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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第11章 王立学院一年 三学期

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第167話 実戦への誘い

三学期が始まって数日。


 学院の空気は、ようやく冬休み明けの浮つきから普段のものへ戻り始めていた。


 朝の教室ではまだ実家の話をしている生徒もいるが、授業が始まれば空気は切り替わる。

進級前の学期ということもあって、教師たちの目も少し厳しい。


 俺も机の上に教科書を置きながら、次の授業の準備をしていた。


 ハル領から戻ってきてから、まだ一週間くらいしか経っていない。

 けれど、街灯や排水路、石切り場や帳面のことが、少し遠い出来事のようにも感じる。


 学院にいると、時間の流れ方が違う。


 そんなことを考えていると、隣から声がかかった。


「リオン」


 セレナだった。


「どうした?」


 俺が顔を上げると、セレナは少しだけ周囲を見てから、いつもより真面目な顔で言った。


「近いうちに、冒険者の依頼を受ける予定はあるかしら?」


「冒険者の依頼?」


 思わず聞き返した。


 かなり意外な話だった。


 冒険者としての活動は、最近ほとんどできていない。ハル領へ帰れば領地のことで手一杯だったし、王都に戻ってからも三学期の準備があった。


 ただ、完全に忘れていたわけではない。


「しばらく行けてなかったし、今度の休みにギルドへ顔を出すつもりではあるけど」


「そう」


 セレナはそこで一拍置いた。


「それなら、私も一緒に行っていい?」


「……セレナが?」


「そうよ」


 さらっと言うが、内容はかなり大きい。


 ヴァレスト公爵家の令嬢が、王都の冒険者ギルドへ行く?


「急にどうしたんだ?」


 俺が聞くと、セレナは少しだけ唇を結んだ。


「冬休みの間、グレイン先生に魔法を見てもらっていたの」


「ああ」


 ヴァレスト家の家庭教師、グレイン先生か。

 そういえば一年くらい会ってないな。


「先生からは魔法の制御も、発動の速度も、前より良くなったとは言われたわ」


「それはすごいな」


「でも、同時に言われたの。学院の実技だけでは、これ以上大きく伸びるには限界があるって」


 セレナの声に、少し悔しさが混じった。


「守られた環境で的に向かって魔法を撃つのと、実際に動く相手に使うのは違う。

リオンやガイルを本気で上回りたいなら、実戦で使う経験を積めって」


「そうなんだ」


「ええ。私もそう思ったわ」


 セレナはそう言って、まっすぐ俺を見た。


「だから、私も実戦を経験したい。できれば、あなたと一緒に」


 その言い方には、遊びや好奇心だけではないものがあった。


 セレナは優秀だ。

 2学期期末の実技も93点。

 学院の中では十分すぎるほど高い。


 けれど、それでも彼女は満足していない。


「ヴァレスト公爵は許可したのか?」


 俺が確認すると、セレナは頷いた。


「もちろん、一人では駄目って言われたわ」


「まあ、それはそうだろうな」


「でも、すでに冒険者として活動していて、実績もあるあなたが同行するなら許可するって」


「……俺に?」


「ええ」


 俺は少し黙った。


 ヴァレスト公爵が俺を高く評価してくれているのは分かっている。

 これまで何度も話しているし、青輝石や卓上灯のことでもかなり助けてもらった。


 でも、自分の娘を冒険者依頼へ同行させる相手として俺を選ぶのは、また少し話が違う気がする。


 公爵、俺のことを信用しすぎじゃないか?


 そう思ってしまう。


「何その顔」


 セレナが眉を上げる。


「いや、君のお父様は俺を買いかぶりすぎじゃないかと思って」


「お父様がそう判断したなら、何か理由があるんでしょ」


「雑だな」


「信頼されているんだから、素直に受け取ればいいじゃない」


「それが重いんだよ」


 そう言うと、セレナは少しだけ笑った。


「それくらい背負いなさいよ」


「簡単に言うな」


 ただ、断る理由はなかった。


 セレナは強い。

 魔法の制御も高い。

 判断力もある。


 低級の魔物相手なら、普通に考えれば苦戦はしない。

 むしろ、俺が下手な相手と組むよりずっと安定するはずだ。


 問題は、そこじゃない。


「行くなら条件がある」


「聞くわ」


 セレナはすぐに姿勢を正した。


「まず、最初は王都近郊の森の入り口まで。奥には入らない」


「ええ」


「受ける依頼も低級の魔物討伐。無理な依頼は選ばない」


「分かったわ」


「危ないと思ったら撤退する。倒せそうかどうかじゃなくて、俺が危ないと判断したら撤退」


 そこで、セレナが少しだけ目を細めた。


「私がまだ戦えると言っても?」


「撤退」


「……そこは譲らないのね」


「譲らない」


 俺ははっきり言った。


「学院の実技と実戦は違う。先生が止めてくれるわけじゃない。

相手は待ってくれないし、足場も悪い。

魔法を撃つ場所も、距離も、周りの木も邪魔になる。何より、失敗した時の重さが違う」


 セレナは黙って聞いていた。


「君なら低級魔物相手に苦戦はしないと思う。実技93点だしな」


「そこは当然ね」


「でも、実戦で怖いのは、勝てる相手に勝つことじゃない。

勝てると思った時に、想定外が起きることだ」


 俺がそう言うと、セレナの表情が少し変わった。


 強がるかと思ったが、そうではなかった。


「分かってるつもり。でも、つもりじゃ駄目なのよね」


「そういうこと」


「だから行きたいの」


 その一言で、こちらも少し考えを改めた。


 セレナはただ強くなりたいだけじゃない。

 自分に足りないものを分かったうえで、それを埋めに行こうとしている。


 それなら、止めるより、ちゃんとした形で連れていく方がいい。


「分かった」


 俺が言うと、セレナの目が少し明るくなった。


「本当に?」


「今度の休み、一緒にギルドへ行こう。まずは冒険者登録からだな」


「登録も必要なのね」


「依頼を受けるなら必要だよ。たぶん最初は低い等級からになると思うけど、今回はそれでいい。むしろその方が安全だ」


「分かったわ」


「依頼は、王都近郊の森の入り口で受けられる低級魔物討伐。

無理そうなら素材採集系でもいい」


「魔物討伐がいいわ」


 即答だった。


「だと思った」


「何よ、その言い方」


「セレナらしいなと思って」


「別にいいでしょ。実戦で魔法を使うために行くんだから」


「まあな」


 そこで授業開始前の鐘が鳴った。


 教室のあちこちで、生徒たちが席へ戻り始める。


 セレナも自分の席へ戻りかけて、ふと振り返った。


「ありがとう、リオン」


「礼を言うのは、無事に帰ってからでいいよ」


 セレナは少しだけ眉を寄せた。


「そういう言い方、相変わらずね」


 そう言って、彼女は席へ戻っていった。


 その背中を見ながら、俺は少しだけ息を吐いた。


 セレナにとっては、初めての冒険者活動。

 俺にとっても、久しぶりの依頼だ。


 次の休み。

 俺はセレナと一緒に、王都の冒険者ギルドへ向かうことになった。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
グレイン先生懐かしいです。 とても優秀な家庭教師でしたからね。
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