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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第11章 王立学院一年 三学期

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第181話 リオン対騎士団長

 訓練場の中央へ向かう。


 周囲の視線が、一斉に俺へ集まっていた。


 二学期の期末試験で、俺は騎士団長から一本取った。

 だが、あれは騎士団長の木剣の損耗を見抜き、同じ箇所へ負荷を重ねた結果だ。


 今回、騎士団長の手には新しい木剣がある。


 前回の勝ち筋は、最初から消えている。


 騎士団長は俺を見て、低く言った。


「前と同じ手は使えんぞ」


「分かっています」


 俺は木剣を構える。



 ローヴェン先生の声が響く。


「始め」


 ◇


 すぐには動かなかった。


 まず、見る。


 騎士団長の立ち方。

 木剣の角度。

 呼吸。

 足の置き方。


 綻びの目で見ようとしても何も出ない。

 騎士団長の体にも、木剣にも、今この瞬間に拾える綻びがない。


 思わず息が浅くなった。


 騎士団長は、ゆっくりと間合いを詰めてくる。


 不用意に入れば、その瞬間に終わるだろう。


 俺は半歩だけ横へ動いた。


 騎士団長も、それに合わせて角度を変える。


 逃げ道が狭くなる。


 そこで、騎士団長の右側にほんのわずかな隙が見えた。


 踏み込める。

 一瞬、そう思った。


 次の瞬間、視界に文字が浮かぶ。


 《綻び:偽装》

 《誘導:踏み込み》

 《危険:返し》


 俺は踏み込まなかった。


 木剣を構えたまま、足を止める。


 騎士団長の目がわずかに細くなった。


「来ないか」


「行ったら終わるやつです」


 騎士団長の口元が、ほんの少しだけ動いた。


「よく見ている」


 褒め言葉なのかもしれない。


 だが、俺の中に余裕はなかった。


 見えている。

 でも、それは勝ち筋じゃない。


 罠を避けているだけだ。


 ◇


 俺は一歩踏み込んだ。


 木剣を低く走らせる。


 騎士団長は受けるでもなく、半身をずらして外した。


 すぐに返しが来る。


 速い。


 俺は木剣で受ける。


 腕に重さが響いた。


 続けて二撃目。


 今度は受けずに下がる。

 だが、下がった先にもう騎士団長の間合いがある。


 詰め方がうまい。


 こちらが逃げた場所を、先に潰している。


 俺は角度を変えて、もう一度入った。


 騎士団長の木剣が、こちらの軌道にぴたりと合う。


 甲高い音が鳴る。


 何度か打ち合っただけで分かった。


 正面からでは無理だ。


 力も、技も、間合いも、全部向こうが上だ。


 綻びが出るのを待っているだけでは届かない。


 なら、作るしかない。


 ほんの一瞬でいい。


 騎士団長の見え方をずらす。


 俺は小さく息を吸った。


 ◇


 火魔法で空気を温める。

 俺と騎士団長の間にある空気を、局所的に熱する。


 そこへ風を流した。


 強い風ではない。

 熱を散らさない程度の、薄い流れ。


 冬の冷たい空気の中に、熱を持った層が生まれる。


 騎士団長の輪郭が、一瞬だけ揺れた。


 陽炎のように、距離がわずかに狂う。


 騎士団長の目が変わった。


「…何をした」


 俺は答えない。


 答える余裕がない。


 これだけでは足りない。


 俺は水魔法を使った。


 水をぶつけるのではない。

 薄く広げる。


 膜だ。


 それを風で斜めに立てる。


 午後の低い日差しが、その水膜に触れた。


 光が跳ねる。


 騎士団長の目元へ、一瞬だけ白い光が走った。


 今だ。


 俺は踏み込んだ。


 陽炎で距離をずらし、光で視線を切る。


 普通の相手なら、そこで止まる。


 いや、普通の相手なら、その前に崩れている。


 俺の木剣が、騎士団長の肩口へ向かう。


 届く。


 そう思った瞬間だった。


 騎士団長の木剣が、そこにあった。


 甲高い音が響く。


 俺の一撃は止められた。


 視界をずらしたはずなのに。


 光を入れたはずなのに。


 騎士団長は、こちらの踏み込みに反応していた。


「面白い」


 低い声が聞こえた。


「距離を狂わせ、水で光を返したか。魔法でこちらの視界をずらしたな」


 読まれている。


 いや、理解された。


 俺はすぐに下がろうとした。


 だが、騎士団長が一段深く踏み込んでくる。


 空気が重くなった。


 ◇


 ここからが、本当にきつかった。


 騎士団長の攻めが変わる。


 さっきまでより速い。

 だが、ただ速いだけじゃない。


 俺が下がりたい場所に、先に剣が置かれる。


 受ければ次を潰される。

 かわしても間合いが残る。


 俺は防ぐ。


 一撃。


 腕が重くなる。


 二撃。


 足が少し流れる。


 三撃目。


 受けた瞬間、木剣が手の中で軋んだ。


 綻びの目は、また一瞬だけ反応した。


 騎士団長の左肩が開いたように見える。


 だが、同時に表示が出る。


 《綻び:偽装》

 《誘導:防御崩し》

 《危険:手元制圧》


 乗れない。


 分かっているのに、乗れないだけでは勝てない。


 俺は歯を食いしばった。


 一瞬の綻びは作れた。

 でも、決め切れなかった。


 陽炎も、光も、もう見られている。


 同じ手は通じない。


 なら、最後は踏み込むしかない。


 俺は騎士団長の木剣を受け流し、半歩だけ内側へ入った。


 小細工ではない。


 純粋な踏み込み。


 木剣を振る。


 騎士団長は正面から受けた。


 重い。


 そこから角度を変えようとした瞬間、騎士団長の木剣が俺の木剣に絡んだ。


 手元が浮く。


 まずい。


 そう思った時には、もう遅かった。


 俺の木剣が外へ流される。


 次の瞬間、騎士団長の木剣が俺の喉元で止まっていた。


「そこまで」


 ローヴェン先生の声が響いた。


 訓練場が静まる。


 俺は荒く息を吐いた。


 負けた。


 届かなかった。


 ◇


 木剣を下げる。


 腕が重い。


 息も乱れている。


 騎士団長は、まだ余裕を残しているように見えた。


 それが余計に差を感じさせた。


「前回より厄介になったな」


 騎士団長が言った。


 俺は顔を上げる。


「……はい」


 その通りだった。


 前回の勝ち筋は消されていた。

 その上で、俺は別の手を作った。


 だが、届かなかった。


 騎士団長は続ける。


「うまく私の隙を作ろうとしていたが、一拍作った後の踏み込みがまだ浅い」


「はい」


「自分より上の人間を相手にするなら、隙を作るだけでは足りん。

作った一瞬の隙で決め切れ」


 俺は深く頷いた。


「はい」


 悔しい。


 ただ負けたことが悔しいんじゃない。


 一瞬、作れた。


 たしかに作れた。


 でも、そこから届かなかった。


 それが悔しかった。


 ◇


 戻ると、セレナがこちらを見ていた。


「惜しかったわね」


「惜しいようで、遠かったよ」


 俺は息を整えながら答える。


「でも、届きかけていたわ」


「届きかけたところで止められた」


 セレナは少しだけ黙った。


 エドガーが短く言う。


「それが差だな」


「ああ」


 俺は頷く。


 ガイルは腕を組んだまま、騎士団長を見ていた。


「だが、俺より深く入っていた」


「たまたま作れた一瞬だよ。次は通らない」


 ヴィクトルが肩をすくめる。


「でも、その一瞬を作れるのがリオンらしいけどね」


 そう言われても、素直には喜べなかった。


 作るだけでは足りない。


 決め切れなければ、意味がない。


 ローヴェン先生が前へ出た。


「以上で、三学期期末試験の実技を終了する」


 その言葉に、訓練場の空気が少し緩む。


 筆記。

 応用課題。

 実技。


 これで、三学期期末試験のすべてが終わった。


 結果はまだ分からない。


 飛び級できるかどうかも、今は分からない。


 だが、騎士団長の言葉だけは、はっきり残っていた。


 -一瞬の隙で決め切れ―


 見えるだけでは届かない相手がいる。


 そのことを、俺は木剣一本で思い知らされた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
自分は間違いなく成長してるんだけど、騎士団長がそれ以上に成長(手加減緩める)をしてるのか、 甘く見てた騎士団長との差を正しく認識でき始めたのか、距離が縮まった気がしないので「惜しい」と言われても……っ…
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