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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第16章 王立学院五年 一学期

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第350話 選べるもの、選べないもの

 昼食の時間が終わると、生徒たちはそれぞれの選択コースへ向かい始めた。


 騎士コースへ向かうガイルとクラウスは、廊下の途中でリオンたちと別れた。


「午後も座学か?」


 ガイルが少し気の毒そうに聞いてくる。


「研究コースだからね」


 ヴィクトルが笑って答えた。


「お前ら、よく毎日そんなに記録ばっかり見てられるな」


「騎士コースの訓練を毎日続けているガイルに言われるとは思わなかったよ」


「体を動かすのと、紙を見るのは別だろ」


 クラウスが淡々と言う。


「どちらも必要だ」


「分かってる」


「本当か?」


「納得してる顔じゃねえな」


 いつものやり取りに、ミラが小さく笑う。


 リオンも少しだけ表情を緩めた。


 昼食の席で遅れてきたセレナは、午後の魔法コースへ向かうため、食堂を出たところで別れた。


 エドガーも文官コースへ向かう。


 すれ違う時、エドガーがセレナに短く声をかけていた。


「あとで、ノートを渡す」


「ええ。お願いするわ」


 それだけだった。


 だが、二人の間には、午前の食堂で見た時と同じような静かな空気があった。


 親しげというほど近くはない。


 けれど、ただの同級生というには、どこか言葉を選んでいる。


 リオンはそれを見て、何も言わなかった。


 言うべきことではない。


 そう思ったからだ。


 研究コースへ向かうリオン、ミラ、ヴィクトルの三人は、食堂から研究棟へ続く廊下を歩いていた。


 石造りの廊下には、午後の講義に向かう生徒たちの足音が響いている。


 窓の外では、春の光が中庭に落ちていた。


 いつも通りの学院の午後だった。


 その途中で、研究コースの生徒が廊下の角から顔を出した。


「ローデン、クラリッサ先生が少し確認したいことがあるそうです」


「俺?」


 ヴィクトルが足を止める。


「商会から届いた資料の件だと思います。すぐ終わるそうです」


 ヴィクトルはリオンとミラを見た。


「先に行ってて。すぐ追いつくよ」


「分かった」


「じゃあ、教室で」


 ヴィクトルは上級生について、別の廊下へ向かった。


 残されたリオンとミラは、二人で研究棟へ向かって歩き出す。


 少しの間、二人とも黙っていた。


 廊下を歩く生徒たちの声が、遠くから聞こえる。


 ミラは何かを考えているようだった。


 リオンは横目でそれに気づいたが、すぐには声をかけなかった。


 やがて、ミラの方から口を開いた。


「ねえ、リオン」


「うん?」


「今日のセレナ、少し変だったよね」


 リオンは一瞬、答えを選んだ。


「午前の授業にいなかったこと?」


「それもあるけど」


 ミラは前を向いたまま、少し声を落とした。


「エドガーも、少し様子が違った気がした」


 リオンはすぐには否定しなかった。


 自分も同じことを感じていたからだ。


 セレナの空いた席を見た時の、エドガーの視線。


 昼食の席で、セレナが「本人に確認すべきことまで、周りが勝手に決めたなら話は別」と言った時の、エドガーの手の止まり方。


 そして、二人が一瞬だけ交わした視線。


 何かがある。


 そう思わせるには十分だった。


「俺も、少し気になった」


 リオンはそう答えた。


 ミラは小さく頷く。


「ヴァレスト家の用件って言っていたけど、王家に関わることなのかなって」


 リオンは黙って続きを待った。


 ミラは、少しためらってから言った。


「もしかして……婚約とか」


 その言葉は、廊下の空気の中に小さく落ちた。


 リオンは足を止めなかった。


 だが、胸の奥で何かが静かに動いた。


 セレナ・ヴァレスト。


 ヴァレスト公爵家令嬢。


 エドガー・アルスレイン。


 アルスレイン王国第二王子。


 二人の婚約があり得ない話ではないことは、リオンにも分かる。


 むしろ、王家と有力公爵家の結びつきとして考えれば、かなり自然な話だった。


 ただ、それは本人たちだけの話ではない。


 家。


 領地。


 王家。


 王国の政務。


 貴族間の均衡。


 それらが重なった上で決まる話だ。


 リオンは少し考えてから答えた。


「そうかもしれないとは思った」


 ミラがリオンを見る。


「リオンも?」


「うん。でも、本人たちか、王宮からきちんと話があるまでは、俺たちから口にするのは控えた方がいいと思う」


 ミラはすぐに頷いた。


「うん。私もそう思う」


 その答えは早かった。


 ミラも、噂話として扱うべきではないと分かっているのだろう。


 侯爵家令嬢として、家同士の話の重さを知っている。


 ただ、それでも気にならないわけではない。


 ミラは少しだけ視線を落とした。


「セレナ、嫌がっているようには見えなかった」


「うん」


「エドガー殿下も、逃げている感じではなかった」


「俺も、そう見えた」


 リオンは昼食の席を思い出した。


 エドガーは言葉が多い人ではない。


 だが、必要な時に目をそらす人でもない。


 セレナの強い言葉に対しても、逃げるような態度は取らなかった。


 セレナも、エドガーを軽んじてはいなかった。


 むしろ、ノートを借りるという小さなやり取りの中にも、信頼のようなものがあった。


「二人なら、ちゃんと話せそうだと思う」


 リオンが言うと、ミラは少し安心したように笑った。


「私も、そう思う。セレナは言うべきことを言うし、エドガー殿下はちゃんと聞いてくれそう」


「うん」


 そこまで話して、二人はしばらく黙って歩いた。


 研究棟へ続く廊下は、食堂の周りより少し静かだった。


 壁には、過去の研究成果をまとめた額が並んでいる。


 学院で学ぶものは、どれも誰かが残した記録の上にある。


 リオンはふと、福嶋亮太の本を思い出した。


 あの本も、誰かが残した記録だ。


 魔法理論だけではない。


 王国がどう生まれ、人と人がどう分かれ、何を守ろうとしたのか。


 その記録を読んだことで、リオンの見方は少し変わった。


 そして今、目の前にいるミラも、貴族家の中で何かを背負っている。


 ミラがぽつりと言った。


「分かってはいるんだけどね」


「何を?」


「貴族の結婚は、自分たちだけで決められるものじゃないってこと」


 リオンは黙って聞いた。


 ミラは前を向いたまま続ける。


「家と家のつながりもある。領地のこともある。

相手の家との関係で、商流や安全が変わることもある。

王家に近い家なら、もっと大きな意味も出てくる」


 その声は、いつもの明るい調子より少し静かだった。


「侯爵家に生まれたんだから、それくらい分かっているつもり」


「うん」


「でも……」


 ミラはそこで少し言葉を探した。


「それでも、少しだけ憧れるんだ。ちゃんと自分で選んで、この人がいいって思えることに」


 リオンは、すぐには返事ができなかった。


 ミラの言葉は柔らかかった。


 だが、そこにははっきりした本音があった。


 自分で選ぶこと。


 この人がいいと思えること。


 貴族の結婚では、それが当たり前ではない。


 リオンは前世のことを思い出した。


 前世の自分は、結婚しなかった。


 仕事に追われ、人間関係に追われ、会社を守ることに必死だった。


 恋愛や結婚を、自分の人生の中心に置いたことはほとんどなかった。


 だから、結婚について何かを偉そうに語れる人間ではない。


 この世界に来てからも、貴族同士の婚約や家のつながりについては、知識として理解してきた。


 だが、それを自分のこととして深く考えたことは、まだ少なかった。


 それでも、ミラの言っていることは分かる。


 前世の感覚で言えば、結婚は本人たちの気持ちが大事だった。


 家の事情や周囲の都合だけで決められるものではない。


 少なくとも、そうあるべきだと思っていた。


 だが、この世界の貴族社会では、それだけでは済まない。


 家が領を持ち、領が人を抱え、婚姻が政治や物流や安全にも関わる。


 本人の意思だけで決めればよい、と簡単には言えない。


 理解はできる。


 けれど、納得しきれるかと言えば、別の話だった。


「うまく言えないけど」


 リオンはゆっくり口を開いた。


「この国の貴族として考えれば、家や領地のことを無視できないのは分かる」


 ミラは黙って聞いている。


「誰と誰が結婚するかで、家同士の関係も変わる。

領地の安全や、商売や、王国の政治にも関わる。

だから、本人たちだけの話ではないんだと思う」


「うん」


「でも……俺の感覚では、本人の気持ちが置き去りになるのは、やっぱり違うと思う」


 ミラが、ゆっくりリオンを見た。


 リオンは少し照れくさくなりながらも続けた。


「全部を自由に選べるわけじゃなくても、せめて本人たちが話せること。

納得できること。嫌なら嫌だと言えること。それは必要だと思う」


 ミラはしばらくリオンを見ていた。


 それから、少しだけ笑った。


「リオンは、そう言うと思った」


「そんなに分かりやすい?」


「うん。分かりやすいところもあるよ」


 その言い方が少し楽しそうで、リオンは返す言葉に困った。


 ミラは前を向き直り、歩きながら言った。


「私も、全部を自由にしたいって言っているわけじゃないの。

侯爵家に生まれた以上、家のことを無視したいわけでもない」


「うん」


「でも、家のためだからって、自分の気持ちを最初からないものみたいに扱われるのは嫌だなって思う」


 リオンはその言葉を聞いて、胸の奥に小さな重さを感じた。


 ミラ・ハーウェイ。


 侯爵家令嬢。


 明るく、人の気持ちに気づき、誰かが使う場面を自然に想像できる人。


 リオンにとって、ミラは一緒に研究コースを進む仲間だった。


 頼れる友人だった。


 けれど、ミラもまた、家を背負っている。


 いつか、家の都合で何かを選ばなければならない時が来るのかもしれない。


 その可能性に、リオンは今さら気づいた。


 だが、それを自分と結びつけるところまでは、まだできなかった。


 ミラが何を思っているのか。


 その奥に、自分が関わっているのか。


 今の自分には結論は出せない。


 ただ、ミラが今、少し大事な話をしてくれていることだけは分かる。


「ミラは」


 リオンは言った。


「ちゃんと、自分の気持ちを話した方がいいと思う」


「誰に?」


 ミラが少し笑って聞く。


 リオンは少し考えた。


「家の人に。必要なら、相手にも」


「相手にも?」


「うん。話せる相手なら」


 ミラはその言葉に少し目を細めた。


「話せる相手なら、か」


「うん」


「そうだね」


 ミラは小さく頷いた。


「セレナとエドガー殿下も、ちゃんと話せるといいね」


「そう思う」


 リオンは素直に答えた。


「エドガー殿下は、逃げないと思う。セレナも、言うべきことは言う人だし」


「うん。あの二人なら、案外合うかもしれないね」


 ミラの声は、少し明るくなっていた。


 リオンも頷く。


「俺もそう思う」


 研究棟の入口が見えてきた。


 石造りの建物の前では、研究コースの生徒たちが何人か立ち話をしている。


 いつもの午後が始まろうとしていた。


 ミラは入口の前で立ち止まり、ふとリオンを見た。


「ねえ、リオン」


「うん?」


「さっきの話、変だった?」


「変じゃないよ」


 リオンはすぐに答えた。


「大事な話だと思う」


 ミラは少しだけ安心したように笑った。


「そっか」


 その時、背後から足音が聞こえた。


「二人とも、先に着いていたのか」


 振り返ると、ヴィクトルが小走りで近づいてきていた。


「確認は終わったの?」


 ミラが尋ねる。


「あぁ。商会資料の数字についてだった。大したことじゃないよ」


 ヴィクトルは二人を見比べ、少しだけ目を細めた。


「何か話してた?」


 リオンは一瞬返答に迷った。


 ミラが先に笑って答える。


「午後の授業に遅れないようにしようって話」


「それは大事だな」


 ヴィクトルはそれ以上聞かなかった。


 分かっていて、聞かなかったのかもしれない。


 三人は顔を見合わせ、研究棟の中へ入った。


 選べるもの。


 選べないもの。


 その境目は、いつもはっきりしているわけではない。


 だからこそ、話すことが必要なのだと、リオンは思った。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ハル家とリオン本人の資質考えたら 政略的に侯爵はミラをリオンにあてがうと思うわ セレナルートかと思ってた
45歳社長の設定が必要ないのでは、と思うぐらい対人スキルが低いのでは。セレナやミラのリオンに対しての心がどれくらいあるのか分からんが、この調子ではいざという時に、まったく頼りにならない感じですね。
ムフフフ 気持ちは分かるよ だか王族と貴族の結婚は君たちの気持ちなど関係ないのだよ 
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