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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
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第020話

 武は堪えきれずに見せてしまった笑みを後悔しながらサーブを待つ体勢を取った。早坂の鋭い視線が自分を突き刺してくるのを肌で感じ、自然と身体が震える。中心から手の先まで伝染し、ラケットが震えた。


(そんなに睨むなよ。仕方がないだろ……だってさ)


 左手で額から落ちそうになる汗をぬぐい、ハーフパンツに擦り付ける。プレッシャーが強くなっていくのが分かり、武はまた笑みを浮かべた。

 少しだけ意識が身体を離れ、体育館の温度が上がっていく中、早坂の周りに陽炎のようなものが見えたように武は思う。それが幻覚だとは理解していたが、別にあってもおかしくはない。


(それくらい、今の早坂は熱い)


 今までの早坂からは考えられないほどの闘志。

 いつもポーカーフェイスで勝っても負けても変わらない冷静さを見せていた早坂の内にも、武と同じように相手に勝ちたいという思いがあったのだと知った。


(なんかさ、嬉しかったんだよ)

「一本!」


 武の内心の言葉をかき消すように――まるで聞こえていて、恥ずかしさをごまかすように発した、彼女自身を奮い立たせる言葉のように武には思えた。

 気をとられていても身体は動き、シャトルの落下点へと入る。


「らぁ!」


 早坂の闘志に当てられてか、武もスマッシュに力が甦る。バンッ! と空気を震わせる音に遅れてストレートに進んだシャトルは、早坂のラケットに止められた。クロスネットへ持っていくには余裕がなかったのか、跳ね返すようなショートロブ。武はスマッシュを打った勢いをそのままに前へと詰めて、ロブを相手コート奥へと飛ばした。

 すぐさま中央に戻って次の手を予想する。右奥へと飛ばしたことで、今までの早坂ならば武の左前方へのクロスドロップを鋭く切り込んでくるだろう。

 だが、武は彼女の視線の向きから咄嗟に右へとステップを踏んでいた。


「はっ!」


 珍しい早坂の短い咆哮。鋭く突き進むスマッシュ。それでも弾道を読めたからか、武は追いついて左奥に飛ばした。早坂も滑らかに移動して、今度もスマッシュをストレートに放った。


「この――」


 苦手なバックハンドも今回は成功し、真っ直ぐに高く上がる。早坂のいる場所へ。


「こい!」

「はっ!」


 鋭い声と早坂の視線。その場でスマッシュを待ち構え――



 右前にクロスドロップで落ちていくシャトルを、武はただ見るだけだった。



「ポイント。フォーオール(4対4)」

(完全にしてやられた)


 悔しさを堪えながら、武はネット前に落ちたシャトルへと近づいていく。今までスマッシュは決め球でしか打ってこなかった早坂の戦法。完全にそこに乗せられて、織り交ぜてきたドロップに対応することが出来なかった。


(でもどうする? スマッシュの連打にあのドロップを決められたら俺じゃ取れない)


 シャトルを拾ってふわりと空気に乗せて返す間も打つ手を考える。だが、答えは全く出ずに次のサーブに備えるためにコートの右半分の中央へと陣取った。

 と、ちょうど足に目を向けると靴紐がほどけていた。


「タイム」


 内心で思い切り「ラッキー」と叫びながら、武は屈んで紐を結びなおす。足の甲の締め付け具合を確かめながら、わざとではないがゆっくりと。その間にも頭をフル回転させて攻略法を考える。


(ハイクリアを打てばスマッシュが来る……そうか。さっきみたいに不用意に真っ直ぐ返すから――)


 きゅっ、と靴紐を縛り終え、武は何度か床を軽く蹴った。フィット感を確かめてから構えると、早坂もサーブ姿勢に入る。ふと足元に目が行って、足先とサーブラインの差が気になった。


(――ショートか!)

「一本!」


 ロングサーブの軌道。それでも武は一瞬だけその場に留まった。時間にすれば一秒にも満たず、試合を見ている由奈達も相対している早坂も気づかないほどの時間。だが、確実にその差は出ている。

 武は直前で勢いを殺してショートサーブを打つ早坂の姿を見ていた。ネットを越えたところで身体が反応し、頂点から落ちきる前にネットと平行になる軌道でシャトルを捕らえる。結果、ドライブが早坂のいない方向へと突き刺さった。


「……サービスオーバー。フォーオール(4対4)」

「絶対勝つ」


 すぐ傍にある早坂に向けて武は言った。それは傾きかけた流れを断ち切る一打を放ったことでの高揚感がそうさせたのだろう。早坂は無言でシャトルを取りに向かったが、瞳の奥に燃える炎を武は感じる。


(勝つぞ……)


 武の左手が小さく拳を作った。


 * * *


「うおら!」


 早坂がスマッシュを打ち返すのと同時に前に飛びこんだ武は、ちょうど前に飛んできたシャトルをプッシュで押し込んだ。コートではなく早坂の身体に当たり、彼女の顔が痛みに歪む。前につんのめる身体を右足で何とか堪えきってから、軽く頭を下げて謝罪した。


「すまん」

「ポイント。ナインオール(9対9)」


 武の言葉を意にも介さず、ポイントを告げる早坂。武もその無視に何かを感じることもなくサーブ位置へと戻っていく。顎が上がり、荒い息が次々と吐かれていく。そのことで体力までも虚空に消えていくように武は感じていた。


(あと……)

「セッティングするわ」


 振り向くとちょうどシャトルが返されていた。胸に当たり、そのままコートに落ちるのをぼんやりと見送ってから、屈んで取りあげる。その間にも何度も深呼吸をして体力を少しでも回復させようと努めていた。


(セッティング……あと、三点)


 従来ならば十一点で終わるゲーム。しかし、九点と十点で並んだ際には追いつかれたほうが点数を延長できるルールがある。それがセッティングポイントだった。九点ならばあと三点。つまり十二点を取れば勝ちとなる。


(早坂も明らかに疲れてるんだ……こっちが先に参ってたまるか!)


 早坂は背中を向けて顔を一度ぬぐってから武のほうを見る。武もまたゆっくりと深呼吸していた息を吸い込んだところで止め、サーブ体勢を取ってから思い切り吐き出した。


「一本!」


 最後の三点をもぎ取るために高く飛ばした。それだけで脇腹の痛みが増していく。


(体力がなくなる前に、勝負をつける!)


 その思いは早坂も同じなのか、コート内を移動する速度が今まで試合をしてきた中で最も速い。落下点に入り、ジャンプしたままラケットが振られる。


「はっ!」


 より高い位置からのクロスドロップ。おそらくは武が体験した中でも鋭さは一番だっただろう。

 だからこそ、武も思い切りシャトルが飛び込んできた場所へとラケットを伸ばすことが出来た。ここでヘアピンを打てば打ったばかりの早坂には取れないはず――


(――やっぱり!)


 武の視界に過ぎったのは飛び込んでくる早坂の姿。手首の力だけで強引にシャトルをロブで上げた。


(自分のベストショットまで囮!)


 ヘアピンを打ったなら、そのまま飛び込んだ勢いでプッシュで押し込んでいただろう。

 ロブによって飛んだシャトルを追いかける早坂。上げたといっても手首だけでラケットを振ったためにほとんど飛ばない。結果、すぐに追いつかれてスマッシュが武の身体へと吸い込まれようとした。

 だが武は飛ぶようにコートの中心に戻り、すぐさま体の中心にきたシャトルをバックハンドで打ち返す。

 執念で打ったシャトルは早坂のコート右奥へと再び戻っていく。その間に爪先立ちになってフットワークの準備を整えた。


(あと三点。全力で動ききれ!)

「はっ!」


 反対方向のシャトルにも早坂は軽く追いついてフォアハンドで打ち抜いた。武のバックハンド方向へとまた来る。そのことで相手の狙いに気づいた。


(徹底的にバックか――)


 武の弱点の一つであるバックハンド。従来はラケットを少しだけ持ち替えて打つが、ラリーの合間に持ち方を変えるやりかたを武はまだマスターしていない。よってラケットの中心で捕らえられなかったり、出来ても上手く飛ばなかった。最後にそこを突いて来るのは武の予想範囲内ではあった。


(だからって、対応できるわけじゃないだけど――な!)


 苦手でもなんとか体勢を変えて、打ちやすい体勢を作って打ち返す。コントロールは捨て、ただ相手のコートへと返すだけ。それでも、ミスってポイントにされるよりはましだった。

 ストレートに返されたシャトルを彼女は前に詰めるとラケットを横に振り、クロスヘアピンで武の右前に落とした。

 前に飛びこんだタイミングが絶妙であり、武は追いつけずにシャトルを見送った。


「サービスオーバー。ナインオール(9対9)」


 シャトルを拾いに前に行こうとした武だったが、早坂が先に早歩きでシャトルを取っていった。


(自分のペースで、か)


 拾ってから足早にサーブ位置に立つ早坂。その瞳には勝負を決めようとする光が灯っている。もう、彼女にクールという修飾語をつけることは武はしなかった。目の前にいるのは勝利に対する情熱を剥き出しにした、バドミントンプレイヤーだ。


(こい!)

「一本っ!」


 声高らかに、そして言葉でも押し出すようにサーブが放たれた。弾道はハイクリアではなく、ドリブンクリア――高く垂直に落ちてくる球ではなく、鋭く斜めに上がり、落下してくる。武は一瞬、落下点に入るのが遅れたためにやむなくクリアでシャトルを返した。


(次はクリアかスマッシュかドロップか……くそ、しぼれない)


 試合途中までならこの展開ならドロップだったろう。しかし、スマッシュやハイクリアを多用し始めた終盤では決め付けるのは危険。よって三つの可能性で思考を三等分して相手を待ち受ける。コート中央で身体を上下に揺らし、いつでも全方向へと飛べるようにしながら。

 思考と身体の差異。

 武はどこでも迎えるようにしていたはずだった。だが、ショットの可能性を三つにしぼったために、早坂が急にシャトル落下点からずれてサイドスローでシャトルを打ってきたことに咄嗟に反応できなかった。


「なん――」


 伸ばしたラケットの先に当たり、シャトルは明後日の方向へと飛んでいき、コートの外へと落ちた。


「ポイント。テンナイン(10対9)」

(考え読まれてたりするのか?)


 早坂の思いもかけない行動に混乱しながら、武はシャトルを拾って返した。ただ、奇襲だとしても計算だとしても、今の一点は大きいことは感じている。


(サーブ権が移ったあとの得点。このまま押し切られる前に取り返さないと)

「一本!」


 滑らかに描かれる円軌道。打ち出されたシャトルは、宙を切り裂いて武へと降り注いできた。


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