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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第11章 王立学院一年 三学期

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第182話 足りなかった一手

 三学期期末試験が終わった翌日。


 学院の空気は、昨日までとは少し違っていた。


 廊下では、あちこちから試験の話が聞こえてくる。


「筆記、最後の問題難しくなかった?」


「実技、騎士団長が出てきた時点で終わったと思ったよ」


「セレナ様、すごかったな」


「リオンは惜しかったよな」


 そんな声が、すれ違うたびに耳に入る。


 試験は終わった。


 結果発表は明日。


 今日はもう勉強を詰め込む必要もないし、実技に備えて体を休める必要もない。


 それなのに、俺の中にはまだ、昨日の感覚が残っていた。



 こちらが作った一瞬の隙。

 しかし、届かなかった最後の一手。


 

 騎士団長の言葉が、頭の奥に残っている。


 教室を出たあと、俺は何となく訓練場の方へ足を向けていた。


 練習するつもりだったわけではない。


 ただ、昨日の場所をもう一度見たかった。


 ◇


 訓練場に着くと、先客がいた。


 セレナだった。


 彼女は一人で木剣を持ち、訓練場の中央近くに立っていた。


 いつもの整った姿勢ではある。


 けれど、呼吸は少しだけ乱れていた。


 一度、距離を取る。


 そこから魔法を使うような動きに入り、すぐに木剣を構える。


 だが、そこで止まる。


 納得がいかないのか、セレナは小さく息を吐き、もう一度同じ動きを繰り返した。


 昨日、騎士団長に距離を詰められた時のことを考えているのだろう。


 少しだけ見てから、俺は声をかけた。


「セレナ」


 セレナがこちらを振り返る。


「リオン」


「邪魔したか?」


「いいえ」


 そう言いながらも、少しだけ不満そうな顔をする。


「見てたの?」


「少しだけ」


「そう」


 セレナは木剣を下ろした。


 怒っているわけではなさそうだった。


 ただ、見られたくなかったものを見られた、という顔ではある。


「昨日のことか?」


 俺が聞くと、セレナは少し黙った。


 それから、素直に頷いた。


「ええ。悔しかったの」


 その言葉は、思っていたよりまっすぐだった。


「魔法で距離を取っている間は、見えていたつもりだったわ。騎士団長の踏み込みも、進む方向も、何となく分かっていた」


「うん」


「でも、一度懐に入られた瞬間、何もできなかった」


 セレナは手元の木剣を見る。


「魔法で全部封じられるなんて思っていたわけじゃない。

でも、もう少し何かできると思っていたの」


 悔しさが、声に滲んでいた。


 セレナは強い。


 魔法の才能もあるし、判断も速い。


 冒険者として森に出るようになってから、戦い方もかなり変わった。


 それでも、騎士団長はその上を行った。


 距離を詰められた瞬間、セレナの強みはほとんど使えなくなった。


「騎士団長が言ってた通りだと思う」


 俺は言った。


「近づかれた後の一手が必要なんだろうな」


「分かってるわ」


 セレナは少しだけ眉を寄せた。


「分かってるから、悔しいのよ」


「だよな」


 慰める言葉は、あまり意味がない気がした。


 セレナが欲しいのは、たぶん慰めじゃない。


 次にどうするかだ。


 しばらく沈黙が落ちる。


 すると、セレナがこちらを見た。


「あなたは?」


「俺?」


「昨日の騎士団長との試合。悔しくないの?」


 聞かれて、俺は少しだけ笑った。


「悔しいよ」


「そうは見えないけど」


「見えないだけだと思う」


 俺は昨日の感覚を思い出す。


 一瞬だけ、隙を作ることはできた。

 たしかに、届きかけた。


 でも、最後に止められた。


「一瞬は作れたんだ」


 俺は言った。


「騎士団長の見え方をずらして、踏み込む隙は作れた。

でも、そこから届かなかった」


「隙を作った後の踏み込みが浅い、だったわね」


「ああ」


 セレナは静かに頷いた。


「私と似ているようで、少し違うわね」


「そうだな」


 セレナは、近づかれた後の一手が足りなかった。


 俺は、一瞬を作った後の一手が足りなかった。


 どちらも、最後のところで届かなかった。


 だから悔しい。


 ◇


「少しだけ付き合ってくれる?」


 セレナが言った。


「いいよ」


「本格的にやるつもりはないわ。昨日の動きを確認したいだけ」


「分かった」


 俺は木剣を取って、セレナの前に立った。


「騎士団長の代わりにはならないけどな」


「当たり前でしょ」


「そこは少しくらい気を遣ってくれてもいいんじゃないか」


「必要ないわ」


 セレナは少しだけいつもの調子に戻った。


 俺はゆっくりと間合いを詰める。


 セレナは後ろへ下がりながら、昨日と同じように魔法を使う動きをする。


 距離を保つ。


 そこまではいい。


 だが、俺が一歩深く踏み込むと、セレナはすぐに木剣を構えた。


 その動きが、ほんの少し硬い。


 俺は木剣を止めた。


「下がる方向が読まれやすいかも」


「分かってるわよ」


 セレナは少しむっとした顔になる。


「でも、やっぱりそう見えるのね」


「ああ。距離を取るまではいい。

でも、近づかれた瞬間に、真後ろへ逃げようとしてる感じがある」


「真後ろが一番距離を取れるじゃない」


「相手がそれを読んでたら、一番追いやすい場所でもあると思う」


 セレナは黙った。


 たぶん、分かっているのだろう。


 だからこそ、悔しい顔をしている。


「もう一回」


「ああ」


 もう一度、同じように始める。


 今度は、セレナが真後ろへ下がらなかった。


 横へずれる。


 同時に、足元へ小さく風を使った。


 相手を押すためではない。


 自分の身体を逃がすための風だ。


 距離が少しだけ変わる。


 俺の踏み込みが、半歩ずれた。


「今の方がいい」


 俺が言うと、セレナは小さく息を吐いた。


「まだ全然だけどね」


「でも、今のは入られた後の一手になりそうだ」


「そうね」


 セレナは木剣を握り直した。


「魔法を相手に向けることばかり考えていたのかもしれないわ」


「自分を逃がすために使うってことか」


「ええ。近づかれた時こそ、相手を止めるんじゃなくて、自分の位置を変えるべきなのかもしれない」


「それ、かなり良さそうだな」


「まだ試している段階よ」


 そう言いながらも、セレナの目には少し光が戻っていた。


 悔しさが、次の形に変わり始めている。


 ◇


 今度はセレナがこちらを見た。


「あなたの方は?」


「俺の方?」


「昨日、決め切れなかった理由。分かっているの?」


 俺は少し考えた。


「踏み込みが浅かった、って言われたな」


「それだけ?」


「それだけじゃないと思う」


 セレナが言った。


「あなた、考えてから踏み込んだんじゃない?」


 俺は顔を上げる。


「そう見えた?」


「見えたわ」


 セレナは迷わず言った。


「隙を作れたことを確認してから、動いた感じがした」


「……そうか」


「たぶん、それだと遅いのよ」


 その言葉は、思っていたより深く刺さった。


 作ってから動く。


 それでは遅い。


 作る前から、そこへ踏み込むと決めていなければ間に合わない。


「作ってから行くんじゃ遅いのか」


「たぶんね」


 セレナは木剣の先を地面に向けた。


「あなたは見えてから動ける。

でも、騎士団長みたいな相手だと、見えてからでは遅いんじゃない?」


「……なるほど」


 それは、俺にとってかなり大きな指摘だった。


 綻びの目があるから、俺はどうしても見てから動こうとする。


 弱点が見える。


 綻びが見える。


 だから、そこを突く。


 でも、本当に上の相手には、見えてからでは間に合わない。


 なら、見える前から仕掛ける必要がある。


 自分で作る。


 そして、作れると信じて、先に動く。


「セレナ、今のかなり助かる」


「そう?」


「ああ。たぶん、それだ」


 簡単なことじゃない。


 だが、方向は見えた。


 セレナは少しだけ得意げに言った。


「たまには私も役に立つでしょう」


「かなり役に立った」


「そこは素直なのね」


「本当にそう思ったからな」


 そう言うと、セレナは少しだけ視線を逸らした。


「……そう」


 短い返事だったが、口元はわずかに緩んでいた。


 ◇


 それから、俺たちはほんの少しだけ動きを確認した。


 セレナは、距離を詰められた後に横へ逃がす動き。


 俺は、動く前に踏み込みの意識を決める感覚。


 本格的な稽古ではない。


 ただ、昨日足りなかったものを、少しだけ形にしてみる時間だった。


 夕方の光が訓練場に差し込む頃、セレナが木剣を下ろした。


「今日はここまでにしましょう」


「ああ」


 俺も木剣を下ろす。


 少し汗をかいていた。


 試験は終わったはずなのに、結局こうして体を動かしている。


 でも、不思議と嫌ではなかった。


 セレナは訓練場の中央を見ながら言った。


「次は、負けないわ」


「俺も勝ちたいな」


「お互い、課題がはっきりしているわね」


「そうだな」


 昨日は負けた。


 セレナも、俺も。


 だが、ただ負けたわけではない。


 次に何が必要なのかを、騎士団長に突きつけられた。


 それは悔しい。


 でも、悪いことではない。


 ◇


 訓練場を出る頃には、空は夕方の色になっていた。


 校舎の窓に、淡い赤が映っている。


 セレナが歩きながら言った。


「明日、結果発表ね」


「ああ」


 筆記。


 応用課題。


 実技。


 三つすべてで八十点以上。


 飛び級を狙うなら、一つも落とせない。

 

セレナは、おそらく問題ない。


 俺はというと、試験前に福嶋亮太の本の内容が気になって勉強に集中しきれなかった時間がある。

その分だけ、わずかな不安が残っていた。



 明日、結果が出る。


 その結果がどうであれ、俺たちはたぶん、また前へ進むことになる。 



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
生徒が何人いるのか知らない(おぼえていない)けど、ここの教師も化け物だなぁ。 あの筆記と応用試験の採点、こんなすぐ終えられるのか・・・
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