かえる
◆ 一 ◆
ぎいちが学校へ通い出して一か月がすぎました。
今日は風がかおる五月のある日です。
ぎいちは一年生の教室で、タヌキの木田きぬ先生のじゅぎょうを受けていました。
きぬは、ぎいちのとなりの席にいるたきのお姉さんです。
このクラスには、ほかにネコの小松くん、ブタの多田くん、イヌの縫本くんがいます。
「はーい、それでは宇木くんから読んでもらうね」
「はっ、はいっ」
いきおい良く席を立つと、イスがガタッと音を立てました。
「座ったままでいいよ」
「え?」
キョトンとした顔できぬを見ます。
「立って読みたいの?」
きぬは笑いそうになるのをがまんしました。
「はい!」
コックリとうなずき、両手で教科書をもちます。
「ウサギが、カメを、バカに、してひるね、を、はじめました。カメは、そのあいだ、に、がんばってあ、るきます。……どんどん、どんどん、さきへ、すす、みます。カメは、とにかく、あるき、ました」
「はい。どうもありがとう。座っていいからね」
「はい!」
イスに座り、ガタガタと音を立ててイスを前へよせます。
ぎいちは大変なしごとをおえて、一息つきました。
そして、きぬの話を聞かずに、まどの外を見ます。
ぽっかりとうかんだ雲をながめて、ゆっくりとながれて行くようすを楽しみはじめました。
一匹でニヤニヤとしていると、きぬがぎいちの前へ来ました。
「宇木くん」
声をかけられたぎいちは、おどろいて前を見ます。
「はっ、はははいっ」
ぴんと背すじをのばしました。
「よそ見はダメだよ?」
「ごごっごめんなさいっ」
きぬはほほ笑むとうなずきます。
「あせらなくていいからね。ゆっくりでいいんだよ」
「はっ、はいっ」
ほかの四匹も、自分のことのように背すじをのばして聞いていました。
じゅぎょうがおわりをつげるカネが鳴ると、ぎいちは一安心。
「国語の時間はここまでです。おトイレに行きたい子は行ってね」
そう言うと教室を出て行きました。
きぬがいなくなった教室はみんなの声であふれます。
「ぎいっちゃん、よそ見はダメだよぉ」
たきにまで言われてしまい、ぎいちは笑いました。
「あはは。ついそとをみちゃうんだよね」
「ぎいっちゃん、そろそろおとうさんがかえってくるって言ってたでしょ。それでじゃないの?」
「そう、とうちゃんがかえってくる! うふふふ」
ぎいちのにやけ顔を見たたきが、つられて笑顔になります。
「おじさんと会うの、ひさしぶりだなぁ。げんきなのかな?」
「とうちゃんはげんきにきまってる」
たきは目をてんじょうに向けて、ぎいちにもどしました。
「おじさんがびょうきになってるとこ、そうぞうできないね。あはは」
「げんきいっぱいだからね!」
「ぎいっちゃんといっしょだね」
「うん!」
笑顔で大きくうなずきます。
「ぼくもおじさんにあえるの、とってもたのしみだよ」
「そう! いっしょだね! あそびにきてね!」
「かえりみちによるよ。その方が早いよ?」
「あはは。そうだね」
ぎいちもたきも楽しみのようです。
ぎいちの父親は一体どのようなどうぶつなのでしょうか。
◆ 二 ◆
そのころ、村ではさわぎが起こりはじめていました。
「クマが出たぞー!」
「あらくれグマだー!」
「家にこもれー! 家へ入るんだー!」
クマは大きなサケをぼうにさしてかついで、ゆうゆうと歩いています。
サケはとても大きな魚でしたが、クマはそれよりも大きいのです。
「いやあ、このへんはかわってないなぁ……」
まわりがさわいでも、まったく気にするそぶりはありません。
クマというだけでさわがれることは、いつもだからです。
じっさいにクマはらんぼう者で、ほかのどうぶつたちにめいわくをかけています。
そういうクマもたくさんいますが、このクマはそうではありません。
けれど、悲しいことに、そうは見てもらえないのです。
それでもクマにはどうすることも出来ずに、なるべくかかわらないようにして、目的地へ向かいます。
一方、学校では空を飛んで来たハトの久留野によって、クマのしゅう来を知らされました。
「ええっ、クマが!」
それを聞いておどろいたのは校長先生であるウシの持木でした。
「もー、クマったなあ……」
「ダジャレを言っている場合ではないのですよっ」
久留野にしかられた持木は苦笑いをします。
「わはは、すまない。でもクマならもしかしたら……」
思い当たることがあるようで、れいせいになってしまいました。
「おちついていられることですかっ」
こうふんしている久留野のかたをたたいた持木がほほ笑みます。
「まぁまぁ、こういう時はおちついて行動しないと、ね?」
「一年生の下校時間をおくらせましょうっ!」
持木と久留野の話が聞こえて来たきぬが、二匹のそばへ行きます。
「一年生の下校時間をおくらせるって聞こえましたが……、どうかしたんですか?」
久留野がきぬをみると、こわい顔をします。
「クマが来たんだよ、クマが!」
「一匹ですか? ふく数ですか?」
「一匹だけど、らんぼう者のことだ。なにをするか分からないからね」
きぬが持木を見ると、持木は大きく目を開いて見せました。
「クマで一匹なら、もしかしたらわたしの知っているクマさんかも知れません」
「えええっ!?」
しょくいん室に久留野の声がひびきわたりました。
ぎいちをはじめとした五匹は帰りじたくをすませて席に座っています。
きぬがそれを笑顔で見ていました。
「はい、それでは今日はここまででーす。気をつけて帰ってね」
「はーい!」
ぜんいんがへんじをしました。
きぬはうれしそうにうなずきます。
「それではみんな、立ってくれるかな?」
ガタガタと音を立ててイスを引き、さいごのぎいちがイスをつくえに入れるおわるとしずかになりました。
「それでは、さようなら」
「せんせい、さようなら!」
あいさつをすませると、ぎいちはにもつをもって、たきのそばへ行きます。
「かえろ!」
「うん」
「これもつ」
「ありがとう」
きぬは仲良しの二匹を見て、やっぱりうれしそうにニッコリとほほ笑んでいます。
たきはとちゅうでつかれて歩けなくなりますが、ぎいちに背負ってもらって帰っていました。
少しずつですが体力がついているようで、その時間も短くなっています。
そして、ぎいちの家へより道をして、少し休んでから家へ帰っていました。
今日もまた、そうしてぎいちの家へたどりつくよていです。
◆ 三 ◆
ぎいちがたきを背負って、ゆっくりと歩いていました。
もう少しでぎいちの家につきそうです。
たきはだまって、ぎいちにしがみついています。
「ぎいっちゃん、がんばって」
大体はだまっていますが、時々はこうしておうえんをします。
「うん、がんばるからね! もうすぐつくからね!」
ぎいちは笑顔でこたえました。
それはまるで、自分に言い聞かせているようでもあります。
「ああ、やっぱりそうだ。ぎいち!」
後ろから声がして、足を止めました。
この声には聞きおぼえがあります。
ぎいちはゆっくりとふりかえりました。
やっぱり、声のぬしはぎいちの知っているどうぶつです。
「とうちゃん! おかえり!」
ぎいちはニッコリとほほ笑んで近づきます。
茶色の毛なみの大きな大きなクマのゆうがニッコリとほほ笑みかえしました。
「ただいま。たきくんを背負ってどうしたんだい?」
「たきくん、つかれたの。ボクがせおってかえってる」
「どうれ、父ちゃんが代わろう」
「ん、だいじょうぶ! ボクがたきくんをせおうからね」
「おじさん、こんにちは」
たきもあいさつをします。
「こんにちは。ひさしぶりだね」
「はい」
「今日はサケがあるから、夜はお母さんときぬちゃんをつれて、うちに食べにおいで」
そう言って、背負っているサケを見せました。
「わあ! さかなだ!」
「おおおお! さかなだ!」
たきにつづいて、ぎいちも大きな声を上げます。
「常岡さんもよびに行かないとなぁ」
常岡さんはキツネの一家で、くろうの家ぞくのことです。
「ボクもいっしょにいく!」
「それは助かるね」
「それじゃあかえろう!」
ぎいちはまた家に向かって歩き出します。
ゆうもいっしょに、ぎいちの歩はばに合わせて、ゆっくりと歩きます。
「おしごとはどうだったの?」
「うん。大きな橋をつくって来たよ。これでハチさんのところへ、ハチミツを買いに行けるどうぶつがふえるね」
「そうなんだね! よかったね!」
「おじさん、すごーい!」
「ふふふ。ありがとう」
ゆうはうれしそうにお礼を言いました。
ぎいちの父親のゆうは大きなたてものをつくるしごとをしています。
橋もつくりますが、家もつくります。
色々な場所を回ってそういうものをつくっていて、家にはいないのでした。
力もちのゆうは、自分のしごとにとてもほこりをもっています。
むすこのぎいちが、たきを背負って、力強くそだっていることを見て、とてもうれしく思いました。
――たきくんを思いやれるいい子にそだってくれているみたいで良かった。ほかのどうぶつにもこうであってくれるだろう。
そして、むすこのことも、しごとと同じようにほこりに思っていました。
たきを背負うぎいちをやさしく見守りながら家へ向かいます。
◆ 四 ◆
ゆうは家につくなり、庭でサケをさばきはじめました。
ぎきちが、ひさしぶりにゆうと会い、かんどうをしています。
「元気そうでなによりだよ」
「お父さんもお元気そうで良かったです」
「それにしても、今回もまた大きなサケだね」
「はい。おみやげはやっぱりこれが一番だと思いまして」
二匹が仲良く話しているすがたを、ぎいちとたきはえんがわに座って、ニコニコとほほ笑みながら見ています。
今日は、近所の家ぞくをよんで、サケなべ会です。
夕方前になると、ぎいちはゆうといっしょにたきの家へ行き、その後にくろうの家へ行きました。
ぎいちの家のなべだけでは足りませんから、それをあずかって帰ります。
くろうの家は大家ぞくで、なんと、なべが五つもありました。
ぎいちは家へ帰ると、ゆうとぎきちとたきの四匹で夕食の用意をはじめます。
今日は家の中ではなく、外で用意です。
もって帰って来たなべにとれたての野菜と、ゆうが切り身にしたサケを入れて、いっしょににます。
手ごろな石を丸くかこんで、その中へすみを入れます。
そして、その上になべをおきます。
なべにフタをして、ぐつぐつとにえてもまだおいておきます。
ゆうは、にている間に手早くイスをつくってしまいます。
ぎいちの家ぞくは三匹、たきの家ぞくは母親のたえときぬとたきの三匹、くろうの家ぞくは父親と母親、それから十二匹兄弟で十四匹になります。
その中でも、ゆうのイスはとびきり大きいものになりました。
ぎいちはたきと二匹でならんで座ります。
「おおきいね!」
「ほんとうだね。ふふふ」
二匹は楽しそうにしてします。
見る見る内にイスが出来上がって行くようすを見ている二匹は、かんしんしていました。
「もうイスがあんなにあるね。すごいねぇ……」
「いくつあるの? いち、に、さん、し、ご、ろく……、いっぱいあるね!」
「あはは。ぎいっちゃん、さいごまでかぞえないとね」
「じゃあ、たきくんがかぞえて」
「うん。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二、十三、十四、十五……。十五だね!」
「おお、たきくんってば、すごーい! そんなにかぞえられるの?」
ぎいちは目を丸くしてたきを見ます。
たきはそんなぎいちを見て、笑顔になりました。
「すごいでしょ! ぎいっちゃんもすぐにかぞえられるようになるよ?」
「えー、ろくのつぎがわからない」
「七だよ、七」
「しち」
「次が八」
「はち」
「九、十」
「くう、じゅう」
「く!」
「く、じゅう」
「そうそう」
ぎきちはなべを見ながら、その会話を聞いてほほ笑んでいます。
ゆうも同じようにほほ笑んで聞きながらイスをつくっています。
なべがにえていると、キツネの一家がぞろぞろとやって来ました。
しかし、半分くらいしかいません。
「くろうくん! みんなもいらっしゃい!」
「おう、ぎいち! こんにちはー。おじさん、お帰りなさい」
「みんな、ひさしぶりだね。ただいま」
「うちはまだそろってなくて、後からまだ来ます」
「それじゃあ来た子たちから食べよう」
「わーい!」
「野菜もサケもいっぱいあるから、どんどんお代わりしてくれよ」
「はーい!」
元気いっぱいにへんじをしたのは、ぎいちでした。
◆ 五 ◆
キツネの一家は、ぎいちより年下の子がいます。
くろうの下にいる、じゅうろうた、じゅういちた、ひふみの三匹がそうです。
ぎいちは自分の弟や妹のように思っていました。
「じゅうろうた、いれてあげる。おわん、かして?」
「ごろうにいちゃんにやってもらうー」
ぎいちはガッカリしました。
それでもじゅういちたに向かいます。
「じゅういちた、ボクがいれてあげるー!」
「オレがするからいいよ。ぎいち、ありがとうな」
ろくろうに言われてしまい、ガッカリしました。
ひふみに目を向けると、くろうが世話をしていてさらにガッカリしました。
「ぎいっちゃーん、こっちにおいでー」
たきに声をかけられて、そちらを見ます。
手まねきをしているたきと、ぎきちのすがたが見えました。
それから、たえもいます。
ぎいちはそちらへ向かいました。
「こんばんは!」
「こんばんは。おまねき、ありがとうね」
「うん! きぬちゃんは?」
「まだしごとなの。ぎいちもここでいっしょに食べましょう?」
「うん! そうする」
ぎきちがおわんに入れてくれて、わたしてくれます。
「はい、ぎいち」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
笑顔のぎきちをみて、ぎいちも笑顔になって、それをうけとりました。
たきのとなりに座って、今度ははしをわたされて手にします。
「いただきまーす!」
「どうぞお上がりください」
ぎいちはサケをはしでもち上げて、フーフーといきをふきかけて、それをほおばりました。
「はほはほはほ」
思いのほかあつくて口の中でさまします。
ぎきちはそれをニコニコと笑顔で見ていました。
「もっと冷まさないとね」
「ふん、ほうあね」
へんじをしたぎいちは、まだあつそうです。
「はふ、んっ、ふんふん。おいひい」
その笑顔を見た三匹も、ニッコリとほほ笑みました。
キツネの一家ののこりがぞろぞろと来たり、きぬが来たりしてみんながせいぞろいします。
それはそれは、とてもにぎやかな夜となりました。
ゆうが帰って来た時は、雨がふらなければ毎回がこうです。
みんながおなかいっぱいになって、大まん足でした。
ぎいちはひふみをひざに座らせて、うれしそうにしています。
「ひふちゃん、うちのこにならない? ボクのいもうとになろうよ」
「ぎーちゃん、しろいからいや。すぐよごれる」
「ひふちゃんがキレイキレイしてくれたらいいでしょ?」
「やーだー。くろーにーちゃーん」
「ぎいち、わるいな……」
ひふみはくろうに手をのばして、くろうのひざへうつります。
ごろうがそれを見て、笑いました。
「わはは。やーい、ぎいち。ふられてやんのー。わはははは」
一匹だけ楽しそうに言い、まわりからあたまをこづかれたり、しかられたりしています。
こうして楽しい夜がおわり、ぎきちがやいたサケをもって、それぞれが帰って行きました。
のこった三匹はかたづけをしたあと、ひさしぶりのだんらんをすごします。
いつもは二匹で過ごす夜も、三匹になるとにぎやかです。
けれど、話しているのはぎいちばかりでした。
ゆうがいない間にあったことを、いっしょけんめいに話します。
その話を、ゆうも楽しそうに聞いています。
ぎきちはそれをほほ笑ましそうに見ています。
丸い月が夜空をてらしている日のことでした。




