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【感謝!1000万PV達成!】45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第13章 リオンの夏休み(3年生)

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第211話 隣領への波紋

 石切り場から屋敷へ戻る馬車の中で、俺はしばらく黙っていた。


 純石候補の扱いは変えた。

 街灯用青輝石と街灯用純石を、同じ便で工房へ送る。

 それだけで、街灯の生産は少しずつ動き出すはずだ。


 だが、人の流れは違う。


 グレイヴ領から来た出稼ぎたち。


 彼らは敵ではない。


 けれど、その存在が増えれば増えるほど、別の問題が生まれる。


 ハル領が発展する。


 それは良いことだ。


 だが、その発展が隣の領から人を引き寄せているのだとしたら。


 それを、グレイヴ侯爵がどう見るか。


 そこまで考えると、胸の奥が重くなった。


 隣に座っていたノルも、ずっと黙っていた。


 ノルも同じことを考えているのだろう。


 馬車は、夕方の光の中を屋敷へ向かって進んでいった。


 ◇


 屋敷に戻ると、母上が玄関近くで待っていた。


「おかえり、リオン」


「ただいま、母上」


 母上は俺の顔を見て、少しだけ眉を寄せた。


「石切り場で、何かあったの?」


「純石候補の問題は、たぶん動き出せると思う」


「そう。よかったわ」


 母上は少し安心したように息を吐いた。


 だが、すぐに俺の表情を見て、言葉を止めた。


「それだけではないのね」


「うん。人の問題が出てきた」


「人?」


 母上の表情が引き締まる。


 俺は頷いた。


「父上にも共有したい」


 母上は少し迷った。


 父上はまだ休ませなければならない。


 それは分かっている。


 でも、この話は先延ばしにしていいものではない。


 母上もそれを感じたのだろう。


「分かったわ。様子を見ながら、短く話しましょう」


 俺は頷いた。


 ノルも無言で頭を下げた。


 ◇


 父上の部屋へ行くと、父上は寝台に上半身を起こしていた。


 昨日より少し落ち着いているようには見える。


 けれど、顔色はまだよくない。


「戻ったか」


「うん。ただいま、父上」


 父上は俺とノルを見た。


「石切り場はどうだった」


 俺はできるだけ簡潔に話した。


 石切り場は崩れていなかったこと。


 前に作った置き場や選別の仕組みは残っていたこと。


 エドたちがよく回していたこと。


 ただ、純石候補が山になり、どれを工房へ送るかが決まっていなかったこと。


 そして、街灯用青輝石と街灯用純石を同じ便で工房へ送るようにしたこと。


 父上は黙って聞いていた。


「そうか」


 やがて、父上は静かに頷いた。


「現場は持ちこたえていたのだな」


「うん。エドたちはよくやってた。責める話じゃなかった」


「そこを間違えなかったのは大きい」


 父上はそう言った。


 その声は弱い。


 だが、領主としての目はまだ鋭かった。


「現場が悪いのか、仕組みが次の段階に進んでいないのか。

それを見誤ると、人は動かなくなる」


「うん」


 俺は頷いた。


 父上は少しだけ目を細めた。


「それで、人の問題とは?」


 俺は息を整えた。


 ここからが本題だ。


 ◇


「石切り場で、人員帳面を見た」


「前に作ったものだな」


「うん。領民、出稼ぎ、移住希望。出身領。熟練、補助、見習い。そこまでは残ってた」


 父上が頷く。


「でも、グレイヴ領からの出稼ぎがかなり増えてる」


 母上の表情が変わった。


 父上も、黙ったまま俺を見る。


「石切り場だけじゃない。

西の森開拓にも、領都の工房にも、荷運びや仕分けの補助として入ってるらしい」


 ノルが続ける。


「私も確認しました。割合として無視できない数です」


「それだけなら、人手が増えてありがたい話なんだけど」


 俺は少し言葉を切った。


「夏になっても戻ってない人が多い」


 部屋の空気が変わった。


 父上はすぐに意味を理解したようだった。


「農民が繁忙期になっても戻らない、ということか」


「うん」


 俺は頷いた。


「ダンに聞いた。戻っても税を払える見込みがない人がいるらしい。

向こうでは働いても残るものが少ない。こっちなら賃金が出るし、家に送れる」


 母上は小さく息を呑んだ。


「そんなに……」


「全員がそうとは言わない。でも、少なくともそういう人たちがいる」


 俺は父上を見る。


「ハル領としては助かってる。

実際、この人たちがいなかったら、石切り場も西の森も工房も、もっと遅れてると思う」


「だが、グレイヴ領から見れば違う」


 父上が低く言った。


 俺は頷いた。


「自領の人間が、ハル領へ流れているように見える」


「税を取る相手が減る。畑を耕す人間も減る。何より面子が立たない」


 父上は静かに言葉を続けた。


「相手があの侯爵なら、面白くは思わないだろうな」


 グレイヴ侯爵。


 その名が出るだけで、部屋の空気が少し重くなる。


 母上が眉を寄せた。


「でも、こちらが無理に連れてきたわけではないのでしょう?」


「そうだ」


 父上は頷いた。


「だが、政治の場では、事実だけではなく見え方も問題になる」


 その言葉が、胸に残った。


 事実だけではなく、見え方。


 こちらが善意で受け入れていても、相手がそう見るとは限らない。


 ハル領が発展した。


 働き口が増えた。


 だから他領の人が来た。


 それだけの話のはずなのに、見る側が変われば、別の話になる。


 ハル領が人を奪った。


 そう言われる可能性がある。


「父上は、どう見る?」


 俺が聞くと、父上は少し黙った。


 それから、ゆっくりと言った。


「働きに来た者を追い返す必要はない。

食べるために来ている者を追い返せば、ハル領の信用にも関わる」


「うん」


「だが、無防備に受け入れ続けるのも危うい」


 父上は俺を見る。


「おまえの言う通り、誰が、どこから来て、どのような意思で働いているのか。

それを記録しておく必要があるな」


「うん。まずは出稼ぎの人たちの希望を聞くことにしたんだ」


 俺は説明した。


「短期出稼ぎ。長期出稼ぎ。移住希望。この三つ」


 父上は小さく頷いた。


「よい判断だ」


「それと、夏を越えて残る人には理由を聞く。

戻れって言うためじゃなくて、後で何か言われた時に守れるように」


 母上が静かに言った。


「守るための記録なのね」


「うん」


 母上は少しだけ表情を和らげた。


「食べるために来ている人たちを、ただ追い返すことはできないわ。

でも、受け入れるなら、ハル領にも責任が生まれるのね」


「そう思う」


 俺は答えた。


「働いてくれる人たちを大事にする。でも、誰がどこにいるか分からない状態にはしない」


 ノルが頷く。


「警備の面から見ても、その方がよいでしょう」


 父上はもう一度、ゆっくり頷いた。


「本人の意思も記録しておけ」


「本人の意思?」


「ハル領が無理に引き留めたのではない。

本人が働くことを望んでいる。その記録だ」


「ああ」


 確かに必要だ。


 相手に言いがかりをつけられた時、口で説明するだけでは弱い。


 出身領。

 滞在期間。

 働く意思。

 賃金。

 待遇。

 家族の有無。

 戻る予定があるのか。

 移住を希望しているのか。


 それらを残しておく必要がある。


 前世で言えば、雇用記録のようなものだ。


 この世界の領地運営でも、同じことが必要になる。


 人を守るために。


 領を守るために。


 記録がいる。


 ◇


「それと」


 父上は少し声を落とした。


「グレイヴ侯爵の耳に入れば、別の理屈を持ち出してくるかもしれん」


「別の理屈?」


「人の流れだけで済ませないかもしれない、ということだ」


 父上は少し息を整えた。


 母上が心配そうに父上を見る。


 父上は片手を上げて、まだ大丈夫だと示した。


「ハル領が発展している。石切り場が動いている。街灯が増えている。

公爵領との取引もある。そこへ、グレイヴ領の民が流れている」


 父上は俺を見た。


「相手がこちらを快く思っていなければ、どこを突いてくるか分からん」


「石切り場とか?」


 俺が言うと、父上はわずかに目を細めた。


「可能性の一つだ」


 はっきりとは言わなかった。


 だが、それだけで十分だった。


 いくつもの線が、嫌な形でつながり始めている。


「今のうちに、記録を整える」


 俺は言った。


「出稼ぎの記録だけじゃなくて、石切り場の出荷記録、採掘記録、置き場の記録も」


「それがよい」


 父上は頷いた。


「相手に難癖をつけられた時、こちらが慌てて記録を探すようでは遅い」


「うん」


 母上が静かに言った。


「リオン、移住を望む人がいるなら、私にも知らせて。

家族を連れてくるとなれば、住む場所や食べ物のことも考えないといけないわ」


「分かった」


「働き手として受け入れるだけでは済まないもの」


 母上の言葉は優しかった。


 でも、重かった。


 人を受け入れるというのは、労働力を増やすだけではない。


 その人の暮らしを受け止めることでもある。


 ハル領が発展すれば、人が集まる。


 人が集まれば、領はさらに大きく動く。


 だが、その分だけ責任も増える。


 父上が小さく咳き込んだ。


「あなた」


 母上がすぐに近づく。


 父上はまた片手を上げたが、さっきより少し苦しそうだった。


「今日はここまでにしよう」


 俺が言うと、父上は俺を見た。


「まだ決めることがある」


「続きは俺がまとめる。父上は休んで」


 そう言うと、父上は少し驚いたような顔をした。


 母上も、ノルも、わずかにこちらを見る。


 俺は続けた。


「出稼ぎの帳面の項目を整理して、ノルと母上に確認してもらう。

父上には、明日短く報告する」


 父上はしばらく黙っていた。


 それから、静かに息を吐いた。


「……そうか」


「うん」


「では、頼む」


 その一言は、思っていたより重かった。


 父上が俺に仕事を任せた。


 ただの手伝いではない。


 領の判断につながるものを、俺に預けた。


 胸の奥が少し締めつけられる。


「分かった」


 俺はそう答えた。


 母上が父上の背を支える。


「リオン、ノル。続きはまた話しましょう」


「うん」


 俺たちは父上の部屋を出た。


 扉が閉まる直前、父上がこちらを見ていた。


 安心しているのか。


 心配しているのか。


 その両方のように見えた。


 ◇


 小さな応接室へ移ると、俺はすぐに紙を広げた。


 ノルと母上も向かいに座る。


「まず、出稼ぎの帳面に追加する項目を決めよう」


 俺はそう言って、項目を書き出した。


 書き出していくうちに、思ったより多くなった。


 母上が紙を見て言う。


「これを全部、現場だけで管理するのは大変ね」


「うん。だから現場では最低限にする。詳しい聞き取りは屋敷側でも受ける形にしたい」


 ノルが頷く。


「移住相談は、現場だけで判断させない方がよいでしょう」


「そうだね」


「それと、グレイヴ領出身者だからといって、まとめて疑うような形にはしない方がよろしいかと」


「それは絶対に避けたい」


 俺はすぐに言った。


「必要なのは、疑うことじゃなくて、見えるようにすることだから」


 母上が少し微笑んだ。


「その言い方なら、現場の人たちにも伝わりやすいわ」


 俺は頷いた。


 ハル領は、出稼ぎたちを追い返さない。


 ただし、見えないまま増やさない。


 本人の意思を確認する。


 記録を残す。


 必要なら守れるようにする。


 そして、グレイヴ領から何か言われた時に、きちんと説明できるようにする。


 それが今できることだった。


 ◇


 話し合いが終わる頃には、外はかなり暗くなっていた。


 廊下へ出ると、窓の向こうに領都の明かりが見えた。


 街灯が灯っている。


 冬より増えたとはいえ、まだ十分ではない。


 それでも、少し前のハル領より、夜はずっと明るくなっている。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
貴族領主は王様と違って宰相とか御意見番と呼べる人が居ないから領主が倒れると潰れてしまうのだろうね 父上様の右腕と呼べる人が居ないのが残念だ あ、居たらリオン君の活躍の場がなくなるかw あとユリウス公爵…
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