第498話 反応するより先に
翌朝。
昨日に続いて、俺は騎士団の朝稽古へ参加した。
走り込み。
素振り。
基本の型。
昨日より少し身体が重い。
久しぶりに本格的な稽古をしたせいだろう。
「リオン様、足が少し遅れておりますな」
「やっぱり?」
「昨日の疲れでしょう。無理に力を入れると、余計に動きが鈍くなります」
「分かった」
一度息を整える。
疲れている時ほど、力任せに動こうとしてしまう。
それでは速くならない。
もう一度、木剣を構えた。
◇
朝稽古が終わった。
他の騎士たちが片付けを始める中、俺はノルのところへ向かった。
「ノル」
「はい」
「一つ聞いてもいい?」
「何でしょう?」
少し考えてから口を開く。
「もし、相手がこっちの動きをかなり正確に読んでくるとしたら、どうやって戦う?」
ノルが俺を見る。
「動きを、ですか?」
「うん。剣を振るのか、避けるのか、魔法を使うのか。こっちが動く前に、それを読んでくるような相手」
「随分と厄介な相手ですな」
「うん、厄介だった」
イレーナの顔が浮かぶ。
剣を抜こうとする前に入られた。
魔法を使おうとした時には、もう動きを潰されていた。
何をしても一手先を取られた。
「ノルならどうする?」
ノルは少し考えた。
「読まれても反応が間に合わない速さで動くか、分かっていても受けきれない力で押すしかないでしょうな」
「……なるほど」
「何をするか分かっていても、身体が追いつかなければ止められません」
「力の方は?」
「剣が来ると分かっていても、受ければ剣ごと吹き飛ばされるのであれば、先が読めてもどうしようもありませんからな」
「確かに」
ものすごく単純だ。
でも、その通りだった。
俺は相手に次の行動を読ませない方法ばかり考えていた。
でも、読まれてもいい。
相手が何をするか分かっていても、反応する前に攻撃が届けばいい。
もしくは、分かっていても止められないくらい強ければいい。
「力と速さか」
「両方あれば言うことはありませんな」
「それはそうだね」
今の俺が、イレーナを力で圧倒する。
それは現実的じゃない。
だったら。
「速度……」
ノルが俺を見る。
「何か思いつきましたか?」
「まだ何も。ただ、今の俺なら力より速さの方が試せることがありそうだなって」
「そうですか」
「単純に走るのを速くすればいいのかな」
「それだけではないでしょうな」
「違う?」
「相手との間合いを詰める一歩。剣を振り始めるまでの動き。そういうものを短くするだけでも、相手から見れば速くなります」
「ああ」
確かに。
百メートルを速く走る必要はない。
戦う時に必要なのは数歩。
場合によっては一歩だけだ。
「最初の一歩か」
「剣を振る前に大きく構えれば、その分だけ相手には分かりやすくなります。踏み込んでから剣を振るのであれば、それも二つの動きになります」
「踏み込みと攻撃を一緒にする?」
「そういうやり方もある、ということです」
「なるほど」
脚力だけの話じゃない。
動作そのものを減らす。
「ありがとう。ちょっと試してみる」
「何をされるおつもりです?」
「魔物相手に実戦で試してみる」
「冒険者の仕事ですか」
「うん。できるだけ動きの速い魔物を探してみるよ」
「お気をつけください」
「分かった」
◇
朝食を終える。
「ピコ」
「ピー?」
テーブルの横で跳ねていたピコを呼ぶ。
「今日は出かけるよ」
「ピー!」
「久しぶりに冒険者の仕事をしよう」
「ピー!」
随分と元気がいい。
ピコを連れて屋敷を出た。
昨日、エリアスとレナードからハル領の状況を聞いた。
領都。
西の森。
南部の農村。
見に行きたいところはいくらでもある。
でも、必要なことはそれぞれの担当者が進めてくれている。
なら、任せよう。
今の俺は、自分に必要なことをやる。
◇
冒険者ギルドへ入る。
朝ということもあって、中にはそれなりに人がいた。
依頼板を見ている冒険者。
受付で報告をしている者。
装備を確認している者。
「ピー!」
「こっちだよ」
ピコを連れて受付へ向かう。
「こんにちは」
「あら、リオンさん」
受付の女性が俺を見る。
「お久しぶりです」
「お久しぶりです。今日は依頼ですか?」
「はい。ちょっと探している依頼があるんですけど」
「どんなものです?」
「動きの速い魔物を討伐する依頼ってありますか?」
受付の女性が少し首を傾げた。
「速い魔物、ですか?」
「はい」
「危険度が高いものではなく?」
「強さより速さです。できれば、こっちの攻撃を避けるくらい素早い魔物がいいです」
「珍しい探し方ですね」
「練習したいことがあって」
「なるほど」
受付の女性が依頼書を確認する。
「リオンさんなら受けられる依頼はいくつもありますが……近いところですと、《角兎》ですね」
「ああ、角兎」
夏休みに王都でも討伐した。
普通の兎より一回り大きく、額に一本の角がある魔物だ。
「角兎なら数も出ていますし、細かく跳ねて方向を変えるので、狙いをつけるのは少し面倒ですね」
「ちょうどいいです」
「B級のリオンさんが角兎ですか?」
「今日は倒すことより、試したいことがあるので」
「分かりました」
依頼書を渡される。
「討伐証明は角です」
「はい。それは覚えてます」
「ピー!」
足元でピコが跳ねた。
俺はピコを見る。
「今回は先に角を取るからね」
「ピー!」
夏休みには、討伐証明まで丸ごと食べられた。
同じ失敗はしない。
「行こう」
「ピー!」
◇
森へ入って一時間ほど。
草むらの向こうに目的の魔物を見つけた。
灰色がかった毛。
額から伸びた一本の角。
《角兎》だ。
「いた」
「ピー!」
「ピコは少し離れてて」
「ピー!」
剣を抜く。
角兎がこちらに気づいた。
次の瞬間、横へ跳ぶ。
「速い」
以前にも見ているけれど、改めて意識して見ると動きが鋭い。
まずは普通に踏み込む。
「っ!」
剣を振る。
空振り。
角兎は剣が届く前に反対側へ跳んでいる。
「これなら練習になるな」
もう一度構える。
今度は身体強化を使う。
脚へ魔力を多めに流した。
「行く!」
一気に踏み込む。
さっきより速い。
距離も一瞬で縮まった。
でも。
「うわっ」
身体が前へ流れた。
剣を振る前に姿勢が崩れる。
角兎はすでに離れていた。
「違うな」
「ピー?」
「速く近づくだけじゃ駄目だ」
ノルの言葉を思い出す。
踏み込む。
それから剣を振る。
二つの動きをしている。
それだけ相手に反応する時間を与えている。
「もう一回」
踏み込みと同時に剣を動かす。
身体強化。
前へ出る。
振る。
剣先が角兎のすぐ横を通った。
「惜しい」
さっきより近い。
でも、まだ避けられる。
何度も試す。
身体強化を脚に寄せすぎると、上半身の動きが遅れる。
全身へ均等に流せば、最初の一歩が遅くなる。
踏み込む瞬間に脚へ強く流し、その動きのまま攻撃へつなげる。
頭で考えるのは簡単だ。
実際にやると難しい。
何度目かの踏み込み。
「っ!」
剣が届いた。
角兎が地面へ倒れる。
「……よし」
「ピー!」
ピコが勢いよく跳ねてくる。
「待って」
「ピー?」
俺は倒した角兎のそばへしゃがみ、討伐証明になる角を根元から切り取った。
「これでいいよ」
「ピー!」
次の瞬間。
ピコの身体が大きく広がった。
角兎を包み込む。
「おお……」
そのまま丸ごと飲み込んだ。
あっという間に角兎の姿が消える。
ピコは何事もなかったように元の大きさへ戻った。
「ピー!」
「今回はちゃんと角を取ったから大丈夫だね」
「ピー!」
革袋へ角をしまう。
夏休みの時よりは、俺も学習している。
◇
その日は角兎の討伐を終えたあと、ギルドへ戻ってもう一件依頼を受けた。
翌日は《疾風狼》。
細身の狼型魔物で、獲物へ飛びかかる瞬間の加速が速い。
その次は《跳躍蜥蜴》。
岩場に棲む蜥蜴型の魔物で、太い後ろ脚を使って一気に距離を詰めてくる。
角兎とは動き方がまるで違った。
角兎は細かく方向を変える。
疾風狼は走り始めると一気に間合いへ入ってくる。
跳躍蜥蜴は止まっている時間が長い代わりに、飛び出した瞬間が速い。
それぞれ討伐証明になる部位も違った。
角兎は角。
疾風狼は右の牙。
跳躍蜥蜴は尾の先端。
倒したら、まず証明部位を回収する。
その後は。
「ピコ、いいよ」
「ピー!」
ピコが残った魔物を食べる。
最初の日には毎回その光景に目を向けていたけれど、何度も繰り返すうちに俺も慣れてしまった。
◇
それから四日間。
朝は騎士団の稽古へ参加した。
朝食を終えるとピコを連れて冒険者ギルドへ向かい、できるだけ動きの速い魔物が対象になっている依頼を選ぶ。
一件終わって時間があれば、近場の別の依頼も受けた。
同じエリアの依頼があれば複数の依頼を同時に受けたりした。
四日間でこなした討伐依頼は十一件。
討伐した魔物の数は、それよりずっと多い。
もちろん、数をこなすことが目的じゃない。
毎回、試すことを変えた。
最初は、とにかく速く踏み込もうとして姿勢を崩した。
次は身体強化の魔力を流す場所を変えた。
脚へ寄せる量。
切り替えるタイミング。
踏み込みから剣を振るまでの動作。
少しずつ無駄を減らしていく。
四日目。
跳躍蜥蜴が地面を蹴ろうとした瞬間だった。
「今!」
俺も同時に地面を蹴る。
踏み込みと剣を振る動きを分けない。
身体が前へ出るのと同時に剣を走らせる。
跳躍蜥蜴が飛び退く。
その前に。
剣先が届いた。
「……できた」
「ピー!」
倒れた跳躍蜥蜴を見る。
偶然じゃない。
今日はこれで三度目だ。
相手がこちらの攻撃に反応して動き出す前に、剣を届かせることができた。
少しずつ。
本当に少しずつだけど。
最初の日より速くなっている。
討伐証明の尾の先端を切り取る。
「ピコ」
「ピー!」
あとはピコが丸ごと飲み込んだ。
「相変わらずよく食べるな」
「ピー!」
◇
ギルドへ戻る。
討伐証明を受付へ出した。
「確認します」
受付の女性が一つずつ見ていく。
「今日も全部達成ですね」
「ありがとうございます」
「それにしても」
「はい?」
「この四日で十一件ですよ」
「そんなにやってました?」
「こちらが聞きたいです」
受付の女性が少し呆れた顔をする。
「討伐自体は問題なくできていますけど、詰め込みすぎないでくださいね」
「気をつけます」
討伐証明の清算を受け取る。
「行こう、ピコ」
「ピー!」
ギルドを出た。
冬の空は、少しずつ暗くなり始めている。
四日間。
相当数の魔物と戦った。
少しは速くなった。
でも、イレーナを思い出す。
「……まだだな」
「ピー?」
「イレーナなら、まだ間に合うと思う」
俺が動く。
あの人なら、その瞬間に対応するかもしれない。
たった四日で追いつけるとは思っていない。
でも、方向は見えた。
あとは繰り返すしかない。
◇
屋敷へ戻る。
玄関へ入ったところで、ミアに声をかけられた。
「リオン様」
「はい?」
「旦那様がお呼びです」
「父上が?」
「はい。お戻りになりましたら、執務室へ来るようにと」
「分かりました」
ピコを連れて、そのまま執務室へ向かう。
扉を叩いた。
「リオンです」
「入れ」
「失礼します」
父上は机に向かっていた。
「戻ったか」
「はい」
「今日も冒険者の仕事か?」
「そうです」
「随分と続けているな」
「試したいことがあって」
「そうか」
父上はそれ以上聞かなかった。
代わりに、机の上に置いてあった一通の書状を持ち上げる。
「リオン。ハーウェイ家から返事が届いたぞ」
「ミラの?」
「ああ」
思わず父上の机へ近づく。
「日程、決まりました?」
「こちらから出した二つの候補のうち、早い方で問題ないそうだ」
「早い方……」
頭の中で日付を確認する。
「三日後ですね」
「ああ。そこから二泊三日だ」
「分かりました」
あと三日。
思っていたより近い。
「随分嬉しそうだな」
「そう見えます?」
「見える」
「……楽しみではあります」
以前なら、たぶん誤魔化していた。
でも、もう付き合っている。
会えるのが楽しみなのは普通だ。
「それと」
父上がもう一通、こちらへ差し出した。
「これはお前宛てだ」
「ミラから?」
「そうだ」
受け取る。
封にはミラの名前が書かれている。
「ありがとうございます」
「返事は自分で書け」
「もちろんです」
父上が少し笑った。
「ミラ嬢が来る前に、必要なものがあれば母上にも相談しておけ」
「分かりました」
「それから」
「はい?」
「話すのだろう?」
一瞬だけ何のことか分からなかった。
すぐに気づく。
婚約のことだ。
「……はい」
「なら、それも忘れるな」
「分かっています」
楽しみにしているだけではいけない。
ミラが来たら、ちゃんと話さなければならないことがある。
「失礼します」
父上の執務室を出た。
◇
自分の部屋へ戻る。
「ピー!」
ピコが先に中へ跳ねていく。
椅子へ座り、ミラの手紙を開いた。
ハーウェイ家との確認が終わり、三日後にハル領へ向かうこと。
二泊三日で滞在すること。
そして最後に、ハル領へ行くのを楽しみにしていると書かれていた。
「……そっか」
「ピー?」
「ミラも楽しみにしてるって」
「ピー!」
もう一度、日付を見る。
「あと三日か」
気づけば、自分から日数を数えている。
少し前の俺なら、こんなことはなかった気がする。
四日前まで、俺はイレーナに負けたことばかり考えていた。
グレイヴ領をどうすればいいのか分からなかったことも、頭から離れなかった。
今だって忘れたわけじゃない。
イレーナにはまだ届かない。
速さを意識して四日間戦ったくらいで、急に強くなれるわけでもない。
でも、何を試せばいいのかは見えてきた。
朝は稽古をする。
実戦で試す。
うまくいかなければ、どこが遅かったのかを考える。
そして、また試す。
ハル領のことは父上やエリアスたちが進めてくれている。
ミラが来る日も決まった。
「明日もやろう」
「ピー!」
焦る必要はない。
少しずつでも、相手が反応するより先に動けるようになればいい。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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