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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第16章 王立学院五年 一学期

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第348話 誰のための魔法か

短編で「元最強探索者、ダンジョン救助員になる(https://ncode.syosetu.com/n5300ml/)」を書きました。

 王立研究所を出た時、空はすでに夕暮れに近づいていた。


 石畳の道。


 行き交う馬車。


 荷を担ぐ人々。


 店先で声を上げる商人。


 そのどれもが、いつもと同じ王都の景色のはずだった。


 だが、リオンには少し違って見えていた。


 国境。


 戦線。


 防衛線。


 学院で学んだラグナ河は、そういう言葉で語られていた。


 だが、福嶋亮太は違う言葉で書いていた。


 人を逃がす道。


 薬を運ぶ道。


 麦を届ける道。


 同じ川でも、見る場所が変われば意味が変わる。


 リオンは、自分の手を見下ろした。


 浮遊魔法。


 亜空間収納魔法。


 転移魔法。


 どれも、自分はすでに使っている。


 けれど、福嶋亮太の記録を読んだ後では、それらがただの便利な魔法には思えなかった。


 重い物を持ち上げる。


 荷物をしまう。


 離れた場所へ移動する。


 それだけなら、自分のために使える力だ。


 だが、福嶋亮太はそれを、自分のためだけに使っていたわけではない。


 人を逃がし、薬を運び、飢えた村へ麦を届けるために使っていた。


 では、自分はどう使うべきなのか。


 寮に着くまで、リオンはずっとそのことを考えていた。


 リオンは部屋に入ると、上着を椅子の背にかけ、机の前に座った。


 まだ夕食まで少し時間がある。


 いつもなら、研究コースの記録を整理するか、低温保存箱の改良案を見直す時間だった。


 だが、その日は別の紙を取り出した。


 新しい紙の上に、リオンは三つの言葉を書いた。


 浮遊魔法。


 亜空間収納魔法。


 転移魔法。


 その下に、少し間を空けて線を引く。


 まず、福嶋亮太の使い方を書き出した。


 浮遊魔法。


 荷を動かす、負傷者を運ぶ、崩れた道を越える。


 亜空間収納魔法。


 薬を保管する、食料を失わず運ぶ、必要な場所まで届ける。


 転移魔法。


 緊急連絡、負傷者の移動、離れた拠点をつなぐ。


 書き終えたリオンは、しばらく紙を見つめた。


 どれも、戦うためだけの使い方ではない。


 むしろ、福嶋亮太の記録で目立っていたのは、戦場の外側だった。


 負傷者。


 避難民。


 薬。


 麦。


 壊れた道。


 つながらなくなった拠点。


 戦う者の陰で、戦えない者を生かすための魔法。


 リオンは、紙の端に小さく書いた。


 自分のために使う。


 だが、その文字を見た瞬間、胸の中に引っかかりが生まれた。


 違う。


 完全に違うわけではない。


 自分を守るために使うことも必要だ。


 自分が倒れれば、できることもできなくなる。


 だが、それだけでは足りない。


 自分が楽をするため。


 自分だけが便利になるため。


 自分だけが特別でいるため。


 その方向に使い始めたら、福嶋亮太の記録を読んだ意味がない。


 リオンは、先ほど書いた文字に横線を引いた。


 そして、隣に書き直した。


 誰のために使うのか。


 ペン先が、紙の上で止まった。


 誰のためか。


 王国のため。


 そう書くことはできる。


 だが、それは今の自分には大きすぎる言葉に思えた。


 アルスレイン王国全体を見て判断するのは、王や王家、王国の政務を担う人々の役割だ。


 自分はまだ学生で、ハル子爵家の子だ。


 では、ハル領のためか。


 それは、間違いない。


 リオンにとって、最初に守るべき場所はハル領だった。


 父がいる。


 母がいる。


 使用人たちがいる。


 西の森の者たちがいる。


 畑を耕す人々がいて、倉庫で働く人々がいて、街道を行く商人がいる。


 足りないものが多い領だ。


 だからこそ、まずはそこを見なければならない。


 リオンは紙に書いた。


 第一、ハル領のため。


 その下に、少し考えてから続ける。


 第二、ハル領で使える仕組みにする。


 第三、他の領でも使える形を考える。


 第四、必要なら王国全体へ広げる。


 書きながら、リオンは小さく息を吐いた。


 いきなり王国を変えることはできない。


 だが、ハル領で形にできたものなら、いつか王国のどこかでも使えるかもしれない。


 低温保存箱もそうだ。


 ハル領の不便を解決するために考えたものが、王都の生鮮品や薬品輸送にも関わる可能性がある。


 小さな領の改善が、広い場所へつながることもある。


 それを、最近の授業で何度も学んでいた。


 リオンは、三つの魔法を一つずつ見直すことにした。


 まずは、浮遊魔法。


 重い物を持ち上げる魔法。


 それだけなら、倉庫で荷を動かす時に便利だ。


 水路工事で石材を運ぶ時にも使える。


 倒木や瓦礫をどかす時にも役立つ。


 怪我人を運ぶ時、揺れを減らすこともできるかもしれない。


 だが、そこでリオンは手を止めた。


 自分が浮遊魔法で全部運べばいい。


 その考えは、早い。


 だが、危うい。


 自分がいなければ止まるからだ。


 前世でも、リオンは何度もそれを見てきた。


 あの人しか分からない。


 あの人がいないと処理できない。


 あの人が倒れると現場が止まる。


 そういう仕事は、うまく回っているように見えて、実際には綻びを抱えている。


 リオン自身も、前世でその綻びの中にいた。


 経営者として、何でも自分で抱え込んだ。


 自分が見れば早い。


 自分が決めれば進む。


 自分が動けば何とかなる。


 そうしているうちに、自分が倒れた。


 だから分かる。


 自分一人ができることを増やすだけでは、組織は強くならない。


 リオンは、浮遊魔法の横に書いた。


 作業を楽にする道具の原型を考える。


 続けて、いくつか単語を並べる。


 滑車。


 台車。


 荷運び用の板。


 簡易昇降具。


 作業手順。


 浮遊魔法で一度、理想の動きを試す。


 その上で、魔法がなくても近いことができる道具や手順を考える。


 魔法を使って終わりではない。


 魔法で、仕組みの形を探す。


 次に、亜空間収納魔法。


 これは便利すぎる魔法だった。


 物を別の空間に入れ、必要な時に取り出せる。


 もし自由に使えば、倉庫も馬車も必要なくなるように見える。


 食料も薬も、腐らせず運べるかもしれない。


 だが、リオンはすぐに首を振った。


 それを領の物流そのものにしてはいけない。


 自分だけが運べる物流。


 自分だけが管理できる倉庫。


 それは、仕組みではなく依存だ。


 リオンが倒れれば止まる。


 リオンが王都にいれば領が困る。


 リオンが他の用事に縛られれば、薬も食料も動かなくなる。


 それではハル領を強くしたことにならない。


 リオンは、亜空間収納魔法の横に書いた。


 保存と物流の理想形。


 さらに続ける。


 緊急用備蓄。


 薬品の一時保管。


 災害時の救援物資。


 低温保存箱との比較。


 倉庫管理の参考。


 亜空間収納は、自分が荷物を運ぶためだけに使うのではない。


 何を、どの状態で、どれくらいの期間、どこへ届けるべきか。


 それを考えるための理想形にする。


 そして、その一部を低温保存箱や倉庫の管理、商隊の運用に落としていく。


 リオンは、低温保存箱の記録を思い出した。


 冷えていればいいわけではない。


 揺れ。


 結露。


 札。


 仕切り。


 風の通り道。


 使う人が間違えない形。


 それらを考えて初めて、道具になる。


 亜空間収納も同じだ。


 自分だけが使える完璧な魔法ではなく、他の人でも扱える不完全な道具へ落とす。


 完全ではなくていい。


 続くことの方が大事だ。


 最後に、転移魔法。


 リオンは、その文字を見た時、少しだけ手を止めた。


 三つの中で、最も便利で、最も危険な魔法。


 学院長からも、目立つ使用を控えるよう注意されている。


 転移魔法は、単なる移動手段ではない。


 王都とハル領を一瞬でつなぐ。


 人を運べる。


 情報を運べる。


 薬を運べる。


 場合によっては、兵も運べる。


 使い方を誤れば、政治にも軍事にも関わる。


 福嶋亮太の本に書かれていた転移魔法も、座標固定や帰還地点の安定化という言葉が出ていた。


 失敗すれば危険。


 成功しても、広まり方を間違えればもっと危険。


 リオンは、慎重に書いた。


 最後の手段。


 その下に続ける。


 急病人。


 災害。


 魔物被害。


 緊急連絡。


 領の存続に関わる時。


 便利だから使うのではない。


 使わなければ失われるものがある時に使う。


 リオンは、そこまで書いてペンを置いた。


 机の上の紙には、いくつもの言葉が並んでいる。


 ハル領。


 仕組み。


 他領。


 王国。


 浮遊魔法。


 亜空間収納魔法。


 転移魔法。


 補給。


 救護。


 避難。


 その言葉を見ているうちに、リオンは自分の視線が少しずつ高くなっていることに気づいた。


 以前なら、まず目の前の綻びをどう直すかを考えていた。


 倉庫の不正。


 村の困りごと。


 領内の流れ。


 それは今も大事だ。


 むしろ、そこを見失ってはいけない。


 だが、福嶋亮太の本を読んでから、リオンはその先を考えずにはいられなくなっていた。


 ハル領で薬を届ける仕組みを作れたなら、他の領でも役に立つのではないか。


 ハル領で食料を腐らせず運べるようになれば、王都周辺の価格にも関わるのではないか。


 ハル領で災害時の避難手順を整えられたなら、ラグナ河沿いや北方の国境領でも応用できるのではないか。


 考え始めると、いくらでも広がっていく。


 だが、広げすぎれば足元を見失う。


 リオンは、紙の中央に大きく書いた。


 まず、ハル領。


 その文字を見て、少し安心した。


 自分が最初に見るべき場所。


 最初に守るべき人たち。


 そこを飛ばして、王国全体を語ってはいけない。


 けれど、ハル領だけを見ていればよいわけでもない。


 ハル領は王国の一部だ。


 道は他領につながる。


 薬も食料も、人の流れも、領境で止まるわけではない。


 福嶋亮太は、ラグナ河を国境ではなく道として見ていた。


 なら、自分も領境をただの線として見てはいけない。


 ハル領を守ること。


 王国の流れを考えること。


 その二つは、別々ではない。


 リオンは、もう一枚紙を取り出した。


 そこに、短く方針を書いていく。


 一、魔法を自分の便利さだけに使わない。


 二、まずハル領で使える形を作る。


 三、自分一人に依存させない。


 四、道具、手順、人の配置に落とす。


 五、必要なら王国へ広げる。


 書き終えてから、リオンはしばらくその紙を見つめた。


 これで何かがすぐ変わるわけではない。


 明日になれば、また授業がある。


 低温保存箱の課題も続く。


 王立研究所で読まなければならない記録も増える。


 福嶋亮太の本の扱いも、王への報告も、自分一人で決められることではない。


 それでも、リオンの中では一つだけはっきりした。


 魔法で全部を解決してはいけない。


 魔法は、仕組みを作るために使う。


 自分が運ぶのではなく、運べる領にする。


 自分が助けるのではなく、助けが届く領にする。


 自分がつなぐのではなく、つながり続ける領にする。


 リオンは、最後に紙の一番下へ一文を書いた。


 俺が運ぶのではない。


 運べる領にする。


 ペンを置くと、部屋の外から夕食を知らせる鐘の音が聞こえた。


 リオンは紙を丁寧に折り、研究記録の間に挟んだ。


 まだ誰かに見せるものではない。


 けれど、忘れてはいけないものだった。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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