第419話 学院にもう一人
「元日本最強の探索者、今はダンジョン救助員です」も連載中です。
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昼食を終えたあと。
俺はピコを肩掛け鞄に入れ、王立学院へ向かった。
「ピー」
「午後は学院の許可をもらいに行くよ」
「ピー?」
「ピコがここで一緒に暮らしていいか。それと、学院の中に連れていっていいか聞かないとね」
「ピー!」
午前中に、冒険者ギルドで従魔登録は済ませた。
これでピコが俺の従魔であることは、正式に証明できる。
ただ、それと学院の規則は別だ。
勝手に寮で暮らし、勝手に授業へ連れていくわけにはいかない。
できれば今日のうちに、全部確認しておきたかった。
◇
学院へ到着すると、夏休み中ということもあって校舎は静かだった。
それでも二学期の準備が始まっているのか、何人かの教師や職員が廊下を歩いている。
俺は職員室へ向かった。
「失礼します」
中を覗く。
目的の人はすぐに見つかった。
机の上に何枚もの書類を並べ、一枚ずつ確認している。
「アデライン先生」
呼びかけると、先生が顔を上げた。
「リオン・ハル」
「お久しぶりです」
「ええ。もう王都へ戻っていたのですね」
「昨日、戻ってきました」
「そうですか」
アデライン先生が持っていた書類を机へ置く。
「夏休みはどうでしたか?」
「色々ありました」
「あなたの言う『色々』は、あまり軽く聞けませんね」
「そうですか?」
「少なくとも、あなたの場合はそうです」
相変わらずだ。
「それで、今日はどうしたのですか?」
「先生に相談したいことがありまして」
「何でしょう」
「学院に従魔を連れてきてもいいのか、確認したいんです」
アデライン先生の動きが止まった。
「従魔?」
「はい」
「あなたが?」
「はい」
アデライン先生の視線が俺から肩掛け鞄へ移った。
「まさか、その中に?」
「います」
「ピー?」
呼ばれたと思ったのか、鞄の口からピコが顔を出した。
「ピー!」
「……」
アデライン先生が黙った。
「この子です。名前はピコといいます」
「スライム……ですよね?」
「はい」
「ピー!」
ピコが元気よく返事をする。
アデライン先生は椅子から立ち上がると、俺のところまでやってきた。
そして、ピコの前で少し屈む。
「本当にスライムですね」
「そうですね」
「どうしてスライムがあなたの鞄から顔を出しているのでしょう」
「従魔だからです」
「そういう意味ではありません」
「ああ」
そういうことか。
「領地で出会ったんです」
「領地で?」
「はい。色々あって、一緒に暮らすことになりました」
「……やはり、色々あったのですね」
アデライン先生が小さく息を吐く。
すると、ピコが鞄からもう少し身体を出した。
「ピー?」
アデライン先生がじっと見る。
ピコも先生を見る。
「……触っても?」
「大丈夫だと思います」
「思います?」
「ピコが嫌なら逃げるので」
「なるほど」
アデライン先生がゆっくり手を伸ばした。
指先がピコの身体へ触れる。
「ピー」
「……柔らかい」
もう一度触る。
「ピー!」
「思っていたより、ずっと柔らかいですね」
先生の表情が少し緩んだ。
今度は手のひらで軽く撫でる。
ピコも嫌がるどころか、先生の手へ身体を寄せている。
「気に入ったみたいですね」
「そのようですね」
そう答えながらも、アデライン先生の手は止まらない。
「先生、こういうの好きなんですか?」
「何か問題がありますか?」
「いえ。意外だったので」
アデライン先生が俺を見る。
「リオン・ハル」
「はい」
「人には誰にでも、好きなものくらいあります」
「そうですよね」
「ピー!」
「ピコもそう言っています」
「あなたには分かるのですか?」
「なんとなくです」
先生がもう一度ピコを撫でた。
「それで、学院へ連れてきたいという話でしたね」
「はい」
ようやく話が戻った。
◇
俺は午前中に冒険者ギルドへ行き、ピコを従魔として登録したことを説明した。
登録証も見せる。
「すでに登録まで済ませているのですね」
「はい。王都で一緒に行動するなら、その方がいいと言われました」
「それは適切な判断でしょう」
アデライン先生が登録証を確認する。
「ただし、従魔登録がされていることと、学院へ連れてきてよいかは別問題です」
「やっぱりそうですよね」
「ええ」
先生はピコを見る。
「私個人としては問題ないと思いますが」
「ピー!」
「……少し個人的な感情が入っていませんか?」
「入っていません」
「そうですか?」
「入っていません」
言い切られた。
「ですが、私一人で許可できることでもありません。学院長に確認しましょう」
「今からですか?」
「こういうことは、二学期が始まる前に済ませておくべきです」
「分かりました」
「行きますよ」
「はい」
「ピー!」
なぜかピコまで元気よく返事をした。
◇
学院長室へ向かう。
アデライン先生が扉を叩いた。
「入れ」
「失礼します」
中へ入る。
学院長は机の上に積まれた書類を読んでいた。
「アデラインか。どうした?」
「学院長。リオン・ハルから相談があります」
学院長の視線が俺へ向く。
数秒。
「……今度は何をした?」
「まだ何もしてませんよ」
「まだ、か」
「そういう意味ではありません」
アデライン先生の口元がわずかに緩む。
「それで?」
学院長が俺を見る。
「相談とは何だ?」
「従魔を学院へ連れてきてもいいか、許可をいただきたいんです」
「従魔?」
「はい」
「ピー!」
鞄からピコが顔を出す。
学院長が黙った。
ピコを見る。
俺を見る。
もう一度、ピコを見る。
「……スライムか?」
「はい。ピコです」
「ピー!」
学院長が椅子の背にもたれた。
「リオン・ハル」
「はい」
「夏休みの間、何してたんだ」
「領地の仕事をしていました」
「その結果がスライムなのか?」
「それは別件です」
「別件なのか……」
「はい」
学院長が額へ手を当てた。
アデライン先生は横で笑いを堪えている。
「それで、そのスライムをどうしたい」
「寮で一緒に暮らしたいと思っています。それから、できれば学院にも連れてきたいです」
「従魔として正式に登録はされているのか?」
「今日、冒険者ギルドで済ませてきました」
俺は登録証を差し出した。
学院長が受け取り、内容を確認する。
「確かに登録されているな」
「はい」
「お前の指示には従うのか?」
「かなり」
「かなり?」
「全部理解しているかは分かりませんが、簡単な指示なら聞いてくれます」
俺はピコを鞄から出した。
「ピコ、ここで待ってて」
「ピー」
ピコがその場に留まる。
俺が少し離れる。
「おいで」
「ピー!」
すぐに俺の足元まで跳ねてきた。
学院長が少し眉を上げる。
「思っていたより、よく言うことを聞くな」
「賢いんですよ」
「ピー!」
褒められたのが分かったのか、ピコが大きく跳ねる。
「本人もそう思っているようだな」
「はい」
学院長は椅子に座り直した。
「従魔を学院へ連れてくることを想定した規則は、ほとんどない」
「やっぱり珍しいんですね」
「少なくとも、私は学生がスライムを連れて授業を受けたいと言いに来た経験はない」
「そうですか」
「普通はない」
即答された。
「ただ」
学院長がピコを見る。
「冒険者ギルドで正式に従魔登録されている。指示にも従う。それなら、初めから禁止する理由もない」
「では?」
「条件はある」
「はい」
「ちゃんと責任を持って管理すること。授業や他の学生の邪魔をさせないこと。
実習などで担当教師が危険だと判断した場合は、その指示に従うこと」
「分かりました」
「当然、誰かに危害を加えた場合も、君の責任だ」
「はい」
学院長がピコを見る。
「お前も分かったか?」
「ピー!」
「……本当に分かっているのか?」
「たぶん」
「そこは言い切れ」
「でも、嘘になりますから」
「……まあいい」
学院長が小さく息を吐いた。
「その条件を守るのであれば、学院内へ連れてくることを認めよう」
「ありがとうございます」
「ピー!」
「よかったですね、ピコ」
アデライン先生がすぐにピコを撫でる。
「ピー!」
完全に気に入ってるな。
「ただし」
学院長が続ける。
「寮については、寮監にも話を通しておけ」
「はい。そのつもりです」
「学院長の許可だけで、寮の規則まで勝手に変えるわけにはいかないからな」
「分かりました」
俺は登録証を返してもらう。
「それでは失礼します」
部屋を出ようとすると、
「リオン・ハル」
学院長に呼び止められた。
「はい?」
「二学期が始まるまで、あと三日だな」
「はい」
「これ以上、何か増やしてくるなよ」
「増やす予定はありませんよ」
「お前の場合、予定がなくても増えるから言っている」
「そんなことないと思いますけど」
「ある」
今度も即答された。
「ふふっ」
隣でアデライン先生が笑っていた。
◇
学院長室を出る。
「これで学院は大丈夫ですね」
「ありがとうございます、先生」
「私に礼を言う必要はありません。判断したのは学院長です」
「でも、一緒に来てもらいましたから」
「それは担任として当然です」
「ピー!」
ピコがアデライン先生の足元へ跳ねていく。
「あら」
先生が屈み、すぐに撫でる。
「ピー」
「あなた、本当に人懐っこいですね」
「ピコ、先生のこと気に入ったみたいですね」
「そうですか」
声はいつもと変わらない。
でも、明らかに嬉しそうだ。
「ピコ」
「ピー?」
「二学期が始まったら、また会えますね」
「ピー!」
「先生も完全に気に入ってますよね」
アデライン先生が顔を上げる。
「リオン・ハル」
「はい」
「何か?」
「いえ、何でもありません」
今は余計なことを言わない方がよさそうだ。
「それでは先生、ありがとうございました」
「ええ。寮監にもきちんと話を通しておきなさい」
「はい」
「それと、夏休みの残り三日だからといって、無茶はしないように」
「分かっています」
「では、また三日後に」
「はい」
「ピー!」
ピコまで挨拶をして、俺たちは学院をあとにした。
◇
夕方。
寮へ戻った俺は、そのまま自室へは向かわず、寮監のところへ行った。
「少しいいですか?」
声をかけると、寮監がこちらを見る。
「どうした?」
「寮で従魔と一緒に暮らしたいんですが」
「従魔?」
「はい」
「ピー!」
肩掛け鞄からピコが顔を出す。
寮監の目が少し大きくなる。
「スライムか?」
「はい。ピコです」
「ピー!」
「……従魔なのか?」
「今日、冒険者ギルドで正式に登録してきました」
俺は登録証を見せる。
寮監が受け取り、内容を確認する。
「確かに登録されているな」
「はい」
「学院には?」
「さっき学院長から、学院内へ連れていく許可もいただきました」
「学院長が許可を?」
「はい」
寮監がもう一度ピコを見る。
「従魔登録が済んでいて、学院長も許可しているなら、私から駄目と言う理由はない」
「本当ですか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
「ただし」
やっぱりあるよね。
「ここはお前一人の家ではない。多くの学生が一緒に暮らしている寮だ」
「はい」
「他人の部屋へ勝手に入らせない。物を壊させない。騒ぎを起こさない。
当然、他の学生へ危害を加えるのも駄目だ」
「分かりました」
「問題を起こした場合は、許可を取り消すこともある」
「はい」
寮監がピコを見る。
「お前にも言っているんだぞ」
「ピー!」
ピコが元気よく返事をする。
寮監が少しだけ目を細めた。
「……分かっているように見えるな」
「結構、言葉を理解してますよ」
「なら、なおさらきちんと言い聞かせておけ」
「分かりました」
寮監から登録証を返してもらう。
「では、寮でも一緒に暮らしていいということで?」
「ああ。君が責任を持つならな」
「はい。ありがとうございます」
「ピー!」
「お前も問題を起こすなよ」
「ピー!」
今度の返事には、少し力が入っていた。
この会話の流れ、何度目だ?
◇
自室へ戻る。
「ピー!」
ピコが鞄から飛び出し、昨日作った敷物の上へ跳ねていった。
「よかったね」
「ピー?」
「ここにいていいって」
「ピー!」
嬉しそうに何度も弾む。
俺も椅子へ腰を下ろした。
午前中に冒険者ギルドで従魔登録。
午後は学院長。
そして夕方には寮監。
これで、ピコと王都で暮らすために確認しておきたかったことは一通り終わった。
「三日後からは、ピコも一緒に学院だね」
「ピー!」
その姿を見て、ふと思う。
ミラたちには、まだピコのことを何も話していない。
ヴィクトルも。
エドガーも。
セレナも。
ナディアも。
夏休みが終わって教室へ行けば、当然みんなと顔を合わせる。
「……」
「ピー?」
「みんな、どんな反応するかな」
「ピー!」
ピコはそんなことを気にする様子もなく、楽しそうに跳ねている。
俺は少しだけ、三日後の教室を想像した。
たぶん。
普通に新学期を迎えるだけでは済まなそうだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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