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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第5章 ヴァレスト公爵領

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第53話 武具の綻び

 公爵領での日課が決まってから、三週間ほどが過ぎていた。


 朝はルークと剣の稽古。

 昼まではセレナと勉強。

 午後はユリウスか筆頭執事について、公爵領の運営や現場を見て回る。


 忙しい。

 だが、嫌ではない。


 むしろ、ようやく身体と頭がこの流れに慣れてきたところだった。


 朝の剣は、相変わらず得意とは言えない。

 というより、はっきり苦手だ。


 それでも最初の頃よりはましになった。

 構えで笑われることは減ったし、木剣を振った時に自分で変なところへ力が入っているのも、前よりはわかるようになった。


 ルークはそのあたりの変化にすぐ気づくらしく、よく言う。


「最初より全然いいよ」


「最初がひどすぎただけじゃない?」


「それはそう」


 そこは否定しないのか、と毎回思う。


 でもまあ、ルークが年相応に明るく笑いながらも、自分の修行はきっちり続けるやつなのは、この三週間でよくわかった。


 剣も。

 馬も。

 領軍の人間とのやり取りも。


 いずれこの大きな領を率いるつもりでいるからこそ、遊び半分で終わらせない。

 そういうところは、素直にすごいと思う。


 ◇


 その日も、朝の訓練場には冷たい空気が残っていた。


 兵たちはすでに動き始めている。

 槍を打ち込む音。

 盾がぶつかる音。

 号令。

 土を踏む足音。


 公爵領の軍は、ハル領の兵たちより明らかに層が厚い。

 装備も良い。

 動きも揃っている。


 ルークに剣を教えている教官が、今日もこちらを見て軽く顎を引いた。


「始めましょう」


「お願いします」


 木剣を握る。

 足を開く。

 重心を落とす。


 ――前よりは、少しだけまし。


 少なくともそう思いたかったが、すぐに現実がそれを打ち消した。


「肩」


「はい」


「力が入っています」


「はい」


「今度は腰です」


「……はい」


 やっぱり難しい。


 隣ではルークが、きちんと打ち込みを返している。

 まだ少年の剣だが、形は確実に整ってきていた。


「リオン、受ける時に腕だけで止めようとしすぎだよ」


「見てわかるんだけど、体がそうならないんだよ」


「不思議だなあ」


「こっちも不思議だよ」


 そう言いながら息を整え、木剣を下ろした、その時だった。


 武器台の方へ目が向く。


 訓練用の木剣だけじゃない。

 その横には、兵たちが使う剣や槍、予備の小盾、革と金属を合わせた簡易防具が整然と並べられていた。


 一見して、どれも上質だった。

 公爵領の兵が持つだけある。


 だが、その中のいくつかに、妙な引っかかりがあった。


 視界の端に、薄青い文字が浮かぶ。


 《刃:概ね良》

 《焼き:安定》

 《綻び:弱》


 その隣。


 《外見:良》

 《内部応力:偏在》

 《綻び:中》

 《衝撃時損耗率:高》


「……ん?」


 思わず足を止めた。


「どうしたの?」


 ルークが振り返る。


「いや」


 武器台へ近づく。

 一本の剣を手に取る。見た目は悪くない。重さも、釣り合いも、そこまで不自然じゃない。


 でも、その横にある同じ型の剣と比べると、どうにも落ち着かない。


 今度は盾を見る。


 視界の文字がまた浮かぶ。


 《表面:均質》

 《留め:良》

 《綻び:弱》


 別の盾。


 《表面:見かけ上良》

 《縁金具:疲労》

 《芯材:軽微脆化》

 《綻び:中》


「……変だな」


 小さく呟くと、教官がこちらへ来た。


「何かありましたか」


「これです」


 俺は剣を一本差し出した。


「見た感じは悪くないんですけど、同じものの中に妙に弱そうなものが混じってます」


 教官は受け取って、軽く振り、刃を見た。


「問題はありませんが」


「そっちも見てください」


 別の一本を渡す。


 教官は少しだけ眉をひそめた。


「……重さに、わずかですが差がありますね」


 ルークも興味津々で覗き込む。


「でも、見た目じゃ全然わからないよ」


「うん」


 そこが気持ち悪かった。


 粗悪品、という顔をしていない。

 むしろ、ちゃんと整って見える。

 なのに綻びの目は、一部にだけ弱さを示している。


 教官は武器台と俺を見比べた。


「根拠は?」


「うまく説明しにくいです」


 正直に言う。


「でも、同じように作ってるはずなのに、出来にムラがある気がします」


 教官は少し考えてから、すぐに兵へ指示を飛ばした。


「耐久確認の木杭を出せ。それと予備盾も」


 反応が早い。

 やっぱりこの人は話が通じる。


 ◇


 簡単な確認は、すぐに始まった。


 まずは普通に見える剣から。

 教官が一定の角度と力で木杭へ打ち込む。


 鈍い音。

 刃こぼれはない。

 反りも少ない。


「問題なし」


 次に、俺が指摘した剣。


 同じように打ち込む。


 音が、少しだけ違った。


 高くて、嫌な響きだ。


 教官がすぐに刃を見て、目を細める。


「……浅い欠けが出ています」


 ルークが息を呑んだ。


「ほんとだ」


 さらに二本、盾も試す。


 普通の盾は受けても留め具が耐える。

 だが、俺が選んだ方は金具の一つが早く歪んだ。


 派手に壊れるわけじゃない。

 でも、確かに弱い。


 教官の顔つきが変わった。


「誰がこれを?」


 兵の一人が慌てて答える。


「今月入った補充分です」


「全部ではないな」


「はい」


 その時だった。


「何やら面白いことになっているようだね」


 振り向くと、ユリウスが訓練場へ入ってきていた。

 その後ろに筆頭執事もいる。


「父上」


 ルークが姿勢を正す。


 教官もすぐに一礼した。


「閣下。少し気になることがありまして」


 ユリウスは教官より先に、俺の手元の剣へ視線を落とした。


「リオン君かい?」


「はい」


「どう見えた?」


 俺は正直に答えた。


「品質にムラがあります。全部じゃないです。でも、一見同じに見えるものの中に、脆いものが混じってます」


 教官がすぐに付け足す。


「簡易確認でも、実際に差が出ました。通常品は問題ありませんでしたが、リオン様が指摘したものだけ刃の欠けと金具の歪みが早い」


 ユリウスの目が少しだけ細くなった。


「軍の補充装備で、ですか」


「はい」


 筆頭執事が低く言う。


「工房を見た方がよろしいでしょう」


「そうだね」


 ユリウスは迷わなかった。


「鍛冶場へ行こう。今からだ」


 ◇


 公爵領の鍛冶場は、城下の工房区画にあった。


 熱い。

 炉の熱気と鉄の匂いが、建物の外まで漏れている。


 中では職人たちが忙しく動いていた。

 槌の音。

 火花。

 革の手袋。

 赤く焼けた鉄。


 規模はハル領の鍛冶屋よりずっと大きい。

 人も多い。


 だが、見ているうちに少しずつわかってきた。


 大きい。

 でも、“揃っている”わけではない。


 炉ごとに火の癖が違う。

 打ち手によって力の入り方が違う。

 冷まし方も微妙に異なる。


 同じ剣を作っているように見えて、実際には一本ずつが少しずつ別物になっていた。


 工房をまとめる親方が、困った顔で頭を下げる。


「粗悪品を納めるつもりは毛頭ありません」


「わかっています」


 ユリウスは責める口調ではなかった。


「だが、差が出ている」


 親方は悔しそうに眉を寄せる。


「……同じように打っているつもりでも、完全には揃いません。鉄の状態も違えば、炉の機嫌も違う。最後は職人の腕になります」


 そこで、俺の中で何かが繋がった。


 同じ形。

 同じ用途。

 同じ品質が求められる武具。


 それを全部、職人の感覚と腕だけで揃えようとしている。


 だから上手いものもできる。

 でも、ムラも出る。


「職人の腕が悪いわけじゃない」


 気づけば、口に出していた。


 親方がこちらを見る。


「はい?」


「やり方の限界です」


 親方は一瞬むっとした顔をしたが、ユリウスが口を挟まなかったので黙って続きを待った。


「一本ずつ打ってる限り、同じものを同じ質で揃えるのは難しいと思います」


 親方の目が、少しだけ変わる。


「……坊ちゃんは、鍛冶を知ってるのかい」


「詳しくはないです。でも、揃わない理由は見えます」


 ユリウスが横で静かに言った。


「その“揃わない理由”を、あとで聞かせてもらえるかな」


「はい」


 ◇


 昼前、書庫へ向かうと、セレナはいつものように窓際で待っていた。


 だが、俺の顔を見るなり眉をひそめる。


「何、その顔」


「どの顔?」


「考え事をしている時の顔」


 そんなにわかりやすいのか。


「今日、工房を見てきたんだ」


「軍の訓練だけじゃなかったの?」


「武具の品質にムラがあって、それで鍛冶場まで」


 セレナはすぐに興味を示した。


「ムラ?」


「一見同じでも、弱いものが混じる。職人の腕が悪いんじゃなくて、作り方が一本ずつ違いすぎるんだと思う」


 セレナは少し考えてから本を開いた。


「今日は金属と熱の話もやる予定だったの」


「え?」


「学院の予習。素材と加工の基礎」


 それはちょうどよかった。


 彼女が本の一節を指す。

 熱の入り方。

 冷却。

 金属の性質。

 同じ素材でも、扱いで強さが変わる話。


 読みながら、さっき見た鍛冶場の光景が頭の中で並び直される。


 炉の違い。

 火の違い。

 打ち手の違い。

 冷まし方の違い。


 だから揃わない。


 揃えたいなら、もっと根本から変えないといけない。


 同じ形を。

 同じ厚みで。

 同じ基準で。

 繰り返し作る方法。


 その瞬間だった。


「……そうか」


 セレナが顔を上げる。


「何?」


 頭の中で、技術の知識と、さっき見た現場がぴたりと噛み合う。


 職人の腕を増やすんじゃない。

 腕の差が出にくい作り方へ寄せるんだ。


 同じ形を、同じ質で、何度も作るには――


「そうだ、鋳造だ」


「ちゅうぞう?」


 セレナが首をかしげる。


 しまった。

 この世界にはまだ、その言葉自体がない。


 俺は紙を引き寄せ、急いで簡単な図を描いた。


「型を作るんだ。そこへ溶かした金属を流し込んで、形を揃える」


 セレナの目が大きくなる。


「……そんなことができるの?」


「理屈の上では」


「理屈の上では、って顔じゃないわね」


 彼女が少し呆れたように言う。


「もう頭の中では先まで見えてる顔よ、それ」


 たぶん、その通りだった。


 鍛冶場のムラ。

 軍備の品質。

 その先にある工房と量産。


 全部が一本の線で繋がってしまった。


 その時だった。


「……リオン君」


 扉の近くから、穏やかな声がした。


 振り向くと、ユリウスがそこに立っていた。

 いつからいたのかわからない。

 だが、口元にははっきりと笑みが浮かんでいる。


「また何か、面白いことを思いついたようだね」


 俺は手元の図と、ユリウスの顔を見比べた。


 否定する気は、あまり起きなかった。


「……たぶん」


「たぶん、か」


「まだ試してもいないので」


「それでも、君がそういう顔をする時はたいてい何かある」


 そう言って、ユリウスは机の上の図へ視線を落とした。


 セレナが小さく息を吐く。


「父上、これ、また厄介そうです」


「そうかな?」


「リオンがこういう顔をしてる時、だいたい周りが忙しくなるんです」


 その言い方に、思わず少し笑ってしまった。


 でも、たぶん間違っていない。


 紙の上の簡単な図を見つめながら、俺は小さく息を吐く。


 公爵領で学ぶ日々は、ただ知識を増やすだけじゃ終わらないらしい。

 また一つ、次の形が見えてしまった。


 それが面倒なのか、ありがたいのかは、たぶんまだ自分でもわからなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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