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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
21/365

第021話

(流れを止めるには――)


 武は一瞬、シャトルから目を離して早坂の位置を探ると彼から見てコート中央よりも少しだけ右寄りだった。空いているコート左端へとスマッシュを渾身の力で叩き込む。しかし、その軌道は完全に読まれていたのか、早坂は迷うことなくシャトルを追っていく。


(囮!)


 わざとコートに隙をつくることで、そちらへと武のシャトルを誘導する。来るところが分かれば威力があっても早坂ならば打ち返すのは容易だろう。


「はぁっ!」


 追いついた勢いを加えてラケットが振られる。ドライブ気味にシャトルは鋭く武がいる場所の反対へと飛んだ。打ち込んだ場所から見て対角線上に。


(きた――!)


 スマッシュを打たされたのだと分かった瞬間、武の身体は動いていた。けして考えたわけではなく、横に飛ぶように移動したことに彼自身も内心で驚く。無論、それを深く考える余裕など無い。

 ラケットを伸ばして振り切ると、更にカウンターとなった。ストレートのドライブが早坂のコートへと突き刺さった。


「サービスオーバー。ナインテン(9対10)」


 足早に落ちたシャトルを拾い、返してくる早坂。すぐさま構えて武に速く打つように誘う。

 慌ててサーブ体勢を整えたところで、武は我に返る。


(俺もペースを守れ!)


 ふっ、と息を一度大きく吸い込み、ゆっくりと吐く。周囲の空間が身体の中へと吸い込まれていき、体内で再び具現化する。そんな、世界を包み込んで見下ろしている自分を想像してから武は目を開けた。一気に焦りが消え去る。

 スコアは10対9。けして焦る点数ではない。


(いや、例え11対9だろうと焦ることはないんだ……。最後の12点目を先に自分が取ればいいんだから)


 波立つ精神の海が治まっていくイメージ。荒い息さえも消え、早坂だけを視界に入れる。


「一本!」


 シャトルが左手から離れ、ラケットの軌道上に落ちた。

 確実にラケットの中心で、シャトルコックを叩く。渇いた音。それも、今までのサーブとは比べ物にならないほどのタイミング。おそらくは、打った武にしか分からない会心の一撃。

 高く上がったシャトルが垂直に落下し、すぐさま移動して下に入った早坂は十分な体勢を取って思い切りラケットを振りぬく。しかし、ショットの先には武が回り込んでいた。


「ぁら!」


 スマッシュと言えるほど深くなく、ドライブといえるほど直線でもない。中途半端なショットは武の真正面へと飛び込み、絶好球となる。それを逃す武ではなく、確実に早坂のコートへと叩きつけた。


「ポイント。テンオール(10対10)」

「ストップ」


 ラケットをシャトルの下に滑らせて浮かせると、打って返してくる早坂。それまでちゃんと手に持ってからサーブして返していたのに、と武は違和感を覚えた。


(さすがに追い込まれて余裕がなくなってきたか?)


 今の返球も早坂らしくないミスショットと言わざるを得ない。スマッシュを打とうとして力んだといったところだろう。

 武にとってピンチがチャンスへと瞬時に入れ替わった。


(ここで決めれば、一気にいける!)

「一本!」

「ストップ!」


 武と早坂の声が重なる。早坂もまた徐々にだが必死さが表れていた。武にはその意味がぼんやりとしか分からないが、多くの強い者達と戦ってきた早坂の必死さには特別の意味があった。


 すなわち、次のポイントを取られるか取られないかで勝負がほぼ決まるということだ。


 まだ試合経験が浅い武には理解出来ないが、コートを包む雰囲気が身体を反応させている。自分の集中力が今までで最も高くなっていることには、気づいた。

 勝負を決めるサーブが、中空を舞った。


「はっ!」


 ストレートスマッシュが武の右側を抉ってくる。身体を咄嗟に左に移動させ、ラケットの中心でシャトルを打ち返すとクロスで前へと落とす形になる。武にとっては打ち損ねだったが早坂には想定の範囲内らしく、すでに前に詰めている。

 手首のしなりを利用して、ヘアピンを繰り出す。シャトルはほとんど浮くことなくネットを越えて武のコートへと落ちていく。


「うおら!」


 落ちる寸前に体勢を低くして飛び込み、ラケットを真上に振り上げた。角度がほとんど無かったため、遠くに飛ばすことが出来ずに早坂は数歩下がっただけで打つ体勢を整えた。


(どこだ……)


 位置は互いにコートの左側。定石ならばクロスにスマッシュを放つか武の真正面にスマッシュを叩き込むか。どちらにせよ取りにくく、普通の場面なら武も諦めてしまうだろう。

 だが、武はシャトルが落下してくる間にコートの中央へと移動した。早坂の顔に走る動揺を、武は見切る。


(これでどう打つか迷うだろう!)


 クロスのスマッシュを打てばインターセプトされる可能性。逆にストレートは決まる可能性は高まっただろう。

 だが、それぞれの決まる確率は武にも分かっている。


(ストレートは読まれていると、思うんじゃないか!?)


 視野が狭いプレイヤーならば武の移動を気にせずに渾身の一撃を叩き込むだけだろう。

 しかし、早坂は相手の動きを見て裏をかくショットを打つタイプのプレイヤー。しっかりと武の動きを見たために、かえって次のショットに迷いを持ってしまった。


「こい!」


 武の気合と同時に早坂はショットを放つ。それに合わせて、武は右側にラケットを伸ばした。

 放たれるクロススマッシュ。

 武が振り切ったラケットはシャトルを捕らえることが出来ず、シャトルはコートに叩き付けられた。


「――――」


 シャトルの行方を見ることが出来ず、武は少しの間硬直していた。シャトルはコートの外に転がっている。ただ、たたきつけられた場所がコート内ならばサービスオーバーだ。

 ゆっくりと前を向く。視線で問い掛けると、静かに早坂は答えた。


「……アウト。ポイント。イレブンテン(11対10)」


 スマッシュは、シングルスのサイドラインを超えていた。


(意識しすぎたか……)


 ラケットで捕らえられなかったが、結果的に早坂のミスを誘えたことに武は安堵のため息を洩らす。シャトルを拾ってサーブラインの前に立つと、最後に向けて叫ぶ。


「ラスト一本!」


 打ち上げた瞬間、武は息が詰まった。胸部を打ち付けた影響が今頃出てきたのかと顔をしかめるも、強引に痛みを意識の外に追い出して中央に構えた。


(あと少しなんだ――)


 早坂からくるクロスドロップ。前に飛び込んでラケットを跳ね上げるのも一瞬痛みが走り、動きが遅れた。


(なろ!)


 振り切れば間違いなくコートの中途半端な位置にしか飛ばないだろう。そう思った武は急遽、腕の振りを止めた。その結果、シャトルは少しだけネットの上に伸びたが、綺麗な山形を描いて早坂のコートへと落ちていく。そこに飛び込んでくる彼女の脚が見えて武は後ろへと下がった。プッシュを打たれるならば今の位置では無理。

 飛び退いて右足をストッパーにする。だが、早坂は良く見ており、ヘアピンで更に返してきた。念を入れてなのかクロスドロップを。


「来た!」


 しかし、武はヤマを張っていた。後ろに下がったならば必ずクロスヘアピンを打ってくるだろうと。今まで、武がいる場所の最も遠くへとシャトルを打ってきた早坂だからこそ読めた、相手が自らの勝利へと繋げる道。

 完璧に読んだ軌道。難しい高さだったが、体勢を思い切り前傾にした武はプッシュを叩き込む。


「うおら!」


 一瞬だけラケットを前に押し出してから、武はネットに触れないように身体をひねったためコートの尻餅を付いた。身体を半回転させたために早坂に背中を向ける形になる。シャトルの行方を見るよりも胸の痛みを抑えるため、武は動けなかった。


「は……はっ……はっ……」


 荒い息を何とか収めようと武は脱力する。その耳に、早坂の声が届く。


「ポイント。トゥエルブテン(12対10)。マッチウォンバイ、相沢」


 三ゲームまでもつれた試合の、一瞬の結末だった。

 ゆっくりと立ち上がり、振り向く。胸の痛みは少しあったが、酷いものではない。


「……ありがとう、ございました」


 そう言ってネットの下に手を通して握手する。互いの手は熱く、試合の余韻が残っていた。


「強くなったね」


 早坂からかけられた、思いがけない言葉。武は思わず口を開けて彼女を見た。


「何?」

「……ありがと」


 それだけしか言えずに、武は手を離す。疲れがどっと出てきた身体。そして、こみ上げてくる実感。


(俺は……勝ったんだ。早坂に)


 武は腰の位置で右拳を握り、小さくガッツポーズを作った。



 ◆ ◇ ◆



「お疲れー」

「お疲れ」

「また明日ー」


 体育館を時間一杯まで使い、武達は別れた。早坂は他のメンバーとは少し道が違う。よって一人、自転車に跨り進む。その彼女の背中へと声がかけられた。


「早さーん」

「? 由奈」


 少なくない驚きと共に早坂は振り返る。そこに映る由奈の姿。学校帰りならばたまに一緒に帰ってはいるが、今回のように体育館からならば、むしろ遠回りになる。


「どうしたの?」


 率直に思ったことを口にする早坂に、由奈は少しだけ気後れするように顔をしかめつつ、自転車を平走させて呟く。


「武に負けて、落ち込んでるかなーと」

「まさか」


 鼻で笑い、しかしすぐに虚勢は消える。他の友人達の前ならば保てたであろうポーカーフェイスは、由奈の前には消えていた。


「……嘘。確かに落ち込んでる」

「そうだよね。私もだもん」


 思いもかけない由奈の告白。ちょうど信号に引っかかり、自転車が止まったのを気に問い掛けた。


「どういうこと?」


 由奈は中空に目を彷徨わせて、言葉を選んでいるようだった。少しして思考をまとめたのか、早坂の顔をしっかりと見て言葉を伝える。


「私さ。武に、嫉妬してる」

「相沢に……?」

「そう。だって。同じ時期から始めたのに、いつの間にか早さんにまで勝っちゃうんだもの」


 由奈は視線を落としてため息をつく。含まれた感情が、自分の持っている負のそれと同じだと気づいた早坂は、少しだけ微笑みを浮かべた。下を向いていた由奈は気づかなかったが。


「由奈に意地張っても仕方がないよね」


 その言葉に由奈が顔を上げた時には、早坂の顔から笑みは消えていた。それでもかすかに残るそれは、彼女の顔を温和に見せている。


「相沢に負けて、かなりショックだったよ。今まで楽勝だったのに今日のあいつは本当に強かった。いや……強くなった」


 早坂自身、思ってもみないほど言葉に出すことが出来た。

 すんなりと語るもの。精神的な弱さからくる、劣等感。結んでいた状態から解放された長い髪の毛を手で触りながら、試合の熱の余韻を飛ばす。


「でも、今度は負けないよ」


 強い言葉もまた、彼女が意識せずに出したものだった。武と試合した後からずっと心にあった悶々とした思い。それが由奈を前にして一気に形になる。


「……そうだね。私もがんばらないと」


 信号が青になり、二人は笑いながら自転車をこいでいく。

 空が少しだけ明るく見えていた。


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