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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第13章 リオンの夏休み(3年生)

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第233話 夏の間にできること

 木板の上には、五つの段階が並んでいた。


 第一段階 西の森役場を置く。

 第二段階 滞在者と寝床を把握する。

 第三段階 火・水・道・灯りを整える。

 第四段階 生活に必要な機能を増やす。

 第五段階 正式な町として認める。


 西の森を町にするまでの道筋。


 そう考えると、ずいぶん形になってきた気がする。


 けれど、レナードは木板を見つめたまま、まだ炭筆を置かなかった。


「若様」


「うん?」


「道筋は見えました。ですが、これではまだ計画書としては弱いかと」


「何が足りない?」


「期限です」


 レナードは静かに言った。


「いつまでに、どこまで進めるのか。それがなければ、領主様にお見せする計画にはなりません」


「ああ……」


 言われてみれば、その通りだ。


 段階を分けただけでは、ただの理想に近い。


 実際に動かすなら、そこに時間を入れなければならない。


 新しい事業を始める時、やることを書き出すだけでは進まない。


 いつまでに、誰が、どこまでやるのか。


 それを決めて初めて、人は動ける。


 俺は木板をもう一枚引き寄せた。


「じゃあ、各段階にどれくらいかかるかを見よう」


「はい」


 レナードが頷く。


 ミアは少し不安そうに、俺たちのやり取りを見ていた。


「私も、聞いていてよろしいのでしょうか」


「もちろん。分からないところがあったら、そのまま言って」


「はい」


 ミアは小さく頷いた。


 俺はまず、一つ目の項目を指で押さえた。


「第一段階。西の森役場を置く」


「建物だけなら、そう時間はかかりません」


 レナードがすぐに答えた。


「食事小屋の近くにある空き小屋を使えば、数日で形にはできます」


「じゃあ、三日くらい?」


「役場という札を掛けるだけなら、それでも可能です」


 レナードはそこで言葉を切った。


「ですが、役場として機能させるなら、もう少しかかります」


「機能させる?」


「はい。役人を決め、帳面を置き、現場責任者や食事小屋、湯屋、見回りの者に知らせる必要があります。

どの用件を役場へ持っていくのかも伝えなければなりません」


「小屋を用意するだけじゃ駄目ってことか」


「はい。ただの小屋なら三日。役場として動かすなら、十日は見ておくべきです」


 なるほど。


 俺は木板に書いた。


 第一段階 十日以内。


 ミアが少し首を傾げる。


「十日で、役場ができるのですか」


「立派な役場ではないよ」


 俺は答えた。


「最初は仮の場所でいい。人が困った時に行く場所を決めて、そこで帳面をつけ始める。それができれば第一段階としては十分だと思う」


「そういうことなのですね」


 ミアは納得したように頷いた。


「大きな建物を作るのではなく、まず人が行く場所を決めるのですね」


「うん。最初に作るのは建物じゃなくて、役割だと思う」


 レナードがその言葉を書き留めた。


 俺は次の項目へ進む。


「第二段階。滞在者と寝床を把握する」


「ここは時間がかかります」


 レナードの声は少し重くなった。


「西の森にいる者を一人ずつ確認する必要があります。常雇い、短期人足、出稼ぎ者、工房関係者、食事小屋や湯屋の手伝い。

全員を同じ帳面で扱うわけにはいきません」


「一か月くらい?」


「最低でも、それくらいは必要かと」


 レナードは帳面に目を落とす。


「まずは滞在帳を作ります。

名前、出身、所属班、仕事、寝泊まり場所、滞在予定、食事の有無、賃金の支払い日。

それに、確認する班長か責任者の名前」


「多いね」


「ですが、これをしなければ、町として人を守れません」


 その言葉は、すっと胸に入ってきた。


 管理するためではない。


 守るために記録する。


 それなら、やる意味がはっきりする。


「宿札も、ここで考えたい」


 俺が言うと、ミアが少し目を上げた。


「宿札、ですか」


「誰がどこの小屋で寝るのかを示す木札だよ」


 そう説明すると、ミアは少しだけ眉を寄せた。


「それは、働く人が身につけるものなのですか」


 俺はすぐに首を振った。


「いや。首から下げさせるようなものにはしたくない」


 自分で言って、その理由もすぐに分かった。


 首に札を下げさせれば、確かに見分けるのは簡単だ。


 でも、それでは人を荷物のように扱っている。


 出稼ぎだから。

 短期の人足だから。

 よそから来たから。


 そういう理由で、目印をつけさせるような町にしたいわけではない。


「宿札は、本人が持つ札にする。あとは役場と宿舎に控えを置く」


「控え、でございますか」


 ミアが聞く。


「うん。たとえば、本人には『二番小屋』と書いた札を渡す。

役場の帳面にも同じ内容を書く。宿舎の入口にも、誰が泊まるか分かる札掛けを置く」


 レナードが頷いた。


「それなら、見回りの者も確認できますな」


「うん。でも、人を見張るための札にはしない。

迷わず寝床へ行くための札にする」


 ミアはほっとしたような顔をした。


「それなら、受け取る人も嫌な気持ちになりにくいと思います」


「そうだね」


 俺は木板に書いた。


 第二段階 一か月以内。


 滞在帳。


 宿札。


 寝床割り当て。


 男女で分けられる配置。


 出稼ぎ者、短期人足、常雇いの区分。


「ここまでを夏の間に終わらせるのは、かなり大事だね」


「はい」


 レナードが答える。


「若様が学院へ戻られる前に、滞在帳の運用だけでも始めておけば、その後の管理が大きく変わります」


 学院。


 その言葉で、少しだけ現実に引き戻された。


 今は休みだから、こうして西の森のことを考えていられる。


 でも、ずっとここにいるわけではない。


 父上が言った通り、町長は休みの間だけできる仕事ではない。


 俺は三つ目へ目を移した。


「第三段階。火、水、道、灯り」


「ここは、二か月は見た方がよいでしょう」


 レナードは即答した。


「一か月では難しい?」


「決まりを作るだけなら可能です。

ですが、実際の道や水場は、使ってみなければ分からない部分があります」


「そうか」


「火場を決めても、食事小屋や湯屋の動きと合わなければ使われません。

水場も、飲み水、洗い物、作業用、湯屋用で分けるなら、場所を確認する必要があります」


 ミアが小さく手を上げる。


「あの、食事小屋の近くは、雨の日に足元が悪くなることがあります」


「そうなの?」


「はい。人が増えると、踏まれる場所がいつも同じになります。

水を捨てる場所が近いと、さらにぬかるむと思います」


「なるほど」


 小さな話のようで、かなり大事だ。


 道が悪くなれば、食事を運ぶ人が困る。


 荷車も動きにくくなる。


 夜間学校に来る人も足を取られるかもしれない。


「排水もここに入れよう」


「はい」


 レナードが書き込む。


「荷車道と人の道を分ける件も、第三段階ですな」


「うん。全部を一気には無理でも、危ない場所から直す」


「灯りはどういたしますか」


「夜間学校の帰り道と、食事小屋から仮宿へ向かう道に優先して置きたい。青輝石の数にも限りがあるから、最初から広げすぎない」


「ノル殿と相談が必要です」


「そうしよう」


 俺は三つ目の横に書いた。


 第三段階 二か月以内。


「ここは俺が学院に戻った後も続くね」


「おそらく、そうなります」


 レナードは落ち着いた声で答えた。


「だからこそ、役場が必要になります」


 その言葉で、第一段階の重みが増した。


 役場は、ただの窓口ではない。


 俺がいなくなった後も、町づくりを進めるための場所になる。


「第四段階は、生活に必要な機能を増やす」


 俺は四つ目を指差した。


「これは、冬までに試験開始くらいかな」


「妥当かと」


 レナードが言った。


「市を開くなら、領主様の許可が必要です。

扱う品、場所、時間、手数料の有無も決めなければなりません」


「最初から大きくしない。週に一度、小さく始める」


「薪、油、縄、針、布、簡単な食べ物、道具修理。昨日話したものですな」


「うん。冒険者向けの補給もいずれ必要になると思う」


 人が集まれば、必要なものが増える。


 必要なものが増えれば、売る人が現れる。


 それを止めるのではなく、危なくない形に整える。


 勝手に食事小屋の前で物を売り始めれば、通行の邪魔になる。


 値段で揉めることもあるだろう。


 盗品が混じる危険もある。


 なら、場所と日を決めて、役場の目が届く形にする方がいい。


「商いを許すなら、記録も必要ですな」


「そうだね。ただ、最初から税を取りすぎるのはよくないと思う」


「なぜですか」


「便利にするための市なのに、最初から負担が重いと誰もやりたがらない。

まずは秩序と便利さを優先したい」


 レナードは少し考えてから頷いた。


「では、試験期間を設ける形にいたしましょう」


「うん。冬までに試す。正式な形は、その後に考える」


 木板に書き足す。


 第四段階 冬までに試験開始。


 最後に、五つ目を見る。


「第五段階。正式な町として認める」


 ここだけは、他の段階と違う重さがある。


 役場を置く。


 帳面を作る。

 火や水の決まりを整える。

 小さな市を試す。

 それらは、町になるための準備だ。


 でも、正式な町として認めるとなれば、父上の判断だけでは済まないことも出てくるかもしれない。


 町の境界。

 町長と役人の役割。

 税の扱い。

 市を開く権利。

 周辺の村や他領との関係。


 簡単に決めていい話ではない。


「ここは、来年の夏を目標にしたい」


「一年ほど見ますか」


「うん。最低でも半年。自然に見せるなら、一年くらい必要だと思う」


 レナードはゆっくり頷いた。


「急ぎすぎれば、形だけの町になります」


「それは嫌だ」


 俺はすぐに言った。


「町と名乗るのは最後でいい。先に、人が暮らせる仕組みを作る」


「名より実を先に整える、ということですな」


「うん」


 ミアが木板を見つめながら呟いた。


「一年……」


「長く感じる?」


「はい。でも、少し安心しました」


「安心?」


「すぐに全部変わると言われたら、働く人たちも戸惑うと思います。

でも、少しずつなら、慣れていける気がします」


 それも大事な視点だった。


 作る側は、早く進めたい。


 でも、そこで暮らす人たちにとっては、決まりが急に増えること自体が負担になる。


 良い仕組みでも、受け入れられなければ意味がない。


「ミアの言う通りだね」


「そうでしょうか」


「うん。急ぎすぎない理由が一つ増えた」


 俺は第五段階の横に書いた。


 来年夏を目標。


 五つの段階に、ようやく時間が入った。


 第一段階 十日以内。

 第二段階 一か月以内。

 第三段階 二か月以内。

 第四段階 冬までに試験開始。

 第五段階 来年夏を目標。


 並べてみると、現実がはっきりする。


 俺は少し黙った。


 木板に書かれた文字を見ながら、自分の中で何かが落ち着いていくのを感じる。


「全部は、夏の間には無理だね」


 俺が言うと、レナードは即座に答えた。


「はい。無理です」


「はっきり言うね」


「ここで曖昧にしても、後で困ります」


 あまりに真面目な顔で言うので、俺は少し笑ってしまった。


 でも、レナードの言う通りだ。


 夏の間に町を完成させる。


 そんなことはできない。


 できると思う方がおかしい。


 父上の問いは、そこにあったのだろう。


 俺は休みの間だけ西の森にいる。


 なら、その間に何をするべきなのか。


 町の完成を急ぐことではない。


 俺がいない間も、誰かが動けるようにすることだ。


「夏の目標を決めよう」


 俺は新しい木板を出した。


「夏の目標、でございますか」


「うん。町づくり全体とは別に、俺が学院に戻るまでにやることを絞る」


「ノル殿にも入っていただきましょう」


これからやることを書き終えてから、俺は木板を見た。


「これなら、できると思う」


「はい。これなら、計画として無理がありません」


 レナードが言った。


「ただし、役人候補を早めに決める必要があります」


「次はそこだね」


「帳面だけでなく、現場の話を聞ける者が必要です」


「うん。偉そうに命じる人じゃなくて、人の話を聞いて、記録を残せる人がいい」


 ミアが小さく頷いた。


「そういう人なら、困った人も話しやすいと思います」


「だよね」


 役人。


 その言葉には、どうしても硬い響きがある。


 命令する人。

 許可を出す人。

 書類を見る人。


 でも、西の森に最初に置く役人は、それだけでは駄目だ。


 困っている人に声をかけられること。

 現場の汚れや混雑に気づけること。

 帳面にない不安を拾えること。


 それが必要になる。


「父上に出す計画書は、こうしよう」


 俺は木板の内容を見ながら言った。


「最初に目的を書く。西の森を、働き、食べ、学び、眠れる場所にする」


「はい」


「次に、五段階の道筋」


「期間も添えます」


「それから、夏の間にやること」


「学院再開後の報告の流れも必要ですな」


「うん。役場からレナードへ。急ぎのものは父上へ。

俺には定期報告。俺の判断が必要なものだけ、王都へ送ってもらう」


 レナードはすぐに書き取った。


「領主判断が必要な事項も分けておきましょう」


「たとえば?」


「市の正式な許可、町の境界、税の扱い、役人の任命、町長の権限などです」


「それは父上に確認が必要だね」


「はい」


 西の森を町にするには、一年かかるかもしれない。


 もっとかかる可能性もある。


 でも、その一年を動かす最初の十日は、今から始められる。


「レナード」


「はい」


「次は役人候補を考えよう」


「承知しました」


「ミアも、また話を聞かせてほしい」


「私でよろしければ」


「うん。役場は、使う人にとって入りやすくないと意味がないから」


 ミアは少し恥ずかしそうに笑った。


「分かりました」


 夏の間に町を完成させることはできない。


 けれど、町づくりを止めないための最初の人選はできる。


 西の森役場を動かすために、まず必要なのは建物ではない。


 そこで働く、最初の役人たちだった。


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