再会の連続
選択の星の結愛が横たわっているベンチへ向かうと、そこには結愛を見守る仲間がいた。
彼女を見てみるが、まだ目を覚ましていない様子だ。
俺たちは意識が戻るまで待つことにした。
「どうだった? 何か分かったことはあったかしら?」
「ああ。内容が濃すぎて頭がパンクしそうだけどな」
「それなら少し休め。俺とシャルロットが彼女を見ててやるから」
「ありがとう。でも悠長にはしていられないんだ。俺が見てきたことを全て話すよ」
俺は仲間と別行動してから経験したことを二人に話した。
二人は驚き、時に悲しみ、俺の揺れ動いてきた心に共感してくれた。
そのおかげで俺の心は軽く、澄んだものへと徐々に癒やされる。
仲間との時間は大切なものだと、改めて思い知った。
「過去にそんなことがあったのか……。幸一。おふくろが泣いていることに気づいたって辺りから、我慢ならなかったぞ……」
「ちょっ、まさかのレオが感動するの!? こういうことでは動じないと思っていたよ」
「この涙もろい人が悪意に目覚めて狼男になったなんて、信じられないわ」
「あれは一時の気迷いだ! それに涙もろい訳でもない。久しいぞ、こんな気持ちになったのはな」
二人のやり取りはどこか懐かしく、俺と結愛の口喧嘩を彷彿とさせる。
俺たちはまた過ごせるのか?
こんな他愛のない時間を……。
記憶を辿っていると、不意に創始者の揺れる両足がフラッシュバックした。
あの光景は酷く衝撃的で、罪悪感は未だに拭えず、忘れることもできないだろう。
そして俺はどんな悪党でも命を奪わないと誓ったのに、すぐに背いてしまった。
つまり俺は、どうしようもないクズってことだ。
「おい、幸一。深刻そうな顔をしているぞ。何か思い詰めているのか?」
レオが優しく声をかけてくれる。
こんな弱音は吐きたくなかったが、そうせずにはいられなかった。
「創始者は平和な世界を望んでいたんだ。そんな聖人君子の命を奪ってしまった。俺は悪人を通り越して、ただのゴミクズ野郎だよ」
「亡くなったのは、お前が手を下したからじゃないだろう? それにソイツは勝手に幸一に期待して、勝手に失望して自死を選んだ。だからお前のせいじゃない。もう考えるな」
「だけど……」
俺が自分を責めようとすると、レオは俺の肩に手をかけて言った。
「お前はたくさんの人の命を守ることを選んだ。この世界を手放してまでな。だから幸一はゴミクズなんかじゃない。人々の命を守る、ヒーローだ」
レオのその言葉に、俺の心は救われた。
俺は弱気な顔を止めて、勇ましい表情を浮かべる。
すると二人は、笑顔で俺の再起を祝福してくれた。
「ありがとう。二人共」
「いいってことよ。じゃあ次は、さっきの話の中で出てきた世珠って物のことを話し合おう。幸一はそれを割って、故郷へ帰るつもりなんだな?」
「ああ。二人の意見も聞きたい。どっちを選びたい?」
レオとシャルロットは顔を見合わせると、笑みを交わしてから俺のほうを向いた。
「俺はどっちでもいい。シャルロットといられるならな」
「それってつまり、この世界に留まりたいってことか?」
「違うぞ。あれ、幸一には話していなかったか?」
何のことか分からずに困惑する。
彼女と一緒にいるには、この世界を無限にするしかないはずだ。
それなのにどっちでもいいって、どういうことだろう?
「実は俺とシャルロットは、同じ世界から来たんだ。互いの元々いた世界のことを話し合った時に分かった。だからどっちでもいいんだ」
「そうだったのか!? 良かった、それだと都合がいい。シャルロットはどう思う?」
「お姉さんもレオと同じ考えよ。お母さんとお父さん、それにルイと別れるのは寂しいけど……。一番はなれたくないのはレオなの。だからどっちでもいいわよ」
「本当にいいのか? 家族と別れて……」
シャルロットは悲しげに微笑むと、ある出来事を話してくれた。
「お姉さんね。レオを迎えに行った時、ついでに地元の星へ寄ってたの。そうしたら、ルイが釈放されていてね。それで二人で話し合った結果、両親の元へ行くことになったの」
「そうだったのか……」
レオを迎えに行くだけにしては、戻ってくるのが遅いとは思っていた。
その理由は、ルイと両親に会おうとしていたからか。
「両親がいる星のことはレオが詳しかったわ。案内してもらったらすぐに見つけることができたの。会った直後は心底おどろいて、危険な場所に来たことを怒っていたけれど、すぐにお姉さんとルイのことを抱き締めてくれたわ」
その場面が即座に頭へ浮かんでくる。
両親もルイもシャルロットも、最高に嬉しかっただろうな。
長いこと手紙すら送っていなかった家族に、再会できたのだから。
「ルイはいま両親の元で一緒に暮らしているわ。ルイが長年、抱え続けてきた願いが叶ったのよ。それだけでお姉さんはもう十分だわ。後はレオと一緒にいることができれば、それでいいの」
「そうか……シャルロットは弟想いだな。そして二人と俺の望みが食い違わなくて良かったよ。これで少し肩の荷が下りた」
俺が安心のため息をこぼしていると、不意にレオが話しかけてきた。
「なあ、幸一。これを見てくれ」
レオがそう言いながら、右腕の袖をまくる。
するとそこには予想外の現実があった。
「これは……」
「ああ。右腕だけ狼男の状態から、元に戻らなかったんだ」
今の今まで、このことを俺は知らなかった。
知っていれば何かできた訳でもないのだが。
だから俺は、ただそれを眺めることしかできなかった。
「別に、だからどうって訳じゃない。伝えたいのは、幸一が俺にきっかけをくれたってことだ。お前が暴走した狼男に追い詰められているところを見て、シャルロットは俺の気を引き、そしてキスをした。その瞬間、俺は気づいたんだ。俺が求めていたものは承認ではなく、彼女だったってことにな」
初めて会った頃のレオからは、考えられないような言葉だった。
本当に変わったんだな、レオ。
彼は俺がきっかけだと言ってくれたが、実際はシャルロットのおかげだろう。
二人の幸せが実るように末長く結ばれて欲しいと、心から思った。
「んっ……」
微かに声が聞こえて、俺はすぐに結愛へ近づいた。
「結愛!!」
「幸一さん……」
彼女は目を薄く開けて、俺のほうを向く。
そこには久しく見ることができた、結愛の瞳があった。
「結愛、大丈夫か? どこも悪いところはないか?」
「はい……」
俺は彼女の手を握りながら、小さな頭を撫でた。
良かった、無事に目を覚ましてくれて。
結愛がいなくなったら、俺は……。
「長い間、夢を見ていました」
「そうか。不安だっただろう?」
「そうでもなかったです。見ていたのが、幸一さんと踊る夢だったので。むしろとても幸せな時間でした」
結愛と俺が踊る夢か……。
おもむろにその情景が、頭の中に浮かんでくる。
そしてそれが幸せな夢だったことも理解できた。
俺たちは多分、同じ世界から来ている。
しかし、そうだとしてもこの世界から去った後に、また必ず会える保証はどこにもない。
だから俺は、最後になるかもしれない幸せのプレゼントを、結愛へ送ることにした。
「にゃてん。ちょっといいか?」
俺が声をかけると、彼女は嫌な予感を察したような顔をした。
申し訳なさそうに俺がある頼み事をすると、怒りと感動が混ざり合った何とも形容し難い態度で答える。
「しょうがないなあ! いま凄く危険な状況だって分かってる? もしあんたがこの世界を選ばしてくれなんて頼んできてたら、ぶっ飛ばしてるところだよ!!」
にゃてんは膨れっ面になりながら、渋々ワームホールを作ってくれた。
ありがとう、恩に着るよ。
「感謝はちゃんと言葉にして伝えたほうがいいぞ!!」
「ありがとう、にゃてん!」
俺は急いで結愛の元へ戻ると、彼女を誘った。
「結愛。俺と一緒に踊ってくれないか?」
「えっ……」
少しのあいだ見つめ合ってから、彼女は心良く引き受けてくれた。