49. 怪盗計画失敗
ライラは移動しながらタスクを整理しました。
やるべきことは大きく三つです。「ロアの救出」「ジュリアンの救出」そして「竜ノ卵を隠す」ことです。
立ち塞がる障害も大きく三つあります。「ノヴァス」「ウォッチ」「アンネリーゼ」です。
この中でノヴァスは説得しやすい相手です。ノヴァスを味方にして交通封鎖を解いてもらう。竜ノ間の近くのエリアへ進んで、スズメバチ駆除を妨害しつつ、ロアを探すというのが当面の目的です。
そしてロアの近くにはウォッチがいます。通信器で会話を聞いた限りでは、ウォッチは怪盗計画に気がついています。抜け目のないウォッチからロアを取り戻すのは困難を極めるでしょう。
さらにアンネリーゼもいます。彼女の直感力と行動力は驚異的です。いまは目立った動きを見せていませんが、敵だと疑われたら容赦無く攻撃してくるでしょう。もっとも気が抜けない相手なのは間違いありません。
ライラたちは劣勢です。この劣勢をひっくり返す秘策もありません。ひとつずつクリアしていくしかありません。
まずはノヴァスです。ライラとブレッドはノヴァスのもとに向かって歩いていきます。
ところがです、そんなライラの思惑とは無関係に、事態は進行していきます。
竜ノ間の近くの礼拝堂では、ウォッチがロアを見下ろしていました。ロアの頭に被せられた布を乱暴に外します。かなり痛めつけられたようで、衣服は乱れ、表情は憔悴しています。
「何があったのか、話してもらいますよ」
ウォッチの言葉にロアがうなずきました。
「ええ、もちろんです。盗賊カジーはまだ近くにいます。コオリスズメバチの騒動でまだ外へ出られていないはずです」
苦痛をこらえながらロアがそう言いました。ウォッチの眼が鋭く光ります。
「さて、反撃開始です」
ウォッチは礼拝堂から出ると、部下を集めて盗賊カジーを捜索するよう指示を出しました。
ちょうどそのころ、王宮の一角から「ワー!」と大きな歓声があがります。
その歓声は人から人へと伝染して、王宮全体に広がっていきます。
人々の歓喜の中心には、ひとりの兵士がいました。ケヤキの木のシンボルマーク、憲兵隊の制服を着ています。その男が掲げた手にはコオリスズメバチが握られていました。死んでいるのでしょうか、ぐったりと動く気配はありません。
「まだ喜ぶのは早いです。コオリスズメバチの回復力はとても凄いので。焼却炉で完全に処分するまでは近づかないで」
コオリスズメバチの駆除に成功するなんて。興奮した人々が暗黒卿の周りに集まりだしました。勇獅子兵士団のメンバーが周囲をガードします。暗黒卿はえっちらおっちらと歩いて焼却炉のある方へと向かいました。
「暗黒卿がやったぞ!」
「駆除作戦は成功だー!」
「コオリスズメバチを退治した!!」
人々が歓喜の叫びをあげながら、建物の外へと躍り出てきます。
そんなバカな。こんなに簡単にジュリアンが死んでしまうなんて、ありえない。
ライラは走りました。ブレッドもつづきます。
「あ! ししょー!」
「ノヴァスか」
駆除成功の報告を受けて、ノヴァスも外へ出てきたようです。ブレッドを見つけて駆け寄ります。
ライラは人の波をかきわけて、暗黒卿の姿を見ました。その手にはたしかにコオリスズメバチが握られています。
「ジュリアンが……」
歓喜の洪水の中で、ライラは膝から崩れ落ちました。涙がポロポロとこぼれ落ちます。
ライラの脳裏には幼い頃からの思い出が次々に浮かんでは消えていきました。明るい笑顔、柔らかな髪、いつも優しかったジュリアン。もうこの世にいないなんて。ズキズキと心が痛みます。本当に痛いのです。
「あああああ、ああああ」
自然に声が漏れました。ライラは子供のように、わんわん声をあげ、肩を震わせて泣きました。
「ししょう! ボクがやりました! ほめてください!」
悲しむライラと喜ぶノヴァスに挟まれて、ブレッドは居心地が悪そうです。
「あれ? ライラ、ないてるの?」
「ちょっとな、悲しいことがあったんだ。悲しいことが……」
暗黒卿が焼却炉に到着しました。炉の中に手を入れて、奥深くにものを置くとマッチの火を投げこみます。金属製の蓋を閉めました。
しばらくすると青空に一本の煙が立ちました。
「ライラ。どうする? まだ終わったわけじゃない。ジュリアンの死が無駄になる」
ブレッドがライラの肩を叩きました。
そうです。まだ終わりではありません。ロアを救出しなければいけません。それに竜ノ卵も盗み出さなければ、ジュリアンは浮かばれません。
ライラは歯を食いしばると、両足に力を込めて立ち上がりました。
涙をふいて、深呼吸します。竜ノ卵が入ったバッグをポンポンと叩きました。
「行こう。ロアを助けないと」
ブレッドに向かって笑います。
「おう。ノヴァスも協力してくれるよな?」
ノヴァスの肩を叩きました。
「うん! へへへ」
ノヴァスが無邪気に笑います。
「いや、卵を隠すのが先だ」
そう言ったのはフードで顔を隠した男でした。
「カジ?」
まさか、生きていたなんて。
ブレッドは心の中で「やべ」と思いました。カジが生きていることを、ライラに教えるのを忘れていました。
「カジ。生きてたの?」
「ライラ、話してる暇はない。卵が先だ。急げ」
「それよりロアを助けないと。協力して」
しかしカジは首を横にふります。
「ロアは死んだ」




