、手には通行証が握られています。

 使用人はカジの姿を見て、自分の目的を思い出しました。


「東洋人の女性。あなたがキャシーさんですか?」

「いかにも」

「ライラ様がお呼びです。馬車に乗ってください」


 それはライラが手配した迎えの馬車でした。


「どうして倒れていたんですか? ご病気ですか?」

「まあ、そんなところだ」


 カジは馬車に乗り、ライラの館に向かっているあいだ、自分の身に起きたことをゆっくりと自覚しました。


「オレは死ぬのか……」


 馬車から降りると、目の前にライラがいました。いつものように言葉が出てきません。


「どうしたの?」


 ライラがそう言いました。カジの様子が変だと気づいたようです。


「いや、オレを馬車で出迎えてくれるとは、その、慣れないことだったので、戸惑った」

「このまえカジが死んだって聞かされたときに、もっと優しくしようって思ったの」


 ライラが笑いました。

 カジはなにも言うことができませんでした。


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