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【感謝!1000万PV達成!】45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第13章 リオンの夏休み(3年生)

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第238話 第一段階の終わり

 七月も終わりが近づいていた。


 西の森役場の十日間の試し運用が、今日で終わる。


 役場といっても、まだ立派な建物があるわけではない。


 食事小屋の近くにある小さな小屋を片づけ、そこに長い板と帳面を置いただけだ。


 入口には、エルムが作った木札が掛けられている。


 相談。

 登録。

 宿札。

 危険。


 それぞれの文字の横には、簡単な絵印も入っている。


 相談は丸。

 登録は帳面。

 宿札は小屋。

 危険は三角。


 文字が読めない者でも、何となく意味が分かるようにした。


 最初は、その木札を見ても誰も近づかなかった。


 何をする場所なのか分からない。


 行けば怒られるのではないか。


 名前を書かされるのではないか。


 そんな空気があった。


 だが、十日経った今では、作業員や出稼ぎ者が少しずつ用事を持って来るようになっている。


 まだ遠慮はある。


 だが、完全に避けられているわけではない。


 それだけでも、大きな変化だった。


 俺はレナードと一緒に、仮役場の長板の前に座っていた。


 机の上には、十日間の帳面が広げられている。


 その横では、エルムが木札を整理していた。


 マルクは現場を一回りして戻ってきたところで、リタは食事小屋の片づけを終えてから来る予定だ。


 ノルも、見回りの報告を持って後で顔を出すことになっている。


「十日間、何とか回りましたな」


 レナードが帳面を見ながら言った。


「うん。最初はどうなるかと思ったけど」


 俺は苦笑した。


 本当に、最初はうまくいかなかった。


 頭の中で考えた仕組みと、実際に人が動く仕組みは違う。


 それを、この十日間で嫌というほど思い知らされた。


 ◇


 初日。


 仮役場の前には、ほとんど人が来なかった。


 木札には「西の森役場」と書いてあった。


 だが、作業員たちは遠巻きに見るだけだった。


「何をする場所なんだ?」


「名前を書かされるのか?」


「怒られるところじゃないのか?」


 そんな声が、マルクを通じて届いた。


 こちらとしては、困った時に来てほしい場所のつもりだった。


 だが、向こうから見れば、突然できたよく分からない小屋だ。


 役場という言葉も、人によっては堅く聞こえる。


 そこで、エルムが札を作り直した。


 相談。

 登録。

 宿札。

 危険。


 文字だけではなく、絵印も入れる。


 さらにマルクが現場を回り、


「困ったことがあれば、あそこの小屋で話を聞いてくれる」


 と説明してくれた。


 それでようやく、ぽつぽつと人が来るようになった。


 最初に来たのは、寝床の場所を間違えた出稼ぎ者だった。


 本人は、自分がどこの小屋で寝ることになっているのか分からなくなっていた。


 別の小屋へ入ってしまい、先にいた者と揉めかけたらしい。


 マルクがその男を連れてきた。


 エルムが仮の宿札を確認し、レナードが帳面を見た。


 空いている寝床を確認し直し、別の小屋へ割り当てた。


 それだけの話だ。


 けれど、役場がなければ、現場責任者のところへ回され、班長へ戻され、結局誰が決めるのか分からないまま、揉め事になっていたかもしれない。


 小さなことだ。


 だが、その小さなことを処理する場所が必要なのだと、その時に分かった。


 ◇


 問題は、すぐに別の形でも出た。


 エルムは、相談に来た者の話を丁寧に書こうとした。


 名前。

 出身。

 所属班。

 相談内容。

 話した相手。

 その時の状況。

 本人の希望。

 関係者の名前。


 全部、残そうとした。


 エルムらしい丁寧さだった。


 だが、そのせいで一人の相談に時間がかかりすぎた。


 後ろで待っていた作業員が、途中で帰ってしまったこともある。


 レナードはその日の夕方、帳面を見ながら静かに言った。


「これは細かすぎます」


 エルムは肩を落とした。


「申し訳ありません。必要なことを残そうとすると、どうしても……」


「責めているのではありません」


 レナードは首を振った。


「最初からすべてを書こうとすると、役場の流れが止まります。まずは、最低限でよいのです」


 そこで、帳面の項目を減らした。


 名前。

 用件。

 つなぐ相手。

 済、または未済。


 まずはこれだけにする。


 詳しい内容は、必要な時だけ別の板に書く。


 その形にしてから、エルムの動きはかなり軽くなった。


「最初は全部書こうとしていました」


 エルムは、後でそう言った。


「でも、まず流れを止めないことが大事なのですね」


「うん。必要なことを必要な分だけ残せればいい」


 俺がそう答えると、エルムは少し安心したように頷いた。


 記録は大事だ。


 だが、記録のために人を止めてはいけない。


 それも、この十日間で分かったことの一つだった。


 ◇


 マルクにも、最初は迷いがあった。


 現場を回ると、いろいろな声が耳に入る。


「飯の量が少ない」


「あの荷車道はぬかるむ」


「隣の小屋のいびきがうるさい」


「昨日の班長の言い方が気に入らない」


「道具が足りない」


「賃金の数え方が分からない」


 マルクは真面目にそれを拾いすぎた。


 その結果、役場の帳面には雑多な話が一気に集まった。


 どれが本当に対応すべき話なのか、分かりにくくなってしまった。


「リオン様、俺、何を持ってくればいいのか分からなくなってきました」


 マルクは困った顔でそう言った。


「全部持ってこなくていいよ」


「でも、聞いたのに放っておくのも……」


「うん。だから分けよう」


 俺たちは、マルクが拾う話を三つに分けた。


 その場で済む話。

 役場へ上げる話。

 領主判断へ上げる話。


 寝床、怪我、安全、賃金、出稼ぎ者の不安。


 これは役場へ上げる。


 単なる愚痴や、その場で現場責任者に確認すれば済む話は、無理に帳面へ残さない。


 領主判断が必要なものは、レナードを通す。


「俺が全部解決しなくていいなら、動きやすいです」


 マルクはそう言って、少し表情を明るくした。


 役場の仕事は、すべてを抱えることではない。


 必要な場所へつなぐことだ。


 その考えを、マルク自身も少しずつ掴み始めていた。


 ◇


 リタは、最初ほとんど報告を上げてこなかった。


 食事小屋で気づくことはあったらしい。


 だが、


「こんな小さいことを伝えていいのか」


 と迷っていたのだ。


 俺は、食事小屋の片づけが終わった後にリタと話した。


「リタ、判断しなくていいよ」


「判断、ですか」


「うん。大事かどうかを決めるのは、レナードや俺たちでいい。リタには、気づいたことだけ教えてほしい」


「気づいたことだけで、よいのですか」


「うん。それが助かる」


 その翌日、リタは初めて自分から報告を持ってきた。


「いつも朝食に来る作業員が、二日続けて来ていません」


 最初は、それだけの話だった。


 だが、マルクが確認に行くと、その作業員は足を痛めて小屋で休んでいた。


 大きな怪我ではなかった。


 だが、無理をして悪化させる前に気づけた。


 食事小屋と役場がつながったことで、見落とされるはずだった小さな不調を拾えたのだ。


「気づいたことだけでも、役に立つのですね」


 リタは少し驚いたように言った。


「うん。むしろ、そういう小さなことが大事なんだと思う」


 食事小屋には、人の変化が出る。


 よく食べる者。

 急に食べなくなった者。

 いつも来る時間に来ない者。

 顔色の悪い者。


 そういうものは、帳面だけでは分からない。


 リタの目があることで、役場の見える範囲が少し広がった。


 ◇


 ノルとの連絡も、最初からうまくいったわけではない。


 見回りの報告をすべて役場へ上げようとすると、役場側が処理しきれなかった。


 危険札の位置。

 夜道の足元。

 火元の確認。

 見慣れない荷物。

 作業員同士の言い争い。


 何もかも細かく受けると、帳面がすぐに埋まる。


 そこで、ノルと相談して形を変えた。


 急ぎのものはすぐ役場へ。


 それ以外は、夕方に一度まとめて共有する。


 火元。

 夜道。

 退避場所。

 危険札。

 不審者。

 不自然な荷物。

 見慣れない死骸や術式の痕跡。


 このあたりは優先項目にした。


 そのおかげで、見回りとの連絡も少しずつ流れ始めた。


 ある日、ノルの部下が森入口近くの危険札が見えにくいと報告した。


 エルムが新しい札を作る。


 マルクが現場責任者と一緒に場所を変える。


 夜間学校で教えた三角の印も大きくした。


 その翌日、作業員の一人が言った。


「あれなら、遠くからでも分かります」


 たった一枚の札だ。


 けれど、それも役場を通した改善だった。


 ◇


 十日目。


 仮役場には、俺、レナード、エルム、マルク、リタ、ノルが集まっていた。


 長い板の上には、十日間の帳面が置かれている。


 レナードが帳面を開いた。


「十日間で、役場に上がった用件は二十七件です」


「思ったより多いね」


「はい。内訳は、寝床関係が最も多く、次いで食事、仕事、安全、その他です」


 寝床関係が最も多い。


 それは、予想通りでもあり、予想以上でもあった。


 今まで、それらの問題はどこへ行っていたのだろう。


 おそらく、班長や現場責任者がその場で何とかしていた。


 あるいは、本人が我慢していた。


 役場を作ったから問題が増えたわけではない。


 見えるようになっただけだ。


「エルムはどうだった?」


 俺が聞くと、エルムは少し背筋を伸ばした。


「最初は全部書こうとしていました。

でも、必要なことから残せばよいのだと分かってからは、少し動きやすくなりました」


「札は?」


「相談、登録、宿札の札は、もう少し大きくした方がよいと思います。

遠くからだと、まだ分かりにくいようです」


「いいね。それは直そう」


 次にマルクを見る。


「マルクは?」


「俺は、全部持って帰らなくていいと分かってから楽になりました」


 マルクは頭をかいた。


「現場で済む話もあります。

でも、寝床とか怪我とか賃金の話は、役場に上げた方がいいですね」


「うん。その感覚は大事だと思う」


 リタは少し遠慮がちに口を開いた。


「私は、まだ迷います。

食事に来ない人がいても、ただ寝坊しただけかもしれませんし」


「それでもいいよ」


 俺は答えた。


「報告されたこと全部を大問題にするわけじゃない。

気づいたことがあるだけで、確認できる」


 リタは小さく頷いた。


「それなら、続けられると思います」


 最後にノルが言った。


「まだ粗いです」


「うん」


「ですが、異変の入り口は増えました。

見回りだけでは拾えないものを、食事小屋や現場から拾えるようになっています」


「それはよかった」


「ただし、増えた情報を整理する仕組みは、まだ弱いです」


「そこは直していく」


 ノルは短く頷いた。


 レナードが帳面を閉じる。


「第一段階としては、合格と見てよいかと」


 その言葉を聞いて、エルム、マルク、リタの表情が少しだけ緩んだ。


 だが、俺はすぐには頷かなかった。


 帳面を見つめる。


 相談の記録。


 宿札の控え。


 食事小屋からの報告。


 見回りの共有。


 最初はばらばらだったものが、少しずつ一つの流れになっている。


 第一段階は、確かに形になった。


 そう思った瞬間、視界の端に文字が浮かんだ。


 《第一段階:仮運用成立》

 《相談経路:暫定安定》

 《記録精度:不足》

 《寝床把握:不十分》

 《滞在者分類:未整理》

 《安全報告:一部遅延》


 俺は、思わず息を止めた。


 成功している。


 だが、綻びも見えている。


 役場は動き始めた。


 しかし、動き始めたからこそ、次の問題が浮かび上がった。


 寝床の把握が足りない。


 滞在者の分類ができていない。


 現場連絡はマルクに寄りすぎている。


 生活面の変化はリタに頼りすぎている。


 食事の数も、まだ感覚に頼っている部分がある。


 このままでは、役場は動いていても、町にはならない。


「若様?」


 レナードが俺を見る。


「大丈夫ですか」


「うん」


 俺は小さく息を吐いた。


「第一段階は、これで終わりにしよう」


 エルムが驚いたように顔を上げた。


「これで、役場ができたと言ってよいのですか」


「立派な役場ではないよ」


 俺は答えた。


「でも、困った人が行く場所はできた。話を聞く人も決まった。

記録して、必要な相手につなぐ流れもできた」


 俺は木板に書かれた五段階を見た。


 第一段階 西の森役場を置く。


 第二段階 滞在者と寝床を把握する。


 第三段階 火・水・道・灯りを整える。


 第四段階 生活に必要な機能を増やす。


 第五段階 正式な町として認める。


 俺は第一段階の横に、短く線を引いた。


「まだ完ぺきではないけど、第一段階としてはクリアだと思う」


 マルクが小さく息を吐いた。


 リタもほっとしたような顔をした。


 エルムは、少し照れたように木札を見下ろしている。


 けれど、俺は続けた。


「ただし、完成じゃない」


 空気が少し引き締まる。


「役場が動き始めたからこそ、次の綻びが見えた」


「次の綻び、でございますか」


 レナードが聞いた。


「うん。寝床の相談が多すぎる。誰がどこで寝ているのか、まだ曖昧なところがある。

出稼ぎ者なのか、短期人足なのか、常雇いなのか、移住希望なのか。それも混ざってる」


 レナードはすぐに頷いた。


「確かに、十日間の帳面を見る限り、そこが一番大きいですな」


「食事の数も、寝床の数とつながっていない。

誰が何日いるのかも曖昧なままだと、食事小屋にも負担が出る」


 リタが小さく頷く。


「はい。急に人数が増える日があります」


「だから、次は第二段階に入る」


 俺は木板の二つ目を指した。


「滞在者と寝床の把握ですね」


 レナードが言った。


「うん。滞在帳と宿札を、本格的に動かす」


 エルムの表情が真剣になる。


「宿札も、今の仮のものでは足りませんね」


「そうだね。誰がどこの小屋にいるのか、役場で分かるようにしたい。

本人にも分かる。見回りにも分かる。でも、人を縛るための札にはしない」


 ノルが静かに頷いた。


「守るための確認、ですな」


「うん」


 俺は言葉を続けた。


「西の森に今いる人を確認する。誰がどこで寝ているかを把握する。

出稼ぎ者、短期人足、常雇い、移住希望者を分ける。

仮宿の割り当ても整理する。食事数と寝床数もつなげる」


 それから、少しだけミアの言葉を思い出す。


「それと、女性が増えた時に寝床を分けられるように、配置も考える」


 リタが、少し安心したように目を伏せた。


 こういうところは、最初から考えておかなければいけない。


 後から慌てて分けようとすれば、必ず無理が出る。


 レナードが帳面を開き直した。


「では、第二段階の準備に入ります。まずは、滞在帳の項目を整理しましょう」


「うん」


 七月も終わりが近い。


 夏休みはまだ一か月ある。

 だが、学院へ戻る日は少しずつ近づいている。


 領都にも負けない町を作る。

 そのために、まず人が困った時に話を聞く場所を作る。


 次に、そこにいる人たちの暮らしを把握する。


 第一段階は終わった。


 次に見なければならないのは、西の森で働く人たちが、どこで眠り、どれだけこの場所に留まっているのかだった。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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