50. アンネリーゼの疑い
王宮の中心にある竜ノ間。
アンネリーゼはひとり考えていました。何者かが自分を陥れようとしていると。
今日は変なことが多すぎました。寝室に紛れ込んだネコ。ノヴァスが偶然見つけてくれましたが、それは虹眼族のジュリアンでした。
盗賊カジーの消えた死体。ウォッチは自分の眼で死体を確認したと言っていました。死体が蘇ったのか、ウォッチが嘘をついているのか。
そしてコオリスズメバチの襲来。これまで王都の周囲が襲われることはありましたが、王宮に現れるのは史上初のできごとです。
それから最後に、テーブルに置いておいた通信器がいつの間にか消えている。
四つも異常があります。これだけ異常が重なったら、アンネリーゼは偶然とは考えません。直感的にこれはひとつの事件だと見抜いていました。黒幕がいる。そう確信していました。
「四つの異変がどうつながるのか、全然わからない。正解が見えてこない。真実に覆いがかけられていて、その隙間から観察しているみたい」
そう言いながらアンネリーゼは、自分の顔の前で手を広げます。視線の先に見えていた大きな竜が、自分の手指で隠されました。竜の全体は見えません。指の隙間から長い尻尾、大きな翼、鳥とワニの中間みたいな頭が見えています。
アンネリーゼは四つの異変も同じだと考えていました。自分の眼にはバラバラに見えているだけで、大きな一つの陰謀だと考えているのです。
今度は自分の手に視線をうつしました。爪にはマニキュアが塗られ、形も綺麗に整えられています。
「真実の全体像が見えないのは、この手みたいに、自分の近くに目隠しがあるからだ。裏切り者がいる。わたしの近くに」
アンネリーゼは直感だけで、真相のすぐ近くまで迫っていました。
そのとき部屋の扉がノックされます。扉が開きメイドが要件を伝えました。
「コオリスズメバチが駆除されたそうです」
「ありがとう。ノヴァスは?」
「音楽室に、ライラ様と一緒です。お呼びしますか?」
「ううん。わたしが行く」
「音楽室で待つよう連絡しておきます」
「いいよ。驚かせたいから、黙っておいて。ありがとう」
メイドが退室します。
アンネリーゼは竜の近くまでいくと、その背をなでました。
「また何人も殺すことになりそうだよ。手伝ってね。自分でやるとストレスたまるんだ」
そう言って竜ノ間から外へと出ます。
コオリスズメバチの騒ぎで王宮の機能が麻痺している間、どのように後始末をするかは指示してあります。騒ぎが収まってすぐに部下たちが動き出しています。
みな忙しそうですが、指示を出し終わったアンネリーゼに急ぎの仕事はありません。数名の護衛を引き連れて音楽室のある建物へと向かいました。
近くまでいくと、ライラのピアノの音が聞こえてきます。護衛に「ここまででいい」と告げると、ひとり静かに扉を開けました。
「ママ!」
ライラの隣に座っていたノヴァスが、椅子から飛び降りて駆け寄ってきます。強く抱きしめました。
「ねえ、きいて。ボクのブカがスズメバチをクジョしたんだよ!」
「そう。すごいじゃない。でもママはノヴァスのことが心配だった。危ないことはしてない?」
「してないよ!」
「じゃあ、今日は一日何をしてたか教えてくれる? ライラのお見舞いに行って、それから?」
アンネリーゼはノヴァスすら疑っていました。自分の子供だからと盲目的に信じているわけではありません。幼いからこそ、他人に利用される可能性も考えているのです。
「ずっとライラといっしょだった! ライラといっしょにかえってきたら、コオリスズメバチがいて、みんなこまってて、それでボクはサイコウセンシチョウカッカになったの。それでね……」
どうやってコオリスズメバチを退治したのか、ノヴァスの武勇伝は続きます。その話を聞きながら、アンネリーゼは「何か隠している」と直感しました。
ノヴァスの瞳はまっすぐアンネリーゼの瞳を見ています。話し方や態度にも、まるで怪しい所はありません。しかしアンネリーゼは、我が子の嘘の上手さを信用していました。信じさせたいという意識があるということは、隠したいことがあるということです。
「ねえライラ。ノヴァスが大活躍したなんてちょっと信じられないんだけど、本当のことなの?」
アンネリーゼは真実をたしかめることにしました。こういうときのために、ライラに「嘘がつけない首輪」をつけさせているのです。




